Sponsored Link
 File.28  暑い暑い暑い夜


 その晩は、近来まれに見る暑さだった。
 なにしろ、深夜も0時を回ったというのに気温は30度を越えている。いわゆる熱帯夜だった。熱帯夜は寝たいや、などという駄洒落を飛ばしても寒さが感じられないほどに暑い。まさにリタイヤしたいほどの熱帯夜だった。――おお、少し気温が下がったような気がする。
 だが、今夜のこの暑さは、決して摂氏30度という気温だけによるものではなかった。

 デブだ。

 いや、私が、ではなくて。
 私の部屋に、デブがいるのだ。それも3名ほど。3名が3名とも、100kg超級のデブである。3名の合計体重は400kgを超えようかというデブ集団だ。
 自慢ではないが、私の部屋は四畳半である。400kg以上もの肉を収蔵できるような場所ではない。当然のように、私達は体をくっつけあうようにして狭い室内に収まっている。暑苦しいことこの上ない。
 なにゆえにこのような状況が現出するに至ったのか。
 野郎が4人そろってやることといえば、お医者さんごっこである。……違った。暑さのあまり頭がおかしくなっているので、気にしないように。そうでなくて、麻雀である。デブ3名が召集されたのは、これのためだ。断じて、軍人将棋のためではない。

 災いの萌芽は、数ヶ月前に一人のデブ宅で麻雀大会をおこなったときから芽吹いていた。大会といっても参加人数は5名ばかりであったのだが、このとき私は自宅から麻雀牌を持参したのである。大会の開催場となるデブ宅に麻雀牌がないというのが、その原因であった。ちなみにそのデブ宅の麻雀牌は現在ここにいる他のデブ(大会不参加)の自宅に貸し出し中というありさまであった。
 そして、私は大会終了後、デブ宅に自分の麻雀牌を放置してきたのだ。これは断じて持ち帰るのを忘れたワケではなく、デブに対する私からの心遣いである。どうせ、麻雀となればこのデブ宅に集まる確率が高いのだ。繰り返すが、忘れたのではない。
 私の配慮によってデブ宅に留置された麻雀牌は、そのまま今日まで置いておかれた。当然のことながら、我が家にもう一つの麻雀牌など存在しない。であるから、デブが私の麻雀牌を持ってくるのは自明の理だった。そのハズだった。
 が、デブはみごとに私の考えを裏切った。

「あ、持ってくるの忘れた」

 その一言で、今日の麻雀大会はきれいに流された。取りに行こうにも(行かせようにも)デブの家はあまりに遠かった。すでに終電も終わり、麻雀牌を入手する方法は断たれた。

「なんで忘れんだよ!」

 他のデブ2名から非難を受けたのは、しかし私の方だった。
 彼らの言うには、そもそも私がデブ宅に麻雀牌を忘れてきたのがいけないと言うのだ。だから、忘れたんじゃねぇっつーに。デブにはデブ同士の結束があるようだ。
 とにかく、そんな次第で私達はヒマと暑さのズンドコ……じゃなくて、どん底に叩き落とされた。麻雀ができないとなれば、こんなデブ3名に用はない。とっとと帰らせようと私は働きかけたのだが、デブどもは頑強にそれを拒んだ。

「ヒマなのがいけない。何かしよう」
「しかし、何をするのだ」
「酒でも飲むか」
「だが、店は遠いぞ」
「だれか買ってこい」
「……」
「……」
「お前が行け」
「冗談じゃない。このクソ暑いというのに」
「俺だってイヤだ。しかたない。他に何か提案はないか?」
「これからの世界情勢について朝まで語り合うか」
(無視して)「トランプがあったな。ポーカーでもやるか」
「大貧民てのはどうだ?」
「なんだ、それは」
「知らんのか、大貧民」
「知らないぞ」
「大富豪のことか?」
「そうとも言うな」
「馬鹿、普通は大富豪って言うんだ」
「嘘だろ? 俺たちは大貧民と言ってたぞ」
「地方ルールだな、そりゃ」
「なにが地方だ。東京出身だぞ俺は。お前の方こそ千葉出身だろうが」
「多摩は東京とは言わない。大富豪が正式名称だ」
「多摩市民にケンカを売ってるのか?」
「どっちでもいいけどさ。どういうゲームなんだよ、それは」
「よし。とにかくやるか」
「たしか、トランプは押し入れの中にあったハズだ」
(私に許可もなく押し入れを開けて)「ああ、あったあった」
「ちょっと待て。今、おもしろいものが見えたぞ」
「なんだ?」
「それだ、それ」
「……軍人将棋? なんだ、こりゃ」
「知らないのか?」
「初めて見た」
「お前は?」
「名前だけは知ってるな」
「おもしろいぞ、軍人将棋は。よし、教えてやろう」

 このような経緯で、私の部屋は急遽として戦場と化した。この間、私は一度も発言していない。たしか、この部屋の主は私だと思ったのだが。勘違いだろうか。今や、この部屋の主導権は、完全に一人のデブが掌握していた。
 軍人将棋というものが今の若者たちの間でどれほど知られているのか疑問だが、これは3人で遊ぶゲームである。私は自ら望んでスポイルされた。

 それにしても、紙でできた盤面を覗き込むデブ3人の姿は、暑苦しいと言うほかない。だれか、「デブは2人以上同じ場所に集まってはいけない」という法案を国会に提出してくれないだろうか。力士だけは特別免除という事にしても良いから。
 だいたい、どうして軍人将棋ごときでそこまで熱くなれるのだ、君たち3名は。たのむから、駒がぶつかり合うたびに大声を上げるのはやめてくれ。暑苦しい上に近所迷惑だ。私は、彼らが一喜一憂するたびに室温が一度ずつ上昇するような錯覚に苛まれた。
 暑い。
 暑いだけならまだしも、暑苦しいというのが最悪だ。デブ特有の圧迫感が、三乗となって私にのしかかる。とにかく暑くてたまらなかった。



NEXT BACK INDEX HOME