2日目−50


 出来の悪い生徒ふたりにゲームのルールを説明し終えると、ナビアはぐったりしてフェンスにもたれかかった。すでに太陽は大きくかたむき、夕刻になろうとしている。そのあいだ一人も屋上にやってこなかったのは幸運ではあったが、おかげで彼女は際限なくキキとミギの質問に答えるハメになった。

 それでもどうにかすべての問いに答え、ようやく二人の口から質問が出てこなくなると、ナビアはこれからのことを考えはじめた。もはや彼女の頭に、『相談する』という考えはカケラもなかった。そんなことをすれば、またぞろ幼稚な質問を浴びせられるに決まっている。何から何まで全部自分で決めてしまったほうがよほど賢い。そう割り切っていた。事実、それは正解だった。

 彼女の方針は、ともかく一人でも多くの『村人』を味方に引き入れることだった。キキとミギの支給品を使えば、狼を見分けるのはたやすい。このゲームにおいて最も愚かなのは、村人同士で殺しあうことである。いくら『恋人』の存在があるとはいえ、根本的には『人狼』をさがして始末していくゲームなのだ。村人同士で疑いあっていては悲惨な結末しかありえない。そうした基本的なことを、彼女は決してわすれずにいた。

 さらに、氷雨が狼側だという確定情報もある。うまく生け捕りにして情報を吐かせることができれば──。そう考えて、しかしナビアは自分の手で拷問を加えることなどできそうにないと思いなおした。もちろん、キキも駄目だろう。ミギもたよりになりそうにない。狼側をつかまえたとき容赦なく拷問できるような村人が一人ほしい。それができそうなのは、男爵、ジェミニ、フマ──と、そこまで考えて彼女はその黒い思考を打ち消した。できれば拷問などという手段を使わずスマートに勝ちたい。そのためにも──

「どうしたんですか、ナビアさん。行かないんですか?」
 ナビアの思考を元気よく打ち破ったのはミギである。
 げんなりしかけた顔をどうにかとりつくろいながら、彼女は応じた。
「行くって、どこに?」
「村人の仲間をさがしに行くんですよね?」
「うん。そうだね」
 よかった、説明が伝わっていた。とナビアは安堵の溜め息をついた。
「じゃあ、はやく行きましょう! ここでゆっくりしてるヒマはありませんよ!」
「うん。まぁそうなんだけど。もうすこし考えたいことがあるの」
 キミたちのせいで時間が無駄になったんだけどね、とは口に出さなかった。もっとも、口に出したところで傷つくような二人ではなかったが。
「考えたいことって、なんですか? 聞かせてください!」
「えぇと、ね……」

 必要以上に前向きなミギの顔を見ながら、ナビアはためらった。
 考えたいことというのは彼女に支給されたアイテムのことであったが、それを話したとたん再び終わりの見えない質問地獄になるのは明らかだった。それでも、これから行動を共にする以上は情報を共有しておいたほうが良いのは間違いない。
 数秒ほど考えて、彼女はナップザックからその機械を取り出してみせることにした。
 それは文句なしに強力なアイテムだったが、問題は使いかたがわからないということだった。当然、ミギやキキにわかるはずもなかった。





 2日目−51


 それは一言でいえば携帯電話のような形をしていた。中折れタイプのものでなく、ストレートタイプのものだ。ただし、サイズははるかに大きい。ナビアの片手にようやくおさまるほどの大きさで、重量は二キロ以上もある。携帯するには向かない。
 本体の上半分に液晶画面があって、下半分にいくつかのキーがならんでいる。電話のテンキーではない。しいていうなら、携帯ゲーム機のコントローラーに似ている。いずれのキーにも文字は書かれておらず──それどころか、本体のどこにも文字表記がないのだった。

「なんですか、これ」
 ナビアの手元を覗きこみながら、ミギがたずねた。
「それが、あたしにもわからないの。ミギ君、わかる?」
「いやあ……。なんスかね、これ。Nintendo DSの後継機とかですか」
「そんなのあるの?」
 本気で問いかえすナビア。彼女は携帯ゲーム機のことなど何も知らなかった。
「いや、冗談です。ていうか、こんな馬鹿でかいゲーム機ぜったい売れませんよ」
「売れる売れないの問題じゃないと思うけど……」

