永遠の勇者


「アニキ、起きなさい」
「zzz」
「アニキ、起きないと遅れるわよ」
「……?」
 アニキ?
 だれのことだ、それは。
「ああ、やっと起きたわね。さぁ用意して」
「用意?」
「急がないと王様に怒られるわよ。アニキったら、ぜんぜん目を覚まさないんだから」
「何だよ王様って。それにアンタ、俺の母親じゃないのか? 『アニキ』ってのはどういうワケだ」
「あなたのお父様が死んでから7年。長かったわ……。でも、今日からあなたも一人前の勇者なのね」
「話を聞けよ。それに誰が勇者だって?」
「さぁ、王様が待っているわ。早くお城へ」
「勝手に話を進めるなって」
「がんばってね、アニキ」
「だから、なんでアニキなんだよっ!」
「がんばってね、アニキ」
「おい」
「がんばってね、アニキ」
「九官鳥か、アンタは」
「がんばってね、アニキ」
「……壊れてやがる」

 家を出ると、そこには縮尺をまちがえたとしか思えない街の光景が広がっていた。道行く人々は皆ひとこともしゃべらず、俺が話しかけたときだけ返事を返す。それも、何回聞いても同じことを繰り返すばかりだ。
「よっ、アニキ。王様が城で待ってるぜ」
 なんでそんなこと知ってるんだよ、おまえ。
「まぁ、アニキも立派になって……。あなたのお父様も天国で喜んでいることでしょうね」
 毎日会ってるんじゃないのか、近所のババア。
「武器や防具は持っているだけじゃ役に立たないぜ。しっかり装備しないとな」
 よけいなお世話だ。だいいち、武器も防具も持ってねぇよ。
 だが、これでようやく理解できた。どうやら、『アニキ』というのが俺の名前らしい。俺の親は何を考えていたんだ。――いや、プレイヤーか。

 頭を抱えながら、俺は城へ向かった。何人かの衛兵たちが城内のあちこちに配備されているものの、止められることはない。しかも、城門から王の謁見室まではほとんど一直線だった。こんな無防備な城があっていいのか。
 謁見室に入るのも国王に話しかけるのにも、許可は必要なかった。どうやら、王様は俺が来るのを待ち続けていたらしい。おそらく、俺が来なければ永遠にその玉座から動かなかったのに違いない。こんなヒマな国王がいたら見てみたいものだ。いま見ているが。
 王は言った。
「おお、勇者アニキよ。待ちわびておったぞ」
「その『おお』ってのヤメてくれない?」
「さっそくだが、おぬしは知っておるか? この世界がいま重大な危機に瀕しておることを」
「はじまったか……」
 俺は溜め息をついた。
「噂によると、魔王○○○が復活したらしい。奴は、この世界を滅ぼそうとしておるのだ」
「国王ともあろうものが、そんな重大な情報を市民に暴露してもいいのか。それに『噂』ってのは何だよ。しっかり裏を取ってから言ってくれ」
「勇者であったおぬしの父は、魔王の復活を阻止しようとして死んだ。いまや、我らの頼みの綱はおぬししかおらんのだ」
「そう言われても、俺レベル1なんだけど……。たぶん、アンタのほうが強いと思うぞ」
「アニキよ、魔王を倒すのだ。やってくれるな?」
「冗談だろ」
「やってくれるな?」
「イヤだっつーの。だれが好きこのんで魔王なんかと戦うか」
「やってくれるな?」
「アンタがやればいいだろ」
「やってくれるな?」
「くそ、動けねぇ」
「やってくれるな?」
「引き受けるまで永久に繰り返すつもりか」
「やってくれるな?」
「はぁ、わかったよ。やるよ、やりますよ。やればいいんだろ」
 朝から晩まで玉座に座って平然としているような狂人と我慢くらべをしても勝ち目はない。不承不承、俺は引き受けた。
「おお、さすがは勇者の血を引く者よ。心強い返答、しかと聞いたぞ」
「だから、『おお』はヤメロよ」
「では、冒険のための道具と軍資金を与えよう。受け取るが良い」
 そう言って王が手渡したのは、銅の剣と布の服、それに50ゴールドぽっちの現金だけだった。
 こんな装備で、どうやって魔王と戦えってんだ。俺を殺す気か? それとも、この国の財政はそんなに厳しいのか? 50ゴールドごときの金を国王がもったいぶって渡すほどの財政難だったら、この国は今日中にも滅びるぞ。
「もう少しマシな武器をよこせ」
 俺は当然の要求をしてみたが、ダメだった。
「さあ行くのだ、勇者アニキよ」
 どれだけ抗議してみても、王の口から出てくる言葉はそれだけだった。無敵の九官鳥モードだ。
 もらったばかりの銅の剣を王に叩き付けたい衝動に駆られながら、俺は城を後にした。

