2日目−18


「なんか、いつのまにかずいぶん人数が減っちゃったね」
 ふと気付いたように、ナビアは教室を見まわした。

 彼女の言うとおりだった。マナとアンダンテがいなくなって、いま教室に残っているのは九人だけだった。もはや、まっとうな話し合いが成り立つ状況ではなかった。悪くすれば、村側の勢力が半数を下回ることもありえる。
 もとより投票をおこなうわけではないから人数の問題ではないが、銃撃戦にでもなれば人の数はそのまま火力に直結する。仮に人狼を見つけたとしても、うかつに手を出せる状況ではなくなっていた。

「そういえば、男爵さん帰ってきませんね」
 廊下を振り返りながら、スノーが言った。
「お手洗いとか言ってたっけ。……もう十五分ぐらい経った? ちょっと遅すぎるね」
 と、ナビア。
「たぶん、ほかの場所に行ったんじゃないかと思いますけど……」
「かもしれないね。男爵ってときどきワケのわからない行動とるからなあ」
「あのときのタイミングからして、ラムさんを追いかけたんじゃないかと思うんですけど」
「……男爵が人狼なのかな」
「ちょっと怪しかったですよね、男爵さん」
「同感。ていうか、かなり怪しかった」
「あと、ラムさんと男爵さんが恋人同士で……っていう可能性もありますけど」
「それはちょっと考えにくいっていうか、想像したくない絵だよね」
 さりげなく差別的な発言をして、ナビアは複雑な表情を浮かべた。

「なあ。話しあいするんでも何でもええけど、とりあえず隣の部屋に移動せぇへん?」
 提案したのは氷雨だった。
 反対する者は一人もなかった。理由は明白だ。この部屋は血の匂いがする。
 皆そろってナップザックを担ぎ上げたとき、思いついたようにユーロが言った。
「そういや、伯爵の支給品どーする?」
「みんなで分けたらええやろ」
 応じたのは氷雨だった。
「みんなって?」
「ここにいる九人で公平に分けたらええやん」
「公平ねぇ……。じゃあ俺トランプもらっていい?」
「だれも文句なければ、ええんちゃうの」
「ほかにトランプほしい人いる?」
 ユーロは全員の顔を見渡した。だれも興味を示さないのを見て、彼はトランプケースを上着のポケットにしまいこんだ。水と食料は、残りの八人で分けられた。
「そしたら、となり行こか」
 氷雨が言い、一同はそれに従った。

「あ、ごめん。ちょっと忘れ物」
 全員が廊下に出たあとで、ふと何かを思い出したようにナビアは教室にもどった。
「え?」
 何人かが聞きとがめた。忘れるようなものなど、何もないはずだった。
 ナビアは教室にもどると、ひとつの簡単なことを実行した。そして、十秒たらずで廊下に出てきた。

「忘れ物って何だったんですか?」
 スノーがたずねた。
「ん。ちょっとね」
 ナビアは説明しなかった。とくに隠すことでもなかったが、言う必要もないことだった。
 彼女は、伯爵の手元に一食分の食料と水を置いてきたのだった。





 2日目−19


 教室のドアを開けたのはジェミニだった。彼が最初に部屋へ入り、氷雨、ユーロ、せんべえ、ミギ、スノー、サイオンと順々に入っていった。次にナビアがドアをくぐり、最後にキキが廊下に残った。

「ゴメン! すぐもどるけん、待ってて!」

 突然だった。タイミングを見計らっていたように、キキが逆方向に向かって走りだした。ナビアが引き止めるヒマもなかった。
 待っててと言われても困るナビアだったが、追いかけたところで追いつきそうになかった。見かけによらず、足が早い。どこへ行くのかと見守る彼女の前で、キキは女子トイレに駆け込んだ。

 広いトイレだった。この大学の廊下や教室同様、ゴミも汚れも見当たらない。タイル張りの床はニスを塗ったように透明な光沢を放って、土足で踏み込むことさえためらわれるほどだった。

