File.70 ハッピー・エンドの映画とは
知人の女性とレンタル・ビデオ店の前を通りかかったときのこと。ふいに、彼女が言った。
「最近、面白いビデオある?」
「最近ねぇ……」
私は足を止め、「どんな映画が好きだっけ?」と彼女に訊ねた。
「ハッピー・エンドの映画だったら何でも好きだよ」
この時点で、私にお薦めの映画を訊くのは間違っていると思う。しかし、私とて多少は映画を見てきた人間だ。ハッピー・エンドの映画にも心当たりはある。私は重ねて訊いた。
「たとえば、どんな映画が好きなのかな?」
「ええとね、『ネバーエンディング・ストーリー』とか」
「……本気で?」
「そうだけど?」
「なるほど」
私はうなずいた。失笑をこらえるのに必死だった。なにしろ『ネバーエンディング・ストーリー』である。児童(というより幼児)向けの映画ではないのか、あれは。
「あの映画のどこが面白いのかな?」
「全部」
即答だった。
「なるほど」
私は再びうなずき、
「ハッピー・エンドの映画だったら何でもいい?」
と訊いた。
「いいよ」
「古い映画でも?」
「うん」
「よし、ついてきたまえ」
私は彼女を伴ってレンタル・ビデオ店に入った。
ハッピー・エンドの映画といったら、あれしかあるまい。私は、まっすぐにアクション映画のコーナーへと向かった。そして一本のビデオを取り、彼女に手渡した。
「……これ、本当にハッピー・エンドなの?」
そのタイトルを見て、彼女は疑うような目を私に向けた。
「ああ。私はそれ以上のハッピー・エンドを知らないよ」
「でも、このタイトル……」
「それは逆説的な表現なんだ」
「本当に?」
「疑り深いな。まぁ、だまされたと思って借りてみると良い」
「そこまで言うなら借りてみるよ」
そう言って、彼女は私の薦めたビデオを借りていった。
数日後。
「だまされたっ!」
バイト先へ出勤すると、いきなり後頭部を硬いもので殴られた。
「な、なにをする」
振り返ると彼女だった。
その右手に、たったいま私を殴打したばかりのビデオ・テープが握られていた。『俺たちに明日はない』というタイトルが見えていた。おそらく、タイトルが見えるその面で私の後頭部を殴りつけたのだろう。
「この映画のどこがハッピー・エンドなのよっ!」
言うや、彼女はもう一度――今度は私の脳天に、テープの角を振り下ろした。
紙一重でその攻撃を避け、私は言った。
「ハッピー・エンドだろう? みごとな勧善懲悪ではないか」
「そういう問題じゃない!」
「どうやら、お気に召さなかったようだな」
「召すハズないでしょ!」
「しかたない。では別の作品をお薦めしよう。ええと……」
「もういいって。どうせまたロクでもないビデオ薦めるに決まってるんだから」
「ロクでもないとはひどいな。……よし、『戦場にかける橋』なんかはどうだ?」
私は爽やかな笑みを浮かべて言った。
が、彼女は対称的に苦い顔で
「見たことあるよ、それ」
と言い捨てるのだった。
「むぅ、なかなかやるな。それなら、『戦国自衛隊』とか」
「……なんで、人が死ぬ映画ばっかり薦めるワケ?」
「知っているのか。いやたしか『タイタニック』が好きだと聞いた覚えがあったものでな。あれも大殺戮映画ではないか」
「殺戮って……」
「違うのか? 溺死に凍死、墜落死、圧死、おまけに銃殺と、スプラッター映画並のバリエーションではないかね」
思い出しながら、私は言った。爆死というのも、どこかにあったかもしれない。
「あれはいいのっ。恋愛映画なんだから」
「なら、『ネクロマンティック』は?」
「知らないって、そんな映画」
「屍体性愛者の二人が、事故死した男の死体を」
「あああ、聞きたくない聞きたくない」
私の説明を遮って、彼女は耳をふさいだ。
「そういえば、『タイタニック』の続編が作られているとか」
「え?」
彼女の眉がピクリと動いた。
「……なんて、だまされるハズないでしょ。だいたい、どうやって続編なんて作るのよ」
「いや、ストーリーは知らないがな。タイトルは既に決定しているらしい」
「ふうん。どうせウソだろうけど、聞いといてあげるよ。……タイトルは?」
「『タイタニック2――ジャックは生きていた!』」
ゴツッ!
眉間にビデオ・テープの一撃を受けて、私はうずくまった。
「ほ、本当なのに……。インターネットで調べたんだから間違いない」
「どこのサイトよ、それ」
「どこだか忘れたが。それとも『タイタニック2――タイタニックは沈んでいなかった』だったかな」
「どう見ても沈んでるでしょ! あれは!」
「私に言われても困る。他にも『アマデウス2――モーツァルトの逆襲』とか『火垂るの墓Part2――節子復活』とか」
バキッ!
「もしかして、私はだまされていたのか……っ?」
「だまされたのはこっち」
「だました覚えはないのだが、しかたない。おわびに今度こそハッピー・エンドの映画を紹介しよう」
こうなることを予想して、私は一本のビデオ・テープを持参していた。バッグから取り出したそれを、彼女に手渡す。テープにはタイトルが記されていない。
「今度は本当にハッピー・エンドなんでしょうね」
「天地神明に誓って」
嘘だ。
が、彼女は納得し、テープを持ち帰った。
それが3日前のことである。
現在、私の脳天には巨大な瘤がある。
『ジャンク』が収録されたビデオ・テープで思い切り殴られたものである。
どうやら、お気に召さなかったらしい。
『ジャンク総集編』にしておけば良かっただろうか。
