2日目−01


 薄暗い部屋で、せんべえは目をさました。
 目をさましたというよりは目を開けただけだったかもしれない。床の上に大の字になったまま、彼は動けずにいた。金縛りにでもかかったように、全身ぴくりとも動かないのだ。

 もしかすると、まだ夢の中にいるのだろうか。そう思ってきつく目を閉じ、それからゆっくりと開いてみたが、状況は何も変わらなかった。
 これが夢でないことは、彼にもすぐにわかった。人間は夢を見ているときにはそれが現実か夢かを区別できないが、現実にいるときは夢でないことを認識できる。無論、健常な人間ならばという但し書きはつくが。すくなくとも、せんべえ本人は自分自身を健常だと思っていたし、実際彼の見ているものは夢の世界ではなかった。

 動かない体をどうにか動かそうと試みながら、せんべえはとりあえず自由に動かすことのできる頭脳のほうをフル稼働させることにした。
 俺は昨夜、牛村OFFに参加して、新宿に行き、マイクロバスに乗って、無人の喫茶店で酒を飲み──。
 飲みすぎたのかもしれない、とせんべえは思った。が、いくらなんでもこの酔っ払いかたはありえないということにすぐ気付いた。たしかに記憶が怪しいものの、意識はしっかりしている。というのに、体だけが動かないのだ。まるで、神経の配線がとぎれてしまったかのように。

 おかしいのは、それだけではなかった。薄暗い視界の中に見える天井は灰色で、昨夜の喫茶店のものと違う。天井だけではない。壁も、床もだ。なにより、イスやテーブルが見当たらない。そもそも、壁の位置がおかしいのだ。間隔がせますぎる。
 せんべえは、ようやく気付いた。いままで廊下で寝ていたのだ。──廊下?
 どういうことかと思った。昨夜の喫茶店に廊下はなかった。つまりここは俺の知らない場所で──。寝ている間に運び込まれたのだ。

 そう気付いたとたん、せんべえの体が動いた。
 まるで、電源スイッチを入れたみたいに。一瞬で彼は跳ね起きた。
 経験したことのない感覚だった。その感覚と、自分の置かれた現状とに彼は困惑したが、それでも持ち前の冷静さが彼を慎重にさせた。ともかく現状を把握することが最優先だった。

 彼は、まず腕時計に目をやった。そして時計がないことに気付くと、次に上着のポケットに手を入れてみた。財布も、カギも、携帯電話も、何もなかった。
 泥棒にでも襲われたのかと思ったが、それにしては違和感があった。
 違和感の正体は、すぐに見つかった。
 枕がわりにしていたナップザック。それは彼の所持品ではなかった。つまり誰かが置いていったものであり、泥棒がそんなことをするわけもないのだった。

 せんべえは、ともかくナップザックの内容を確かめることにした。
 出てきたのは、ミネラルウォーターのボトルが三本。MREと書かれた軍用携行食が三セット。細長い懐中電灯。それに、ベレッタM92と換装用のマガジン。
 最後に、袋の底から薄っぺらいカードが一枚出てきた。文字は書かれていない。農具のマークだけが刻まれている。『村人』のカードだった。





 2日目−02


 ラムは、ナップザックから出てきたものを前にして考えこんでいた。
 水と携行食料。マグライト。その三つはわかる。もちろん、彼にくばられたカードの意味もだ。しかし、ひとつだけどうにも意味のわからないものがあった。

 それは、銃身を切り落とした拳銃のような形をしていた。
 全体は金属でできている。グリップとトリガー。それしかない。拳銃ならグリップの中にマガジンが収められているのだが、それもない。そして、撃鉄のあるべき箇所に小さなボタンがひとつ。
 手に握ると、ちょうど親指でボタンを、人差し指で引き金を引ける構造だ。
 しかし、引き金を引いたところで撃ち出される弾丸は装填されていない。そもそも、銃口が存在しないのだ。そのかわり、トリガーの上にレンズのようなものが嵌めこまれている。
 黒鉄色にクロームメッキされた表面はつるつるして手触りが良く、その見かけどおりずっしりと重い。その重さは、ラムをしてこの機械が兵器であることを直感させるのに十分なものだった。

