File.74 正義の音速破壊男
最近のゲーム・センターはダメだ。
なにがダメかといって、とにかくキレイなのである。アミューズメント・センターだかなんだか知らないが、床はチリ一つないまでに掃き清められ、ゲームの筐体はスクリーン以外でも見る者の顔が映り込むぐらい磨き上げられている。こんなことではいけない。
昔のゲーム・センター(以下ゲーセン)は違った。床には空き缶、紙屑、吸い殻が所狭しと散乱し、吐き捨てられたガムや痰、更には吐瀉物にいたるまでが床一面を占領していた。壁には、押し付けられたタバコの焦げ跡。誰が殴りつけたのか、陥没している箇所も少なくない。タバコによる根性焼きの洗礼は当然のごとく筐体にも及び、マトモに稼動していることが不思議なほどに無惨な姿をさらした筐体も多かった。コーラを浴びてネバネバになったスクリーン、タバコやライターの火で溶け崩れたボタン。そんなものが当たり前の世界だった。
客の様相も、まるで違った。昔のゲーセンには、女の姿など絶対と言って良いほど存在しなかった。いるのは昼間からタバコの匂いをさせた不良学生ばかりで、「健全」などという言葉からはかけ離れた青少年どもの溜まり場だったのである。
このころのゲーセンは、どういうわけかガンプラカラーの匂いが充満している店が多かった。それらを吸いすぎたのかは知らないが、血だるまになって倒れている学生を見かけたことも一度や二度ではなかった。ゲームをやっている最中に頭上をイスが飛んでいったこともある。とにかく血の気の多い人間ばかりだった。こんな空間に若い女の子が入ってきたらどうなるか、考えてみるまでもない。
しかし、最近のゲーセンは違う。ガンプラカラーの匂いが立ちこめる店など見かけないし、ゲーム中にイスがかっ飛んでいくこともない。どんなに虚弱体質の男でもカツアゲの被害に会うことはないし、可愛い女の子が一人で入ってもレイプされるようなことはない。
これではイカンのである。ゲーセンとは本来、無法地帯ではなかったか。力だけが正義の世界ではなかったか。いったい、いつからゲーセンは法と秩序が支配する世界に成り下がってしまったのだろうか。
その答えを、私はパンチング・マシーンの陶汰にあると結論づけた。
パンチング・マシーンとは、パンチ力を測定する機械のことである。ミット状の標的を殴りつけることによって、プレイヤー(?)のパンチ力をグラム単位で表示するものだ。
何故こんなものがゲーセンにあるのかという疑問は別として、このマシーンこそがゲーセンという空間に「力による正義」を与えたのではなかろうかと私は考える。なにしろこのパンチング・マシーン、ゲームと呼ぶべきものではない。やることは、とにかく殴ること。それだけである。パンチング・マシーンには何種類かの筐体があったが、多くのものは1コインで2回か3回、殴ることができた。そのパンチ力の合計ポイントがそのままスコアになる。パンチ力以外の要素が入り込むスキは微塵もない。皆無である。まさに腕力万歳、暴力万歳なゲームなのだ。
果たして不良学生どもは、おのれの腕力を天下(ゲーセン)に知らしめてやろうと躍起になる。学校をサボってはゲーセンに入りびたり、カツアゲした金でパンチング・マシーンを殴る毎日を送ることになるのだ。この状態を「終わっている」とも言う。何が終わっているのかというと、彼らの人生を含めたもろもろの全てである。
パンチング・マシーンには専用のグローブが付属されている。これを手にはめてミットを殴るのが、一応普通の方法だ。平均的な学生がこれを普通に殴ると、だいたい100kg前後の数値が出る。空手をやっていたり、人並み外れた膂力があったりすると、150kg以上。場合によっては200kgを超えることもあった。
パンチング・マシーンには、「拳以外の部分で殴らないでください」とか「助走をつけて殴らないでください」とか「飲酒して殴らないでください」などといった注意書きがなされている。当然、こんなものを守るプレイヤーはいない。
