2日目−08


 放送が終わると、みじかい沈黙が流れた。
 皆、いまの説明の内容を吟味していた。説明の言葉をそのまま受け止める者もいたし、説明の裏を読もうとする者もいた。しかし、共通した認識がひとつ存在した。
『勝たなければならない』という認識だ。

 この空間がどういうものなのか、ただしく理解できる者は一人もいなかった。この空間で『脊髄を焼かれる』ということが現実の肉体にどういう影響を及ぼすのか、だれも知らなかった。
 何人かは、それを単にゲームの中だけでの話だと認識した。何人かは、それが現実の死に直結することを考えた。どちらが正しいのか、彼らに判断する術はなかった。いずれにせよ、架空空間での死とはいえ、容易に受け入れる者は一人もいなかった。

「えーと。そんなら、いつもどおりやろか。オレ村人ね。だから殺さんとって」
 沈黙を破ったのはジェミニだった。
 いつものペースだが、今回のゲームばかりは事情が違った。勝つことはもちろんだが、死なないことが優先されるのだ。
「それじゃ、ジェミニ処刑で」
 かるく言い放つユーロ。
「うん。ジェミニさんでいいや」
「異論ない」
 スノーと男爵が同意して、たちまち場の流れはジェミニを殺そうという雰囲気に染まる。

「ちょ、ちょお待てや! オレ村人やって!」
「占い師じゃないんだろ?」
 と、男爵。
「せやけど」
「だったらいいじゃん」
「あー。まぁそうやね。オレただの村人やしね。……って、そうじゃなくて! こんなすぐに死にたないわ!」
「いつものことだろ」
「いやいや。このルールで村人処刑っておかしいと思わん? みんなでカード公開すればいいやん。狼三人しかいないんやし」
 ジェミニの発言に、何人かがうなずいた。
 ミギ、マナ、前条。彼らはあまり深く状況を考えていなかった。

 男爵は座りなおし、低い声で言った。
「甘い。恋人がいるんだよ。狼を全滅させたとたん恋人の勝利になる。それに、狂人もいる。恋人カードが一枚も狼側に行ってない場合、村側10vs人外6の戦いになるぞ。人外側に火力の高いマシンガンなんかが割り振られていたら、どうなると思う」
「いやまぁ、それは最初っからわかってんけど」
 ちらりと、ジェミニは前条のサブマシンガンに視線を走らせた。もし銃撃戦になったとしたら──。画鋲でどうしろというのだろうか。

「あたしも最初、全員でカード見せればいいと思ったんだけどさ」
 ナビアが口を開いた。
「この場に伯爵がいないんだよね。これって、ものすごい不確定要素じゃない?」
「よりによって伯爵ってのがな……」
 大きく溜め息をついて、男爵は首を振った。
「けど、あいつが何を引いていようと、すくなくとも今ここに狼カードを持ってるヤツが二人はいるんだよな。だったら、それを片付けてから考えればいいんじゃねぇの?」
 言ったのはラムだった。
「狼カードなんか、後生大事に持ち歩いてるヤツはいないよ。俺なら捨てるね」
 男爵が答えた。
「なんでだよ! いまの放送があるまで、こんなゲームだってことは知らなかっただろ! なのにカード捨てるのかよ!」
「こんな怪しい空間なんだぞ。慎重に行動するに決まってる。俺だったら、狼カードはどこかに隠しておくね。安全なゲームだってことがわかれば、あとで取りに来ればいい」
「……まぁ、それは一理ある」
 不承不承といった具合に、ラムはうなずいた。

「けど、結局は同じことだな。ようするに、村人カードを持ってないヤツを処刑すればいいんだ。そうだろ?」
 ラムは、もはや男爵ひとりだけに話しかけるような姿勢になっていた。
「そうだな。しかし、どうやってカードを見せる? いっせーのせで見せるのか? 馬鹿正直にカードを出すのは村側だけで、狼側はそれと同時に撃ってくるぞ?」
「なんでそんなこと言うんだよ! アタマ悪い狼だったらそんなことしないかもしれねぇだろ!」
「狼側は四人もいるんだぞ。一人や二人はアタマいいのがいるだろ。普通に考えて」
「だからって、教えてやることはねぇだろ」
「まぁ、そうかもな」
 一瞬、沈黙があった。
 すでにラムはイスを立っていた。その場から一歩前に出て、彼は問い詰めた。
「男爵。おまえ狼なんじゃねぇの?」
「言うと思った」
「それだけかよ。反論は?」
「今のところ、とくにない」