 これが一体なんなのか、ラムはいくつかの想像を働かせてみた。
 兵器、計測器、家電製品、加工器具、光学器械──。もしかすると、ただの玩具かもしれない。
 ためしにトリガーを引いてみようかと思いながらも、しかしそれを実行できるほど彼は無鉄砲ではなかった。もしもこれが兵器で、とりかえしのつかないほど破壊的な力を持っているとしたら──。その可能性を考えると、やみくもに作動させてみるわけにいかなかったのである。

「あとで考えるか……」

 ラムは機械をナップザックにしまいこみ、立ち上がった。
 ここが学校の校舎内だということは、目がさめた瞬間からわかっていた。大学か高校かはわからない。しかし、小学校や中学校ということはなかった。備品を見ればわかる。

「ともかく、ほかの連中を捜さんとな……」

 つぶやいて、彼は教室を出た。
 薄明るい朝日の中で、廊下は冷たく静まり返っている。一歩あるくごとに、リノリウム張りの廊下はキュ、キュと音をたてた。
 その音がひどく耳障りで、ちがう靴を履いてくれば良かったなとラムは独りごちた。
 十歩も行かないうちに、彼は貼り紙を見つけて足を止めた。

  説明会場→

 コピー用紙に、大きく書かれていた。
 少々癪な気分にとらわれながらも、ラムは矢印にしたがうことにした。





 2日目−03


 ユーロは、ナップザックを肩に引っ掛けて廊下を歩いていた。
 説明会場への案内表示どおりに歩くのはヒネクレモノの彼にとって虫唾の走る行為だったが、大金の入った財布やブランドものの腕時計をとられたとあっては従わざるを得なかった。
 すでに彼は、この施設が日本のどこかの大学だということを察していた。しかし一方で、この大学がどこか不自然だということも感じ取っている。具体的に、どこというわけではない。ただ、全体的に作りものめいているのだ。

 たとえば──、とユーロは廊下の隅に目をやってみる。隅から隅まで、いたるところ塵ひとつ落ちていない。窓ガラスにも曇りはなく、床にはシミさえない。清掃が行き届いているというレベルの話ではなかった。人間が生きて暮らしている空間には有り得ないのだ。人間どころか、微生物さえもだ。まるで無菌室だった。

 これが夢でないことは、彼にもわかっていた。現実であることに間違いはない。しかし、どこかおかしい。人の生活感がまるで感じられなかったり、周囲が異様なほど綺麗だったり、そういうことも勿論ある。しかし、なにより空気がおかしいのだ。
 十月の朝にしては、暖かすぎる。そのくせ、暖房器具が動いている様子はどこにもない。空気の流れがないのだ。おまけに、空気の中には何の匂いもしない。そして、真冬でもないのにやたらと静電気の音がする。

 ユーロの頭の中で、ひとつの可能性がゆっくり形になろうとしていた。馬鹿げた妄想かもしれない。しかし、今はその可能性以外のものが思い浮かばなかった。

 貼り紙の案内にしたがって階段を下りたとき、ユーロは左手から人影が近付いてくるのに気付いた。まだ太陽の昇りきらない薄暗い廊下で、その顔は見えない。が、顔や服装を見なくても、それが誰なのかすぐに判別できた。暗闇に溶けるような漆黒の髪。サイオンだった。

 相手が誰だか気付いた、その一瞬。ユーロは思わず立ちすくんだ。
 なぜだか理由はわからなかった。ただ、逃げたほうがいいんじゃないかと、そう思ったのだ。あるいは、本能が教えたのかもしれない。しかし、彼の理性がそれをおさえつけた。なぜ逃げなければならないのか。理由が見つからなかった。

 サイオンは、ゆっくり歩いてきた。ユーロが立ち止まったままでいるのを、彼女も見ているはずだった。それでも、彼女は声をかけてこなかった。歩調が早くなることも、遅くなることもなかった。変わらないペースで廊下を歩いてきて、彼女はじきにユーロの前に立った。

