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 File.91  快適な呪殺生活のために


 いつもいつも牛丼やゲームの話ばかり書いているのではもうしわけないので、たまには少し役に立つことでも書いてみようと思う。

 たとえば、吉野家でのオーダーのとおしかただ。先日、「牛丼の並、味噌汁、しるだくで」という注文をした客がいた。しるだく、である。そんなものは存在しない。しかも、牛丼のあとにつけるべき言葉を味噌汁のあとにつけているのも問題だ。これではまるで味噌汁の大盛りをオーダーしているように聞こえるではないか。ここは本来、「ナミツユダク、ミソシル」と言うべきところである。吉野家関係者(客)には御配慮いただきたい。

 ところで、万人の役に立つ情報を提供するというのは難しい。たとえば牛丼にラー油をかけて食べるとうまいとか、4月5日から吉野家全品100円引きセールが始まるとかいう情報は牛丼信者にとって非常に役立つ情報だが、それ以外の(邪教の)人々には、なんの役にも立たない。ポートピア連続殺人事件の犯人がヤスであるということを知っているぐらい、役に立たないのである。
 では、万人に役立つ情報とはなにか。肩こりを治す方法、CDの音質を良くする方法、コンビニのおにぎりを簡単にあける方法。そんなものは、万人の役に立つとはいえない。たとえば、正しい呼吸の方法、正しい心臓の動かし方、正しい消化のしかた。そういうものが万人の役に立つ情報なのである。
 つまり、生きていくうえで必須の情報こそが、万人の求める情報なのだ。吉野家の特盛り牛丼がどうして650円から600円になったのかという情報など、だれも必要としていない。

 そこで今回の雑文では、万人に役立つ情報を提供しようと思う。情報というよりは知識だろうか。前もってことわっておくが、正しい呼吸の方法ではない。
 なにを提供するのかというと、正しい丑の刻参りの方法である。
 これからますます混沌としてゆく世紀末を生き抜くにあたって、丑の刻参りの作法ぐらいは万人が心得ておくべきであろう。憎い相手は即呪殺。それぐらいの心構えでなければ、これからの世の中を生きてはいけない。ある意味、正しい呼吸の方法よりも大事な知識といえよう。

 あなたが一般的な日本人であれば、丑の刻参りがどういうものか、だいたいの想像はつくと思う。憎い相手の髪の毛などを封じ込めたワラ人形に五寸釘を打ち込むというアレである。だれでも、一度や二度は経験したことがあるだろう。
 え? ないって? ……だいじょうぶ。だれでも人生の中で一度や二度は本気で呪殺を考えるものだ。あなたには、まだそうした出会いがないというだけのことにすぎない。いつか呪殺すべき相手と出会ったときのために今から勉強しておくのは、決して無駄なことではなかろう。私など、この知識がどれほど役に立ったことか。ワラ人形なしでは生きていけないほどである。

 さて、丑の刻参りだが、この原形となったものが史上初めて文献に登場するのは平家物語の劔巻「宇治の橋姫」である。ここでは、ある公家の娘が自分を捨てた男を呪い殺すため鬼となるべく京都貴船神社に篭もり、みごとに本懐を果たしている。「栄花物語」や藤原実資の「小右記」などを紐解くまでもなく、貴船神社は古来より呪詛の神として畏怖されてきたものであり、現在でもなおその力は衰えていないという。この貴船明神の降臨したのが、丑の年、丑の月、丑の日、丑の刻であったことが丑の刻参りの由来となっているという説もある。
 この丑の刻参りにワラ人形を組み込んだのが、陰陽道である。陰陽道では依り代(よりしろ)と呼ばれる人形や型紙などを頻繁に用いるが、狙った相手を呪殺する際にはワラ人形を用いたという。これに呪禁道の「厭魅」や民間に流布していた「呪い釘」と呼ばれる風習が取り入れられ、丑の刻参りは現在のような形となった。

 という蘊蓄は置いておくとして、正しい丑の刻参りの方法である。
 まず、身だしなみを整えなければならない。あらゆる儀式には一定の型がある。丑の刻参りも例外ではない。正しい知識を身につけ実践しなければ、呪いの力は消え失せてしまう。これから丑の刻参りをしようという人は、以下のような服装を整えてもらいたい。