「ちょっとラムちゃん。熱くなりすぎ」
 ナビアが口をはさんだ。
 ラムは振り返り、音をたてて頭を掻いた。
「あたしは、とりあえず占い師に出てきてほしいんだけど。どうかな?」
「狩人いないぜ?」
「なに言ってんの、ラムちゃん。占い師を殺そうとする人は狼側でしょ。そうしたら、その人を処刑すればいいじゃない」
「ああ。まぁそうだな。よし、占い師出そうぜ!」
 あっさりと納得するラム。

 占い師を表に出そうという提案に対して、反対意見は出なかった。
 現状では最も妥当な戦略である。──が、名乗り出る者はいなかった。





 2日目−09


「あはは……。なんで占い師出てこないんだろうね」
 ナビアは、乾いた笑い声を出した。
 もちろん、彼女には考え得るすべての可能性が理解できていた。

1、伯爵が占い師である。
2、占い師が恋人である。
3、占い師自身の意思によって潜伏している。

「見てのとおりだな。占い師は機能してない」
 決め付けるように、男爵が言い切った。
「そうかも……。とりあえず伯爵をさがしてみない?」
「それは悪くない方策だ」

「いや、めんどくせぇから俺が一人一人しらべる」
 ラムが大声を張り上げた。
「いまから俺がチェックするから、おまえら順番にカード出せ。出さないヤツは処刑。これでいいよな」
「あんまりオススメできない」
 男爵が口をはさんだ。
「なんでだよ!」
「伯爵を殺して村人カードを奪った狼がいるかもしれないし、おまえ自身がそうかもしれない」
「うたがいすぎだぞ、おい」
「そういうゲームなんだよ」
「わかったよ。じゃあおまえも一緒にチェックすればいいだろ」
「俺とおまえが恋人同士だと疑われるかもな」
「いいかげんにしろ」
「まって! すいません。待ってください!」
 二人のやりとりを止めたのはマナだった。

「アンダンテさんが、カード持ってないんです」
「ああ?」
「ていうか、アンダンテさん何も持ってないんです……」
 マナは、いまにも泣きそうな顔をしていた。
 その足元で、黒猫アンダンテが尻尾をたらしてしょんぼりしている。

「まぁ。猫やし。カード持てへんわな……」
 と、ジェミニ。
「ていうか、なんで猫なん」
 苦笑まじりに氷雨が応じた。そして、当然の可能性を指摘した。
「アンダンテ君がカード持ってへんねやら、そのカードだれかが持ってる可能性あると思うんけど」
「あー、めんどくせぇなぁ。じゃあアンダンテ処刑でいいんじゃねぇ?」
 うんざりしたようにラムが言った。

「だ、だめですよ! アンダンテさんを撃つなんて!」
 マナは黒猫の前に立ちはだかった。右手には、宝石のはめこまれた杖をにぎっている。その杖が何なのか、彼女をはじめ誰一人として想像すらしていなかった。
「いや、撃つとは言ってないけど。アンダンテが狼ひいてる可能性もあるんだぜ?」
「だとしたって、武器も何も持ってないじゃないですか。かわいそうですよ」
「でもなぁ……。村側だとしても今のままじゃ役に立たないぜ?」
「役に立ちます! もふもふしたりできるじゃないですか!」
 マナの剣幕に、ラムは一瞬たじろいだ。
「……そ、そうかもしれないな。わかったよ。ちょっと考えなおす」
 もともと、彼も猫愛好家なのだ。それも、筋金いりの。できれば猫を殺したくはなかった。たとえ中身がエロ同人誌を生業にしている男であったとしても。





 2日目−010


 ラムが手近のイスに腰を下ろすと、一同のあいだに安堵の空気が流れた。武器こそ手にしていないが、ラムの体格はそれだけで威圧感がある。仮に素手での殴り合いにでもなれば、彼が優勝するであろうことに疑いを持つ者はいなかった。

「あのう。ひとつ提案なのですけれど……」
 議論が停滞したのを見て、サイオンが口火を切りなおした。
「とりあえず、皆さんの武器を一箇所に集めませんか? このまま各人の自由に持っているのは、あまりよろしくないと思うのですよ。中には機関銃のような危険きわまるものもありますし……。このゲームを人狼という範疇のルールで遊ぶことで皆さんの見解が一致しているのでしたら、武器は処刑役の方にだけ持っていただくほうが、いろいろ安全ではないかと」
「お! それイイね! さすがサイオンさん。よし、みんな武装解除しようや」
 調子良く同意したのはジェミニである。無理もない。彼の武器は画鋲なのだ。