「どうしたのですか、ユーロさま。こんなところで」
 その言葉づかいは、いつもどおりのサイオンだった。
 ユーロは、口をきこうとして異様にのどが渇いていることに気付いた。昨夜のアルコールのせいだけではなかった。唇を舌で湿らせて、彼は口を開いた。
「いや、サイオンさんが歩いてくるのが見えたんで……」
「そうですか。私は説明会場に行きますけれど、ユーロさまは?」
「あぁ、まぁ行こうかな」
「そうですか。……案内表示によりますと、こちらですね」
 そっけなく言って、サイオンはふたたび歩きだした。

 なぜ自分たちがこんな場所にいるのか。ここはどこなのか。他の参加者はどうしたのか。
 そうした当然あってしかるべき疑問が発せられないことに、ユーロは違和感をおぼえていた。違和感どころではない。恐怖感に近いものさえ湧き上がってきた。彼にとって、サイオンの行動は理解を超えていた。
 しかし、その恐怖心さえもユーロは理性でねじふせた。冷静に考えれば、なにも恐れる理由はない。べつに、サイオンが凶器を持っているわけでもなければ、人狼に変化するわけでもないのだから。

「ところで、ユーロさま。その手に持っているものは何でしょうか」
 横に並んで歩きながら、サイオンはふとそんなことを口にした。
 ユーロは軽く右手を持ち上げて「これ?」と指先につまんだものを振ってみせた。
「ええ。それです。私の見間違いでなければ、ねこじゃらしに見えるのですけれど」
「うん。俺にもそう見えます」
「敷地のどこかに生えていたのですか?」
「いや、ナップザックの中に……」
「はい?」

 それを言ってしまって良かったのかと、ユーロは己の不注意ぶりを後悔した。
 もしこれが『そういうゲーム』なのだとしたら──。一方的に情報を与えてしまったのは自分のほうだ。

「サイオンさんのザックには何が入ってました?」
 ていねいな口調で、ユーロは訊ねた。
 サイオンはまったく表情を変えず、一言で答えた。あるいは、切って捨てた。
「お聞きにならないほうが良いと思います」
「……そうですか」
 それ以上、ユーロは何も言えなかった。




 2日目−04


 マナは教室で目をさました。
 大きな教室だった。前方にバーカウンターのような教壇があって、壁一面を占めるほど巨大なホワイトボードが掛けられている。天井から吊り下げられているのは、人間の背丈ほどもありそうなスピーカー。
 無数の机が、教壇を取り囲むようにして扇形に広がっている。床はゆるやかな傾斜を作り、教室のうしろへいくほど高くなる。すり鉢状の構造。その一番うしろの席で、マナは机に突っ伏していた。

 目覚めた瞬間、マナは顔を真っ青にして立ち上がった。
 まったく見覚えのない場所だったのだ。そればかりか、どうやってここに来たのかという記憶もない。最後に残っている記憶は、喫茶店のような店でミルクティーを飲んだり、料理を食べたりしたことで──。もちろん、アルコールを口にした覚えはなかった。

 立ち上がると同時に、マナは自分の服装をたしかめた。そして、さらに顔を青ざめさせた。
 彼女は、制服を着ていた。それも、見覚えのない制服だ。やや青みがかった灰色の、地味なブレザー。襟元には、ストライプ模様のリボンタイ。彼女の通う高校のものではなかった。

「まって。ちょっと待って……」

 自分のものではない制服の袖や裾をつまんだり払ったりしてみながら、彼女はパニックに陥りそうになるのをどうにか抑えようとした。

 だれがこれを着せたの?
 いったい何の目的で?
 あたしの服は?
 ていうか、ここはどこ?
 みんなどこにいるの?
 昨夜いったい何があったの?

