1日目−05


 全員がそろったのは、集合時刻を十五分も過ぎてのことだった。
 いつものことだ。だれもそんなことを気にとめたりしない。それよりも参加者一同の関心事は、「いったい誰がこのオフ会の幹事なのか」ということだった。
 なにしろ、集まったは良いがこれからどうするのか。どこで酒を飲むのか。あるいはどこで遊ぶのか。だれも知らないのだ。

「よぉ、ジェミニ。これからどうすんだよ」
 清原似の図体を前に押し出すようにして、ラムが問いかけた。
「いやあ。どうするんスかね。……どうするんですか、男爵」
「俺に訊かないでくれよ。俺はタダ酒が飲めるから来ただけなんだ。何がどうなってるのか、ひとつも知らん」
「でも、ここでずっと待ってるワケにもいきませんよね」
「まぁなぁ。……おい、伯爵。おまえ何か知らないのか?」
 話を振られて、伯爵は顔を上げた。
「え。俺? なぜ俺に訊くんだよ。何も知らないぜ? 俺だって、タダでオレンジジュースが飲めるから参加しただけなんだ」
 彼はアルコールを受け付けない体質だった。まったく飲めないわけではないが、たいていはソフトドリンクしか口にしない。

「そういえば、伯爵。あのメールの差出人について心当たりがあるとか言ってたよね? あれ、どうなったの?」
 話に入ってきたのはナビア。
「あー、あれか。俺の思い過ごしだったよ」
「なにもわからなかったってこと?」
「そういうことになる」
「ふぅん。……ねぇ、なにか隠してない?」
 ナビアは、その猫のような瞳で伯爵の顔をのぞきこんだ。
 余裕ぶっていた彼の顔に、ちょっとした緊張が走った。
「な、な、なにを言ってるんだ? 俺は何も隠しちゃいないぜ? ほんとうだって。俺がナビアさんに隠しごとなんかするわけないだろ?」
 これみよがしに慌てたそぶりを見せる伯爵。

「またコイツのクセが始まった」
 あきれたようにラムが言った。
 会話を見ていた全員が、そろって納得したような顔になる。初対面のミギやマナまでもが、わけ知り顔でうなずいていた。
「はじまったって、何のことだ?」
 と、伯爵。
「まぁいいけどよ。おまえが何か企んでるなら、素直に言うわけないしな」
「なにも企んじゃいないんだがなぁ……」
 だれもが、半信半疑という顔だった。

「しかし、これから本当にどうするのでしょうか。幹事さまに名乗り出ていただかないと、いよいよ話が進みませんけれど」
 長い髪を撫でながら、サイオンが言った。
「だよね。最悪の場合、てきとうな居酒屋にでも入るしかないかな」
 ナビアが受け答えた、そのとき。新宿通りの南から一台のマイクロバスがやってきて、クラクションを鳴らした。
 二十人乗り程度のバスだった。青と白のツートンカラー。
 フロントガラスに、プレートが貼られている。「牛村御一行様」という文字。

「だれが企画してるんだよ、マジで」
 困惑したように言って、ラムは五分刈りの頭を掻いた。
 答える者はなかった。




 1日目−06


「とりあえず、運転手に話を聞いてみよう」
 そう言って、牛男爵は歩きだした。
 バスは東口前のロータリーに停まり、エンジンを切っている。動きだす気配はなかった。
「でも、めちゃくちゃ怪しくない?」
 呼び止めるように言いながら、ナビアがあとを追いかけた。
 二人の後ろに、十四人の男女がぞろぞろついていく。
 振りかえりつつその様子を眺めながら、男爵は言った。
「俺たちの集団のほうが、よほど怪しい」
「そ、そうかも」

 バスはドアを開けて待っていた。
 運転席には、スーツを着た中年男の姿。男爵はもちろん、参加者のだれにも見覚えのない男だった。
 彼は男爵の姿に気付くと、気さくな調子で話しかけてきた。
「こんばんは。牛村のかたですか?」
「ええ。一応、主宰の者ですが」
「お待ちしておりました。乗ってください」
「いや、その前に。あなたは誰で、このバスはどこへ行くんですか?」
「私は宮内といいます。ただの雇われ運転手ですよ。行き先は言えませんが、そう遠くはありません」
「だれに雇われたんですか?」
「それも言えません」