 一方、銃器を配布された組はサイオンの発言に同意しかねていた。
「えー。オレ反対するわ。だって、銃を支給されたのにされてないって言う人がいるかもしれへんやん」
 と、氷雨。
「俺も反対しとくミギャよー。いいじゃん。ただのゲームなんだから」
 前条の見るかぎり、彼のサブマシンガン以上に強力な武器を持っている者はいないようだった。おいそれと手放すわけにいかない。すくなくとも、ただで手放す気はなかった。

「それって、強い武器を持ってる人ほど賛成しないんじゃないかな……」
 ナビアの指摘は、もっともだった。
 サイオンは残念そうなそぶりを見せるでもなく、「そうですね。いまの提案はお忘れください」とあっさり引き下がった。
「でも、全員の武器を公開するっていうのは悪くないよね」
「そうですね。……ただ、氷雨さまのご指摘にもありましたように、牛村の皆さまがそういったクリティカルな情報を正直に申告するとはあまり思えないのですけれど」
「うーん。それは否定できないね……」
 ナビアは皮肉っぽく笑った。
 ──と、そのとき。

「あ……!」

 唐突に、スノーが声を上げた。
 皆の視線が彼女に集まる。
 スノーはイスから立ち上がり、口元をおさえて教室の一角を指差していた。
 教室の左後方。壁から張り出した柱の横に、背の高いロッカーが置かれている。掃除用具を入れるためのロッカーだ。スチール製の、どこにでもあるようなデザイン。その足元をふちどりするように、赤い液体がうっすらと広がっていた。
 扉の下の隙間から、どろっとした液体が糸を引いて落ちている。油を含んだように鮮やかな赤。それは、見間違えようもない血の色だった。

 水を打ったような静寂が、教室を支配した。
 次の瞬間、金属音にも似た悲鳴が静寂を切り裂いた。マナの悲鳴だった。

 真っ先に立ち上がったのは氷雨だった。
 彼がいちばん近かったというのもある。加えて、彼には医療の心得もあった。
 もっとも、彼の目から見るにその知識が役立つことはなさそうではあったが──。

 近寄ろうとする男たちを制して、氷雨はロッカーの前に立った。
 片開きの扉だった。左側に、レバーが取り付けられている。
 氷雨はひとつ深呼吸すると、意を決してレバーに手をかけた。鼻腔を刺激する血の匂い。それを振り切るようにして、彼はレバーを押し下げた。
 扉を引く必要はなかった。レバーを下げたとたん、つっかい棒を外されたように何かが転げ出てきたのだ。

 もういちど、マナの悲鳴が上がった。
 今度は、スノーとキキの悲鳴もかさなった。

 ロッカーから出てきたのは、伯爵だった。
 その胸にナイフを突き立てられて、彼はぴくりともしなかった。
 息を呑みながら、氷雨はその首筋に手をあてた。何度か指の位置を変えてみて、首を横に振る。それから手首の脈をとり、まぶたを開かせて瞳孔を確認すると、彼はしずかに告げた。

「死んでる」





 2日目−011


「ええええっ!?」
「マジかよ、おい!」
「ウソでしょ!」
「なんで伯爵が!?」
「だれがやったんだよ!」

 たちまち、怒号と喧騒が教室にあふれた。無理もなかった。行方知れずだった伯爵が、このような形で発見されたのだ。誰ひとり予想だにしていなかった。彼の胸にナイフを突き立てた者以外。

 氷雨は、伯爵の体を前にして動かなかった。
 どうすればいいのかと、彼は考えこんでいた。救急車を呼ぶべきなのか、心肺蘇生を施すべきなのか。──どちらも無意味であることは、すでに彼にもわかりきっていた。ナイフは心臓の位置に突き刺さっている。普通なら即死のはずだった。仮想現実空間であるとはいえ、めまいのするような光景。

「本当に死んでるのか?」
 硬い声で、男爵が問いかけた。
「死んでます。ちょっと俺にも信じられませんけど……」
 氷雨は、何度も首を横に振った。
「俺も信じられない。本当にくたばってるんだろうな?」
「はい。脈も止まってるし……」
「伯爵なら、俺たちをだますために心臓を止めるぐらいするかもしれん」
「できませんって。それに瞳孔もひらいてるし」
「伯爵なら、俺たちをだますために瞳孔ぐらい開けるかもしれん」
「無理ですよ!」
「てことは、本当に死んでるのか」
「だから、死んでますって……」

 皆の視線が伯爵に集まる中、ユーロはロッカーのほうへ目をやっていた。
 掃除用具を入れるためのロッカーだが、モップもホウキも入っていない。代わりに置かれているのは、配給品のナップザックだった。
 ユーロはそれを引きずり出すと、皆の見ている前で中身を広げた。
 床に転がったのは、水のペットボトルと携行食料。黒のマグライト。そして、一組のトランプカード。

