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 File.32  異言語


 No.32「異言語」使用上の注意

 1.関西弁を常用されている方は、ご使用をお控え下さい。
 2.関西弁を専門として研究されている方も、ご使用をお控え下さい。
 3.冗談のわからない方は、特にご使用をお控え下さい。
 4.全文一気にご使用下さい。
 5.ご使用後、気分の悪くなった方は、お近くの医師か薬局にご相談下さい。
 6.ご使用後、気分の良くなった方も、お近くの医師か薬局にご相談下さい。
 7.上記の注意は全て嘘ですが、一部本当の事も含まれています。
 8.どれが本当かというお問い合わせにはお答えしかねます。
 9.さっさと本文に移って下さい。





 先日、所用があって関西に赴いた。
 既に雑文内で何度か説明したとおり私は千葉在住であり、関西まで足を伸ばしたことは生まれてこのかた二度しかない。つまり、今回が三度目である。その三度目にして、初めて私は大阪駅周辺を散策することが出来た。散策と言えば聞こえが良いが、まぁ要するにアテもなくほっつき歩いていただけの事である。友人との待ち合わせ時間に少しばかり早く着いてしまったため、時間を潰していたのだ。「散策」という言葉の使い方を間違えているような気もするが、それはさておき。

 大阪の街を歩いていると、不思議な気分になる。道行く人々が、皆一様に関西弁をしゃべっているのだ。東京で皆が標準語をしゃべっているのと同じように、大阪では皆が関西弁をしゃべっているのである。
 何を当たり前のことを、と言われるかもしれないが、どうしても気になるのである。一人聞き耳を立てて、ああこいつも関西弁だ、あいつも関西弁だ、などと考えている。それが若く美しい女性であったりすると、落胆したような気分になったりもする。
 何故そういう気分になるのかというと、それは私が関西弁に対して特定のイメージを持っているためだろう。そのイメージとは明確に3種類に分けられる。
 すなわち、関西弁とは……、

 1.お笑いのための言語である。
 2.商売のための言語である。
 3.脅しのための言語である。

 私のイメージとして、関西弁がこれら以外の目的で使用されることは金輪際ありえない。従って、大阪を歩く私にとって道行く人々の全ては、お笑い芸人か商売人かヤクザかのいずれかに分類されてしまうのである。この分類法は、性別問わず子供から老人にまで適用され、例外はない。
 こうなると、大阪の街を歩く私にとって、周囲は危険に満ちている。なにしろ、道行く人々の三分の一は私に何かを売りつけようと企んでいる商人で、更に三分の一はヤクザなのだ。とてもではないが、財布に大金など入れては歩けない。……いや、大金どころか小金さえ持っていない私には無用の心配なのだが。残りの三分の一がお笑い芸人であるのがせめてもの救いだが、これとてこちらが気を抜けばいつ笑わせられるかわかったものではないから、安心はできない。とにかく、油断できない街なのである。

 しかし、関西人はもちろんのこと、関東の人間でさえも私のように考える人はごく少数のようだ。そしてあろうことか、「それは偏見である」という偏見を私に押し付けようとしてくるのだ。前述した分類法の一体どこが偏見だというのか。これほど明確かつ実情に根差した分類法もあるまいに。
 たとえば、小説や漫画を見てみると良い。作品中に関西弁をしゃべるキャラクターが出てきたとしたら、それはまず例外なく、お笑い担当キャラか商魂たくましいキャラか暴力的なキャラだ。決して、不治の病に冒された薄幸の少女や天才的な物理学者などではありえない。
 これはつまり、作品を作る方も受け取る方も関西弁に対してそういうイメージを当てはめているということであり、それを逸脱することがナンセンスであると認識しているということだ。

 考えてもみてほしい。
 病床に倒れ余命いくばくもない少女が、窓から見えるたった一枚の葉を見てこう呟いたとしたらどうだろうか。

「嗚呼、あのしまいの葉ぁが散ってもうたら、ウチも死んでまうんやな」

 絶対に、読者が受ける感慨は半減するはずである。それどころか、「本当にこのガキ死にかけてるのか?」という疑念さえ浮かび上がってくるに違いない。関西弁とは、そうした言語なのだ。最後の命を懸けて葉を描いた老画家も成仏できまい。南無阿弥陀仏。

 そういう言語を操る人々ばかりで大阪駅周辺は満たされているのである。その中を歩く私の困惑は当然と言えよう。
 無論、困惑しながらも常に周囲には注意を払わねばならない。万が一にも誰かと肩がぶつかるようなことがあれば、その相手は三分の一の確率でヤクザなのだ。
 言うのが遅れたが、私はケンカが弱い。というか、したことがない。逃げ足も遅いし金も持っていないのであるから、イザという時にはガンジーの教えに殉ずる以外あるまい。まったくもって、恐ろしい街である。

 しかし、よくよく考えてみれば、私の待ち合わせ相手こそが最大のヤクザなのかもしれない。いや、ヤクザであることは間違いないのだが。





 No.32「異言語」使用上の注意(追補)

 1.オチがありませんが、気にしないで下さい。
 2.どうしても気になる場合は、この雑文自体を忘却して下さい。
 3.つまらなくて申し訳ありません。



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