2日目−62


 夕焼けのオレンジ色に染まる廊下を、氷雨は慎重に歩いていた。
 前条の襲撃から逃れ、サイオンと別行動に移ったあと、彼は次の相手をさがして歩きまわっていた。相手はだれでもよかった。ただし、できることなら油断している相手がいい。

 彼は狼側のプレイヤーである。勝利条件を達成するためには、ともかく村人の数を減らさなければならない。殺すか、あるいは説得して味方につけるか。無論、味方にしたところで最終的には殺すことになるのだが、利用できるものはできるだけ利用してから始末したほうが効率的だ。
 いずれの手をとるにせよ、油断している相手を見つけるのが手っ取り早かった。占い師だと信じ込ませることも、背中から撃ち殺すことも、かんたんにできる。いちばんラクなのは、それこそ寝ている相手を射殺してしまうことだった。

 まぁそこまで油断してるヤツがおるワケあらへんけど──。
 ごくあたりまえのことを思いながら、氷雨はその教室をのぞいた。
 そして、彼は自分の目をうたがった。床にカーテンを敷いて、だれかが大の字になっているのである。よく見ると、それはフマだった。
 おもわず身を隠してしまう氷雨。自分の見たものが信じられなかった。

 いやいや、なんでこんなトコで寝とんのオマエ。心の中でそうつぶやきながら、氷雨はもういちど教室をのぞきこんだ。
 たしかに、フマである。見まちがえようもなかった。というより、こんな状況で見張りも立てず堂々と寝ることのできる人間はフマ以外ありえないと氷雨は知っていた。

 さて──と彼は考えこんだ。この、『油断』という言葉でさえもったいないほどの馬鹿を、どう始末してやろうかと。
 答えはすぐに出た。ベルトにさしていた拳銃を右手に抜くと、彼は足音を殺しながら教室に忍び込んだ。説得して味方につけようなどという考えは、微塵もなかった。こんな馬鹿に利用価値はない。そう判断したのである。その判断は大間違いだったが、撃ち殺してしまうという判断はあながち間違いでもなかった。

 氷雨は、フマの勘の鋭さだけは評価していた。近付きすぎると目をさますかもしれない。
 そう思い、五メートルほどの距離をあけて足を止めた。この距離なら絶対にはずさない。何度か発砲しているおかげで、その程度の慣れと自信は身につけていた。ましてや、相手は動かない標的である。じっくりと心臓に狙いをさだめ、おちついてトリガーを引くのに、なんの制約もなかった。
 そして氷雨は、そのとおりにした。
 しずけさに満ちた教室に乾いた銃声が炸裂し、銃弾は狙いをそれることなくフマの胸に命中した。





 2日目−63


 胸から血を噴き出して即死するフマの姿──を氷雨は思い描いていたが、現実の光景はちがった。銃弾はたしかにフマの胸を貫いたが、血を噴き出させることもなければ傷をつけることさえもなかった。それはフマの姿を通り抜けて、床に穴をあけただけだったのである。

 一瞬、氷雨は何かの錯覚かと思った。しかしすぐに思いなおし、それがフマに割り振られたスキルだということに気付いた。なにしろ彼自身が『駄洒落で他人をフリーズさせる』という無茶苦茶なスキルの持ち主である。フマにどんな非現実的な能力が与えられていようと、なんら不思議はなかった。

 その事実に気付くと同時に、氷雨は素早く拳銃をかまえ、あたりの気配をうかがった。理由はどうあれ、自分がフマの能力に一杯食わされたのは確かである。当然、反撃があってしかるべきだった。しかも相手は、ほかならぬフマだ。やられたらやりかえす彼の性格を、氷雨はよく知っていた。

