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 File.58  心に残るプレゼント


 先日、少々信じがたい体験をした。
 友人と酒を飲んだ帰途でのことだ。喉の渇きを覚えた私は、自販機を求めて周囲を見回しながら駅方面とへ向かっていた。歓楽街として有名な錦糸町の駅界隈である。自販機の一つや二つは即座に見付かるはず――。
 その思惑どおり、十数メートルほどの前方に一台の自販機がひっそりと設置されているのが見えた。そう。それはたしかに自販機だった。
 ただし、私の期待したような飲料の自販機ではなく、それはかなり異質な物体の自販機だったのである。視力の悪い私は三メートルの距離に近付くまで、それが何を販売している機械なのかわからなかった。そして、何の自販機かわかった瞬間、愕然としたのだ。

 世の中には、花や昆虫などの生物を扱った自販機が存在する。初めて鈴虫を売っている自販機を見かけた時にはかなりの衝撃を受けたが、この日のその自販機には鈴虫などと比較にならぬほどのインパクトがあった。

 それは、釣り餌の自販機だったのである。それも、ルアーだとか練り餌だとかいった生半可な物ではない。生き餌なのである。生き餌とは、つまりゴカイとかミミズのことだ。そうしたモノを、自販機で販売しているのだ。私は目を疑った。
 何の飾り気もないその自販機には、商品選択のためのボタンが5つほど。その内訳はというと、青イソメ、岩イソメ、キジ、サシ、という具合になっている。ご存知でない方のために説明すると、キジとはミミズのことであり、サシはウジを指す。お茶の方ではなく、蝿の幼虫の方の蛆である。そんなモノが自販機で売られているのだ。これは怖い。何が怖いって、自販機の中を想像するのが怖いのだ。なにしろ、イソメにミミズ、蛆虫である。これらの生物が、自販機の奥で蠢いているのだ。映画「スクワーム」を連想してしまうのは、私だけではなかろう。

 おそらく、「サシ」のボタンを押すと何十匹ものミミズがボトッと落ちてくるのである。まるきりホラー映画ではないか。それもB級の。箱や袋に入っていればまだ良いが、剥き出しのままのミミズや蛆が出てきたらと考えると、背筋が寒くなる。
 いったい、何を考えてこんな自販機を作ったのか。――いや、それはもちろん利益や利便を追求しての結果なのだろうが、それにしても少々常軌を逸しているのではなかろうか。釣り餌だから、と考えれば理解はできるが、単にそれがミミズを販売しているだけの自販機だと考えれば、狂気ゆえの産物としか思えまい。
 夜な夜な大量のミミズを買い込み、いずこかへ持ち去って行く人々――。まるで黒魔術の儀式のようではないか。実際、そうした目的でこの自販機を利用している人もいるかもしれない。あるいは、そのまま食材にしている人とか。

 ところで話は変わるが、私の知り合いにこのミミズ自販機並に常識から外れた人間がいる。
 彼女の常人離れした行動の遍歴には枚挙に暇がないが、その中でも特筆すべき事件が一つある。
 それは、彼女が学生だったころのこと。彼女には敬愛する先輩がいた。
 ある年の先輩の誕生日に、彼女はプレゼントをしようと考えた。が、ありきたりのプレゼントでは面白くない。先輩の心に残るプレゼントをすべきだ。彼女は頭をひねった。
 先輩はタバコが好きだった。ではタバコをプレゼントしよう、と考えるのは常人の思考である。彼女の場合は違った。タバコの自販機をプレゼントしようと考えたのである。
 何を考えているのかと頭を疑いたくなるが、彼女は真剣だった。幸い、放置されて久しい自販機を彼女は知っていた。思い立ったら即行動の彼女は、人手を頼み、宵闇に乗じて自販機を持ち去った。だれが聞いても立派な犯罪なのだが、当時の彼女はそんなことには気が回らなかったと言う。大物、と言うべきか。
 彼女はそのまま自販機を先輩の家に持ち込み、みごとに先輩の心に想い出を刻み込むことができた。彼女が敬愛するだけあって、その先輩も相当な人物であったのだろう。

 だが、もし仮に先輩が釣り好きだったら――。
 それでも、彼女は実行したに違いない。ミミズ自販機のプレゼントを。



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