File.119 愛しのジョセフィーヌ
今日は、私のジョセフィーヌについて語りたい。
まず最初に、彼女についての紹介が必要だろう。ジョセフィーヌは、3年ほど前から私の下で働いている携帯電話だ。CdmaOneともいう。ジョセフィーヌという名は、私がつけた。つい10秒ほど前に。つまりこれを書き始めたときに。なぜかというと、その方が話を進めやすいからだ。世の中には自分の車やパソコンに名前をつけて可愛がる、少し頭のおかしい人もいるようだが、私は特にそういう趣味は持っていない。はい、そこ、疑わないように。ジョセフィーヌという名前も、適当に思いついたものを使っただけだ。別に、ジェニファーでもマリアでもゴメスでも何でも良かったのである。いや、本当に。
そのジェニファーだが、最近まったく仕事をしないのである。友達がいなくて電話がかかってこないとかいうことではない。なんと、私のジェニファーは5分間働いただけで倒れてしまうのである。つまり電池が切れるのだ。満タンに充電した状態から、たったの5分ばかり通話しただけで落ちてしまうのである。これは、なかなか由々しき事態と言えよう。なにしろ、通話可能な時間が5分間しかないのだ。もはやケータイとしても電話としても失格の烙印を押さねばなるまい。彼女がこのようなことになってしまったことについての原因は、よくわからない。3日ほど前にちょっとしたハプニングで彼女と共に入浴してしまったのは、もしかすると少しばかり機嫌を損ねたかもしれないが。まぁ、これはあまり関係ないだろう。そう思いたい。いや、そう思わせてくれ。
幸いなことにというべきか不幸なことにというべきか、あるいは当然の帰結というべきか、とにかく現在の私は無職、無職、無職ゥゥゥ! なので、とりあえずのところキャサリンを充電器に差し込んだまま使用するという対処をとっている。これが実に不便だ。たいていの充電器の電源ケーブルというものは、1m程度しかない。それはそうだ。メーカーも、まさかケータイを充電器に差し込んだまま使うユーザーがいるとは考えてもいない。必然的に、電源ケーブルは短くなる。──そう、ほとんどのユーザーにとって充電器の電源ケーブルは邪魔なものでしかないのだ。恐ろしいことに、ケーブルそのものが存在しない機種さえも作られているのが現状なのである。しかし、そんな現状を快く思っていないユーザーが少なからず存在することを、メーカーは知るべきだろう。もしかすると私だけかもしれないが。私はメーカーに訴えたい。もっと充電器の電源ケーブルを長くしろ、と。コンセントから半径1m以内でしかケータイを使えない私たちのようなユーザーを、もっと保護しろと。
私の実体験によると、電源ケーブルは5m以上ほしい。これだけあれば、室内のどこででも通話できる。いっそ50kmぐらい用意してくれると、どこにでも携帯できて便利だ。これは半永久的に(電源ケーブルが断線したりしない限り)充電の切れない、ある意味理想的な携帯電話である。なんと画期的な商品だろう。特許を申請するに値する発明だ。しかしながら残念なことに、メーカーは充電器の電源ケーブルについてひどく無関心なのである。彼らにとって、それはどうでもいいことなのかもしれない。嘆かわしいことではあるが、とにかくも、たったの1mとはいえ私の充電器に電源ケーブルがついていたことには感謝すべきだろう。もしこの充電器がコンセントに直接差し込むタイプの(あの忌まわしい)充電器だったとしたら、私は一人で壁に向かって話しかけるという、コントかキチガイか分からない人になってしまうところだったのだから。
さて問題は、今後私が就職したときのことである。それが有り得ることか否かはこのさい考えないとして、このとき私のマリアをどう使うべきか。いまどき、ケータイなしでは仕事にならない。5分しか使えないケータイを持っているようでは、無能のレッテルを貼られるのも時間の問題だろう。まったくもってそのとおりなのであまり反論する気はないが、それにしてももう少し何とかしたいではないか。──では、どうするべきか。新しいケータイを購入するというのは愚策だ。なんでもすぐに買い換えるのは現代人の悪習である。私たちは、もっと地球のことを、環境のことを考えなければいけない。5分間しか動かないケータイだって、工夫次第でまだ使えるのだ。たぶん。
調べてみると、世の中には携帯用携帯充電器という、文字だけではよくわからないツールが存在することを知った。要するに、屋外で携帯電話に充電するための充電池だ。これだとばかりに、私は安物のケータイ用ケータイ充電器を買った。──どうもこの名称はややこしいので、今後これをジョンと呼ぶことにする。いや、犬みたいでカッコ悪いな。ジョニーにしよう。よし、いくぞジョニー!
なんだかよくわからないことになったが、とにかくそのようにして私のメイはジョニーという相棒を得た。これで、どこへ行っても電池の心配をする必要はない。──と思ったのは、ジョニーを買ったその日だけだった。次の日、私はひどい失望感に苛まれた。あろうことか、ジョニーはフル充電してもメイに1回しか充電できなかったのである。まるで、浪費家の妻と安月給の夫のような二人なのであった。こいつはひどい役立たずだと判断した私は彼をパンチョと改名したが、事態は何一つ好転しなかった。
私は更に調べた。すると、携帯用自家発電充電器なるものが存在するではないか。これだ! 21世紀は電気を買う時代ではない。我々一人一人が電気を生産してこそ、地球環境が保たれるのだ。だがしかし、これら自家発電機のスペック(発電量)はあまりに低く、とてもではないが私のミシェールを養えないという事実が判明した。手回し式の発電や太陽電池による発電などは、ごく微量の電気しか得られないのだ。これではダメだ。ミシェールには、もっとふさわしいパートナー(強力な電源)が必要なのだ。
私は彼女を養うことのできる発電方法を調べて回った。そして、原子力発電という答えに行き着いたのであった。携帯電話用携帯型原子力発電機。これさえあれば、浪費姫テレサも使い放題である。素晴らしきかなマンハッタン計画。だが、これにはいくつか問題がある。一つには、発電機自体がやや危険だということ。もう一つは環境にやさしくないということだ。サイズがちょっと大きいのも問題だが、それは発電所──じゃなかった、発電機の常なので仕方ない。私は別の発電方法を模索した。
そして、私はついに究極の携帯用発電機を考え付いたのであった。地球の重力をエネルギーに替える完全クリーンな発電方法である。重力発電と呼ばれるこの電源は、環境にやさしく、燃料も安価で、文句のつけようのない代物だった。その仕様は、こうだ。容器に流体を詰める。それを地球の重力によって運動させる。この運動する流体でタービンを回し、発電するのだ。世間では水力発電とか呼ばれているらしい。ダムとも言う。なにやら原子力発電より大型化してしまったような気もするが、環境のことを考えれば妥当な結論といえよう。
ところで、このケータイ用ダム型充電器を建設するのと新しい携帯電話を買うのとでは、どちらが地球にやさしいのだろう。教えてくれ、ゴメス。