「この機械と同じやったりせん?」
 占いマシンを見せながら、キキが言った。
「どう見ても大きさが違うし、占いのできる機械をいくつも配ったりしないでしょ」
「わかった! そしたら携帯端末とかいうヤツやんね。ほら、よく電車の中でサラリーマンがいじってるやつ」
「言いたいことがよくわからないけど、わかったような気もするかな……。で、それは全然ちがうと思うよ。キーの形からしても、本体の形からしても」
「うーん。じゃあケータイ電話?」
「こんなケータイ、売れるわけありませんよ!」
 見当はずれのツッコミを入れたのはミギである。
 すでにナビアは、この二人に機械を見せたことを後悔しはじめていた。

 なにはともあれ、動かしてみないことには始まらない。
 そう思ってナビアはキーを押してみるのだが、どれをいじっても反応しない。液晶画面は暗いままで、ウンともスンともいわない。電池が切れてるのかもと思って裏返してみるものの、乾電池やバッテリーが入るような場所はどこにもないのだった。

「もしかして、電池切れなのかなあ……」
「そんなら、これと電池入れ替えてみたらどうやろ」
 めずらしくマトモな提案を出すキキ。
 しかし、ナビアの機械には電池を入れる場所がないのだった。
「電池を入れるところのカバーとかが見つからないんだよね……。うーん」
 そのとき、ミギが大声を出した。
「あっ! わかった! オレにはわかりましたよ! オレすげえ! ほめてください!」

 おどろいた顔で見つめるキキと、あきれた顔で見つめるナビア。
 彼女たちの様子などおかまいなしに、ミギはつづけた。
「それは、あれですよ! あれ! えーと。なんだっけ。ちょっと待ってください」
 そう言われても困るナビアであった。
 数秒後、思い出したようにミギは言った。
「ほら、太陽で充電するやつ! なんとかパネルっていうやつですよ! 省エネのやつ!」
「ソーラーパネル?」
「そうそう! それですよ!」

 言われてみれば、たしかにディスプレイの上にセル状のものが並んでいる。そのことに気付いたナビアは、本体の画面を太陽に向けてみた。
「こうしたら充電できるんだっけ?」
「そうです! まちがいないですよ!」
 たしかにそれは太陽電池だったが、わざわざ太陽に向ける必要はなかった。なにしろ機械音痴ぞろいの三人なのであった。

 やがて充電の済んだその機械をあらためてあちこち押してみると、ようやく液晶画面にバックライトが点灯した。おもわず歓声をあげる三人。初めてミギが役に立った瞬間であった。
 が、液晶画面にずらずらと英文のメッセージが流れはじめると、彼らはいっせいに沈黙した。その英語を読める者が一人もいなかったのである。





 2日目−52


 それはオペレーティングシステムの起動メッセージだったが、三人にとってはまるきり解読不能の古代文字のようなものだった。やがてファイルの読み込みが終わり、青いスクリーンがあらわれると、ようやく彼らにも理解できる文字が表示された。

 Andante、CrazyTom、Euro、Gemini──。

 このゲームに参加したプレイヤーのハンドルが、アルファベット順にならんでいるのだった。キーを押すとカーソルが動いて、名前を選べるようになっている。
 ナビアは、ためしに自分の名前を選んで丸いキーを押してみた。画面が横にスライドして、表示が切り替わる。白いフォントで書かれているのは、「Item」と「Skill」のふたつ。
 それを見た瞬間ナビアはこの機械の意味を理解したつもりになったが、実際のところ理解が及んだのは三割程度でしかなかった。それでも三割理解できたのは上等のほうだった。

「アイテムとスキルって書いてありますね。これぐらいは読めますよ!」
 得意げに胸を張るミギ。
「うん。それぐらいはあたしも読める」
 淡々と返すナビア。
「この機械は、たぶんアレですね。あれですよ!」
 おまえの頭がアレだろうとツッコむ人間がこの場にいないことは、ミギにとって非常な幸運であった。あるいは不幸だったのかもしれないが。

「うん。多分そうだね」
 どうでもよさそうに答えつつ、ナビアは「Item」を選んだ。
 ふたたび、画面がスライドする。そして表示されたのは、「Open? Y/N」という文字。その横に「\200」と書かれている。
 この時点で、ナビアは機械の意味を半分は理解した。そして、画面の右上に表示された言葉の意味も理解した。こう書かれていたのだ。「Credits:\250」

「ねぇ、二人とも。お金もってる?」
 ナビアがたずねると、ミギとキキはそろって首を横にふった。
 参加者全員が、この空間に移されたとき所持品を失っている。持ちものは身につけていた服と、支給品のナップザックに入っていたものだけであり──所持金はゼロだった。
「でも、クレジット250って書いてあるんだよね。これってサービスとか?」
 ナビアの問いに答えられる者はいなかった。すくなくとも、この場所には。せいぜい、ミギが無駄に前向きなことを言うぐらいだった。
「とりあえず使ってみたらわかりますよ!」と。