 その現実離れした光景に、やはりここはファントムなんとかいう場所なんだとキキは改めて思いなおす。そして、これがゲームなんだということも。しかし、ゲームだからといって死ぬのはゴメンだった。
 ルール説明では、「生き残った勝利者だけがここを出られる」ということだった。それが真実だとしたら、死ぬわけにはいかない。また、たとえ真実でなかったとしても、死体になって転がるのはキキとしても願い下げだった。

 それに、死ねない理由はもうひとつある。

 ドアをロックして、キキはナップザックに手をつっこんだ。中を覗きこみながら、彼女に与えられた支給品を取り出してみる。長方形の、プラスチックの機械。一見してわかるのは、武器ではないということだ。手のひらにおさまる程度の、リモコンのような電子機械。テスターにも似て見える。
 上半分には、電卓そっくりのデジタル表示板。電源を入れてみても、なにも表示されない。表示板の横には、緑色のLEDが二つ。電源スイッチ以外には、大きなボタンが一つ埋め込まれているだけだ。
 本体の下側には小さなスリットがあって、カードか何かを差し込めるようになっている。一方、本体の上側には赤いレーザーポインターがあって、可視光のビームがまっすぐに伸びている。あまり強い光ではない。五メートル先の壁にぼんやりと赤い点が映る程度だ。

 これってやっぱり占い用の機械だよね、とキキは溜め息をつく。
 そして、配られたカードを改めて確認してみる。ほかの役職同様、文字は何も書かれておらず、ただ大きく『目』のマークが記されているだけだ。それが『占い師』を意味することぐらいは、キキにもわかっていた。もちろん、その役職の重要性も。

 全員がそろってるときに名乗り出ておけばよかったかな、とキキは後悔した。
 すくなくとも、彼女は『恋人』ではない。したがって、潜伏を選ぶ大きな理由はなかった。ただ、名乗り出るのはいつでもできると思っていたのだ。もうすこし様子を見よう、もうちょっと様子をうかがおう、そう思っているうちに名乗り出る機会を失ってしまった。
 慎重になったのには、ちゃんとした理由がある。信用を得られる自信がないとか、すぐ殺されてしまうかもしれないとか、そういった理由が。もっとも大きな理由は、占いのやりかたがわからないということだった。

 多分この機械を使うんだろうけど──と、キキは右手でそれをいじくってみる。ボタンを押してみても、なにをやってみても反応がない。
 この赤い光線を誰かに当てながらボタンを押すのかな──と想像してみる。
 しかし、相手に気付かれずにそんなことをするのは実質上不可能だ。結果が村人と出れば、あとから説明すれば済む。が、人狼を占ってしまった場合はその場で襲撃されかねない。否、確実に襲撃される。人狼にとっていちばん厄介なのは占い師なのだから。

 教室にもどって、すなおに「占い師でーす」と言ってみようか。そんな風にも考えてみる。その場合、村人は味方になってくれるだろう。しかし、その味方が信用できるかわからない。まず、味方になってくれる人を占わなければ。ひどい手数の無駄。
 そして、それさえも完璧ではない。なにしろ『恋人』がいる。占いでわかるのは、人か狼かだけだ。恋人は見分けられない。もし恋人なんかを信用してそばに置いたら、いつ命を狙われるかわかったものじゃない。

 あれこれ考えて、キキは壁に頭をぶつけたい気分になってくる。
 神様のアホーーーー! そう叫びたい気分だ。実際は彼女がアホなのだが、本人はそんなことを考えるよしもなかった。
 結局、堂々巡りの思考をつづけたあとで彼女は機械をナップザックにしまった。溜め息をひとつ漏らしてからドアのロックを解き、廊下に出る。とぼとぼした足取りで教室にもどり、扉を開けた。

