2日目−25
「ごめん! ちょっと出かけてくるけん!」
見ているのは、そこまでが限界だった。キキは自分の荷物をひっつかむと、一目散に教室を飛び出した。でかけるもなにもなかった。ただ逃げ出しただけだった。
廊下を走りながら、キキは後悔した。もう、あの教室は完全に狼側に支配されている。彼らがその気になれば、氷雨とサイオンだけで村側を皆殺しにできる状況だ。
そうなってしまった責任のいくらかは、キキにある。実際のところは「大部分」が彼女のせいだったが、キキの中では「いくらか」に過ぎなかった。
それでも、後悔しているのは事実だった。最初から名乗り出ておけば、あんなことにならなかったかもしれない。悪くても、狂人が占い師の座を乗っ取るような事態だけは避けられたはずだ。
しかし、すべては手遅れだった。彼女は、占い師であることを放棄してしまったのだ。すくなくとも、氷雨やサイオンの見ている前で名乗り出ることはもうできなかった。そんなことをすれば、彼女はおろかその場の全員が殺されかねない。
「拳銃とかズルイやぁぁぁぁん!」
おもいきり叫びながら、キキは階段を駆け上がった。
二階から三階。三階から四階。そして屋上まで。一気に駆けのぼった。
逃げるのであれば下へ行くべきだが、彼女はそんなことを考えてはいなかった。ただ、本能にまかせて走っただけだ。その結果が、屋上だった。馬鹿と煙は高いところにのぼるというのも、あながち間違いではないのかもしれない。
キキはフェンスにもたれかかり、ナップザックから占いの機械を取り出した。思わずそれを床にたたきつけたくなるが、なんとかこらえて両手でにぎりしめてみる。
どうにかして生き残らなければならない。もう、ゲームか現実かというのは関係なかった。ほかのプレイヤー同様に──いや、ほかのプレイヤーと比べても上位に来るぐらい、彼女は負けず嫌いだった。とくに、真占い師を引いたのに狂人に負けるなどというのは、認めがたい屈辱だ。負けるわけには行かない。
しかし、拳銃を持った相手にどうやって立ち向かえばいいのか、なんの手立ても思い浮かばなかった。しかも、狼側に拳銃が二挺とられているのだ。絶望的とも思える状況だった。
「あーーーー、どうしよ」
泣きそうな気分になって、キキはへたりこんだ。
太陽はすでに高く、雲ひとつない空から燦々と光を降らせている。風はなく、おだやかな天気だった。校内のほかの場所同様、床には一点の汚れもない。
薄灰色のコンクリート床を見つめながら、キキはこれからのことを考えていた。正確には、考えようとしていた。まったく考えがまとまらなかった。
そのとき、彼女の視界に影がさした。人の姿だ。
はじかれたように顔を上げると、そこにいるのはナビアだった。心配そうな顔をしている。
キキは推理や洞察でなく勘によってナビアを村人と判断したが、いまは保証がほしかった。ためらうことなく占い用の機械をナビアに向けると、キキは「えや!」という叫びとともにボタンを押した。もし『WOLF』と出たら死ぬ気で戦うしかない。そういう覚悟だった。
はたして、あらわれた判定は『HUMAN』というものだった。
2日目−26
「あー、やっぱり氷雨ちゃんは騙りだったんだね」
「そうなんよ。ほんとはキキが占い師やけん。信じて」
「うん。まぁ信じるよ。どう見たってキキが演技してるようには見えないし」
「ほら、ちゃんとカードもあるんよ! みてみて!」
「見なくても信じるよ……。もともと、氷雨ちゃんウソくさかったし」
「さすがナビアさん! これで形勢逆転! もう勝ったも同然やんね!」
「ちょっと待って。あたし、どういう期待されてるの……?」
キキはこれまでのいきさつを細大漏らさずナビアに話したが、ナビアにしても現状をどうにかするのは難しかった。なにしろ、二人そろって丸腰である。加えて言うなら、体格や運動能力の面でも氷雨とは比較にならなかった。いまのままでは勝負にならない。