 わからないことだらけだった。
 わかるのは、とりあえずケガはないということ。それに、なんらかの暴行が加えられた形跡もないということ。壁掛け時計が午前六時をさしていること。自分の所持品がいっさい失われていること。そして、デザインセンス皆無のナップザックが隣のイスに置かれていることだけだった。

 ナップザックには、木の棒のようなものが斜めに刺さっていた。
 ただの棒きれでないことは、マナにもすぐわかった。棒の先端に、宝石のようなものが埋め込まれているのだ。緑色の石だった。最初、彼女はそれをただのガラス玉かプラスチックだろうと思った。
 しかし、数秒後には思いなおした。彼女の見ている前で、石の色が緑から水色になり、青へと変化したのだ。つかのま、自分が置かれている状況を忘れるぐらい不思議な光景だった。まるで魔法だった。

 薄気味悪く思いながらも、マナはそれを手に取ってみた。
 ひんやりした感触だった。どう見ても木で作られているのに、金属のような手触り。そして、何かの力のようなものが伝わってくるのを感じた。それは、不思議と心を落ち着かせてくれるようなイメージだった。

 そのとき。彼女はふと何かの気配を察して振り向いた。
 うすく開かれたドアの隙間から、黒いものが入ってきたのだ。
 人間ではなかった。もっと、はるかに小さい。
 それは、奇妙なほど尻尾の長い黒猫だった。

「ニャ……」

 猫がほっとした表情を浮かべたように見えたのは、マナの気のせいではなかったかもしれない。
 その猫はマナの前まで歩いてくると、こっちへついてこいとばかりに首を振って廊下のほうを指し示し、ゆっくりと歩きだした。
 ともかくナップザックをつかみ、マナは猫のあとへついていくことにした。





 2日目−05


 寝起きの悪いナビアが説明会場についたときには、すでに十人以上が集まっていた。
 説明会場とは名ばかりの、いたって普通の教室。二人用の机が二十ほども並べられて、牛村OFFの参加者たちは皆めいめいにイスに座ったり壁にもたれかかったりして何人かのグループに分かれていた。

 教室に入ってすぐ、ナビアは参加者の名前と今この場にいる者たちの顔を照らし合わせていった。
 何人かが足りなかった。男爵と伯爵がいない。それに、アンダンテと前条もだ。かわりに、見たことのないブロンド美女と黒猫が一匹。

 まさか──と、ナビアは直感した。
 ひとつの可能性が思い浮かぶ。あまりに非現実的な可能性。
 しかし、その可能性を信じてしまうに十分すぎるほど、彼女たちの置かれた状況は現実世界から離れていた。

「よかった。ナビアさん、無事だったんですね。遅いから心配しましたよ」
 駆け寄ってきたのはスノーだった。
 なにも変わっていないその姿に、ナビアはほっと胸をなでおろす。
 そして、彼女はごく当然のことを問いかけた。
「いったい何がどうなって、こんなことになってるの?」
「それは私にもよくわからないんですけど……」
 スノーが後ろを振り返り、ユーロとサイオンが近づいてきた。

「どうも、閉じ込められたみたいです」
 あっさりと言うユーロ。
「閉じ込められた……って、どういうこと?」
「さっき見てきたんですけど、昇降口のドアが開かないんですよ」
「カギがかかってるのかな」
「いえ、カギとかいうレベルの話でなくて……。たとえば、そこの窓ですけど」
 ユーロは教室の窓ガラスを指差した。
「机を投げつけても割れないんですよ」
「どういう意味?」
「そのまんまの意味です」
「つまり、ここから出られないっていうこと?」
「はい。だから最初にそう言いました」
 ユーロは小さく溜め息をついた。

「それで……、ここはどこなの?」
 ナビアは次の疑問をユーロに問いかけた。
「わかりません。でも、どこかの大学……を模した空間だと思います」
「もしたくうかん?」
「いや、ただの可能性でしかないんですけどね」
「ユーロさまは、ここが仮想現実空間ではないかとおっしゃっているのですよ」
 サイオンが横からフォローした。

「えーと。それって、あれかな。映画のマトリックスみたいな?」
「イメージ的には、そのとおりだと思います」
「でも、そんなの現実には存在しないよね? どうなの、理系のユーロ君」
「いや、理系だからって言われても……。ただ、これが夢だとは思えないんで」
「あたしも、夢だとは思ってないけど」