 唖然とする光景が、彼女を待ちかまえていた。
 氷雨が、占い師として名乗り出ていたのだ。





 2日目−20


 キキは反射的に氷雨を糾弾しようとしたが、たまたま持ち合わせていた冷静さによって、それを押しとどめることができた。もし、トイレでいろいろ考えなおしていなければ、とっさに対抗占い師として名乗り出ていたことだろう。その場合、信用は得られたかもしれない。最悪、カードを見せれば信じざるを得ないはずだ。が、すべてはそんなヒマがあればの話。

 氷雨は、ベルトに拳銃をさしている。ベレッタ製自動拳銃。
 キキは、銃の知識などまったく持っていない。しかし、映画や小説の世界で、そういった銃がどれほどの力を持っているかぐらいは知っている。すくなくとも十発以上の弾丸は入っているはずで。それはつまりこの場の全員を撃つことができる数だった。当然、まっさきに撃たれるのはキキだ。
 実際、素人が銃を撃っても簡単に当たるものではないのだが、キキはそんなことを知らない。撃たれれば死ぬと思っている。仮に銃の知識を持っていたとしても、丸腰で敵対するのが自殺行為であることは間違いなかった。

 動揺を悟られないようにしながら、キキは慎重に周囲の様子をうかがった。
 氷雨は教壇に立って、なぜ今まで潜伏していたのかということを理論立てて説明している。彼は教員の資格も持っている男だ。教壇からものをしゃべるのは朝飯前だった。おまけに、彼は嘘もうまい。占い師を騙るぐらい、造作もないことだった。

「まぁとりあえずカード見せようや、氷雨。話はそれからやね」
 彼の演説をさえぎって、ジェミニが口を出した。
 そう、カード──。キキは心の中でジェミニに感謝する。ありがとうジェミたん、と。
 占い師のカードを持っていないはずの氷雨は、当然うたがわれるはずだ。そうしたら、様子を見て名乗り出てもいい。キキは自分の命を最優先にしながらも、村側の勝利を捨ててはいなかった。

 しかし、氷雨は用意周到だった。彼もまた詐欺師の才能を持つ男なのである。
「カードの前に、これ見てほしいんけど」
 そう言って彼がナップザックから出したのは、キキの持っているのと同じリモコンのような機械だった。デジタルパネルとボタンがあり、緑のLEDが三つ点灯している。カードスリットのような部分とレーザーポインターの赤い光も、やはり同じだ。

「お。それで占えるん?」
 ジェミニが興味深げに覗きこんだ。
 ユーロとスノー、せんべえも同じように覗きこむ。
「たぶんコレで占えると思うんけど、まだ実際に動かしとらんのよ」
「じゃあ、やってみたらええやん」
「せやな。そんじゃ、ジェミニ占ってみよか?」
「なんでオレなん」
「狼だったとき厄介そうなところから占いたいやろ」
「オレはぜんぜん厄介じゃないんけどな……」
 なにしろ画鋲だしな──とジェミニは心の中でつぶやいた。

「でも、村人確定すれば処刑されずに済むやん」
「確定するわけじゃないやろ。その機械がホンモノかわからんのやし」
「え。ジェミニ、俺のこと疑っとん?」
「俺は俺以外の全員を疑っとるよ。そんなん当り前やろ」
「じゃあなに? 俺が人外で、真占い師が潜伏してるとでも言うん?」
「可能性はあるよなあ。……いやまあフツーに見たら氷雨が占い師やと思うけどな」
「ジェミニ、むっちゃ怪しいわー。おまえ潜伏狂人なんちゃうん?」
「かもしれんなー。狂人占っても意味ないで?」

「そこまで拒否するジェミニは怪しい」
 二人のやりとりに、ユーロが割って入った。
「そう言われてもやな。だれだって、無駄に占われたくはないやろ?」
「俺はかまわんけどなぁ」
「よし。じゃあユーロ君を占おうや。なあ、氷雨」
 いつものように、ジェミニは必死だった。

