忍者バーガーTRPG


 その夜、一人の忍者がホワイトハウスに忍び込もうとしていた。
 彼の手にあるのは、オカ・モチに詰め込まれたハンバーガーセット。これを刻限までに大統領執務室へ届けるのが、黒装束の男──ヤヒロ・ザ・ブラックキャット・サンに与えられたミッションだ。
 のこされた時間は、あと五分。番犬を眠らせ、赤外線レーザー、感圧センサー床、その他さまざまの電子セキュリティをかいくぐり、ヤヒロ・サンは執務室をめざす。
 失敗は許されなかった。地球上いかなる場所へも30分以内にハンバーガーを配達する闇のバーガーショップ『忍者バーガー』
 彼は、その誉れ高き社員であるのだから──。



 米国のオンラインハンバーガー店『忍者バーガー』がオープンしたのは、かれこれ10年ほど昔のことである。オンライン受注限定のファーストフードは日本では珍しいが、米国ではさほど珍しくもない。しかし、忍者バーガーは基本理念からして世界的にも超レアな存在だった。その宣伝文句は、こういうものだ。
『30分以内におとどけできなければ、切腹しておわびします!』
 そして、「世界中いかなる場所へも30分以内におとどけ!」と続くのである。
 セキュリティ万全のホワイトハウスやペンタゴンはもちろん、エベレストの山頂、深度五千メートルの深海艇、そして電脳のマトリックス空間。いかなる場所にも30分でおとどけするのが忍者バーガーなのであった。
 注文方法は、いたって簡単。オーダーフォームに、注文したい商品と受取人の名前を打ち込むだけである。住所も電話番号も入力する必要はない。それで商品がとどくのかと疑問に思うだろうが、心配は無用だ。諜報のプロである忍者は、すべてをあらかじめ知っているのだ。彼らに不可能はない。
「これは凄い! チョー便利だ!」と思ったのかどうか知らないが、忍者バーガーには開店直後から「本気の」オーダーが何万件も押し寄せた。国外からの注文も多く、ヨーロッパやオーストラリアから「30分で到着しなかったら本当にハラキリするのか」などの問い合わせが殺到したという。どこにでも、頭の悪い人はいるものである。ぜんぶショー・コスギのせいだ。

 この忍者バーガーは、ゲーム化されている。
 コンピューターゲームでなくTRPGだ。テーブルトーク・ロールプレイングゲーム。ようするに、プレイヤーが忍者バーガーの社員になって「世界中どこでも30分以内にハンバーガーをおとどけ!」という阿呆……すばらしい理念を実践するゲームだ。
 基本的なルールは簡単。30分以内にバーガーを宅配するだけである。ただし、プレイヤーにはさまざまな「シノビのオキテ」が課せられている。たとえば、「だれにも正体を知られてはいけない」とか「マネージャーの指示に逆らってはならない」とか「語尾には『ござる』をつける」といった具合に。
 これらの掟は、忍者マネージャー(GM)の一存で決定される。つまりゲームマスターの信念、趣味、良心、慈悲といったものにすべてがゆだねられているのだ。
 しかしながら残念なことに──これは個人的な意見になるが──忍者バーガーのGMには、良心や慈悲の心を失った者が多い。わけもなく理不尽な掟を作って無辜のプレイヤーを意味なく苦しませようとする嗜虐的な輩が多いのだ。あれはどうにかならないものだろうか。マジで。おそらく彼らはハンバーガーの食いすぎで頭が悪くなったんだと思う。──もっとも、ゲームの製作者からしてアタマおかしいのは明白だが。

 話をもどそう。ともかく、忍びの掟は厳守しなければならない。
 この掟をやぶった者はDishonorable(不名誉)なので、ケジメとして指をつめる決まりだ。不名誉値1ポイントにつき指1本を落とさなければならない。それは忍者でなくヤクザなのではと思うかもしれないが、実際問題そういうルールなので仕方ない。(米国人の作ったゲームだ!)
 さらに、激しく不名誉のできごとがあったときは2D6(6面ダイス2個)を振って、ご先祖の怒りチェックをする。出た目の合計が指の数を超えた場合、天罰によって何らかの事故/災害が発生する。
 その内容はアクシデントシートで決まるのだが、ここに書かれている事故/災害がまた尋常なものではなく、場合によっては隕石の雨が周囲一帯に降りそそぎ、忍者も一般市民も一人残らず全滅する。かなり無茶である。

 このゲームは非常に難易度が高く、能力値やプレイヤースキル(言いくるめ)の低い忍者はあっというまにすべての指を失う。そして不名誉をつぐなうだけの指が足りなくなると、待っているのはSeppuku-Timeだ。ルールブックには、こう書かれている。
「つめる指の足りなくなった忍者は切腹します。その際、プレイヤーはキャラクターシートを引き裂きながら『私はニンジャバーガー社の名誉を汚したので切腹いたします!』と叫んでハラキリのパントマイムをしなければなりません」
 ざんねんなことに、切腹した忍者は死亡する。



 ヤヒロ・ザ・ブラックキャット・サンは優秀な忍者だった。STRこそ平凡だが、AGIが17と高く、これまで数々のミッションを無傷で切り抜けてきた。今回ホワイトハウスへのデマエを成功させれば、シテンチョーの座も夢ではなかった。──どうでもいいことだが、「サン」というのは太陽とかの意味ではなく日本語で他人を呼ぶときの「○○さん」の意味であることを注釈しておく。
 今夜もヤヒロ・サンは無事ホワイトハウスに忍び込み、執務室の天井裏に隠れて最後の判定をおこなうところだった。忍者バーガーのデマエにおいて、もっとも緊張の走る瞬間。すなわち、カスタマーに気付かれることなくハンバーガーを置いてくるシーンである。
 3D6を振り、Inton-jitsu(隠遁術)チェックに挑戦するヤヒロ・サン。だが無情にも、3つのダイスは1、1、3という目を出したのであった。壮絶な大失敗である。
 彼はカスタマーに姿を見られ、不名誉をさらしてしまった。掟にしたがい、指をツメるヤヒロ・サン。だが悲劇はここからだった。不名誉をおかした者には、忍者の血筋を冒涜したものとして先祖の天罰がくだされる。
 不運は続いた。ダイスの判定により、ヤヒロ・サンの頭上に巨大な隕石が落下したのである。優秀な忍者である彼は隕石の直撃を受けながらもかろうじて生き残ったが、まきこまれたカスタマーはひとたまりもなく即死した。今回の顧客は大統領の孫娘(7才)。おとどけ内容はバースデー忍者バーガーセットだった、
 だがもちろん、顧客の生死にかかわらず任務は達成しなければならない。ヤヒロ・サンはバラバラになった少女の死体にバーガーセットをそなえると、ハッピーバースデートゥユーを独唱して任務完了とした。しかし冷酷な忍者マネージャーはこれを音痴であると判定し、あわれにもヤヒロ・サンは切腹して果てたのであった。



【要約】
ニンジャバーガーで遊びました。

【教訓】
ハウスルールはほどほどに。

【辞世の句】
ヤヒロ・サンは メチャクチャつよい でも音痴



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