File.108 マーマレードの空(仮)
毎年のことだが、12月8日のラジオ放送はおもしろい。どういうわけか、この日に限って各局ともそろってビートルズの特集を組むのだ。ふだんは洋楽など流しもしない番組までもが”Hey Jude”や”Yesterday”を流し、いつもはラップやテクノばかり聴いているようなパーソナリティ(DJ)が「いやぁ、やっぱり名曲ですね」などと知った風なことを言ってくれる。笑うしかない。この日のためだけにラジオを持っても良いと言っても過言ではなかろう。
言うまでもなく、12月8日はジョン・レノンの命日だ。つまり彼への追悼としてのビートルズ特集なのである。ここで疑問に思うのは、なぜジョンの命日にだけビートルズ特集を組むのかということだ。彼らが解散した日やあるいは結成された日を記念しての特集というのは、ないことはないがあまり見かけない。このような例は他にもあって、たとえばフレディ・マーキュリーの命日にはクイーンの特集が組まれるし、ジョン・ボーナムの命日にはレッド・ツェッペリンの特集が組まれる。いずれの場合も、バンドの解散された日とは無関係だ。ジミ・ヘンドリクスの命日にはジミヘンの特集が組まれるが、これは特に問題ない。
もちろん、死者への哀悼は悪い行為ではない。ここで私が心配するのは、もしポール・マッカートニーが死んだ場合はどうするのかということである。365分の1の確率でポールが12月8日に死ねば、問題はない。問題なのは、それ以外の日に死んだ場合だ。このとき、いったいビートルズ特集はポールの命日とジョンの命日、どちらの日に組まれるのだろう。これは軽視できない問題だ。しかもこの問題は365分の364という確率でもって現実となるのである。ラジオ放送各局は、この問題をどうとらえているのだろう。
ビートルズを有名にさせたという点でポールはジョンに劣らない功労者だったし、実質的なリーダーであったと言っても過言ではない。それでも、20年間続いてきた伝統の名の下に、やはりビートルズ特集は12月8日に組まれるのだろうか。これでは「先に死んだもの勝ち」である。ポールが浮かばれない。
公平に考えて、ポールの命日にも特集を組むべきである。同様に、ジョージ・ハリソンの命日にもビートルズ特集をやる必要がある。リンゴ・スターの命日にも、ちょっとぐらいは特集を組んでやってもバチは当たらないだろう。かくして、ラジオ放送各局のビートルズ特集は1年間に4回おこなわれることになる。
だが、これはまだマシな方だ。他のバンド、たとえばキング・クリムゾンにこの方法を適用した場合、1年間で10回以上は追悼特集を組まなければならなくなる。特にジョン・ウェットンの命日など、同じ日にエイジア特集、ロキシー・ミュージック特集、ユーライア・ヒープ特集、ファミリー特集も組まなければならないから大変だ。これだけで一日が終わってしまう。もしそれがコージー・パウエルの命日だったらと考えると、恐ろしくて夜も眠れない。
ついてこられない人が多くなってきたようなので話をもどす。12月8日の話である。この日のビートルズ特集で多く見られる(聞かれる)のが人気投票だ。といってもメンバーの人気投票ではない。そんなものはわざわざやるまでもなく、リンゴが最下位だと決まっている。なにしろ某音楽雑誌でこの人気投票を実施したところマネージャーよりもランクが低かったという伝説つきの男である。もはや何のために存在しているのかわからない。きっと、ヤマハのドラムマシーンよりもランクが低いに違いない。そうでなくて、楽曲の人気投票だ。つまり「あなたが一番好きなビートルズの曲を一つだけ投票してください」というヤツである。
ビートルズ愛好家にこの言葉を投げかけたとき、返ってくる答えは様々だ。たとえば、”Let it be”や”Yesterday”が一番だと答える人。これはド素人である。ひどい場合には学校の英語の教科書でしかビートルズを知らない場合もある。カラオケで”Let it be”を歌う人は温かい目で見守ってあげなければいけない。しかし中には悟りを開いて解脱しきった果てにこう答える人もいるので注意が必要だ。
”Michelle”や”Norwegian wood”が好きだという人は中級者だ。しかも愛に飢えている。こういう人の前でうかつにビートルズを馬鹿にしてはいけない。ヘタをすると刺される。”Come together”、”A hard day's night”が好きな人はロッカーだ。ギターを与えてはいけない。延々と弾き語りを聴かされることになる。”Helter skelter”が好きな人はメタラーだ。ギターを与えなくてもエア・ギターを弾きはじめるので、逃げた方が良い。”Imagine”が好きだという人は質問の意図が理解できていない。もう一度同じ質問を繰り返して、それでも同じ答えが返ってきたら逃げた方が良い。最も危険なのは”Lucy in the sky with diamonds”が好きな人だ。これは間違いなくクスリをやっている。しかもかなりキツイやつだ。脇目もふらずに逃げるべきだろう。”Octopus's garden”が好きな人はリンゴ・スターが好きな人だ。普通ではない。やはり逃げた方が良い。
当然のことだが、ラジオの人気投票で上位にくる曲は毎年同じである。まちがっても”Piggies”や”Hey bulldog”のような曲は上位にこない。ベスト10あたりには、だいたい誰でも知っているような曲ばかりが並ぶ。
投票者は自分が票を投じた曲について色々と語ったりするのが慣例である。たとえば”Yesterday”が好きな東京都大田区の主婦、森本恵子さん(42)の場合はこうだ。「今の主人と初めてデートをしたとき、彼がギターで弾いてくれたのがこの曲でした。私はそれまでビートルズみたいなロックは好きではなかったのですが、彼のやさしいギターの音色を聴いているうちに以下略」といった具合である。また千葉県浦安市の受験生、黒沼洋一君(19)の場合は「僕の父は昔から洋楽が好きで、たくさんのレコードやCDを持っています。僕は子供のころから色々な音楽を聴いて育ち以下略」と、このように皆ビートルズについての想い出やこだわりを語ってくれる。皆作り話がうまいなぁと感心する思いだ。
じつは私もビートルズに関しては騙っておきたい過去がある。――あれは、私がゲームセンターでアルバイトをしていたころのことだ。そのころ、私は文章で身を立てたいという思いと、そんなことができるはずがないという思いの両方に板挟みにされて、なんともいえない鬱々とした日々を過ごしていた。そんなある日、たしか夏の終わりごろの季節だったと思う。私は一人の老人に出会った。今から考えると、それは奇跡とも言えるほどの出会いだったかもしれない。が、話の続きが思い浮かばないのでやめた。
今年の12月8日もまた、こりもせずラジオ放送各局はビートルズ特集を組むようである。「こんなバンドはウンザリだ」と言い捨ててビートルズを解散させたジョンが、果たしてこのような追悼を歓迎するのだろうか。そして、今年のメンバー人気投票でリンゴは4位につけることができるのか。興味は尽きない。