「わかった。こうすればええんやろ」
 氷雨は素敵な笑顔を見せると、右手の機械をジェミニに向けた。
 赤いビームの点が、ジェミニの胸にぽつんと映る。そのまま、氷雨はボタンを押した。LEDランプがひとつ消えて、同時にデジタル表示にあらわれたのは『HUMAN』の文字。

「なんでジェミニ人間なん。この機械おかしいんちゃう?」
 氷雨は、その文字をしげしげと見つめていた。
「いやいや。だからオレ村人ひいたって最初から言っとったやん……」
「だったら、まぎらわしいマネせんと堂々と占われたらええやろ。何やってんの、ジェミニ」
「えーと。それってオレのせいなん?」
「ジェミニが堂々と『俺を占ってくれ』とか言えばよかってん」
「そしたらおまえフツーに占うやろ、どうせ。『ジェミニなら狼でもこれぐらい言う』とかなんとかゆーて」
「ジェミニが生きとるのが悪い。生きてるジェミニは人狼! これ常識やで?」
「でもオレ、村人やってんけど。そこんとこ、どーなん?」
「処刑されるよりマシやん。占ってやった俺に感謝せぇよ」
「なあ、氷雨。おまえホントに占い師?」
 みにくい争いだった。
 ふだんどおりの会話だったが。





 2日目−21


「まぁええわ。そんで、カードはどうしたっつー話や。占い師カードさっさと見せぇよ」
 くだらないやりとりを切り上げて、ジェミニはまともな話にもどした。
 氷雨はそこでちょっと笑顔を崩し、「カード、じつは持っとらんねん」と言い切った。
「どういうことか、説明してみ?」
 ジェミニの表情から笑顔が消えた。

「この機械なんやけどな」
 HUMANという表示を残したままのそれを、氷雨はジェミニに手渡した。
「その下のトコ見てみ? カードの入るぐらいのスリットがあるやろ?」
「ああ、あるな」
 言うとおり、機械の下部分にキャッシュカードの差込口みたいなものがある。そこを指差しながら、氷雨は説明した。
「そこに、占い師カードが入ってん。たぶん、壊さんと取り出せんけどな」
「嘘やんな、それ。もうちょっとうまい作り話しようや」
「ホンマやって!」
「こんなとこにカード入れるかぁ? フツー」
「俺も、入れるつもりはなかってんけど。ちょうどサイズがピッタリやったから、もしかしたら思って差し込んでみたらキッチリ入ったんよ。……あ、そんでな! こっからが重要なん」
 声を高くして、氷雨は説明をつづけた。

「画面の横に、緑のランプがあるやろ? それ多分、占いのできる回数を示してる思うんよ。さっきまで三つ光ってんけど、いま二つになっとるやろ。じつは、最初支給されたときランプは二つやってん。んで、俺の持ってたカード入れたらランプが一つ増えたんよ。つまりやな」
「あー、言いたいことはわかった。……なぁ、ユーロ君。伯爵の持ってたカードどこやったっけ。まだ持っとる?」
「ああ、持ってるよ」
 血で汚れた『人狼』のカードを、ユーロはザックから取り出した。
「そのカード、どう考えてももう不要やな?」
「とくに使い道はないな」
「んじゃ、こいつに差し込んでみよか。本当に入るかどうか、たしかめようや」
 反対する者はなく、ジェミニは『人狼』のカードを受け取ると氷雨の機械につっこんだ。
 カードはするりと入り、緑のランプが点灯した。合計三つ。

「入ったな」
 と、ジェミニ。
「だから言うたやん。信じとけって」
「まだ信じたわけやないけど、まぁ疑惑はちょっと晴れたわ」
「疑惑て。ひどいな。占い師やちゅーねん」
「まぁ氷雨が殺されたら信じてもええわ。それまでは五分五分やな」
「疑いすぎやろ……。まぁとりあえず、それ返してな」
 氷雨はジェミニに向かって手をのばした。
 ジェミニは、それを無視した。

