1日目−01
サイオンがアルタ前についたのは、集合時刻十分前だった。
連休の中日になる日曜日。新宿駅前はいつもにも増してごったがえし、とくに待ち合わせスポットとして名高いアルタ前などは、さながら通勤ラッシュの山手線のごとき状況を呈している。
新宿通りをはさんで、アルタの向かい側に小さな広場がある。アルタ前のラッシュを避けて、ここで待ち合わせをする者も多い。牛村OFFでは、アルタ前集合といえばここに来るのが通例となっていた。
秋物のコートに身をつつみ、腰の下まである黒髪をひきずるようにして歩きながら、サイオンはそっと溜め息をついた。彼女以外だれも来ていない。そのことがわかったからだ。
といって、このOFF会にだれも参加していないというわけではない。参加者が十五人程度いることは、彼女も出発前に確認してきた。つまり、集合時刻の十分前に来ておこうと考えた者が一人もいないわけで──。
まぁ、いつものことですがね。胸の中でそうつぶやくと、サイオンはアルタ前を見渡せる広場で他の参加者が到着するのを待つことにした。
すぐにやってきたのは、ナビアだった。白のコートに、黒のロングスカート。猫のように丸い目をしている。その目を瞬かせて、彼女は言った。
「こんばんは。やっぱり誰も来てないんだね」
「ああ。ご無沙汰しております。ナビアさま。そうですね。私が見落としたのでなければ、まだどなたもいらっしゃってないようです」
だれにでも「さま」をつけるのが、サイオンのクセだった。あるいはそれを演じているのかもしれないが、常に徹底していれば演技でも真実でも同じことだった。
「五分前行動とか、ぜったい誰もしないよね」
「ええ。まぁそのような期待は最初からしておりませんけれども」
「だったら、六時ちょうどに来れば良くない?」
「おっしゃるとおりですけれど、もしかしたらということがあるかもしれないではないですか」
「ないない。それに、そんなことがあったとしたって、サイオンさんが早く来て待ってる必要がないじゃん」
「私は目印にしやすいから早く来ておけと言われたことがあるのですよ」
「あー。まぁわかるけど。ゲミニとかのほうが目立つでしょ。夜でもサングラスだし」
「そうですね。あの方は目立ちますね。いろいろな意味で」
そのような会話がつづく中、近付いてくる二人の人影があった。
「あ。牛村の二大巨頭発見」
神をも恐れぬ発言で彼女たちを振り向かせたのは、ユーロだった。高身長、高学歴、おまけに美形でスポーツも万能という男だが、口の悪いのが唯一にして最大の欠点。あらゆる女性の敵のような男である。
その横に並んでいるのは、スノーという名前どおりの色白の女性。二人とも関西からここまでやってきて、つい先刻新宿にたどりついたばかりである。
「こんばんは。ユーロさまにスノーさま。本日は遠いところお疲れさまです。ところで、二大巨頭というのは誰と誰のことをおっしゃっているのでしょうか」
「あ、あれ? 俺の目の前にいるのって、サイオンさんとナビアさんだよね?」
「ええ。それは間違っていませんけれども」
「ユーロ君って、自殺願望がある人だっけ?」
にこにこしながらナビアが言った。
そのとたん、「ナビアさんこえー」という言葉がユーロの口から発せられ、直後にナビアののどから「こわくねー」という言葉が放たれた。
一種の様式美である。
1日目−02
「ほら、やっぱり遅刻やん」
「ああ、遅刻だな。これは氷雨のせいだ。正確には、氷雨が最後に歌った曲が長かったせいだ。すべて氷雨が悪い」
「ええっ。なに言うとん? 伯爵が歌えゆーたんでしょ」
「記憶にないな」
「えー。それひどくない?」
「そうか? 俺ひどいか? じゃあ俺がひどいかどうか、ジェミニに訊いてみようぜ。なぁ、ジェミニ。俺はひどくないよな?」
「伯爵の言うとおり。氷雨が全部わるい」
「ジェミニィィィッ!」
そのような会話をしながら、それでも彼らは走りだすわけでもなくダラダラと新宿通りを歩いていた。
氷雨、伯爵、ジェミニの三人である。