 しかし、しばらくたっても反撃はどこからもやってこなかった。
 氷雨はベレッタを胸の前にかまえたまま、数歩だけフマに近付いた。カーテンの寝床で仰向けになったまま、フマはまったく動かない。まるで死体だった。
 そして氷雨はようやく気付いた。
 それは、『絵』だったのだ。ただし、二次元的な絵ではない。平面に描かれたものを立体に見せかけるトリックアートの技術が存在するが、それとは違う。フマの絵は、なにもない空間に描かれているのだった。レーザー光で編み上げられたホログラフィックのように。
 近くで見れば、たしかに絵だ。まちがいない。しかし、薄暗い教室で遠くから見るだけなら、とうてい絵とは判別できない代物だった。現実空間には有り得ないクオリティ。

「でも、ただの絵やんな」
 ふっ、と氷雨は失笑した。どれほどリアルな絵を描けようと、そんなのは恐れるべくもない。描いた絵が現実に力を及ぼすとでもいうのならともかく、ただの絵には何の力もない。せいぜい目くらましになるぐらいのものだ。なにより、反撃のなかったのがその証明だ。
 おまけに、フマのスキルを知ったということは氷雨にとって確実なアドバンテージだった。スキルの内容を知ってさえいれば、二度とだまされることはない。

 この様子ならフマは相手にならんな──。そう思いつつ、氷雨は教室を立ち去ろうとした。
 振りかえったとき、彼の口から驚愕の叫びが漏れた。ドアの影からフマが半身を覗かせて銃を向けていたのである。
 とっさに、氷雨は撃った。撃ちながら、机を蹴り倒してその影にかくれた。撃ち出された弾丸は廊下の壁に当たって跳ねかえり、跳弾の音をきざんで廊下のガラス窓を突き抜けた。割れたガラスの音。それらが床に落ちて、さらにこまかく割れる音。
 ガラスの砕ける音が鳴りやむより早く、それを圧するように甲高い哄笑が廊下に響きわたった。フマの声だった。

「ひはははははは! 二回もひっかかってやんの! バーカ! バーカ!」





 2日目−64


 笑い声は、ドップラー効果を伴いながら遠くへ走り去っていった。
 舌打ちしつつ、氷雨は走りだした。よく見れば、ドアの向こうで銃をかまえているフマの姿もまた、『絵』だったのである。おなじ策に二度もひっかかってしまったという事実が、氷雨の自尊心をひどく傷つけていた。なにより、馬鹿と言われて黙っていられる彼ではなかった。ふだんはクールを装っている男だが、じつは牛村の誰よりケンカっ早いのだ。
 彼は右手のベレッタをにぎりなおすと、廊下へ飛び出した。どんな相手にも追いつける自信があった。彼のスキル『Blizzard』があることを思えば当然の考えだ。なにしろ駄洒落が聞こえさえすれば、相手は動けなくなるのである。強烈きわまるスキルであった。

 廊下にはすでにフマの姿はなかった。しかし、笑い声の聞こえた方向はわかっている。一撃で仕留めてやろうと渾身の駄洒落を練りつつ、氷雨は走った。
 彼は優秀な頭脳を持っていたが、ここでふたつの勘違いを犯した。
 ひとつは、フマのスキルを過小評価していたこと。
 もうひとつは、おもしろい駄洒落を言おうとしたことである。口にした駄洒落がくだらなければくだらないほどBlizzardは効果を発揮するのだが、駄洒落王を自称する彼のプライドがそれを許さなかったのである。彼は徹底してオリジナリティのある駄洒落にこだわっていた。まったくもって無駄な努力なのであった。

 薄暗い廊下を、二人は走った。
 氷雨からフマの姿は見えなかったが、声と足音のおかげで追いかけるべき方向がわかった。
「俺のギアは百八段まであるぞ! 追いついてみろ氷雨ぇぇぇェぇ!」
 わけのわからない煽りかたをするフマ。
 反射的に氷雨は駄洒落をおみまいしようとして、すぐに思いなおした。フマはBlizzardの能力を知らない。できるだけ温存して──可能なら拳銃だけでカタをつけるべきだった。
「すぐに撃ち殺したるわ!」
 全力で走りつつ、負けじと大声を出す氷雨。