「ともかく、味方をふやさないとダメだね。それも、できるだけ強い武器もってる人を」
ごくまっとうな提案をするナビア。
記憶を掘り出すように遠いところを見つめながら、キキは言った。
「そういえば、機関銃もってる人がいたやんね」
「あー、うん。前条君ね」
「あれなら拳銃に勝てると思うんけど」
「そうかもしれないけど。うーん」
あまり気乗りしなさそうにナビアは小さくうなった。
なにしろ前条である。『味方の敵』として名高い男だった。いまは女だが。
「とりあえず前条君は置いとこうよ」
冷静な判断をするナビア。もっとも、どこへ行ったのかわからない前条をさがすのは簡単なことではなかった。あとまわしにするのは当然ともいえる。
「そうすると、あと拳銃もってたのはミギ君だけやんね」
「ミギ君か……。あたし、あの子のことよく知らないんだけど。こう、なんていうか……。味方にしてもいいの? っていう感じがするんだよね。村人なのは間違いないと思うんだけど」
ナビアの不安も、無理からぬことだった。これまでに発せられたミギの発言を見れば、だれでも彼女と同じ不安を持ったことだろう。ある意味では、前条などよりはるかに不安な存在でもあった。
「でも、ほっといたら氷雨君に殺されて銃とられちゃうけん、どうにかせん?」
「そうだね。とりあえず氷雨ちゃんがニセモノだってことは伝えないと……。ミギ君だけじゃなくて全員に」
「でも、あの教室にもどりたくないんよ」
「あたしだってそうだよ。でも、あのままほっといたら全員氷雨ちゃんにだまされたままだし。最悪の場合、もう殺されてるかも」
「あー、うん。そうやんね」
思い悩むように、キキは右手に持った占い機械をくるくるさせた。
「ともかく……」
言いかけて、ナビアは口を閉ざした。
人の気配を感じて振り返る。
「こんなとこで何やってんですか?」
噂をすれば影。屋上に出てきたのは、ミギだった。
2日目−27
「あ、ちょっとね。キキが具合わるいっていうから……」
「ミギ君ミギ君! ほんとうはキキが占い師やって!」
とっさに嘘を口にしてとりあえず様子を見ようとしたナビアだったが、キキの発した一言ですべてが無になった。
思わず唖然とするナビア。いくらミギが村人っぽいといっても、せっかくの占いマシンを使わずに信用しきってしまうのは軽率すぎる。
「ちょ……っ! なんで言っちゃうの!?」
「え? だってミギ君は村人やんね。そうでしょ?」
ミギ本人にたずねるキキ。
それを見て、もはやナビアは警戒することをあきらめた。
「え。はい。俺は村人ですけど」
あっけにとられたように、ミギは答えた。
そのまま、彼は無造作な感じで二人に近付いてくる。
「それより、キキさんが占い師って。どういう意味ですか? 占い師は氷雨さんですよね? それとも占い師って二人いるんですか?」
思わず頭をかかえそうになるナビア。
「ちがうんよ。キキが占い師やってん。氷雨君はニセモノなん」
「え! マジですか、それ!」
「マジマジ!」
「まずいじゃないですか、それ! よし、氷雨さんを殺しましょう!」
意気込んで拳銃を取り出すミギ。
「ちょ、ちょっと待って。なんでそんなすぐにキキを信じちゃうの」
当然のことをナビアはたずねた。
「え? だってキキさんが占い師で氷雨さんはニセモノなんですよね?」
「いや、そうだけど。キキがそう言ってるだけなんだよ?」
「じゃあ十分じゃないですか」
堂々とこたえるミギ。
「十分じゃないでしょ。キキが嘘ついてる可能性だってあるじゃん」
「え、待って。ナビアさん。キキは嘘ついてないけん! 信じて!」
「いやいやいや。えーとね。あたしはもちろんキキを信じてるけど。いま訊きたいのは、どうしてミギ君がそんなすぐにキキのことを信じられたのかっていうことで……」
説明しながら、ナビアは今度こそ本当に頭をかかえた。──この二人にはマトモな話が通じない!