・ 白装束
・ 厚く塗った白粉と口紅
・ 歯に鉄漿
・ ざんばらに乱した髪
・ 白い鼻緒の一本歯の高下駄
・ 白い鉢巻きに五徳を立て、その上に熊野の蝋燭を3本
・ 鬼胡桃の実から作った数珠
・ 丸鏡を首から下げる
・ 櫛を口にくわえる
・ 一反(約10メートル)の白い木綿の布を腰に巻いて垂らす

 すべてを用意するのは難しいかもしれないが、これこそ正しい丑の刻参りルックである。八つ墓村(野村監督版)を思い浮かべると近いかもしれない。「たたりじゃぁ〜」というヤツである。古いか。
 このような正装に身を包んだら、丑の刻(午前2時ごろ)を待って霊験あらたかな寺社へ行き、神木ないし大鳥居にワラ人形を据え、木槌でもって五寸釘を打ち込むのである。
 寺社への往復の際には、歩いてはいけない。一般的に丑の刻参りというと、夜道をひたひたと歩く女性の姿が連想されるが、これはまちがいだ。全力疾走するのが正しい姿なのである。このために、腰に布を巻いたのだ。寺社へ走るときには、この約10メートルの布の先端が地面に触れないように走らなければならないのである。(注:本当の話です)。
 まるで忍者の修行のようだが、一本足の高下駄を履いて全力疾走するのは忍者にも難しい芸当であるといえよう。しかも、頭には蝋燭、口には櫛である。カール・ルイスでも不可能かもしれない。カール・ルイス本人に丑の刻参りをさせてみたいところである。
 こうした(別の意味で殺人的な)丑の刻参りを一週間つづけるのだが、その間はだれにも姿を見られてはならない。見られてしまえば、呪いの力は霧消してしまう。こうして何日めかの夜、道をふさぐ黒い牛に出会うことがあれば、あなたはこれを乗り越えなければならない。それによってあなたの呪詛は成就し、憎む相手は死にいたる。

 次にワラ人形の作り方だが、これは意外とめんどうなので通販を利用すると良い。世の中便利になったもので、「呪いのワラ人形セット」というものがインターネット上で入手できるのだ。ワラ人形本体、打ち付け台、釘、蝋燭、パワーブレス、取り扱い説明書などがセットになって7500円である。パワーブレスというのがいかにもインチキくさいが、そんなことを言ってはいけない。この神秘の腕輪こそ、あなたの霊力を何倍にも高め、呪力をも増幅するのだ。それでもインチキっぽいと思う人は、パワーブレスでなく「力の腕輪」と考えれば良い。なんだかRPGの装備品みたいでよけいにインチキ度が増したような気もするが。とりあえずSTRが5ぐらい上昇しそうではある。
 もうすこし安く上げたい人には、「呪いのワラ人形自作キット」という商品もある。こちらは2000円。わりとリーズナブルな値段である。一週間連続使用で14000円だ。たったこれだけで憎む相手を呪い殺せるなら安いものであろう。人ひとりの命が14000円。まぁそんなもんだ。
 ちなみにこの通販サイトでは、「このような方にご利用いただいて」いるそうだ。

・ 学校、会社でいじめにあっている方
・ 彼氏、彼女に、ふられた方
・ 不倫、ふたまたをかけられている方
・ 左遷、リストラされた方
・ 自分の手柄を取られた方
・ 会社の同僚たちとの宴会芸で
・ 交通事故の被害者とその家族
・ こまった人に悩まされている方 など

 後のほうの3つはちょっとどうかと思うが、これぐらいの軽い気持ちで使うのが現代的丑の刻参りの作法かもしれない。なにかあったら即呪殺。そういった心構えでなければ、これからの日本を生きてゆくことはできないのだ。
 それでは読者の皆が楽しい呪殺ライフを送れるよう願いつつ、本稿を終えることとする。




 ……え? オチですか? ありません。……すみません。呪わないでください。



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