 駄洒落ブリザードなど使わなくても、ふつうに走って追いつける自信が彼にはあった。頭脳だけでなく運動能力にも長けているのだ。なにしろ、高身長高学歴容姿端麗文武両道カラオケ神の氷雨である。社会性ゼロひきこもりニート絵描きのフマに負けるはずがなかった。
 実際、氷雨の脚力はフマのそれを遥かに凌駕していた。二人が全力で走ったところで、一分と経たないうちにフマは捕らえられるか撃たれていたことだろう。
 しかし、彼にはこのゲームを生き残るための大きな武器がいくつか与えられていた。それは、神がかり的な直観力と悪魔的な創造力の二つ。そして、支給品の『呪われた鋏』であった。

「こっちだ、氷雨! 俺の支給品は『地雷』だぞ! 踏んで吹っ飛びやがれぇぇぇ!」
 見え見えのハッタリをかましつつ、フマは走った。
「アホ言うな! このかたい床のどこに地雷うめるんやっちうの!」
「おっと! じつは俺のスキルは『描いたものがホンモノになる』能力だったぁぁぁ!」
「だったら、さっき俺を殺すだけの罠を作れたはずやろーが!」
 だまって走るほうが当然速かったが、それでも氷雨はいちいち応えずにいられなかった。もちろん彼の性格によるところも大きかったが、相手の性格を見抜いて的確な煽りを入れることができるのはフマの持つ才能のひとつでもあった。実生活では何の役にも立たない才能。

 フマの声をたよりに、氷雨は廊下を走った。すでに夕暮れも深くなり、常夜灯の明かりだけでは十メートル先の様子も満足に見えないほどだった。こうした薄暗がりでは、フマのスキルが十全に発揮される。その程度のことは、氷雨にもわかっていた。
 ましてや、大声で煽りながら逃げているフマである。なんらかの罠が仕掛けられていることぐらいは当然予想していた。しかし、一方ではこうも思っていた。──なにをやろうが所詮フマだ、と。
 それは半分正解であり、半分大正解であった。





 2日目−65


 氷雨はトラップに注意を払いながらも、可能なかぎりの早さで走った。なんとしても逃がすわけにいかなかった。フマへの怒りもあるが、なによりそのスキルを放置しておくのが危険だと見なしたのだ。
 ただの絵とはいえ、自由に描く時間を与えれば何をしでかすかわからない。最悪、学校の敷地内を絵で埋めつくされる可能性もある。そうなれば、まともに歩くこともできない。できるかぎり早く始末しておかなければならない。これは全国民の総意だ! そう断言できるぐらい、氷雨は信念を持っていた。

「うわああああ! 道に迷ったあああああ!」
 あいかわらず、わけのわからない煽りかたをするフマ。
 さすがの氷雨も何と言って返していいかわからず、だまって追いかけるのみだった。もしかすると本当に道に迷ったのかもしれないとさえ思っていた。
 ちょうど階段にさしかかったところだった。フマの声は下から聞こえた。一抹の迷いもなく、氷雨は階段を駆け下りた。

「ちょっと待て、こっち来んな! いま罠を仕掛けてるんだ! あと一分待て!」
 すぐ近くから、フマの声が聞こえた。
 一瞬、氷雨はためらった。罠を仕掛けているのに『罠を仕掛けてる』と言う人間はいない。普通なら。しかし、相手はフマだった。なにをしてくるかわからない。それなりに警戒する必要はあった。が、罠があるにせよ無いにせよ、進まなければ何もわからないのだ。そして、もし仮に今トラップを仕掛けているとしたなら、時間を与えてやるのは馬鹿げている。