「なあ。だれでも使えるんかな、これ」
 言い終えるより早く、ジェミニは赤い光線の先をユーロに向けてボタンを押した。
「あっ」と何人かが声を上げる。
 機械には何の反応もなかった。ランプの数も変わらない。
「なに勝手に使っとん、ジェミニ」
「悪い悪い。ちょっとした実験や。でも動かんかったな。氷雨、もう一回それ使ってみ?」
 言いながら、ジェミニは機械を氷雨に返した。
「ええけど。だれ占う?」
「ユーロ」
「ユーロ君、村人っぽいと思ってんけど。俺、サイオンさん占ってみたいわ」
「あー、サイオンさんなら俺も反対せぇへんよ。やってみ」
「ええと、あの。私を占うのですか? 無駄になるとは言いませんけれども……」
 サイオンは微妙に拒否するようなそぶりを見せたが、氷雨はそれにかまわずボタンを押した。

 LEDがひとつ消えた。表示されたのは『HUMAN』
 どこかホッとしたような空気が、教室内に流れた。なにしろ、サイオンといえば狼というぐらいのプレイヤーなのだ。おもに牛男爵によって書かれた小説のイメージが大きいが、実際にゲーム中で狼をひいたときの勝率も異常なほど高い。彼女を占うのは、じつに妥当な選択だった。──その機械が真実を示すものであるならば。





 2日目−22


「サイオンさんが村人判定ねぇ。ふぅん……」
 納得しかねるように、ユーロは冷たい目を氷雨とサイオンの二人に向けた。
「あの……。なにか不審な点でもおありでしょうか」
「いや、サイオンさんの髪の長さとか人間に見えませんよね。あと、しゃべりかたも」
「……髪はともかく、しゃべりかたについては申しわけありませんとしか。しかしユーロさま。私を疑うということは、氷雨さまを疑うということにもなるのですけれど。ほかに占い師がいるとおっしゃるつもりですか?」
「いないとは言い切れませんよね」
 すずしい顔でユーロは応じた。

「まさかユーロ君。自分が占い師だとか言い出したりせぇへんよね? そしたら俺、容赦なく撃つで?」
 氷雨は右手に持っていた機械を左手に持ち替えて、するりと拳銃を抜き出した。彼は銃についての知識をすこし持っている。セーフティスイッチの使いかたぐらいは知っている。それに、ただしい撃ちかたの手順も。
「なに本気になってんの? 冗談だよ、冗談。だから氷雨はユーモアがないとか言われるんだよ」
 いくら強気のユーロでも、ねこじゃらしでベレッタに立ち向かう勇気はなかった。もとより、それほど氷雨の真偽を疑っているわけでもない。つついて反応を見たいだけだ。

「失礼やな。ユーモアあるちゅーの。……まぁその話は今どうでもええけど。とりあえず俺が占い師やから」
 宣言するように、氷雨は言い放った。
 異議をはさむ者は、一人もいなかった。当然ではある。対抗する占い師がいないうえ、ただしい判定を出しているように見える機械が目の前にあるのだから。
 異論をはさむ力があるのはキキだけだったが、もはや彼女は名乗り出るタイミングを完全に見失っていた。彼女はただ黙って、ことのなりゆきを見守るばかりだった。

「いままでの動作から考えますと、これはつまり差し込んだカードの数だけ占えるということのようですね」
 氷雨の手元を見つめながら、サイオンが言った。
「そうですね。あと二回いけますけど。だれ占いましょうか」
 氷雨とサイオンは、同じ大学の卒業生である。先輩であるサイオンに対して、氷雨は常に腰が低い。そうでなかったとしても腰が低かったかもしれないが。
「カードを消費することで占いの回数が補充されるのでしたら、あまり考えずに使ってしまってもよろしいように思いますけれど」
「ああ、そうかもしれませんね。それじゃあ。……スノーさん、すみません」
 返事を待つでもなく、氷雨は彼女に機械を向けた。
 ボタンを押すと、緑のランプがひとつ消える。

