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 File.79  ケンタッキーを探す男


 世の中には、じつに多種多様な商品が存在する。そして、それらを扱う店舗もまた多様だ。たとえば魚屋では魚を売っているし、書店では本を売っている。マック(マクド)で売っているのはハンバーガーだし、インディで売っているのはカレーだ。牛丼を食べるのにハーゲンダッツに入る人はいない。それは吉野家で購入すべきものだ。

 ところで「魚屋」という表現は厳密に言うと差別用語にあたるらしいが、どうしてこれが差別用語なのか。魚を売っているのだから魚屋で良いではないかと思うのだが、鮮魚店と表現するのが正解らしい。書店を本屋と言ってはいけないし、寿司屋は寿司店だ。茶屋は茶店と言うのが正しい。「屋」を「店」に換えただけでなぜ差別用語でなくなるのかは謎だ。おちおち木村屋と書くこともできない。

 話がそれた。とにかく牛丼を食うなら吉野家へ行けということだ。キムチ牛丼が食べたければ松屋へ行くほかないし、ロッテシェイクを飲みたければロッテリアへ足を運ばなければならないのである。
 にもかかわらず、世の中にはこの定理に反した行動をとる者が少なくない。ロッテリアでビッグマックを注文したり、松屋でけんちん定食を注文したりと、そういう背徳者が少なからず存在するのだ。
 先日、街で見かけた若者も、その一人だった。

 場所は、あるデパート内の書店だった。閉店間際で、客もまばらだったと思う。書店特有の静かな喧騒の中に身を置きながら、私はパソコン雑誌を立ち読みしていた。
 そのとき、ふいにレジ・カウンターの方から胴間声が飛んできたのである。
「ケンタッキーください」
 と。

 断じて聞き間違いではなかった。その証拠に、カウンター前に立ちふさがった男は、もう一度「ケンタッキーください」と大声で注文したのである。
 男は日本人ではなかった。浅黒い肌と短く縮れた髪。中東の出身だろうか。とにかく、日本語が不自由なのは明らかだった。
 それにしても、ケンタッキーである。場所は書店。私は困惑した。ケンタッキーというのはおそらくケンタッキー・フライド・チキン(以下KFC)のことだろうが、それを探していて書店に来るというのは、いったいどういうことだろうか。

 無論、私以上に書店員が困惑の表情を浮かべたのは言うまでもない。「うちはケンタッキーではありませんので」という説明を5回ほど繰り返して、ようやく男を黙らせることができたようだった。
 が、男は「ケンタッキーどこ?」と、なかなか引き下がらない。男にとって不幸なことに、その場にいあわせた店員たちはKFCの場所を知らなかった。あるいは、知っていても教えなかった。
 その後、一分間ほどのやりとりのすえに男はあきらめ、すごすごと書店を後にした。
 私はKFCの場所を知っていたが、そこで声をかけて教えるほど親切な人間ではなかった。店の場所を教える代わりに、私は男の後を追跡することにした。

 次に男が入っていったのは、同じデパート内の薬局だった。そして、再び店員に向かって「ケンタッキーください」と言ったのである。
 カウンターに立っていたのは、いかにもベテラン然とした中年女性だったが、彼女の長い薬局員歴の中でも、フライド・チキンを注文されたことは今までなかっただろう。
 彼女は最初、あぜんとした顔で男を見つめ、次に口を押さえて大笑いした。
「あんた、ここは薬屋だよ。ケンタッキーがほしいんだったら、このデパート出てね……」
 笑いながら、彼女は身振り手振りでKFCの場所を男に教えた。
 するとそこへ、店員と同年代の、いかにも人の良さそうな中年女性が通りかかり、それなら案内してあげましょうと男の前に立った。はっきり言ってこの男、凶悪犯のような風貌顔つきだったのだが、まったくもってオバサンという生き物は強い。
 かくて、男は親切な中年女性の後について行くこととなった。

 KFCは、徒歩で5分ほどの場所にあった。
 中年女性は店の前まで男を案内し、「それじゃこれで」と手を振った。
 ところが。
「ケンタッキー。私、ケンタッキーほしい」
 と、男が言い出したのである。
「だから、ここがケンタッキーでしょう?」
 中年女性がKFCの看板を指差した。
「ノー。コレ違う」
 そう言って男は右腕を下に向け、
「コレ、ケンタッキー」
 ぐるぐると、右腕を回転させ始めたのである。
 中年女性は首をかしげた。私も同じように首をかしげたのだが、一瞬後にはピンと来た。

 傍観者に徹するつもりだった私は、仕方なく二人に声をかけた。
「あの、さっきから聞いていたんですけれどね。ケンタッキーじゃなくて……」
「はい?」
 中年女性が驚いたような声をあげたが、私はかまわず続けた。
「洗濯機、ではありませんか?」

「ああ!」
 中年女性は、ポンと手を叩いた。
「そういうことね」
「そういうことだと思いますよ」
「ありがと。それじゃ、電気屋さんに案内してみるわ」
 そう言って彼女は、右腕を回転させ続けている男を引っ張るように家電店へ入っていったのである。

 私は、もう二人の後を追わなかった。従って、私の考えが正しかったのかどうか、それはわからない。ただ、私の考えが外れていたとして、それ以上の駄洒落を思いつく自信はなかった。
 それにしても、今世紀最後の駄洒落が「ケンタッキー→洗濯機」

 私の新世紀は暗い。



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