 迷っていたのは、二秒ほどだった。
 氷雨は階段を駆け下り、一階の廊下に立った。二階とくらべて、かなり暗い。夕暮れの明かりさえほとんど差してこない、真っ暗な廊下。フマの姿はなかった。階段を下りて右側は行き止まり。左側に伸びる廊下の先に、校長室があった。さっき聞こえた声からすると、フマはその部屋に隠れている見込みが高かった。
 慎重に歩きながら、廊下がやたらと狭いことに氷雨は気付いた。目をこらしてみると、すぐにわかった。校長室は廊下左手側にあるのだが、右手側の廊下の壁が『絵』で作られているのだ。なにしろ左側の壁とくらべて、あちこちに杜撰なところがある。
 そんなことをする意味は何か。考えるまでもなかった。描かれた「壁の絵」と「実際の壁」のあいだに隠れる以外、使いみちがない。おそらく、校長室のドアを開けようとする俺を背中から狙うつもりなのだ──と、氷雨は考えた。

 わかってしまえば、いくらでも対処のしようはある。背中に注意を払いながら、氷雨は校長室の前に立った。すぐに襲ってくるかと身構えていたものの、とくに動きはなかった。
 ドアの前に立ち、右手の銃を肩の高さで握りなおし、いつでもフマの襲撃に対応できるようにしつつ、氷雨は左手を伸ばしてドアのノブを──
 その瞬間、ドアを突き抜けて金属製の刃物が襲いかかってきた。フマの鋏だ。
 予想外の攻撃に、氷雨は一瞬うろたえた。そして気付いた。廊下の壁は、左右どちらも『絵』だったのだ。さらに校長室のドアも『絵』であり──。それどころか、この廊下の床以外すべてが絵で覆われているのだった。

 鋏の切っ先は、まっすぐに氷雨の心臓を狙っていた。その刃の輝きからして尋常の代物でないことが彼にはわかったが、たとえ普通の鋏であったとしても心臓を刺されば死ぬのがあたりまえだった。
 背後にばかり注意を払っていた氷雨は、反応が遅れた。それでも反射的に体を動かすことができたのは、道場に通ってまで身につけた居合道のおかげだった。なにしろ多芸多才の男なのであった。
 結果、洋裁鋏の刃先は氷雨の胸元を浅く切りつけただけだった。
 自らの描いた立体画のドアから体を半分つきだしながら、フマは怒鳴った。

「こいつ、かわしやがった! チートだ! チート!」

 氷雨は、それを無視した。
 一歩うしろに下がりながらベレッタを構え──。悠然とスキルを発動させた。

「ハサミがないよ! はぁさみしい」

 そのとたん、豪雪のような寒さが吹き荒れた。
 ハサミを前方に繰り出した姿勢のまま、凍りつくフマ。
 その心臓を狙って、今度こそ終わりだとばかりに氷雨は発砲した。





 2日目−66


 弾丸はフマの胸に命中し、バキンという音をたてた。
 服の下に金属製の表彰楯が仕込まれていたのだ。
 しとめられなかったことを即座に悟って、氷雨はもう一発撃った。その寸前、駄洒落ブリザードの効果が切れていた。フマはとっさに体を折り、弾丸はその頭上をかすめて廊下の向こうへ飛んでいった。

「あぶ、あぶねぇ! なんだ今の! 駄洒落か? 駄洒落で凍ったのか!?」
 叫びながら、フマはドアの奥に引っこんだ。
『絵』で作られたドアの奥には本物のドアがあり、それを閉じてロックすると、フマはあわてて次の策を練った。
 が、氷雨は彼に時間を与えなかった。『絵』のドアを無視して一歩先へ進むと、本物のドアの蝶番に銃弾を叩きこみ、思いきり扉を蹴り開けた。