「ねぇ、やっぱり怪しいって」
 男爵の背中をつつきながら、ナビアが小声をあげた。
 かるくうなずいて、男爵はバスの中を見渡した。どこにでもある、送迎用のバスだ。不審なところは見当たらない。
「これだけは言ってもいいと言われたんで、お伝えします」
 愛想のいい笑顔を浮かべて、運転手は言った。
「この企画を実行しているのは以前牛村にお世話になった方で、今日はそのお礼をしたいということです。費用に関しては一切ご心配無用とのことで……」
「それにしちゃ、ずいぶんと怪しいんですが。それに、カネもかけすぎですよね」
「お金のことは私にはわかりませんが、羽振りの良さそうな方でしたね。それと、名前を出したくないのは皆さんにゲームを楽しんでもらうためだと言ってました」
「ゲーム?」
「犯人当てゲームです。……いや、犯人っていうのはおかしいですね。この集まりの企画者が誰なのかを当てるゲームです。まぁ余興のようなものですが」

「参加しないと言ったら、どうします?」
「そうしたら、私は一人で帰るだけです。さっきも言いましたけど、私はただの雇われですから。無理につれていくようなことはできませんし、そんなことをするメリットもありません」
「へぇ……」
 判断しかねて男爵が口ごもると、その背中をナビアが強く引っぱった。そして、こう言った。
「あの人、ウソついてる」
「わかるのか?」
「わかるよ。一目瞭然じゃん」
「ふむ……」

 運転手に向きなおり、男爵は指摘した。
「あなた、ウソついてますね?」
「え?」
「ああ。そこで動揺するなら私にもわかりますよ。悪いんですが、ウソをつくような人は信用できないんで……」
「すみません。メリットがないっていうのは嘘でした。あなたたちをつれていけば、よけいにお給料がもらえます。でも、それ以外は嘘ついてませんよ」
 即座に認めて、運転手は頭をさげた。

「今度はどうだ?」
 男爵はナビアに問いかけた。
「んー。今度はウソじゃないと思う。でも怪しいのは変わりないよ」
「まぁ、これはだれが見たって怪しいわな」
「やめといたほうがいいんじゃない?」
「そうだなあ……」
 男爵がそう言ったとき、運転手の一言が放たれた。
「男爵さまには、おいしいお酒を用意して待っていると伝えてくれと言われました」

「よし、みんな乗っていいぞー」

 そのようにして、牛村OFF十六名はどこへ行くとも知れないマイクロバスに乗り込んだのであった。




 1日目−07


 バスは新宿通りを北へ向かい、靖国通りに入ると東へ針路をとって走りはじめた。
 バスのシートは、左側に一人掛け用が五つ。右側に二人掛け用が六つ。最後部には四人すわれるシートがあって、ジェミニ、アンダンテ、伯爵、氷雨というメンバーが遠足気分の小学生のようにじゃれあっている。

 その手前のシートに座っているのは、マナとスノー。ひざの上に菓子の箱をならべて、こちらも遠足風景だ。ショルダーバッグの中から、マナは次々とスナックやチョコレートを出していく。まるで四次元ポケットだった。

「チョコたべる人、手をあげてくださーい」
 たのしそうに声を張り上げるマナ。
 何人かが手をあげる中に、氷雨が混じっていた。
 その姿を見たとき、男爵だけが彼の行動を予測していた。そして、そっと溜め息をついた。
 次の瞬間、氷雨はこう言った。

「ちょこっとちょうだーい」

 それが駄洒落だということに気付かない者さえいた。
 気付いた者は一斉に「でた」「さむっ」などと体をふるわせる。
「駄洒落さえ言わなければ氷雨はイイ奴だ」というのが、ジェミニの口癖である。だれもがそれに同意する。
 一方、「アタマ良くなかったら駄洒落は言えへんねんで」というのは氷雨の口癖だが、同意する者は一人もいない。

「え、えっと……。いまのはダジャレですか?」
 対応に困るマナ。
 彼女はまだ牛村に慣れていない。つまらない駄洒落を聞かされてもスルーしたり馬鹿にしたりできるような残酷さも持ち合わせていなかった。──もっとも、それが時間の問題に過ぎないのは誰にでもわかることだったが。