「えーーと。あ、わかりました。つまり、氷雨さんが真占い師で、キキさんがニセモノっていうこともあると。ナビアさんは、そう言いたいわけですね!」
ようやく飲み込めたという具合に、ミギは一人でうなずいてみせた。
「うん。そういうこと。わかってくれた?」
「わかりました。ばっちりです!」
「そ、そう。ならいいけど」
「でも、そしたらキキさんを殺さないとダメじゃないですか!」
あわてたように大声を出すミギ。
それに張り合うぐらい、ナビアも大きな声を出した。
「まってまって! なんでそうすぐに話が飛躍するの! 可能性の話をしてるんだってば!」
「わかりました。二人とも殺せばいいんですね」
「そんなこと言ってないから! とりあえず落ち着いて。ね? すくなくとも、いまのやりとりでミギ君が村人だっていうことだけは、よーーーくわかったから」
つとめて優しい声音で、ナビアは言い聞かせた。たしかにユーロ君の言ったとおり、こんな狼はいない。そう思った。それだけでも収穫と思わなければ、やってられない気分だった。
2日目−28
この大学のあらゆる場所は芥子粒ひとつの汚点もないほど綺麗なものだったが、わけても牛男爵の今いる場所は神聖なほどの真っ白な空間だった。
医務室。五台のベッドが並び、壁一面にキャビネットが立てられている。そのキャビネットひとつひとつを開けていきながら、彼は何か使えるものがないかと物色していた。
この大学には雑用品や什器といったものがほとんど存在しない。最初から作られていないのだ。医務室のキャビネットには、その空間が医務室であることを表現するためだけに色々なものが収められてはいたが、出てきたのは意味のない書類の山と消毒薬、それに包帯と体温計ぐらいのものだった。
それでも包帯は何かに使えるかもしれないと思い、彼はいくつか手に取ってナップザックに放りこんだ。消毒薬や体温計には興味を示さなかった。カギのかかっているキャビネットもいくつかあったが、当然あけることはできなかった。
彼のナップザックには、拳銃が覗いている。ミギに支給されたものと同じ、グロック17。ずんぐりしたデザインのオート拳銃だ。
彼はそれを右手ににぎり、スライドを引いてかまえると、鏡に映っている自分の姿を見て首をひねった。そして、トリガーを引く。カシッ、という音。発射された弾丸は壁に当たって跳ね返り、床にころがった。BB弾。黄色のプラスチック玉だ。
薄暗いところならホンモノで通用するかな──と彼は自分を納得させた。牛男爵に支給されたそれは、見かけこそ立派な銃だが実際は殺傷力ゼロのエアーガンだった。
床に落ちた弾を拾おうと、彼は腰をかがめた。そのとき、ベッドの脇に茶色のものが落ちているのを見つけた。拾ってみると、十円玉だ。
またか、と彼は思った。この空間に来てからというもの、やけに小銭を拾う。百円玉が一枚と、十円玉が二枚。それ自体はとりたてて不可解というわけでもなかったが、塵ひとつ落ちていないような場所で硬貨ばかりを拾うのは妙な現象といってよかった。
ともあれ、これで百二十円あつまったことになる。だれ一人財布を持っていないこの空間では、それなりに意味のあることかもしれなかった。自動販売機でジュースを買うことができる程度には。
十円玉とBB玉をポケットに入れると彼は立ち上がり、最後に残った医務机の引き出しを下から順にあけていった。何も入ってなかった。あきらめ半分でいちばん上の引き出しをあけると、ちいさなキーホルダーが入っていた。鍵が三つ、たばねられている。
その鍵を、彼はキャビネットに差し込んでみた。開かなかったキャビネットが開くようになり、覗きこんでみるといくつかの薬瓶が出てきた。消毒液、蒸留水、生理食塩水──。そして、薬用アルコールが三本。
彼はナップザックから食料と水を出してキャビネットにしまいこむと、かわりに薬用アルコールをザックにつめた。それからキャビネットに鍵をかけ、満足した表情で医務室をあとにした。
2日目−29
放送室には、なにもなかった。ルール説明の音源どころか、テープやCD、デジタル音源のファイルなど、なにひとつ見当たらなかった。アンプとチューナー、CDプレイヤーにスピーカーなどのオーディオ機器は一式そろってラックに収められていたが、それ以外のものは何もなかった。
ひととおり室内を物色したあとで、ラムは放送室を出た。収穫は何もなかった。しいていうなら校内放送を問題なく使えることがわかったのは収穫だったが、それを利用する機会があるかというと結局意味のない収穫に終わりそうだった。
廊下を歩きながら、ラムはゲームのことについて考えをめぐらした。
外見はヤクザさながらの彼だが、職業はプログラマーであり、理論的な思考は得意のものだ。人狼というゲームの経験も豊富である。勝ち筋を見つけるのはお手のものだ。
しかし、今回のゲームはかなり勝手が違った。死んではいけないというのが、最大の相違点だ。そして、狼を見つけたからといって不用意に手を出せない。
さらに、このルールと構成において最も大きな要素は『恋人』の存在であり──。それを排除しないかぎり、村側にも狼側にも勝利は訪れないのだ。したがって、この点では村人と狼とで利害が一致している。
まずは、『恋人』を見つけなければならない。逆に言えば、『恋人』は見つかってはならない。そして、最後まで無事生き残らなければならないのだ。
