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 File.88  ヤキトリの行方


 自分が食べるはずのものであったヤキトリを他人に食べられてしまったとき、人はどういう対応をすれば良いのだろうか。しかも、そのヤキトリがとびきり大好物の醤油ダレ風味であり、かつ腹も減っており、おまけに財布の中には2000円しかないという状況の場合、人としてどう対処すれば良いのか。

 ある居酒屋で起こった、忌まわしい事件である。
 行きつけの居酒屋で、私はいつものとおりの安ワインとカタヤキソバ、それにヤキトリを注文した。このとき、連れの女性は大根サラダとウーロンハイを注文して私を不快な気分にさせたのだが、それはどうでもいい話である。(本当はこれだけでも雑文一本にしたいほどの案件なのだが)。
 週末の居酒屋は、非常に盛況だった。そのため、私たちは二十人ほどが座ることのできる大テーブルに通されたのだが、これがすべての原因だった。テーブルにつくと、私の右隣では若いカップルが楽しそうにビールで乾杯していた。せまいテーブル席で、カップルの女性と私との距離は、どうかすると肩がくっつくほどの間隔しかなかった。左隣には連れの女性がいたので、まさに両手に花の状態である。冗談でそう言ってみたところ、彼女に殴られた。(しかもグーで)。

 そうこうするうちに注文の品が運ばれてきて、私はさっそく安ワインとカタヤキソバに取りかかった。ヤキトリも同時に運ばれていたのだが、それはとりあえず後回しにしようという考えだった。
 自分で言うのも気が引けるが、私がカタヤキソバを食べるときの集中力といったら、それはもう特筆ものである。それを目の前にした瞬間から、私はカタヤキソバを食うためだけに最適化されたマシーンのように動き始める。周囲で何が起ころうと、まったく気にかからない。人は私をカタヤキソバ男爵と呼ぶ。嘘だが。
 他のケースでこれほどの集中力が発揮されるのは、牛丼を食べるときぐらいのものである。この集中力を文筆作業の際にも発揮することができれば芥川賞も簡単に取れるのではないかと思う。

 さて、そのようにしてカタヤキソバをかたづけたのち、ふと我に帰るとヤキトリの皿に異変が生じていた。たしかに二本あったはずのヤキトリが、一本しかなかったのである。その異変ぶりは、ただごとではなかった。何となれば、私はヤキトリを食べた覚えがなかったからである。念のために言っておくが、私は痴呆症ではない。絶対に、まちがいなく、神に誓って、私はヤキトリを食べていなかったのだ。
 無論、連れの女性が食べたわけでもなかった。その可能性を認めるには、彼女の腕の長さは50センチほどたりなかった。言うまでもなく、私が彼女にヤキトリを手渡した覚えもなかった。
 私のヤキトリ(タレ風味)は、そのようにして忽然と姿を消したのである。

 なんらかの物質が消失した場合、まず最初に考えるべきことは「恐怖のシューマイ現象」であるが、この事例においては適用できなかった。ヤキトリの質量と、その表面に付着したタレの粘着力および摩擦係数から考えて、「恐怖のシューマイ現象」が発生する条件は満たされていなかったのだ。さらに言うならば、たいていの居酒屋では、ヤキトリの皿をフタで覆ったりしない。

 次に私は、もしかしたら最初からヤキトリは一本しかなかったのかもしれないと考えた。しかし、その考えはあまりに非現実的すぎた。この店のヤキトリが二本で一セットになっていることは周知の事実であり、そのことはメニューにも明言されているからだ。
 店員が皿に乗せる数を間違えたとも考えにくかった。たしかに人間はミスを犯すこともあるが、たとえ何かのミスで核兵器の発射ボタンを押すことはあっても、二本のヤキトリを乗せるべき皿に一本のヤキトリしか乗せずに、しかもそれに気付かないというミスはありえないように思えた。

 そうして、私は一つの可能性に思い至ったのである。
 私の隣に座ったカップル。この片割れの女性が、その手にヤキトリを握っていたのだ。それはたしかに私の注文したタレ風味のヤキトリであり、彼女たちの前に置かれた皿に一本だけ残っている塩風味のヤキトリとは外見からして異なるものであった。
 私は聖人のごとき清らかな心を持っているので他人を疑うようなことは決してないのだが、このときばかりは例外だった。彼女が私のヤキトリを食べたであろうことは、もはや疑う余地もないほどにハッキリしていた。

 あまり人生経験が豊富でない私でも、こういった場合にとるべき対応は知っている。
 まず第一に挙げられるのは、ヤキトリを弁償してもらうことである。この解決方法は、じつに明解かつ簡潔である。奪取されたものを返還してもらうという、いたって当然の対応だ。
 この方法は、さらに二つに分けることができる。一つには、事情を説明したうえで犯人グループ(カップル客)からしかるべき代金あるいはヤキトリそのものを弁償してもらうという方法であり、もう一つは事情を説明せずに犯人グループから被害額に相当する金品を強奪する方法である。