時刻は五時五十八分。仮に走ったとしても、集合時刻には間に合わない。それでも走ったりしないのは、それが格好悪いからという彼らなりの信念である。──というのは伯爵の言葉であって、実際はただ走るのが疲れるという、それだけのことでしかない。
「ほら見ろ。俺は何もひどくない」
うそぶくように言って、伯爵はサングラスのふちに指をかけた。傍若無人ぶりでは牛村でも首位を争うほどの男だが、外見はというとサングラス以外に特別めだつところはない。
しかし、目立たないのは口を閉じているときだけだ。一度でも口を開いたとたん、場の流れを一瞬で掌握してしまう。そういう才能を持った男だった。
「うん。伯爵はひどくないな。ついでに俺もひどくない」
目立つということでいえば、おなじくサングラスをかけたジェミニは新宿のような繁華街でもかなり目立つ。逆立てた金髪と精悍な顔つきがあいまって、ホストのようにも見えるためだ。あるいはホストくずれのチンピラかもしれないが、どちらにせよ人目を引く存在であることに変わりはない。とくに女の目をひきつけるという点では人後に落ちない男だった。
もっとも、本人はそれを利用する気がない。実の両親にさえ「おまえは詐欺師になれ」と言われたほどのルックスと知恵を持っている男だが、有効に生かそうとしないのだ。
「えー。じゃあ俺がひどいの? どーゆーこと、それ」
氷雨もまた人目をひく男だった。なにしろ背が高い。185センチはある。そして、頭脳と運動神経の良さではユーロと並ぶ男でもあった。それだけではない。ギターとピアノを弾きこなし、歌唱力はプロ級。料理の腕前はレストランをひらけるほどであり、ヒマつぶしに書く小説などは投稿さえすればすぐにもプロ作家になれるという、多才な男でもある。
彼の持つ唯一の欠点は、妥協を知らないということであった。この欠点のために、彼の人生には敵が多い。牛村においても、彼とそりの合わない人間は何人もいた。彼は心理学の博士号を持っているが、その力が音楽の才能以上に彼の人生をささえているかは怪しいところである。
彼ら三人はいずれも高い知能と才能をそなえていることが共通点だったが、それを使って金をかせぐ意思が薄いということでも共通項を持っていた。良く言えば無欲であり、悪く言えば馬鹿なのであった。
もっとも、人ごみの中を歩きながら彼らの交わしている会話を聞けば、だれもがそう思ったかもしれない。
「どうもこうも、氷雨のせいで俺たちは遅刻する。なびあさんに殺されるのは氷雨。おまえの役目だ」
「いや、俺のせいもあるけど。え? ぜんぶ俺のせいなん? 三分の一ずつでしょ」
「何を言ってるんだ。おまえが歌ったせいで遅刻するんだぞ。自覚がたりないな。反省しろ」
「だから、伯爵が歌えゆーたんでしょ」
「だから、俺は記憶にないと言っているだろう。仮に記憶があったとしても、俺が歌えと言ったのは冗談だ。だがおまえが歌ったのは冗談では済まされない」
「どーゆー理屈、それ」
「そうか。この理屈がわからないのか。残念だ、氷雨。ジェミニ、おまえはわかるだろ?」
「ああ、わかる」
「なんでキミたち、そんなに息ピッタリなん」
彼ら三人は、そうしてアルタ前までの八分間を無意味きわまる会話に終始させたのであった。
1日目−03
「ええと。あの三人は馬鹿なのですか?」
新宿通りを歩きながら、アンダンテはキキに語りかけた。
背の高い男である。育ちの良さをあらわすように、物腰がやわらかい。その穏やかな物腰の下から毒舌を浴びせるというのが彼のスタイルで、ニャンダンテという通称を与えられているのはそんな姿勢に要因があるのかもしれない。
「おいおい。馬鹿っていうレベルじゃねーぞ」
答えたのは、キキではなくフマだった。
彼は昨夜羽田に着き、ジェミニのアパートに一泊したあとで今日のオフ会に参加している。結局だれが飛行機のチケットを送ったのかわからないままだったが、すでに彼の頭の中ではチケットのことなどすっかり消え去っていた。
アンダンテは自他ともに認める猫属性であり、フマは沖縄人である。どちらも、非常に気難しい。ささいな行き違いから、あっさりと人間関係を解消してしまう性格である。
そんな彼らがおたがい親密にしているのは、絵という共通点があってのことだ。どちらも、そろって絵がうまい。描くテーマも似ている。テーマというほどのものではないかもしれない。一言でいえば、美少女系のイラストだ。