その上で、彼は考える。このまま教室にもどるか、それとも単独行動をとるか。
彼に支給された武器は、使い道のわからない金属製の機械である。それがどういう働きをするものなのか見当もつかないが、拳銃との撃ちあいに使えるようなものではないことぐらい想像がつく。となると、身の安全をはかるなら銃を持っている連中とは距離を置くべきだった。
そんな具合に頭を悩ませつつ歩いていると、彼はふと何かの音を聞きとめた。
低く、規則的な音。物音ひとつしないこの空間では、よく響く音だった。
彼は音の方向に向かって歩きだした。
それは、すぐ目の前の教室から聞こえるものだった。
教室のドアをくぐると、そこには大の字になっていびきをかくフマの姿があった。
「よくこんなとこで寝れるな、こいつ」
あきれた思いでつぶやきながら、ラムは彼に近付いていった。
フマはまったく目をさます気配がなかった。もしラムに殺意があったなら、わけもなく殺されていただろう。しかし幸運なことに、ラムはそういう意思を持っていなかった。
無論、フマの持っているカードによってはその結果も変わっていたことだろうが。
ちょっと見せてもらうぜ。
口の中でつぶやいて、ラムはフマのナップザックを広げた。水と食料。それに、『村人』のカードが入っていた。武器が見当たらなかった。食料の箱を持ち上げてみると、その下に金属の何かがあった。
よく見てみると、それはハサミだった。洋裁用の、やや大きめのハサミ。どこにでもあるようなデザインだったが、刃が黒く焼き上げられているのが特徴的だった。
その刃を見たとき、ラムは背中に寒気が走るのをおぼえた。
なぜだかわからなかった。ただ一瞬、そのハサミがハサミ以外の何かに見えたのだ。何に見えたのか、彼自身もわからなかった。あえて言うなら、剣か刀のように見えた。
しかし、それはごく一瞬のことだった。あらためて目をこらしてみればそれはやはり単なる洋裁鋏に過ぎず、なにかを感じることはもうなかった。
それでもラムは、そのハサミに手を触れる気にだけはならなかった。
2日目−30
運動場のかたすみで、前条は銃をいじっていた。
マイクロUZIサブマシンガン。もちろん、撃ったことなど一度もない。
とりあえずといった感じに、映画や漫画の見よう見まねでセーフティスイッチを動かし、十メートルほど向こうの標的に向かってトリガーをしぼってみる。テニス用のスコアボードだ。ターゲットとしては手ごろなサイズ。──しかし、弾は出なかった。
「みぎゃ?」
不可解な発音をしながら、彼女はもういちどマシンガンをいじってみる。セーフティスイッチは解除されている。オーケー。マガジンにも三十発ぐらいの弾丸が詰めこまれている。これもオーケー。しかし弾が出ない。
「みぎゃぎゃ……?」
どうやるんだったかなと思いながら、彼女はアクション映画の銃撃シーンを思い出してみた。マトリックスとかバイオハザードとかホームアローンとか。──最後のはちょっと違った。ともかく、マシンガンの撃ちかたを思い返してみた。
そういえば、最初にどこかを引っぱって──。と思いつく。
よく見ると、銃身の上部分にスライドがある。つついてみると、前後に動く構造だ。つきでたボルトを指でつまみ、引っぱってみた。かしょん、というオモチャみたいな音。
これで撃てるはずとばかりにトリガーを引くと、瞬間的に五、六発の弾丸が撃ち出された。同時に、ポップコーンみたいな勢いで銃身の右側から薬莢が飛び出す。弾丸はあっちこっちに散らばって、スコアボードには一発も当たらなかった。
「あら……?」
彼女は一歩近付いて、今度は慎重にマトを狙った。右腕をまっすぐ伸ばして、スコアボードの中心に狙いをさだめる。そっと引き金に力をこめると、軽快な発射音が鳴り響いた。
狙いどおりに当たったのは、最初の一発だけだった。あとの弾は、すべてあさっての方向に飛んでいった。
反動のせいだ。それに加えて、銃の性能もある。射手の腕は言うまでもない。
今度は、両手でおさえて撃ってみた。五発中三発が当たった。ボードの中心からは離れているが、それでもずいぶんマシな結果だった。
距離や撃ちかたを変えて、彼女はさらにマトを撃ってみた。合計三十二発。弾倉ひとつぶんの弾を撃ちこんで、ようやく彼女は練習を終えた。
前条は、見かけによらず慎重な性格だった。すくなくとも、支給された銃でとりあえず射撃練習をしてみようとする程度には。マガジンは一本使いきってしまったが、慣れておくのは悪くないはず。そう彼女は考えていた。
撃ち尽くしたマガジンをその場に放り捨てて新しいものを銃に詰めると、前条はスコアボードに近寄って弾丸の通り抜けた穴をしげしげと見つめた。うすっぺらい木製の板だ。9mm弾が貫くのは容易だった。
彼女は結果に満足して、運動場をあとにしようとした。
立ち去りぎわ、口の中に砂埃と火薬の味がしたような気がして、彼女は足元につばを吐いた。
そのとき、不思議なことが起こった。ばすっ、という音と同時に、ちいさな爆炎が上がったのだ。
なにかの見間違いかと思い、彼女はもういちど同じことをやってみた。すなわち、地面につばを吐いたのだ。
おなじ現象が起こった。爆発音とともに砂埃がまきあげられ、あとにはくっきりとえぐられた地面が見えている。
『Bomb』
それが、彼女に与えられたスキルの名前だった。