「どうでした? 私、人間って出ましたよね?」
 スノーは髪をおさえながらデジタル表示板を覗きこんだ。
 表示されている文字は『HUMAN』
「よかったー。それじゃ、私のカードわたしておいたほうがいいですよね。占い回数もとにもどせるし」
「そのほうがいいですね」
 氷雨は、さわやかな笑顔でスノーに手のひらを出した。
 スノーがコートのポケットからカードを出そうとした瞬間、ユーロが止めた。
「待った。カードはそのままにしといて」

「どうして?」
 スノーはユーロの目を見つめた。
「あの機械が正しいっていう保証がない。あと、この場にいない人たちに対して、『カードを持ってない』っていうのは余計な疑惑を生むから。それに、機械が正しかったとしても判定結果が残らない。カードはできるだけ持っておいたほうがいい」
「あー、言われてみたらそうかも」
 スノーがうなずくと、氷雨はあきらめたように手をひっこめた。
「ま、ユーロ君の言うことも一理あるな。でも、そしたらあと一回しか占えへんけど。だれ占ったらええん?」
 答える者はなく、その場の九人は互いに顔を見合わせるだけだった。





 2日目−23


「それじゃ、ミギ君のこと占ってみてもええ?」
 話が進まないのを見て、氷雨が口を開いた。
 たちまち、数人から反論が返る。
「いやいや、ミギは村人やろ。どう見ても」
「うん。ミギ君は村人だよね」
「こんなアタマおかしい狼がいるわけない」
 ジェミニ、ナビア、ユーロの発言である。

「そうなん? 俺はミギ君のことよく知らんからなあ。けどみんながそう言うなら、とりあえず置いとくわ。……そしたら、そうやな。せんべえさんあたり占おか」
 その提案に反対する者はいなかった。
 空気のように溶け込むせんべえは、狼役をまわされると目立たず怪しまれず、いつのまにか勝っているという特技を持っている。勝率も高い。占い先としては妥当な選択だった。本来、まっさきに占っても良い人物である。
 氷雨がそれを避けたのは、せんべえの持っている拳銃のせいだった。彼もまた、氷雨と同じく銃を腰のベルトに差していたのである。それも、まったく同じ型番の銃だった。

「占ってもいいけど、オレ狩人だよ?」
 せんべえの発言は、もちろんジョークだった。このゲームの中に『狩人』はいない。しかし、とりあえずそう言ってみるのが彼のクセだった。あまり目立たない彼の、数少ない自己アピールだ。
「いやいや。俺が狩人やから」
 くだらないやりとりを始めようとするジェミニ。
 それを無視して、氷雨はレーザーポインターをせんべえに向けた。

 ボタンを押すと同時に、最後のLEDが消灯する。
 そして、デジタルパネルに浮かび上がったのは『WOLF』の表示。

 その瞬間。氷雨は機械を教卓に落とし、ベレッタを水平に振り上げてスライドを引いた。
 彼は、すでにこのゲームを完全に理解していた。理解するだけでなく、勝利のための戦術も組み上げていた。そして、その戦術を遂行するだけの能力と意思もそなえていた。さらに言えば、彼は人狼というゲームの基本を決して忘れてなかった。すなわち、死人に口なし。

 銃声が空気を震わせた。撃ち出された弾丸はせんべえの肩をかすめて背後の壁にめりこみ、つづけてもう二回、銃声が鳴り響いた。二発とも、せんべえの胸に命中した。
 けたたましい音が銃声の残響をかきけし、彼はイスごと後ろにひっくりかえった。ほぼ即死だった。仰向けに倒れたせんべえは一度だけ血の泡を吐き出して、それきり二度と動かなかった。