 そのまま家へ帰って寝てしまっても良かったのだが、乗りかかった船だ。仕方ない。
 まずは、情報と仲間を集めなければならないようだ。そういうときには、とりあえず酒場に行くのが常識らしい。そんな常識を、俺は今の今まで知らなかった。酒場なんてものは、ロクでもない社会不適合者の集会所のような場所だと思っていたのだが。まぁ、考えてみれば冒険者なんてのは社会からドロップアウトした人生の落伍者のようなものかもしれない。
 だが、今日からは俺もその仲間入りを果たすのか。そんな自虐的な思いをひきずりながら、俺は酒場をのぞきこんだ。すると――、いるいる。食い詰め浪人どもの群れが。いつから酒場は職安になったのだろうか。
 無数の落伍者どもの中から、俺は比較的屈強そうに見える男に声をかけた。

「なんだ? あんた、冒険の仲間を探してるのか? だったら、このオレにしておきな。損はさせないぜ」
 言いながら、男は腰に差した剣を軽く叩く。
「ほう。自信があるようだな」
「自慢じゃないが、この酒場でオレより強い冒険者はいないぜ」
 なるほど、たしかにざっと店内を見渡したところ、この男より強そうな戦士は他に見当たらない。俺は一人めの仲間をこの男に決めた。
「よし、仲間にしてやる。俺の名前は『アニキ』だ。おまえは?」
「ついさっきまではジェイガンと名乗っていた」
「さっきまでは?」
「そうだ」
「いまは?」
「ちょっと待て」
「?」
「……決まったらしい。オレの名は『オヤジ』だ。よろしくな、アニキ」
「……」
 どうやら、ここでもまたプレイヤーの趣味が現れたようだ。「アニキ」に「オヤジ」か。いったい、どんなパーティーにするつもりだ。どうやら、まじめにやる気はないらしい。ひどいプレイヤーもあったものだが、まぁいい。名前など、しょせん記号にすぎない。「アニキ」でも「ああああ」でも、好きなようにつければいい。
 それよりも俺が驚いたのは、戦士オヤジがレベル1だったという事実だ。しかも、装備は棍棒に布の服というお粗末ぶり。たしかアンタ、冒険者だとか言ってなかったか? 今までどこを冒険してたんだ? 身分詐称で告訴するぞ、おい。
 そんな俺の思いをよそに、オヤジは「さぁ魔物どもを倒しにいこうぜ」などと息巻いている。レベル1の分際で何をほざいてるんだ、この馬鹿は。