「まって。よく考えてから使うことにしようよ」
 ナビアはすでに、この機械を計画的に運用することを考えはじめていた。彼女は機械音痴ではあったが、断片的な情報からものごとを推察する能力には長けていた。この機械を、無駄なことには使えない。それだけは間違いないと推察していた。あいにく、その考えに同意する者はこの場にいなかったが。
「えー。使わないんですか? 気になるじゃありませんか。どういう機械なのか」
「キキも見てみたいけん、どれか選んでみん?」
 好奇心のかたまりの子供のように、ミギとキキが言い募った。

「えぇぇ……。どうしようかなぁ」
 ナビアとて、好奇心がないわけではなかった。Openを選んでみたらどうなるのか見てみたい。当然だった。しかし、いくらなんでも自分の「Item」欄をひらくのは馬鹿げている。
 とりあえず画面を最初の状態にもどし、彼女はほかのプレイヤーたちのItemやSkillを選んでみた。価格は一律で、いずれも\200。ためしにどれか一つ見てみるのも悪くはないように思えた。問題は、どれを開いてみるかだ。





 2日目−53


 ナビアが最初に考えたのは、自分の「Skill」を開くことだった。いたって普通の発想である。他人の戦力を知るのも重要だが、まず自分自身のことを知らなければ話にならない。
 しかし一方で、こういう考えかたもあった。すなわち、自分のことはいずれわかるようになる、という考えだ。自然に判明するかもしれない情報をわざわざ有料で手に入れる必要はない。だいいち、自分に割り振られたスキルが有用なものであるかどうかもわからないのだ。

 そういう観点で考えると、ミギやキキのスキルを見るのもあとまわしでよかった。優先的に知っておきたいのは、狼側プレイヤーの情報だ。
 たとえば、氷雨の支給品やスキルを知っておくのは確実に身を守ることにつながる。加えてナビアは、氷雨の所有品について一つ疑問を持っていた。占い師のキキが占いマシンだけしか支給されていないのに、なぜ氷雨は狂人用の支給品と見られるニセ占いマシンと拳銃、ふたつのアイテムを所持しているのか。
 そういうルールなのだと言われれば、納得するしかない。しかし、不公平であることは確かだ。そう考えると、どちらかのアイテムを氷雨にわたした人物がいることになる。それは狼側のプレイヤーである見込みが高い。

 そこまで考えて、しかしナビアはハタと気付いた。氷雨の「Item」を開いても、ほとんど意味がないということに。氷雨にアイテムをわたした誰かの正体を知りたければ、それをピンポイントで開かなければ意味がないのだ。ナビアはすでにサイオンをほぼ狼側と見なしていたが、かといってその「Item」を開いてみるのも無駄が多いように思えた。
 となると、やはり人狼を見つけることが先決で──。しかし、身の安全のためにはこの機械を可能なかぎり活用するのが最善であることは間違いなかった。とはいうものの、どう使うのが最善なのか判断つかない。

 そういえば──とナビアは思いついた。
 最初の犠牲者。伯爵のことだ。彼が本当に死んだのか、いまだにナビアは確信が持てずにいる。なにしろ伯爵だ。牛村住民の中でも、もっともトリッキーな男である。死んだふりぐらいはするかもしれない。ナビアは、男爵の言ったことを反芻してみた。
『伯爵なら俺たちをだますために心臓ぐらい止めるかもしれない』という言葉だ。男爵がどういうつもりでそれを口にしたのかナビアにはわからなかったが、冗談で言ったのでないことは察していた。もし伯爵のスキルが、『死んだふり』だとか『生き返る』とかいったものなら──。

 それでもやはりおかしい、とナビアは考える。
 たとえ『生き返る』というスキルが存在し、それが伯爵に割り与えられたとして、その情報を『死ぬ』まえに知ることはできない。ヤマを張って「ためしに死んでみる」とかいうことができるわけもないのだ。事前に──それこそゲーム開始前に──自分自身のスキルを知っていたのでもないかぎり、意図的に死ぬことなどできない。