 校長室に踏み込んだ直後、氷雨は眼前の光景に思わず足を止めた。
 ふつうの神経を持った人間なら、だれでもそうなるだろう。なにしろドアをくぐったとたん、前も横もコンクリートの壁が立ちはだかっていたのである。無論それが『絵』だということはすぐにわかった。それでも一瞬足が止まってしまったのは、ごく普通の反応であった。
 その隙をついて、氷雨の右から鋏が突き出された。銃を持った相手を襲うときは利き手側から仕掛けたほうが良い。白兵戦の基本である。もちろんフマはそんなことを知っていたわけではない。たまたま、そうなっただけだ。
 しかし偶然であろうとなんであろうと、襲われる氷雨にしてみればたまったものではなかった。彼は体をひねりながら、バランスをとろうとしてコンクリート壁の向こうへ足を踏み出した。──そう。それはただの『絵』に過ぎないのだ。しかし、彼の足は前に出なかった。壁にはねかえされたのだ。『絵』の壁の数ミリ向こうに机が置かれていたのである。

 氷雨の背筋に冷や汗が流れた。最初の一撃はどうにか避けたものの、体勢がくずれて足がもつれそうだった。そこへ、ふたたびフマのハサミが襲いかかってきた。
 駄洒落を言うヒマもなかった。いちかばちかで、氷雨は机の上に身を投げ出した。もしそこに何かが置かれていれば、彼は床に倒れることになっただろう。しかし幸いなことに──というよりフマの手抜きのおかげで──氷雨は机の上にころがることができた。
 ハサミは空を切り、氷雨は机の上で体勢をととのえるとフマに銃口を向けた。形勢逆転。しかし、フマはまったくうろたえなかった。

「かかってこい、氷雨! おまえのスキルには重大な欠陥があることを教えてやるぜ!」
 シャキンとハサミの刃を鳴らしながら、フマは言い放った。
「へぇ。おもろいこと言うなぁ。フマ君。そんなら教えてもらっとくわ。遺言がわりに」
 悠々と受け答える氷雨。
 フマはニヤリと笑い、左右の腕をゆっくり動かした。そして両方の人差し指を耳の穴に入れたのである。

「ふはははははは! これでおまえの駄洒落ブリザードなぞまったく怖くないぜぇぇぇ!」
 両手の指を耳に突っ込んだまま高笑いするフマ。
 あわれなものを見るような目で、氷雨はそれを見つめていた。
「うん。……で、そこからどうするん?」
「あーー。うん」
「そんなら、グッバイフマ君。フォーエバー」
 その頭部に向けて、氷雨はベレッタの引き金をしぼった。





 2日目−67


 ベレッタの銃口が火を噴いたのとほぼ同時に、フマの右手が動いた。目の前の空間を切り払うような、あざやかな動き。呪われた鋏が銀色の光芒を描いて、シャキンと軽快な音を響かせた。
 それは、フマの意識と無関係におこなわれたことだった。ハサミが、意思をもって動いたのだ。その所有者を守るために。
 ベレッタから撃ち出された9ミリ弾は、銀色の軌跡に触れると真っ二つに分断されてフマの背後の壁にぶち当たった。必殺の一撃と思われた弾丸は、フマにかすり傷ひとつ負わせることさえできなかった。

「な……!?」

 なにが起こったのか、氷雨にもフマにも理解できなかった。
 ハサミで弾丸を切り落とすなど、あまりに非現実的すぎる。二人とも、そう思っていた。自分たちに与えられたスキルのことは棚に上げて。
 氷雨は、しかしすぐに立ちなおった。フマに銃口を向けたまま、さらに撃ったのである。一発だけではなかった。二発三発と続けて撃った。
 やはりフマの右腕が動いた。薄暗い室内では、その動きはほとんど目に映らなかった。ただ金属光の残像だけが薄闇を切り裂くように輝いて、シャキンシャキンと弾丸を切り落としていく音がかさなった。それだけだった。氷雨の撃ち放った弾丸は、ひとつ残らず切り伏せられた。