「これ、見てください」
 ユーロは、足元の黒猫を指差した。
 くるくるした金色の瞳が、ユーロとナビアを交互に見つめる。
「こいつ、アンダンテなんですよ」
「え……!?」
 なぜか嬉しそうに、その尻尾がゆれていた。





 2日目−06


「アンダンテが猫になっとんのはええとして、なんで前条がこんなことになっとんの?」
 ブロンド美女を前にしながら、氷雨は誰にともなく問いかけた。
「読者サービスじゃね?」
 と、ジェミニ。
「サービスになっとんの。これ」
「なっとらんな。前条やし」

「俺だって、なりたくてなったわけじゃねぇミギャよ!」
 甲高い声を出す前条。もともと高い声だが、この空間ではそれこそ金切り声と表現する以外なかった。
「やっぱり前条だ」
「前条やね」
「ぜったい何かの陰謀みぎゃ……」

「そんで、前条。おまえ何を支給されたん?」
 ジェミニが訊ねた。
「なにって?」
「ナップザックに何か入ってたろ」
「あー、これのことみぎゃ?」
 前条がナップザックの中から引っ張り出したものを見て、ジェミニは唖然とした。

 IMIマイクロウージー。
 一分間に千二百発の9mm弾を発射可能なサブマシンガンである。
 全長は三十センチもない。重量は二キロ弱。大型拳銃と大差のないコンパクトさだが、殺傷力は拳銃の比ではない。
 無論ジェミニはそのようなスペックなど知るよしもないが、外見だけで火力を察するぐらいのことは容易だった。

「なぁ。それ、俺の支給品と交換せぇへん?」
 冗談めかしてジェミニは言ったが、言ったことの内容は本気だった。
「ジェミニが何を持ってるかによるミギャね」
 さすがの前条も、その交換をほいほいと受ける気はなかった。
「えーと、な。俺はすげぇ武器を支給されたんけど」
「じゃあそれでゲームすれば?」
 前条は、決して頭の悪い人間ではなかった。
 もっとも、どれほど頭の悪い人間であったとしても、ジェミニの打診を受けるわけがなかった。なにしろ、生まれついての詐欺師である。つきあいの長い前条も、そのことを熟知していた。

「そういや、俺もジェミニの支給品が何か聞いてへんわ」
 と、氷雨。
 彼の支給品は、ベレッタM92。いつでも抜き出せるようにベルトの間にはさんであるのは、彼の用心深さを示しているようでもあった。
「いやぁ。それは知らんほうがええと思うで?」
 ジェミニはサングラス越しに氷雨の武器を見やりながら、うそぶくように言ってのけた。
「それはズルいやろ。こっちは情報出してんねんで?」
「情報も何も、おまえ最初っからベルトにはさんでたやん」
「まぁ、せやけど」

「そんなことより、重要なのはカードのほうやな。おまえら、なに引いたん? オレ村人」
 強引に話題を変えようとするジェミニ。
 氷雨も前条も支給品のことは気になったが、それより気になるのはカードの内訳だった。この場の参加者たちは、根っからの人狼プレイヤーなのだ。
「俺も村人ミギャよ」
「俺も村人引いてんけど」
 当然の返答だった。これからどういうゲームが始まるかわからない状況で、自分の引いたカードを素直に申告するような人間など、この場には一人もいなかった。

「そんなら、いっせーのでお互いカード見せよか」
 へらへら笑いを浮かべながらも、どこか真剣な様子でジェミニは提案した。
「それはルール違反やろ」
 氷雨が反対した。
「ルールもなにも、まだ何も言われてへんで?」
「せやったら、ジェミニが先にカード見せたらええんちゃう? こういうことは、まず言い出しっぺから実行せんと」
「それはちょっと勘弁やなぁ」
「やっぱりジェミニは卑怯みぎゃ」

 前条の言うとおりジェミニは卑怯な手段で優位を得ようとしていたが、それもやむをえないことだった。彼の支給品を見れば、だれもが同情したにちがいない。あるいは、大笑いしたかもしれないが。
 彼に与えられた武器は、画鋲ひとつだった。