とくにアンダンテは、イラスト集を即売会に出せば行列ができるほどの腕と人気を持っている。その行列が消えたあとで札束をかぞえるのが趣味という、本気とも冗談ともつかないことを真顔で公言するのが彼のクセだ。
「えー。じぇみたんは馬鹿じゃないよ」
なぜかジェミニだけを擁護したのは、キキである。
牛村OFFにおいては、一見もっとも普通に見える女性だ。服装がピンク一色という点を除けば。そして、口を閉じているかぎりは。
「ええ、まぁ、そうかもしれませんね」
あたりさわりのない返事をするアンダンテ。女性には常にやさしくするというのが、彼の処世訓である。幼いころ姉から受けた虐待のせいだ。
「ところで、もう六時を過ぎてるんですが」
腕時計を見ながら、だれにともなくアンダンテは告げた。
「あ、ほんとうだ。いそいだほうがいいんじゃないですか?」
受け答えたのはマナ。参加者中最年少の高校生である。オフ会への参加を最後まで迷っていたが、結局アンダンテを押し切る形で今回の参加となった。場違いといえば場違いな参加者ではあるが、彼女本人はそういう意識を持っていなかった。
アンダンテは、彼女の表情を見てすこしほっとする。経緯はどうあれ、彼女がこの場にいるのはほとんどアンダンテのせいなのだ。保護者というわけではないが、もし彼女に何かがあれば、責任を感じざるを得ない。
無論、なにかあったらなどというのは最悪の心配であって、とりあえずのところオフ会をたのしんでほしいと、彼はそう願っている。
「まぁ、時刻どおりに集まらない皆さんですから別にいいんですが……」
と、アンダンテ。
「でも、そういうのって良くないよね!」
唐突にそんなことを言い出すキキ。自分自身遅刻していることは棚の上である。
「いや、まぁ、そうですね。はい。遅刻は良くありませんね」
処世訓にしたがうアンダンテ。
世界の人口の半分が女性であるという事実は、彼にとって非常な苦労なのかもしれない。
もっとも、このあとに待ち受けている苦労に比べれば瑣末なことに過ぎなかったが。
1日目−04
集合時刻の三十分前。
牛男爵とミギは、KFCにいた。
男爵は牛村サーバーの管理人であり、いわば最大の古株でもある。インターネット上の人狼というゲーム──とくに長期を舞台にしたゲームにおいては、随一の腕を持つ。ネット上で最も有名な人狼BBSサーバーではテスト時から参加し、人狼審問サーバーでは一人で三体の狼を操って勝利し、RP村という概念を最初に生み出し、多くの後進を育てたことでも知られている。
が、OFF会における彼の立ち位置は決して高いものではなかった。むしろ、最低の位置と言って良いかもしれない。なんとなれば彼は無職であり、貧乏であり、たいていの飲み会において一銭も払わないという厚顔ぶりなのであった。
なにしろ、三十路をすぎてなお高校生に酒をたかって平気でいるような男なのだ。ふつうの神経ではない。もっとも、変人ぞろいの牛村勢をひきいるには、それぐらいの神経を持っていなければ務まらなかったかもしれないが。いずれにせよ、まともな社会人でないことは疑いの余地がなかった。今日もまた、彼は財布の中に電車賃すら持たぬまま新宿までやってきたのだった。
彼の前にすわり、一生懸命に小説の話をしているのは、ミギ。
男爵が古株であるならば、彼は新参者である。人狼というゲームを知って、まだ半年たらずだ。当然のことながら牛村OFFに参加するのは初めてであり、人見知りするために「まず男爵殿と一対一でお会いしてから」というメールを送り、男爵が了承してこのような顔合わせになった次第である。
「まぁ、小説の話はこのへんにしようか」
ミギの話が一段落ついたところで、男爵は打ち切るようにそう言った。
左手にあるのは、透明なプラスチックカップに入ったビール。ミギが「おごらせてください」というのを遠慮なく受け取ったものだった。そうでなかったとしても、「おごれ」ぐらいのことは平気で言う男だったが。
「じゃあ、ちょっと訊きたいことがあるんですよ。いいですか?」
