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 File.24  この冬一番


「この冬一番の寒さです」
 ミカンを食べながら漫然とテレビを見ていると、紋切り型のセリフが耳に入ってきた。
 そうか、今日はそんなに寒かったのか、と思う。
 思いながら、はて、と引っ掛かるものを感じた。
「この冬一番」であるらしい。
「この冬」とは、どの冬なのか。
 それは、現在進行形で流れつつある、今現在の冬のことであろう。だが、この現在進行しつつある冬というのは、まだ終わってはいないはずだ。次の春が来るまでは、「こ の冬」なのである。
 とすれば、「一番」という表現はおかしくないだろうか。確かに今日は「この冬」に入ってから最も寒い日であるのかもしれないが、だからといって、これ以後も最も寒い日である保証はどこにもない。この言葉を100パーセント完全なものにする為には、「この冬」が終了してから使用せねばならないのではなかろうか。
 そう。まだ来ていない「この春」になって初めて、現在の「この冬」についての寒さランキングをつけるのが正しいあり方だ。それまでは、たとえ東京が零下50度の大寒波に見舞われようと、決して「この冬一番」などと言ってはいけない。予言のつもりでやっているのなら別だが、それにしても、
「この冬一番の寒さです」
 と断言するのは、どうかと思う。
 せめて、
「この冬一番の寒さになるであろう」
 ぐらいの表現にしておいてほしいものだ。これならば、外れたとしても嘘にはならない。せいぜい、予言者としての信用をなくすだけだ。しかるに、現状に目を移せば、誰も彼もが「この冬一番の寒さ」である。いつから、この国にはこんなに大勢の予言者が闊歩するようになったのか。予言者大国である。しかも自覚なしの。
 予言者、もしくは詐欺師としての人生を送っていくつもりがあるのならば、こうした人々も決して私は批判しない。むしろ、その厳しい人生を選択した無謀とも言える勇気に拍手を贈りたいほどである。だが、そうした自覚を持つ人は、ごくまれだ。嘆かわしいことに。
 こうした自覚を持たない人々は、まだ終わってもいない「この冬」に関して、「一番」だの何だのといった言葉を使うべきではない。どうしても使いたいのなら、「現在までにおいてのこの冬」とすべきだ。あまりスマートな言い回しではないが、予言者または詐欺師と呼ばれたくなければ、こうする以外にない。やはり、本来は「この冬」が終わってから使用すべき言葉なのだ。
 4月や5月ごろ、誰が見ても春だと思える季節になってから、
「12月4日は、この冬一番の寒さだ」
 と言うべきなのである。
 「そんな日が一番寒いはずないだろ」と思った方、それは正解である。そう考えれば、テレビで「今日はこの冬一番の寒さです」と言っていた人間がどれほど馬鹿な発言をしたか、おのずとわかるであろう。……いや、あるいは予言が外れただけなのかもしれないが。

 しかし、我々はここで一つの壁に突き当たる。
 既に過ぎ去った冬を「この冬」と呼ぶことの疑問だ。
 正しい日本語を求めるならば、既に過去のものとなってしまったそれは、「あの冬」と呼ぶべきではなかろうか。何故なら、その冬は既に遠いものとなってしまっており、「この」という呼び方は適していないと判断されるからだ。
「あの冬一番の寒さ」
 これが正しい。
 しかも、「あの冬」という響きには、一種の叙情味がある。ドラマ性と言い換えても良い。
 例えば、だ。

 ――あの冬、僕は一つの恋をした。

 ほらほら、何かドラマが始まりそうな雰囲気ではないか。「この冬」では、決してこの効果は得られない。「あの冬」だからこそ、可能な芸当なのである。このドラマの続きは、誰かに任せよう。

 それにつけても、「この冬一番」の後につながる言葉は、「寒さ」しかないのだろうか。
「この冬一番の暑さ」とやっても、問題はないはずである。「この冬一番の株価」、「この冬一番の火事」、「この冬一番の殺人事件」など、いくらでも応用は可能なはずだ。
 だが、現実には「この冬一番」イコール「寒さ」なのだ。「この冬一番」は「寒さ」の枕詞なのだろうか。「この冬一番の銀行強盗」と、なぜ報道してくれないのか。視聴者の耳を引くことは間違いないと思うのだが。
 このアイデアをTV局に持ち込んだら、買い取ってくれるのではないだろうか。まさに「この冬一番のアイデア」だと思うのだが、どうだろう。



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