 2日目−07



 眠そうな目をこすりながら牛男爵が教室に入ってきたとき、スピーカーがブツッと音をたてた。突然だった。サーッというノイズが流れて、すぐに女の声がしゃべりはじめた。

「全員そろいましたので、これより説明を始めます」

 そろってはいなかった。まだ伯爵の姿がない。全員が一斉にそう思ったが、スピーカーに向かって抗議してみても意味がなかった。

「まって。伯爵は!?」
 大きな声をあげたのはナビアだった。
 彼女は教室をぐるりと見回したが、やはり伯爵の姿はどこにもなく、彼女の問いに答える者もなかった。
「だれか、伯爵見た?」
 もういちど彼女は問いかけた。
 まともな答えは返ってこなかった。「見てない」「知らない」といった答えばかり。それ以前に、人間の言葉がしゃべれない者までいる始末だった。
「おかしいじゃん。まだ全員そろってないのに……」

「なびっち。とりあえず放送聴こうぜ。伯爵のことは後で考えればいい」
 ラムが太い声を出した。
「でもさぁ……」
「この説明は、一回しかないかもしれない。ちゃんと聴いておいたほうがいいぜ?」
「そうだね。ごめん。黙るよ」

「皆さんが置かれている場所は、仮想現実空間──通称ファントムスペースです。皆さんには、これからひとつのゲームをおこなっていただきます」

 この場所についての説明は、その一言だけで済まされた。
 つづけて、ゲームのルールが説明された。

「この村には、三人の人狼と、一人の狂人と、一人の占い師がいます。残りの皆さんはすべて村人です。人狼の勝利条件は、人間の数を狼と同数以下にすることです。狂人と占い師も、その数に含まれます。狂人の勝利条件は人狼と同じです。人狼は、仲間の名前を知っています。ほかの能力はありません。狂人は何の力も持ちませんし、人狼の名前も知りません」

「村人の勝利条件は、すべての人狼を殺すことです。狂人は生きていてもかまいません。占い師は村人陣営です。特定の条件を満たすことで、選択した人物が狼であるか人であるかを判別することができます。なお、狂人を占った場合は人と判定されます。皆さんご承知のとおりですが、念のため」

「また、この村には二人の恋人がいます。恋人には通常のカードに加えてもう一枚、恋人であることを示すカードが配られています。もちろん、お互いの名前がわかります。その勝利条件は、最後まで生き残ることです。狼側か村側のいずれかが勝利条件を満たしたとき、恋人が生きていれば勝利となります。なお、恋人の一方が死んだとき相方は後を追って死にます」

「ここで疑問を持ったと思いますので、皆さんの体に埋め込まれた分子チップについて説明します。チップにはそれぞれ、皆さんの役職データが記録されています。これらのデータはファントムスペースのサーバー上に置かれ、皆さんの生命を管理しています。恋人の一方が死んだとき、残ったもう一方は分子チップの信号によって脊髄を焼かれます。また、恋人が勝利したとき、生き残っていた恋人以外のプレイヤーはすべて脊髄を焼かれます。人狼が勝利したときも同様に、生き残った村人は死亡します」

「一日に一人以上のプレイヤーを殺してください。二十四時間ひとりも死ななかった場合、全員死亡となります。また、ゲーム開始と同時に校舎の外へ出られるようになりますが、敷地内から外へは出ないようにしてください。一歩でも外へ出るとチップが作動して、やはり脊髄を焼きます」

「皆さんにはそれぞれ、ランダムで振り分けた武器がひとつと、それぞれの性格にあわせたスキルがひとつずつ配布されています。どのようなスキルであるかは、各自しらべてください。銃火器以上に強力なスキルも配布されています。うまく利用してください」

「ルールは以上です。なお、勝利条件を満たしたときに生存していたプレイヤーだけが、ファントムスペースを出られます。それ以外のプレイヤーはすべて敗北であり、死亡となります。それでは、ただいまよりゲームスタートです。皆さんの健闘を祈ります」





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