「いいよ。このビールの代金分ぐらいは答える」
「それって、どれぐらいのことまで答えてくれるんですか」
「そうだな。初恋の女性を口説いたときのセリフぐらいなら答えてもいい」
「ちょ。それ教えてください!」
「冗談だ。真に受けるな」
「ええええええ!」
テンションの高い男だな、と男爵は思った。人見知りするというのは嘘ではなさそうだとも思った。一般に、人見知りする人間は初対面でしゃべらないと思われがちだが、じつは逆である。間を持たせようとして無駄にしゃべるのが人見知りだ。それぐらいのことを見抜ける程度には、牛男爵も社会性をそなえていた。
「で、訊きたいことってのは?」
「ああ。ええと。ほかの参加者の人たちについて訊きたいんですよ。どんな人たちなのかなーと思って」
「これから会えばわかるだろ」
「会う前に知りたいんですよ!」
「知ってどうするんだ。だいいち、私の言うことが正しいとは限らないぞ」
「いやいや、男爵殿の言うことなら間違いありませんって!」
「どうでもいいけど、その『殿』っていうのヤメようぜ。オタっぽいから」
「あ、そうなんですか。すみません。でも、じゃあどう呼んだらいいっすかね」
「フツーに『男爵』って呼べばいいだろ」
「呼び捨てなんてできませんよ!」
「本人が、そう呼んでいいって言ってるんだが……」
「いやいや、礼儀ってものがあるじゃないですか。じゃあ無難に『男爵さん』で」
「まぁ、好きにすればいいけど」
残り少なくなったビールを飲み、男爵は壁掛け時計に目をやった。
五時三十五分。ゆっくりしていられるのは、あと十五分程度だった。
「それで、だれのことを訊きたいんだ?」
「まず伯爵さんのことを」
「伯爵か。一言で言うなら、『制御されたキチガイ』だな」
「なんですか、それ。ウケる。……ああ、でもわかります。なんとなく」
「私が今まで見てきた人狼プレイヤーの中では、いちばん面白いヤツだよ。まぁそれだけだが」
「でも相当ほめてますよね、それ」
「他のヤツらがつまらなさすぎるだけだよ。……で、次は誰を聞きたい?」
「伯爵さんのことをもうすこし聞きたいんですけど」
「ほかに言うべきことが見つからない。ああ、美肌ぶりには定評がある。それぐらいだな」
「人狼関係ありませんよね、それ」
「あるわけないだろ」
「まぁいいや。それじゃ、次はジェミニさんのことを」
「詐欺師」
「そ、それだけですか?」
「やる気のない詐欺師」
「もっとひどくなってますよ!」
「世の中の九割の人間をゴミだと思ってるけど、そう思っていることを悟らせない男」
「……そ、それって、どうなんですか」
「どうって?」
「いや、なんていうか……」
「感想はあとでゆっくりまとめてくれ。次は誰だ?」
「じゃあ、アンダンテさんについて教えてください」
「女性恐怖症」
「本当なんですか、それ」
「本当かどうかは知らんよ。私にはそう見えているというだけさ。気になるなら、アンダンテ本人に訊いてみたらいい」
「そんな失礼なこと訊けませんよ!」
「べつに、失礼ってこともないと思うが。あとは、そうだな。俺と似てるらしい」
「似てるって、外見がですか?」
「そのあたりよくわからないんで、自分の目で判断してくれ」
「そうなんですか。あ、でもちょっと会うのが楽しみになってきました」
「そりゃよかった」
「よし、次ですね。えーと、ラムさんっていう人はどういう人なんですか」
「清原に似てる」
「って、巨人の清原ですか?」
「そう。伯爵なんかはラム原とか呼んでるぐらいだ」
「そ、それはちょっと見てみたいですけど。性格はどうなんですか。それも清原似なんですか。だとしたら、ちょっと怖いなあ」
「性格は……いいヤツだよ。うん」
「なんか、すごい適当に言った感じを受けます」
「そうか? いや、いいヤツだよ。本当に。酒おごってくれるし」
「それが理由ですか!」
「冗談だ。まぁなんというか、あれは火属性クリーチャーだな」
「意味がわかりません!」
「ようするに熱血タイプさ」
「最初からそう言ってください」
「それじゃつまらんだろ。……さて、そろそろ行くか」
ビールを飲み干して、牛男爵は席を立った。
時計は五時五十分をさしていた。