貴女に教える、正しい誘いの断りかた


 たとえば、あなたが見目麗しい女性で、しかも男性諸氏の関心を惹かずにはおかない美貌の持ち主だったとする。
 必然的に、あなたは多くの男から声をかけられ、あるいは口説かれることだろう。冗談半分で声をかけられるのは、まだ良い。こまるのは、真剣に口説き落とそうとする男たちへの対応だ。
 コンパで意気投合して遊んだは良いが、最後までは行きたくない。そんなケースもあるだろう。男のほうは、すっかりホテルへ行く気でいる。あなたは全然そんな気分ではない。さて、そのようなとき、どうやって断るか。

「家族が心配するから」
 あなたが親と同居している女性ならば、これは最も一般的な常套句と言えよう。だが、これは理想的な断りかたではない。自宅に電話で連絡すれば済むことだし、高校生程度ならともかく大人の女性が用いる手段ではない。無論、一人暮らしの女性には不可能な方法だ。つけくわえるなら、この言いわけには面白味のカケラもない。

「明日、仕事だから」
 これもまた、よく用いられる方法である。平日限定の手段としては悪くないが、それでも時刻がまだ早い場合、これは説得力に欠ける。「すぐ終わるから」などと言われれば、どうしようもない。なにが「すぐ終わる」のかは不明だが。

「帰ってテレビ見ないと」
 墓穴を掘ったも同然の答えだ。たいていのホテルには、テレビぐらい置いてあるものである。
「うちのテレビはBS対応なの」
 そのような追加の言いわけも可能だが、そうしたテレビが設置されているホテルが存在することも、あなたは知っておくべきであろう。

「今日、アノ日だから……」
 一時の羞恥心に耐えることができる、あるいは羞恥心のカケラも感じないことができるならば、これは実に効果的な手段である。――ただし、世の中にはそういう趣味性癖を持つ男がいることも忘れてはならない。(私ではない。念のため)

「うちのネコちゃんにエサあげないと」
 これは、かなり理想的な方法と言えよう。ただ、これを用いるならば、それなりの伏線が必要である。それまでの会話であなたが猫を飼っていることをアピールしておかなければ、確実にその場しのぎの言いわけと受け取られる。実際に猫を飼っているのなら乱用もかまわないが、そうでないのなら後日その嘘が露見する可能性も考えるべきだ。とはいえ、この方法が有用であることに変わりはない。

 つい先日まで、私はこの最後の方法が最も有効な断りかたであろうと信じていた。ペットにエサをやるというのは自宅に帰る理由としては十分であり、かつ責任をペットに転嫁することができるという点も評価に値する。
 だが先日、私はこれを凌駕する断り方を知るに至った。それは――、

「帰って糠床かきまぜないと」
 ヌカドコ、である。糠漬けを作るための、アレだ。
 この方法の優れている点はいくつもあるが、まず第一にウケを狙えるという点が大きい。あなたが美しい女性であればあるほど、「糠床」という言葉の与える衝撃は増す。あなたの美貌と「糠床」のギャップ、その開きが大きいほど、この言いわけは効果的なのである。
「先祖代々伝えられてきた糠床だから、絶対に腐らせちゃいけないの」
 そういったオプションを加えることにより、この方法は他に比類のない断り文句にまで昇華される。
「戦時中、私の祖母は空襲から糠床を守ろうとして命を落とした」とか、「私の母は糠床のために離婚した」などの脚色も悪くない。それらによって、相手の男はあなたの糠床にかける想いを知ることだろう。
 応用として、あなたが待ち合わせに遅刻した場合など、
「ごめんね、ちょっと糠床かきまぜてたから」
 という言いわけにも使える。

 これほどに有用なアイテムであるにも関わらず、昨今の若い女性による糠床所有率は低迷の一途をたどっているとのことである。まことにもって、嘆かわしい。猫を飼うぐらいなら糠床を飼え、と私は言いたい。猫をかわいがるより、糠床をかきまぜるほうが遥かに生産的だ。

 晴れて糠床を手に入れることができたなら、もうあなたはコンパでは無敵の女である。
 いついかなる状況からでも、
「あら、ごめんなさい。家に帰って糠床をまぜまぜしませんと」
 この一言で、だれにも文句を言わせず帰宅することが可能なのだ。糠床を所持していない周囲の女性から羨望の眼差しを向けられること間違いなしである。ただし、「糠漬け女」という蔑称を与えられたとしても、当方は一切責任を持たないが。


 ところで先日お会いしたエリコさん、あなた本当に糠床なんか持ってるんですか?



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