 だれも止める者はいなかった。いたとしても間に合わなかった。
 悲鳴をあげる者もおらず、しんとした静寂が教室をつつんだ。キキ以外の全員がイスを立ち、せんべえの死体と氷雨の銃を見つめていた。火薬の匂い。そして、血の匂いが漂いだした。

「せんべえさん、狼やってん」

 かるい調子で、氷雨は告げた。





 2日目−24


「そんな……。いきなり撃たなくても……」
 ナビアが、かすれた声を出した。
 氷雨は気取った手つきで銃をかまえなおし、「狼にぐだぐだ言いわけされたら面倒じゃありませんか」と、うそぶいてみせる。
「ほんとうに人狼だったの?」
「そうですよ。ほら」
 氷雨は教卓に落とした占い機械を持ち上げ、皆の目に触れるようにかかげてみせた。
 表示されているのは『WOLF』の四文字。もちろん真実と異なる判定だったが、把握しているのは狼側のプレイヤーだけだった。

 その判定を見ると、ユーロはせんべえに向かって歩きだした。
 氷雨がそれを呼び止めた。
「ユーロ君、なにしようとしてるん?」
「カードをたしかめるんだよ」
「必要ないやろ。こうして『WOLF』って判定が出とんやし」
「どっちにしたって、カードは必要だろ。その機械、カードで動くんじゃなかったのか?」
 もっともな指摘だった。
 氷雨は、即座に切り返した。
「ああ。そしたらサイオンさんにカード見てもらうわ。ついでに、せんべえさんの拳銃も持っといて」

「……私ですか? なぜ?」
 怪訝そうな顔でたずねるサイオン。
「俺が占って人間だったからですよ。それに、個人的にも信用してますし。ユーロ君のことはまだ占ってないんで、狼の可能性がある人に拳銃もたせたくないじゃありませんか」
「それはまあ。おっしゃるとおりですね」
 サイオンがうなずいて、せんべえに近付こうとしたとき。ジェミニが口をはさんだ。
「ちょっと待った。俺も氷雨に占われてシロ出てるんけど」
「ジェミニは狂人っぽいからダメやで」
「俺のどこが狂人やっつーの」
「全部やね。アタマのてっぺんからツマサキまで、ぜんぶ」
「ひでぇ」

 その場のだれもが氷雨のやりかたに疑惑を感じていたが、だからといってサイオンがせんべえの死体を調べることに異議をはさむことはできなかった。氷雨が真の占い師なら確かにサイオンは『人』だし、仮に氷雨を狂人としてもサイオンが『狼』だという確証はなかった。
 そもそもこの教室内の八人のうち、銃器類を持っているのは氷雨とミギ、それに死体となったせんべえだけだった。もし氷雨が狼側であるとしたなら、正体をバラしてでも村人を皆殺しにしかねない状況だった。
 氷雨のベレッタに対する抑止力となるのはミギの持っているグロックだけだったが、たよりにならないのは火を見るよりあきらかであり、かつ彼にも狼側である可能性は残されているのだった。
 結局、サイオンがせんべえの死体を調べるのを誰も止めることができなかった。

 サイオンはせんべえの横にしゃがみこむと、まず呼吸が止まっていることをたしかめた。
 それから血まみれになった上着のポケットをさぐり、カードが入っているのを確認すると、それを抜き取ってコートの袖に隠した。次にせんべえのベルトにはさまれていた拳銃を取り、安全装置をかけてコートのポケットにしまう。そのついでに自分の持っていたカードを取り出して、手のひらに隠しながらせんべえのズボンやシャツをさぐっていった。
 それら一連の動作は、すべて彼女の体の陰でおこなわれた。長い髪も、その作業を隠すのに好都合だった。どこからどこまでも、よどみのない手つきだった。
 最後に彼女は、自分の持っていたカードをあたかもせんべえの死体から取り出したように見せかけて、一堂の前に提示した。

「どうやら、せんべえさまは『人狼』だったようですね」





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