まず助走だが、これは3メートル以上走り込むのが常識であった。グローブには細く短いロープが付けられており、筐体に結び付けられているのだが、このロープが切断されずに残っていることは皆無だった。3メートルの助走をつけ、思いきり利き腕をミットに叩きつける。そのまま全体重をかけてミットを筐体に押し込む。それが、普通のやり方だった。ゲーセンのどこにいても、その破壊音は聞こえたものである。たまに少し乾いた音が聞こえてくることがあったが、それは単なるケンカだった。パンチング・マシーンの筐体に、べったりと血のりが付いていたこともあった。原因は不明だったが。
上級のプレイヤー(?)になると、少しやり方が違う。まず、拳を使わない。肘を使うのかというと、そうではない。脚を使う。当然届かないから、床にいくつものイスを並べて高さを調節する。そして、本来なら拳を叩きつけるミットに蹴りを叩き込むのだ。これは効く。簡単に150kg以上の数値が出る。
だが、更に上級者ともなると、300kg、400kgといった数値を出す強者も存在した。プロ・ボクサー並である。どうやるのかというと、バットを使うのだ。力一杯スイングし、ジャスト・ミートすれば軽く300kgである。もはやパンチング・マシーンとは呼べない。まさにバッティング・マシーン。とにかく、ルール無用の世界なのである。
トップ・プレイヤーたちの間では、金属バットか木製バットかという論議が熱く交わされていた。知らない人が聞いたら、熱心な野球部員だと思ったことだろう。昼間からシンナーの匂いをさせている野球部員はあまりいないと思うのだが。
これらパンチング・マシーンにはゲーム性というものが皆無なのが惜しい点だったのだが、やがてそれを打破するゲームが現れた。
「ソニック・ブラストマン」である。
ブラストマンという正義のヒーローが主人公の、これはパンチング・マシーン・ゲームだった。基本は、パンチング・マシーンと何ら変わりない。ミットを3回殴るだけのゲームである。だが、このゲームにはストーリーが存在した。
たとえば、ステージ1。
「女性が暴漢に襲われている! 3発殴って暴漢を倒せ!」
プレイヤーのパンチ力によって、女性が助かるか否かが決まる。
次のステージでは、子供がトレーラーに轢かれそうになっている。
「子供が危ない! 3発殴ってトレーラーを止めろ!」
更に、
「怪獣が現れた! 3発殴って怪獣を倒せ!」
「地球に隕石が接近! 3発殴って隕石を砕け!」
そんなムチャクチャな、という設定である。暴漢も3発、トレーラーも3発、地球を滅ぼす隕石も3発。何が何でも3発なのだ。隕石を破壊するようなパンチで殴られた暴漢の安否が気遣われる。
どんな事件も3発殴って解決するブラストマン。まさに正義(力)のヒーローと呼ぶにふさわしい。彼にかかれば、世の中のあらゆる事件は3発殴って解決である。
「ハイジャック犯が飛行機を占拠した! 3発殴って飛行機を砕け!」
「民家が火事に襲われている! 3発殴って火を消せ!」
「円安問題が深刻化している! 3発殴って円を上げろ!」
「最近女房がうるさい! 3発殴って女房を黙らせろ!」
すべて暴力で解決である。恐るべし、ブラストマン。
そのような心踊るゲームの登場にも関わらず、ゲーセンからパンチング・マシーンの姿は消えてしまった。それに伴って、ゲーセンを支配していた「力による正義」も消え失せてしまったのである。
もう一度、あの緊張感と倦怠感の漂うゲーセンに行きたい。あの、ガンプラカラーと駄菓子の香り――。懐かしい青春の1ページ。そんなノスタルジーを抱えているのは、私だけだろうか。
ではそろそろ、誰もが予想しているとおりのオチをつけてしめくくることにしよう。
「雑文のオチがない! 3発殴ってオチをつけろ!」
――パンチ力がないのでクリアできないのである。