 とはいえ、前者の方法をとるのはなかなかに困難だった。たとえば紳士的に、「つかぬことをうかがいますが、あなたのお召し上がりになったヤキトリは、もしやすると私の物だったのではありますまいか」と訊ねてみたとしよう。彼女が「何を言ってるんですか。これは私のヤキトリですよ」と答えた場合、私にはそれ以上なす術がない。一本だけになってしまった私のヤキトリ皿を指して「じゃあこれは一体どういうことですか」と詰め寄ったところで、「あなたが食べたんでしょう?」と言われてしまえば、それを論破することは不可能である。
 そもそもこの方法は相手がまちがえて私のヤキトリを食べてしまったという過失事故の場合にのみ解決できる方法であって、相手が意図的にヤキトリを食べていた場合、解決どころか血を見る事態にもなりかねない。

 また、彼女が己の非を認め、ヤキトリ一本分に相当する謝罪の気持ちを表明したとしても、私としては対応に困る。「わかればいいんですよ。これからは気を付けてくださいね」と応じたとして、私が受けた損害は取り戻せない。
 だいいち、ヤキトリ一本分の謝罪にしても、ふところに百万円の札束がある場合と二千円の小金しかない場合とでは、重みが違う。もし彼女がロスチャイルド家の令嬢だったとしたら、一本のヤキトリに対する私の情熱など、思いもいたるまい。

 といって、彼女たちの前に残っている塩風味のヤキトリを出されて「じゃあ代わりにこれを弁償します」と言われても困る。一言で言えば、この居酒屋のヤキトリはタレ風味以外、食えたものではないのだった。
「じゃあタレ風味のヤキトリを弁償します」という言葉が返ってきたときには一応の解決を見ることはできるが、その後の雰囲気が気まずいものになるであろうことは確実だ。
 カップル客は「ヤキトリ一本ぐらいでガタガタ言いやがって。セコイ男だぜ」と思うだろうし、連れの女性とて「ヤキトリの一本ぐらい、どうでもいいじゃない」と思うかもしれない。ヤキトリ一本のためだけにそれほどの重圧の中へ身を投じるのは、いくら所持金二千円の私とて避けたいところである。

 そう考えると、二つめの方法――犯人グループには事情を告げずに被害額相当の物品を強奪する――が注目されてくる。「目には目を、歯には歯を」というやつだ。「右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい」という言葉もあるが。
 この場合の強奪とは、犯人グループのテーブルからしかるべき食料を奪い取ることである。しかも都合の良いことに、彼らの注文したサイコロステーキは私の手のとどく所にあった。あれをニつ三つ食べることができれば――。私はそう考えた。
 が、これは大変な難事だった。なにしろ私は犯人グループ二人の目を盗みつつ、連れの女性の目をも欺かなければならないのである。一度だけならいざしらず、二度、三度と失敗せずにできるだろうか。ついでに言うならば、いくら正義が自分にあるとはいえ、ちょっとした罪悪感をも覚えずにいられなかった。このあたりが私の聖人たるゆえんである。

 犯人グループへの損害賠償を無視する対応法もあろう。これはすべての原因が自分にあると認め、犯人グループの過失(あるいは故意)を容認するというものである。わかりやすく言えば、泣き寝入りということだ。
 この方法を実践した場合に怖いのは、残ったもう一本のヤキトリさえも食べられてしまうかもしれないという可能性だ。見れば、犯人グループの女性は平然としてヤキトリを食べているのである。あたかもそれが彼女自身の口から注文されたヤキトリであるかのように。
 お嬢さん、あなたの注文したヤキトリは塩風味だったはずなのではありませんか。なぜそれに気がつきませんか。――と、私は無言で彼女のあやまちを指摘するのであった。
 それでも、彼女は気付かない。私にできることは、残った一本のヤキトリを彼女より先に食べてしまうことだけだった。
 争いごとを好まない私のような人間にとって、この方法は人生のあらゆる場面において適用される。先日も牛丼を食べに行った際、隣の客に私のお茶を飲まれてしまったのだが、私にできることはお茶をもう一つ注文することだけだった。こんな人生を続けていると、いつか牛丼も食べられてしまうのかもしれない。

 ここまで考えると、自分のヤキトリを赤の他人に食べられてしまったときにとるべき態度として正しい方法など存在しないように思える。いったい、どれが正しいのか。
 人はなぜヤキトリを食べるのか、人はなぜ他人のヤキトリを食べるのか、人はなぜ他人にヤキトリを食べられるのか――。これらの命題に、私はいまだ答えを出せずにいる。これこそ人類すべての叡智をかたむけて解決されるべき問題であるように思う。
 しかし、それ以上に難しい問題は、まちがって他人のヤキトリを食べてしまったことに気付いた場合の対処法かもしれない。私のヤキトリを食べ終えた彼女が、その串を皿の上に置くときに浮かべた驚愕の表情は、私にそう思わせるに十分すぎるものだった。



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