「伯爵のスキルひらいてみてもいい?」
 ナビアは二人にたずねた。いちど気になると、解決せずにはいられない性分なのだ。伯爵が本当に死んでいるなら、そのスキルが今後あきらかになることはない。結果がどうあれ、確実に情報になる。
 キキとミギは顔を見合わせ、なぜ死んだ人間のスキルなんかに興味があるのかという顔をしたが、その機械がナビアの所持品であることを思うと反論はできなかった。それに、彼らとしても伯爵に何が割り振られたのかという興味はあった。二人は黙ってうなずいた。

「いい? じゃあ開くよ?」
 ナビアが念を押した。
「いいですよ。うわぁ、伯爵さんのスキルか。なんだろ。すっげえ気になる!」
「ナビアさん、はやくはやく!」
 ミギもキキも、おたがいの頭をぶつけそうなぐらいの勢いで液晶画面を覗きこんでいた。
 ナビアはCrazyTomの名前を選び、SkillからOpen、そしてYを選んだ。Creditsが50になり、画面がスライドして短いアルファベットのつづりが表示された。
 画面に映し出されたのは、『Xerox』という単語だった。





 2日目−54


「え。なんですかコレ。なんて読むんですか?」
 言ったのはミギである。
「これは……ゼロックス、だよね?」
 英語の苦手なナビアも、自信なさげにそう応じた。
 唯一自信を持ってこたえたのがキキだった。
「うん。これはゼロックスやんね。コピー機の名前」
「コピー機?」
 と、ミギ。
「うん。コピー機」
「それはつまり、ええと、コピーするスキルですか? ……まてよ。コピー? わかった! オレはいま真相に気付きましたよ! これはコピーするスキルなんですよ!」
 ミギが何に気付いたのか、ナビアたちにはさっぱりわからなかった。おそらく、ミギ本人も何に気付いたのかわかっていないのだった。

「たぶん、あと三百円払えば色々わかるんじゃないかな……」
 手元のディスプレイを見つめながら、ナビアは言った。
『Xerox』と表示されたその下に、『Detail』という選択項目が置かれていたのである。コストとして、\300と併記されている。
「あー、なるほど」
 なにかを理解したように、ミギは大きくうなずいた。なにを理解したのか、あるいは理解したつもりになったのか、だれにもわかりはしなかった。

「でも、キキはお金もっとらんよ?」
「オレも持ってません!」
「あたしも持ってないし……」
 三人は、困り顔で互いを見つめあった。
 一瞬の沈黙。それを打ち破るようにミギが大声で言った。
「よし! カネをかせぎにいきましょう!」
「どこに?」
 冷静にかえすナビア。
「それは、行けばわかりますよ!」
「だから、どこに……?」
「ええと、それはアレですよ。うん」
 なにも考えていないミギなのであった。
 もういちど、沈黙が訪れた。今度は、すこし長い沈黙だった。

「これ、コピーって伯爵本人をコピーするとか?」
 ナビアはキキのほうを見て話しかけた。まともな話し相手がキキしかいないというのは悲惨な現実だったが、ミギよりは幾分マシだった。
「えー。そんな無茶なコトできるん?」
「あたしにもわからないけど。でもそれぐらいしか思いつかないし……。もし伯爵本人をコピーできるんだったら、コピーのほうを殺して本人は生きてるっていうこともありえるよね」
「それ、ありそう」
「問題は、そんなことをする目的がわからないっていうことだけど……」

 コピー。コピー。
 その言葉を頭の中でくりかえしながら、ナビアはあらゆる可能性を考えた。そしてすぐに、その可能性が途方もないバリエーションを含んでいることに気付き、考えるのも面倒になってしまった。自分自身をコピーする。他人をコピーする。そのコピーをさらにコピーする。そう考えると、きりがないのだった。
 結局、ナビアが導き出した答えは以下のようなものだった。

1、伯爵は他人の姿をコピーして生きている。
 1−A、その他人は生きている。
 1−B、その他人は死んでいる。
2、伯爵は自分自身をコピーして生きている。
3、伯爵は、その能力に気付くまえに殺された。
4、伯爵は、その能力に気付いたが殺された。

 どう考えても、もっとも妥当なのは3だった。しかし、なにしろ相手は伯爵である。用心しておくに越したことはなかった。──とはいえ、なにをどう用心するのか具体策は何もないのが現状ではあったが。

 ナビアは液晶ディスプレイから視線をはずし、空を見上げた。太陽は西に傾き、日暮れどきの色を作り出そうとしている。青い空にうっすらと色づく、オレンジと黄色の陽光。その色合いを見つめながら、ナビアは立ち上がった。そして、「行こうか」と言った。──仲間をさがしに。あるいは、狼を殺しに。





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