 俺は馬鹿をほうっておいて次の仲間を探した。
「かわいいネーチャンがいいな。かわいいネーチャン」
 オヤジがうるさい。
「あの女武闘家なんかいいんじゃねぇか? オリエンタルな感じでさ」
 おまえの趣味なんぞ聞いてねーっつーの。どうやら、「オヤジ」という名はあながち間違ってもいなかったようだ。
 俺はオヤジを無視して仲間を物色する。
 聞いたところによると、この世界のセオリーとしては魔法使いと僧侶を一人ずつ入れるのが正解だとか。
 だが――、どいつもこいつも頼りなさそうな顔つきをしたヤツばかりだ。おそらく、この酒場に溜まっている冒険者とは名ばかりの社会不適合者どもは、全員そろってレベル1なのだろう。たよりにならないのは当たり前だ。――もっとも、俺もレベルは1だから、あまり大きなことは言えない。
 考えてみれば誰を選んでもレベル1なのだから悩むだけ馬鹿らしいということに気付いた俺は、手近な僧侶(♂)と魔法使い(♀)を仲間にした。俺としてはどちらも男で良かったのだが、戦士オヤジが「女を入れろ」とうるさいので、その意見を飲んだに過ぎない。まったく、おまえを女にしておけば良かったよ。
 そして、案の定と言うべきか、魔法使いも僧侶もレベルは1だった。僧侶のほうは回復の呪文が使えるからまだ良いが、魔法使いにいたっては子供だましのような攻撃魔法をたった一つ使えるだけだった。それでよく魔法使いを名乗れたものだ。恥ずかしくないのだろうか。――いや、いちばん恥ずかしいのは「勇者」の俺かもしれないが。
 まったく、「勇者」だぜ、勇者。しかも、「職業:勇者」だ。そんな職についている人間を、俺は他に見たことがない。いったいどうやって収入を得ているんだ。「職業:盗賊」のほうが、まだマシだ。

「どうしたんですか? 勇者アニキさん」
 そう言って肩を叩いたのは僧侶だった。たしか、名前は「おしょう」だ。
「いや、なんでもない」
「しっかりしてよね。あなたがリーダーなんだから」
 と、女魔法使い。こいつの名前は「あねご」だった。俺には、このプレイヤーの趣味が理解できない。
「そうそう。オレたちは、あんたについていくしかねぇんだぜ。あんたが動かなけりゃ、オレたちはここから一歩も動けねぇんだ」
 戦士オヤジが言った。
 そんな馬鹿なことがあるかと俺は一笑に付したが、実際のところはオヤジの言うとおりだった。どういうわけか、3人は俺の後について歩くことしかできないらしい。……というか、常についてくる。金魚のフンどころの騒ぎではない。風呂や便所にもついてきかねない勢いだ。
「大丈夫よ。この世界に風呂やトイレなんてないんだから」
 俺の考えを読み取ったのか、魔法使いのあねごがそう言った。
「そんな馬鹿な!」
「だって、本当にないんだからしょうがないじゃない。それより早く冒険に行きましょうよ」
「とにかく行こうぜ。魔王とやらを倒すんだろ」
 と、オヤジ。
 俺には、この世界のすべてが冗談なのではないかと思えてきた。

 街を出ると、さっそくスライムに出くわした。
「行くぜ、野郎ども!」
「あたしの魔法を受けてみな!」
 オヤジとあねごは、なぜか異様に張り切っている。レベル1なのに。しかたなく、俺もナマクラを振るって戦う。僧侶のおしょうは、ひたすら傍観を決め込んでいるようだ。たしかに回復の魔法は重要だが、どうも納得が行かない。
 苦戦のすえに何匹かのスライムを倒すと、俺たちは一斉にレベルが上がった。何もしていない僧侶も一緒に。――やはり納得が行かない。
 隣の街に着くころには、俺たちは全員レベル4になっていた。こんな簡単にレベルが上がるのなら、やはり酒場にたむろしていた連中は冒険などしていなかったのに違いない。あるいは自宅の中の冒険でもしていたのだろうか。とにかくインチキ野郎ばかりだったということだ。