「やべええええ! 俺つええええええ!」

 得意になって雄たけびを上げるフマ。
 それでも氷雨は慌てなかった。机から飛び降りてフマに一歩近付くと、おもむろに駄洒落を口にした。

「廊下にロッカー作ろっかー」

 吹き荒れるブリザード。動けないフマの右手を狙って、氷雨は撃った。
 狙いは完璧だった。フマの右手から、ハサミが弾き飛ばされた。

「お、俺のハサミがぁぁぁ!」

 凍結が解けた瞬間、フマは床にころがった鋏をさがして視線をさまよわせた。
 眼前の敵から目をそらすなど、無防備にもほどがある行為であった。もっとも、鋏がないフマにできるのは、暴れて死ぬかおとなしく死ぬかの二択を選ぶことぐらいだった。鋏を見つける以外、彼に生き残る道はなかった。

 しかし、氷雨も氷雨で無駄に駄洒落を考えていた。圧倒的有利な立場になって、油断しているところもあった。それでも、鋏のないフマに負けるはずがない。そう思っていた。実際、そのとおりだった。
 彼は部屋の隅に校長の銅像が置かれているのを見つけた。そして、ひとつの駄洒落をひらめいた。これを聞かせてからとどめを刺してやろう。慈悲の心でそう決めると、彼は銅像の前まで歩いていった。

 フマが床から鋏を拾い上げるのを確認しつつ、氷雨は自信作を披露した。
 彼は右腕を天につきあげ、サタデーナイトフィーバーのポーズをとった。そして、スキルを作動させるための言葉を口にした。

「校長先生ゼッコーチョー!」

 ぶほっ、とフマが吹き出した。
 なぜBlizzardが発動しなかったのか、氷雨には理解するヒマもなかった。
 直後、フマの右腕が風を切ってうなりをあげた。その手から投げ放たれた鋏は白銀の尾を引きながら一直線に空を裂き、氷雨の心臓に突き刺さって彼の命を終わらせた。
 駄洒落がウケてしまったらスキルは発動しないのだということを、氷雨は死ぬまで理解しなかった。





 2日目−68


 氷雨が完全に死んでいるのをたしかめると、フマはその荷物を物色しはじめた。
 出てきたのは、水と食料。そして、めちゃくちゃな判定を出す占いマシン。

 ここで、フマの直観が冴えた。彼は一目見るや否や、それが占い機能を持つ機械だということに気付いたのである。
 彼はその機械を色々といじりまわしてみたが、どうやっても動かなかった。バイオチップの管理によって、氷雨以外には動かせないようプログラムされていたのである。しかし、それが間違いなく占い用の道具だということをフマは確信していた。
 そして、彼はこう考えた。機械なんかなくても俺が占い師になってやろう、と。

 もちろん、フマはただの村人である。
 その彼を襲撃した氷雨は狼側であると考えるのが普通だ。しかしフマの思考回路は普通ではなかった。彼は氷雨を占い師だと思い、かつ恋人だと考えたのである。そうでなければ占いマシンを持っていることに説明がつかない。そのように推理していた。
 あきらかに穴だらけの論理なのだが、彼の脳内ではきれいに説明がついているのであった。

 フマは自分の推理に並々ならぬ自信を持っていた。
 たしかに、彼の推理力は時に凄まじいまでの精度を発揮する。しかし、だからといって占い師は務まらない。占いマシンの判定は百パーセント正確だが、フマの推理は百パーセントではないのだ。子供でもわかる理屈である。
 しかし、そんな理屈はフマの信念の前では何の力も持たなかった。
 もはや彼は決意してしまったのだ。俺が占い師になってやる、と。
 ついでに彼は、「俺を信じないヤツは処刑」という取り決めも作った。なにしろ、氷雨の遺品となったベレッタが彼の手には握られているのである。それに加えて、銃弾をも切り落とす呪いの鋏。強力無比なアイテムである。
 オレけっこう無敵じゃね?
 そう思いながら、フマはひとしきり笑った。

 笑い終えると、彼は荷物をかかえあげて校長室をあとにした。
 とりあえずジェミニをさがして殺そうかな、と彼はぼんやり考えていた。どうせアイツは狼だろ、というまったく根拠のない推理とともに。
 こうして、村人という名の狂人が誕生した。
 もともと狂人のようなものではあったが。





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