 無論、氷雨はこの程度の迫害には屈しない。
 右手を伸ばして、手のひらを上に向け、さらにこう言ってのける。

「チョコをちょこっと、ちょこんと乗せて」

 彼は掛け値なしに多才で優秀な男だったが、ユーモアのセンスは絶望的に皆無だった。そのことを周囲の誰もが認識していたが、彼一人だけが認識していなかった。

「あ、あはは……」
 マナの顔に、ひきつった笑顔が浮かんだ。作り笑いをしようとして失敗したのだ。無理もなかった。十五歳の少女に、この試練は厳しすぎた。
 彼女の頭を、スノーがやさしく撫でた。あたかも、心の傷を取り除こうとするかのように。
「マナちゃん。いまのは聞かなかったことにして」
「わ、わかりました。すみません。ちょっとこういうの慣れてなくて……」
「いいの。マナちゃんは悪くないから」

「ごめんなぁ。うちの氷雨が迷惑かけて」
 とりつくろうように謝るジェミニ。
「すみません。うちの氷雨が。すぐに片付けますんで……」
 と、アンダンテ。
「もう十月なんだから、冷房は不要だろ。捨てていこうぜ」
 これは伯爵である。

「なぁ、キミら。そんなに俺のことイジメて、たのしいん?」

 氷雨が言い、三人の男たちはそろって「たのしい」と言い返した。
 時刻は七時にさしかかり、バスは皇居を横目に東へと走りつづけていた。





 1日目−08


 バスはさらに東へ走り、昭和通りを折れて秋葉原を抜け、しばらく路地へ走ったところでようやく停車した。上野の近辺だったが、正確な場所がわかる者は一人もいなかった。

「到着しました。どうぞ降りてください」

 運転手にうながされるまま、牛村一行はバスを降りた。
 彼らの前にあるのは、平屋の家屋が一軒。開け放たれたガラスドアの向こうに、あかるい内装が見える。フローリングの床。白い壁。そして、L字型のカウンターテーブルに丸テーブルが五つ。それぞれのテーブルには、イスが四つずつ並べられている。
 バーでも居酒屋でもなく、喫茶店に近い店だった。それも、改行準備中の喫茶店といった風情。人の気配はなく、煌々と灯った蛍光灯の明かりだけが路地に漏れ出ている。
 ドアの横には小さなボードが掛けられて、「ようこそ。牛村御一行様」という文言。

「なにこれ」
 だれともなく、そんなことを口にした。
 皆が同じことを思っていた。招待されて訪ねてみれば、待っていたのは無人の喫茶店。だれにも理解できない状況だった。
「まぁとりあえず入ってみようか」
 ためらいがちな空気が流れる中、遠慮というものを知らない牛男爵が颯爽と前に出た。

 店内はガランとしていた。人の姿がないのはもちろん、イスとテーブル以外のものがほとんど見当たらない。
 店内を見渡すと、男爵はカウンターの向こうへまわった。
 そこに、無数のボトルと料理が整然とそろえられていた。
 料理はデリバリーだった。寿司、ピザ、中華。十六人分のパーティーには十分な量だ。しかし、男爵が注目したのは料理ではなかった。アルコールからソフトドリンクまでそろったボトルのほうに、彼は注目した。

 ジン、ウォッカ、ウイスキー、トニックウォーター、カシスリキュール、ウーロン茶、ミルクティー、それにオレンジジュース。

 たしかに、牛村住人のことをよく知っている選択だ。
 そう呟いて、彼は紙コップを手に取った。
 ジンのキャップを切って適当に注ぎ、その上からトニックウォーターで満たす。なんの躊躇もなく、それをのどに流しこんだ。焼けつくような味。いつものジントニックだった。

「ちょっ、男爵さん! なんでいきなり飲んでんの!?」
 大声をあげたのはキキだった。
「え? 毒見だよ、毒見」
「毒見って、そんないっぺんに飲むものじゃないっしょー! 本当に毒とか入ってたらどうすんの!」
「未開封のボトルに毒を仕込むなんて、シロートには不可能だよ」
「プロかもしれないじゃないですか!」
「なんのプロだよ」

 苦笑しつつ紙コップをカウンターに置いたとき、男爵は一枚の紙切れに気付いた。
 A4のコピー用紙に、ゴシック体で大きく書かれている。

 簡単な料理とお酒をご用意いたしました。
 地下にはベッドも用意してございます。
 ごゆっくりどうぞ。

 首をひねりながら、彼はぬるいジントニックを口に運んだ。
 たしかに、まちがいなく、この文章を書いた人間は牛村のことを知っている。しかし一体だれなのか。彼には見当もつかなかった。





NEXT BACK INDEX HOME