「トランプ……?」
 ユーロは、それをつまみあげた。
 何の変哲もないトランプカードだった。ある意味では、伯爵に最も似合いの支給品とも言えた。
「伯爵に割り当てられた武器やろな……」
 常におちゃらけているジェミニが、このときばかりは神妙な顔つきになっていた。彼は伯爵のシンパなのだ。
「んん……。カードが見つからない」
 ユーロはナップザックの中を覗きこんだ。底のほうは血みどろだ。床に転がったもの以外、なにも入ってはいなかった。

「氷雨、伯爵のポケットにカード入ってへん?」
 ジェミニが問いかけた。
「いま探しとる」
 応じながら、氷雨は伯爵のズボンやシャツのポケットをさぐっていった。
 じきに、ジャケットの内ポケットから一枚のカードを取り出した。
「見つけたで」

 血を吸ってシワの寄った、それは『人狼』のカードだった。




 2日目−012


「伯爵さん、人狼だったんですね……」
 カードに描かれた三本爪のマークを見て、マナは体を震わせた。
「いや、どうかな」
 血のついた指を壁でこすりながら、ユーロは言う。
「伯爵が村人だったとしたら、それを殺した狼は当然カードを持っていく。ついでに狼のカードを置いていくかもしれない」
「あ、そうか。じゃあ狼が死んだとは限らないんですね」
「というより、伯爵はほぼ村人だと思う」
「どうしてですか?」
「考えてみなよ」
 ふ、とユーロは微笑した。どんなときでも、彼は余裕を崩さない。

「わかんない。教えて、ゆろたん」
 キキだった。十秒と考えていない。
 ユーロは、それを聞こえなかったことにした。
 その場にいる者の大半がユーロの言っていることを理解していたが、説明しようとする者はいなかった。そんなことを説明するよりも、それぞれの推理を進めるほうが優先事項だった。

 やむなくといった調子で、サイオンが口を開いた。
「仮に、伯爵さまが人狼だったとしましょう。その場合、彼を殺害したのは村人と考えるのが妥当です。であるならば、名乗り出るのが普通でしょう。そうすれば、私たち村人は余計なことを考えずに済むのですから」
「あー、うん」
「ところが、現状だれも伯爵さまを殺害したと名乗り出ていませんね。……いえ、そもそも村人が人狼を殺したのであれば、あのように死体を隠す必要もないのですけれど。ともかく、以上のような推察から、伯爵さまは村人であろうと考えられるわけです。……こんなところで良いでしょうか、ユーロさま」
 サイオンの言に、ユーロは黙ってうなずいた。

「あー、なるほどね。納得できたよ」
「そして、伯爵さまを殺害した人物の枠は、かなりしぼられています。これも、ご説明したほうがよろしいでしょうか」
「うん。説明してして」
「伯爵さまは、ナイフを刺されて殺されていますね。そして一方、伯爵さまの支給品はトランプカードです。これがどういうことかというと、犯人は自分自身に支給された武器で殺害に及んだということになります」
「そうかも。そうだね」
「さらに、支給される武器は一人ひとつずつと、さきほどのルール説明にありました。つまり、伯爵さまを殺した人物はいま武器を持っていないと考えられます。よって、支給品を公開している方々は少なくともこの件に関してシロということになりますね」
「すごいすごい。そこまで推理できちゃうんだ」

「キキさま。感心している場合ではありません。あなたはまだ支給品を公表していませんね。つまり、グレーです」
「え。ちょっと待って。あたしがそんなことするわけないでしょ」
「だれでも、そう言います」
「そうだけど。って、あたしは犯人じゃないけど! サイオンさんだって、何もらったか言ってないでしょ!」
「……そうですね。これはうっかりでした。ともあれ、私の知るかぎりでは前条さま、氷雨さま、ユーロさま、フマさま、せんべえさま、マナさま、それにアンダンテさまは潔白と見て良いでしょう」
「その人たちは武器を持ってたってことだね?」
「そうです」
「フマ君の支給品知らない。何だったの?」
「私は見せていただきましたが。言ってしまって良いのでしょうか」

 意見をうかがうように、サイオンはフマの姿を探して視線をさまよわせた。
 しかし、その姿はどこにも見つからなかった。いつのまにか、彼は教室から姿を消していたのである。
 消えているのはフマだけではなかった。前条の姿も忽然と消え失せていた。
 サイオンは溜め息をついた。

「本当に、個人行動の好きな方々ですね……。わかりきってはいたことですけれど」





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