まえる


 世の中には誤植があふれている。
 ごぞんじでない方のために説明すると、誤植とはこぬいうものだ。
 新聞や雑誌、その他あらゆる紙媒体で誤植は見かけることができる。だれでも、「らめーん」や「ぎょざー」などの誤植を見かけたことはあるだろう。「水戸黄色」「エリック・プランクトン」などの誤植も比較的ポピュラーなものである。

 私は誤字や誤植といったものにはうるさい人間なので、だれも気付かないような些細な誤植を発見することが多い。先日も、ある雑誌をめくっているときに普通では気付かないような誤植を発見した。
 前後の文脈は忘れたが、読者からの投稿欄だったと記憶している。たしか、このような文章だった。
「私は一歳の男の子を持つ主婦です。いつも『アァンアァンアァン』を読んでいるのですが……(以下略)」
 凄いタイトルの本もあるものだと感心してしまったが、その後を読み進めてゆくにつれ、それが「ファンファンファン」という育児雑誌の誤植であることが判明した。一瞬、アダルト雑誌かと思ってしまったのは私だけではないはずだ。なにしろ、「アァンアァンアァン」である。なにも3回も繰り返すことはないのではないか。本当に過失による事故なのかという疑惑もぬぐえない。

 このケースでは、誤植にいたった原因は明らかだ。「フ」と「ア」が似ているために引き起こされた誤植にほかならない。以前、ゲーム・ショップの店頭で「ファイナル・アァンタジー」という記述を見かけたことがあるが、それと同じ事例である。もっとも、平気で同じミスを3回繰り返しているあたり、「アァンアァンアァン」のほうが数段上だが。
 こうした、字面が似ているために発生する誤字は、各種ある誤字の中で最も一般的かつ多様性に富んだものである。少し思い出してみただけでも、「地引き綱」「ちかれ話」「チチマグナム」「ヤックスと嘘とビデオテープ」など枚挙に暇がない。いずれも、その因果関係は明らかだ。それにしても、チチマグナムで撃たれた人間は成仏できまい。いや、できるかも。

 誤植の症例には、この「近似フォント法」以外にも何種類かの原因が存在する。
 たとえば、「置換法」だ。先述の「らめーん」は、これに当たる。どういうわけか勝手に文字を入れ替えてしまうのが最大の特徴(というか原因)で、新聞の折り込み広告などに「大ゲバーン!」などの置換誤植を発見したことのある人も少なくないはずだ。
 以前、私は「チャイルド・レイプ」というタイトルを映画雑誌で見たことがある。どんな映画だ、いったい。いやしかし、考えてみればこの映画、もとのタイトルもちょっとアレかもしれないが。

 次に挙げられるのは「脱字法」だ。説明するまでもないので、いくつか症例を挙げておこう。いずれも新聞のTV欄で見かけたものである。
「あぶない事」
 たしかに危ないことではある。
「不良少女とばれて」
 ばれちゃしょうがないよなぁ。
「ひとつ根の下」
 すでに埋葬された後のようだ。
「うちの子にぎって」
 寿司屋にでも行ってください。それともソープか。

 次に「誤変換法」
 言うまでもなく、漢字への変換をまちがえたものである。
「インディ・ジョーンズ〜魔球の伝説」「アッシャー毛の崩壊」「ジョジョの奇妙な剖検」などが、私の記憶には残されている。

 このほか、「スライド法」「ルール無用法」などがある。それぞれ、名称から判断してほしい。
 以下に私の発見した誤植を列記してみる。いずれの原因によるものか考えてみるのも一興だろう。


・ 飢餓伝説
 大旱魃に見舞われたアフリカ中西部。一杯のミルクをめぐって最強の男たちが戦う対戦格闘ゲーム。
(正)餓狼伝説……言わずと知れたSNKの対戦格闘ゲーム。

・ タンボアウトラン
 トラクターで水田を疾走する、対戦型レースゲーム。
(正)ターボアウトラン……名作レースゲーム「アウトラン」の続編。

・ 電車でCO!
 反政府ゲリラが通勤ラッシュの山手線に炭酸ガスをまき散らす。(動機は不明)
(正)電車でGO!……電車を止めるゲーム。

・ ファイナルゴロー
 過疎化した村を立てなおすべく、300年続く豪農の五男坊が活躍する農園経営シミュレーション。
(正)ファイナルブロー……ボクシングゲーム。

・ ソング
 その歌を聴いた者は、一週間以内にあることをしなければならない――。非業の死を遂げた伝説の演歌歌手貝子の恐るべき呪いとは!
(正)リング……ボクシング小説。(嘘)

・ まるぼしの女
 殺人の嫌疑をかけられた主人公は、アリバイ証明のためにある女を捜す。その女とは、丸干しの行商を営む老女であった。
(正)まぼろしの女……徒労という名の小説。

・ 野獣死すべさ
 どちらの出身ですか?
(正)野獣死すべし……ある密猟者の実体験ルポ。(嘘)

・ 2001年宇宙の族
 広大な宇宙を舞台に暴走族グループたちの抗争と破滅を描き出す、本格スペース・オペラ。
(正)2001年宇宙の旅……催眠効果を持つSF映画。

・ オメーン
 面を攻めるのが得意な剣道家の物語。
(正)オーメン……剃髪推進委員会推奨映画作品。

・ いきれ
 300人を取り上げたという伝説の産婆を主人公にしたヒューマンドラマ。
(正)いきる……黒澤監督の名作、らしい。

・ 俺がハマだー!
 はいはい、あなたが浜さんなんですね。
(正)俺がハマーだ!……無差別発砲が趣味の刑事ドラマ。

・ 太陽にまえろ!
 まえろって言われてもなぁ。
(正)太陽にほえろ!……殉職ドラマ。

・ 月にまえる
 勝手にまえってください。
(正)月にほえる……萩原朔太郎。

・ マエロ
 しつこいなぁ。
(正)マエストロ……ジョン・ガードナー作。音楽家の話、ではない。


 まったく、世の中は誤字だらけであろ。



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