「さぁ、宿屋に泊まって体力を回復しましょう」
 街の前で、おしょうが当然の提案をした。
「そうね。そろそろMPも切れたし」
「オレさまはまだまだ行けるぜ」
「あなたはいいでしょうけど、あたしはMPがなかったら何もできないの!」
「まぁまぁ。……ところでアニキさん、どうしました?」
「ああ、あれを見てみろ」
 俺は東の方角を指差した。
「川がありますね」
「橋がかかっているだろ。その向こうだ」
「……洞窟でしょうか、あれは」
「そのようだな。気にならないか?」
「たしかに、気にはなります」
「よし、それなら行ってみよう」
「宿屋で一休みしてからの方がよろしいのでは?」
「大丈夫だろ。どうせ弱い敵ばかりだ。薬草もあるしな」
「しかし、私たちはMPが……」
「……」
 面倒なので、俺は聞く耳持たずに歩き出した。どうせ、俺が歩けば他の3人はついてくるしかないのだ。勇者の特権も、こんなときには悪くない。
「アニキもなかなか勇者らしくなってきたじゃねぇか」
 と、オヤジ。
 勇者というより暴君じゃないのかと思ったが、口にはしなかった。どちらも大して変わりない。おしょうとあねごは不服そうだったが、知ったことではなかった。俺は俺のやりたいようにやる。そう思いつつ橋を渡った途端――。

 モンスターが現れた。スライムではなかった。無論、スライムベスでもない。
 ゴーレムだった。
「なっ、なんでやねん!」
 戦士オヤジは、なぜか関西弁でツッコミを入れていた。誰にツッコんだのかは不明だった。
 唖然とするおしょう。
 勝てるワケがない。俺たちは反射的に「にげる」コマンドを選んでいた。が、逃げられない。素早く回り込んだゴーレムが、強烈な一撃をおしょうに与えた。HP30のおしょうは、10回ぐらい死ねるほどのダメージを受けて即死した。
「おしょうっ!」
 あねごが叫ぶ。
 俺たちは再度、逃げようと試みた。しかし、同じことだった。機敏な動作で立ちふさがったゴーレムが、今度はあねごに攻撃を加えた。やはり10回死ねるダメージを食らって、あねごは倒れた。
 このまま全滅するのか……っ!
 なかば諦めながら、俺はもう一度「にげる」を選んだ。
 すると――、

 祈りが神に通じたのだろうか。俺たちはゴーレムの手から逃れることができた。
 よっしゃあ!
 思わずガッツポーズをとってしまう。このまま橋までダッシュ――と思ったが、なぜか足が重い。
 振り返ってみると、俺とオヤジの後ろには2つの棺桶がつながっていた。
 ここまで用意の良い人間を、俺は見たことがなかった。いったいこの世のどこに、棺桶を持ち歩いている人間がいるだろうか。しかも、彼らは自らの力で入棺したのである。まるで、どこぞのレスラーではないか。俺にはできない芸当だ。などと感心している場合ではない。とにかくこの場を離れなければ。
 しかし重いぞ、この棺桶。こんなものを2つも引きずって歩いている人間も、俺は見たことがなかった。その棺桶の重さが災いしたのだろう。橋まであと一歩というところで、俺たちはキメラにつかまっていた。
 無論、「にげる」!

 アニキたちは逃げ出した。
 ……しかし、回り込まれてしまった。
 キメラの攻撃。
 アニキは180のダメージを受けた。
 アニキは死んだ。

「ア、アニキ! アニキぃぃッ!」
 オヤジの絶叫が響き渡った。
 ――なぜだ。なぜ、川を一歩越えただけで……。
 薄れてゆく意識の中で、俺は問いを繰り返していた。
 ――だが、まぁいい。これで魔王退治とかいう馬鹿馬鹿しいことからも、「職業:勇者」という恥ずかしい肩書きからも解放されるんだ。そう考えれば、死ぬのも悪くない。
 俺は、どこか満足な心持ちで永遠の眠りについた――。






 ――ハズだった。
 気がつくと、俺は国王の前にいた。
 後ろを見ると、3つの棺桶。
 王は言った。
「おお、アニキよ。死んでしまうとは情けない!」
 死んでから怒られるとは、考えたこともなかった。どうやら、俺は死ぬまで――いや死んでからも「勇者」をやめることはできないらしい。棺桶から引っ張り出した薬草で傷を治しながら、俺は深く溜め息をついた。





 ――つづく(はずがない)




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