Sponsored Link
 File.66  十五夜にまつわる話


 コロンブスによって発見され、その大陸が「新大陸」と呼ばれるより遥か以前の話。大陸東海岸――現在のマイアミ沖に点在するいくつかの島に、一人の男が漂着した。
 男は漁師だった。前日、突然の大時化によって船が転覆し、命からがらその島まで泳ぎ着いたのである。
 男は、命を落とさずに済んだ幸運と船を失ったことの不運とを神に訴えながら島を歩いた。
 狭い島だった。平坦な地形で、島全体は鬱蒼とした森に覆われているものの、一回りするのにさして時間はかからなかった。島には小動物や昆虫、鳥などの類は多かったが、人の姿はどこにもなかった。無人島だったのである。
 男は声の限りに助けを呼んだ。島の奥や、海の彼方に向かって。──しかし、助けはこなかった。
 男は落胆し、絶望したが、自らの命を絶つほど愚かではなかった。まず食料を手に入れることから始め――、男の無人島生活が始まった。
 男にとって幸いなことに、島の気候は温暖で、食料となる果実や魚介類も多く獲れた。淡水の泉も発見し、洞窟のような場所を見つけて住居とした。
 慣れてしまえば、無人島の生活も悪いものではなかった。――たった一つの不満を除けば。
 不満とは、その島が無人島であるという事実に他ならなかった。男は、話し相手がほしかったのである。だが、いくら探そうと島内に人影は見つからなかった。
 人恋しさに耐えながら、男はいくつもの夜を一人で過ごした。
 そんな生活を数ヶ月も続けた、ある日の夜。男は夢を見た。いや、あるいは夢ではなかったのかもしれない。夜半に目を覚ました彼は、枕元に何かが立っているのに気付いた。それは、うすぼんやりと人の形を保った光のようなもので、男はそれを神か精霊の化身だと思った。
 それは言った。
「男よ、お前は人の顔を見たいか?」
 と。
「見たい。だれでもいいから、連れてきてくれ」
 男は即答した。
「よかろう」
 それは腕のようなもので天を指し、
「お前の望むものは、この空にある」
 そう言ったかと思うと、霧のように消え失せてしまった。
 男は、半信半疑で洞窟を出てみた。そして、見上げた夜空には美しい満月が姿を見せていたのである。その表面に、女性の横顔を浮かべて。

 これが巷間に伝わる十五夜祭の起源とされているのは周知の事実だが、どうやら私の調べたところによると、これ以外にも実に数多くの十五夜にまつわる話が歴史上には埋もれているようである。
 これは主に月面の模様の解釈が洋の東西ないし地域ごとによって異なることが原因となっているのだが、たとえば日本の民間伝承に伝わる話はどうなっているだろうか。
 以下は参考文献からの抜粋である。


 あるとき、カラスがウサギに向かって言いました。
「ウサギくんや、キミはとっても足が速いみたいだけど、ボクが空を飛ぶより速く走れるかい?」
 ウサギが答えます。
「カンタンなことさ。オイラの足は、どんな所だってひとっとびなんだ。カラスくんより高い所にだって飛べるんだから」
「ボクより高い所だって?」
 カラスは笑いました。だって、それはそうです。ウサギにはカラスみたいな羽根がないのですから。
「信じてないみたいだね。いいよ、それならどっちが高く飛べるか競争だ」
 ウサギは自信たっぷりに言いました。
「よし、勝負だ」
「勝負だね。でも、ちょっと待って。ボクが飛ぶのには準備がいるんだ」
「準備だって? わかったよ。それじゃここで待ってるよ」
「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
 そう言って、ウサギはどこかへ行ってしまいました。
 カラスは、じっとその場で待っています。ウサギは、なかなかもどってきません。
 そのうち日が暮れて、カラスは家に帰らなければならなくなってしまいました。
「ウサギくんや、まだなのかい? ボクはもうおうちに帰らないといけないんだ」
 カラスは言いました。すると、どこからともなくウサギの声が聞こえてくるではありませんか。
「なんだ、まだそんな所にいたのかい。ボクはもう飛んでしまったよ」
「え、どこにいるんだい?」
 カラスはまわりを見回してみましたが、暗くて何も見えません。
「こっちだよ。カラスくんの頭の上だよ」
 そう言われてカラスが空を見上げてみると、そこには丸いお月様が浮かんでいて、ウサギはお月様の中でおどっているのでした。
「そんな所まで飛んでしまったのかい? でも、ボクだって負けないよ」
 カラスは、月に向かって飛びました。
 でも、どうやっても月まではとどきません。何度も何度も飛んでいるうち、カラスの羽根はボロボロになって、やがてカラスは死んでしまいました。


 八咫鴉の例を出すまでもなく、古来よりカラスは霊鳥として崇められてきた。同時に、月の光に死人を蘇らせる力があることも古くから広く知られてきた言い伝えである。
 人々は、上述のウサギとカラスの競争という民間伝承に「霊鳥の再生」というテーマを与えた。すなわちカラスの再生のために死人返しの効力を持つ月光に祈ること。それがウサギとカラスの民話に隠されたテーマなのである。
 この月への祈りが後世へ伝えられるにつれて変容し、その真意を失ったものが、現在の十五夜祭と考えられている。本来、月への祈りとは死者の復活を祈願するものだったのだ。そのことは、月に供える団子の数が12個(閏年では13個)と定められていることからも明白である。説明しなければわからない人は自らの不勉強を恥じると良い。
 このように我が国の十五夜祭は決して陽気なものではないのだが、これは世界的に見ても珍しい事例のようで、例えば中国の十五夜祭では月面のカニの模様を崇めてカニ鍋をつつくのが習わしとなっている。北欧では、「木につながれたロバ」の見立てにのっとって、馬刺しを食べる。アフリカのある地域では月面の模様はライオンであり、当然ながら月見にライオンの肉は欠かせない。
 これら各国の月見は、非常に陽気なものだ。仲秋の季節、中国では手に手にカニを持って踊り狂う市民の姿が見かけられる。この時期、カニ将軍の店舗前で怪しげなパーティーを開いている中国人たちを見たことのある人も少なくないはずだ。死者の復活を祈願する日本の月見とは、ほど遠い。
 ただし、我が国の一部地域ではウサギ鍋をつつきながら月見をする習慣が残っていることを、蛇足ながら付け加えておく。無論、これはカラスの復讐を肩代わりするための形式化された儀式である。



   参考文献:夏声書院刊「月光の美しき誘い」



NEXT BACK INDEX HOME