File.80 因習
我が国の伝統的な風習の大部分はつまらないものだが、その中でも特に正月初めの年始回りほどつまらないものはない。年に一度しか会わないような親戚たちとどうでもいい近況報告を交わし、おいしくもないおせち料理を食べさせられ、好きでもない日本酒を飲まされたあげく、くだらないテレビ番組の観賞につきあわされる。これらの行動に何の意味があるのかと、私は問いたい。
が、それでも子供のころにはまだ年始回りの楽しみがあった。言うまでもなく、それはお年玉という目当てがあったがゆえんだ。なんといっても、ふだんのお小遣いとは比較にならぬほどの収益が見込めるこの素晴らしい風習。たいていの苦痛は甘受できた。
ところが現在。27才になった私にお年玉をくれようという人はいない。高校を卒業してから後も数年間お年玉をくれた叔母も、いつのまにかくれなくなっていた。
これが歳をとるということなのかと、私はうまくもないお屠蘇を飲みながら、これまでの人生について考えを馳せていた。
事件は、その直後に起こった。
叔母宅の玄関からチャイムの音が響いて、現れたのは従兄弟夫婦だった。私と同年齢の従兄弟は、二十歳で結婚して現在2人の子持ちである。子供のうちの兄の方は、今年で6才になっていた。彼に会うのは2年ぶりのことだったが、しっかりと私のことを覚えていたようだ。
「おじちゃん、こんにちは」
利発そうな瞳を向けて、彼はにっこりと笑った。
私もついに「おじちゃん」になってしまったのか。そういう寂寞感にとらわれた。このときにはまだ、私が彼に対して何をなすべきなのか、まったく気付いていなかった。
気付いたのは、彼と従兄弟夫婦が居間に移ったあとのことだった。決まりきった年始のあいさつが交わされたあと、my母が彼にお年玉を渡したのである。
瞬間的に、私は冷たい汗をかいていた。まさか、私もお年玉を渡さねばならないのか。つい先刻の彼の笑顔は、そういう狙いがあってのことだったのか。見ると、叔母夫婦も彼にお年玉らしきものを手渡していた。その次に、叔母夫婦の娘――つまり従姉妹――までもが、お年玉を出したのである。
なんてことしやがる!
私は無言で叫んでいた。
この従姉妹は、私より2才も年下だった。彼女の行動によって、私はいきなり窮地に立たされた。もはや、渡さねばならないとか渡さなくても良いとか、そういう次元の問題ではなかった。私は確実にお年玉を渡さなければならなかった。そういう状況を、従姉妹は何の疑問も抱くことなく作り出してしまったのだ。そして、私の懐にそのための費用は用意されていなかった。私は従姉妹を呪い、そしてお年玉という因習そのものを呪った。
3つのお年玉袋を手に満面の笑顔を浮かべている彼の目を、私は見ることができなかった。目が合ったら負けだ。そう思った。
3つのお年玉が順々に渡され、次は当然私の番だ。彼だけでなく、その場にいる誰もがそう思ったことだろう。目に見えて伝わってくる期待感が、鉛のように重かった。その期待に応えようと、私の頭の中では「お年玉」にひっかけた駄洒落をひねり出そうという努力が繰り返されていた。
「お星様」というのはどうだろう。夜空を指差して、輝かせた瞳で私は言うのだ。「あのお星様が私からのお年玉だよ」と。――いや駄目だ。まだ空に星は出ていない。そういう問題ではないような気もするが。
「当たり馬券」これはいいかもしれない。だが問題は馬券など持っていないことだ。
「オルレアン」というのは……。いかん、『ジャンヌ・ダルク』の影響が。
「お手洗い」
とりあえずそう言って、私はその場を逃げ出した。
――さて、どうするべきか。
洗面所で、私は考えこんだ。財布を出して所持金を確認すると、札は千円のそれが一枚あるきりだった。これでどうにか許してもらえるだろうか。――いや無理だ。千円のお年玉で納得する子供など、いるはずがない。少なくとも、私なら納得できない。
しかし、持っていないものはどうしようもなかった。だれかに借りるしかない。といって、my母に借りるという選択だけは御免だった。言ったとたんに笑い者にされるのは火を見るより明らかだ。叔母に借りるわけにもいかず、選択肢は従姉妹一人だけだった。
正月早々ためいきをついて、私は居間に戻った。
それとなく従姉妹を廊下に連れ出し、金の無心をたのむと、
「情けないわねぇ、あいかわらず」
心底なさけない、という口調で彼女は言った。情けないのはたしかだが、『あいかわらず』という部分だけは撤回してもらえないかと思った。もちろん、思っただけで口にはしなかった。
「いくら必要なの?」
訊かれて、私は答えた。
「おまえがくれてやった分だけ」
「一万円も貸してくれっていうの?」
「一万円もやったのか!」
「いいじゃない、別に」
「……いいけどさ」
「あんたと違って、あたしはちゃんと働いてるの」
「ごもっともです」
「で、いくら貸せばいいの? 一万円?」
「……二千円でいいです」
私は力なく答えた。
本当に情けないわねぇ、という従姉妹の言葉が傷心の私に追い討ちをかけた。
借りたばかりの二千円に手持ちの千円を追加して包んだ私は、
「ありがとう、おじちゃん」
という言葉だけを受け取った。三千円払ってオッサン呼ばわりされるのだから、まったく面白くもおかしくもない。
年始回りなど二度としないと誓った西暦2000年の正月だった。
