2日目−69
「ダメみたいですね……」
「そうだねぇ」
ユーロの死体を前にして、スノーと牛男爵は溜め息をついた。
スノーのスキルで死体を蘇生することができるかと試してみたのだ。
結果から言えば、ユーロの死体を操り人形のように動かすことはできた。しかし生き返らせることはできなかった。死体のままで自律的な動きをさせることも不可能だった。できたとしても、それはいわゆるゾンビと変わりなかったが。
スノーの能力にできるのは、彼女の意思どおりにユーロの手をあげさせたり、まばたきさせたりする程度のことだけだった。それ以上はできなかった。立ち上がらせることさえ不可能だったのである。当然の結果ではあった。人間がまっすぐに立っていられるのは、筋力のおかげだ。死体をまっすぐに立たせられる道理がなかった。
「ユーロそのものを作り出してみたら?」
酒臭い息を吐きながら、男爵は提案した。
「やってみます」
スノーの右手からマネキン人形のようなものが生まれて、それはたちまちユーロの姿になった。が、それだけだった。人形は、動きだすこともなければしゃべることもなかった。死体と何ら変わりなかった。
「ダメですね……」
スノーが手を離すと、それは床に倒れるよりも早く消え失せてしまった。
「なるほどね」
なにかを理解したようにうなずく男爵。
「なにか動物を作ってみてくれるかな」
「動物ですか?」
「犬でも猫でもいい」
男爵が言うと、スノーは即座に一頭の犬を作り出した。リードにつながれたコーギー犬。やはり、動きだすことはなかった。形になったとたん、それは床に倒れて、ぴくりともしなかった。
「どうやら、生物を作り出すことはできないみたいだな」
「みたいですね……。作れることは作れるけど、動いてくれませんね」
スノーはリードを手放した。同時に、床のコーギーは音もなく掻き消える。
「まぁ、そんなことができなくても十分反則的なスキルではあるけれど……」
言いながら、男爵はその場にしゃがみこんだ。
床一面にちらばった薬莢にまぎれて、十円玉が一枚おちている。
「また小銭ですか?」
と、スノー。
「うん。十円玉」
笑顔で応じる男爵を見つめながら、本当に貧乏なんだなこの人、とスノーは思った。
その男爵の笑顔がひきつったのは、数秒後のことだった。
「あれ……?」
Gパンのポケットに手をつっこみながら、いぶかしげな声を上げる男爵。
「どうしたんですか?」
「拾ったカネがない」
「ほかのポケットにしまったとかじゃありませんか?」
「いや、それはない。……落としたかな?」
そのポケットから出てきたのは、五十円玉一枚きり。あろうことか、二百円も減っていたのである。
「俺の二百円……」
つぶやきながら、男爵はその現象を飲み込めずにいた。
百円玉二枚を落としたのなら、まだわかる。しかし、彼のポケットから消えたのは百円玉一枚と五十円玉一枚、そして十円玉五枚なのであった。そんな数の硬貨を落としたなら、音で気付くはずである。
「なんてこった。二百五十円あったら缶ビールが買えたのに……」
「どこに売ってるんですか、そんなの」
「購買部とかに置いてないかな」
「わかりませんけど……」
「よし、行ってみよう」
そう言って、さっさと歩きだす男爵。
「そんなことより、マナちゃん探しましょうよ」
追いかけながら、スノーは言い募った。
振り返りもせずに男爵は応える。
「購買にいるかもしれないだろ?」
「それはまぁ、そうですけど……」
「それに、ビールもあるかもしれない。もしかしたら、もっと良い酒も」
「メインはお酒ですか……」
意気揚々と歩きだす男爵の背中を見ながら、スノーは彼が無職であることの理由をだいたい理解した気になった。
2日目−70
「あ、十円ふえた」
手元の機械に目をやりながら、ナビアは言った。
「本当だ。六十円になってますね」
横から画面をのぞきこむミギ。その手には、グロックが握られている。
「歩いたから増えたん?」
あいかわらず見当はずれの推理をしてみせるキキ。
しかし、それを否定できる者はこの場にいなかった。
彼ら三人は、仲間をさがして教室をひとつひとつ見回っているところだった。いまは五つめの教室を点検し終えて、次の教室へ向かうところである。
「歩いたから増えたのかな……。なんか違うような気もするけど」
さすがのナビアといえども、それが男爵の拾った小銭とリンクしていることなど気付きようもなかった。
「万歩計みたいな機械かもしれないやん」
「そうかなあ……」
どう見てもそうは見えなかったが、ナビアにもキキの意見を完全に切り捨てることはできなかった。
「じゃあ、オレがそれ持って走ってみましょうか?」
良いことを思いついたとばかりに提案するミギ。
一瞬、ナビアは思い悩んだ。そのまま持ち逃げされたらどうしよう、と。
しかし、純心無垢なミギの目を見て、それが杞憂に過ぎないことを確信できた。
「うん。それじゃ、ためしにやってみてもらっていい?」
「おやすい御用です!」
ナビアからその機械を受け取るや、ミギは全速力で廊下を走りだした。廊下の端まで四十メートルほど。まるで水泳選手のように廊下の壁にタッチすると、彼はそのままの勢いで廊下を駆けもどってきた。どこからどう見ても、りっぱなパシリだった。
「一円も増えてないね……」
息を切らせて機械を差し出すミギの前で、ナビアはぽつりと告げた。
「そ、そうっスか。もうひとっ走りしてきましょうか?」
「ごめんね。もういいから。ありがとう」
予想どおりキキの推理はハズレだ、とナビアは思った。
その直後である。
ディスプレイの数字が「\:60」から「\:560」に増えたのだ。
「あ、あれ? もしかしたら本当に走ると増えるの?」
ナビアがそう勘違いしても不思議ではないタイミングなのであった。
2日目−71
購買部のスペースは、ほのあかるい蛍光灯の下で冷たい空気をただよわせているだけだった。ガランとした店内に並んでいるのは、ほこりひとつ落ちてはいない真っ白な商品棚。人の気配はなく、だれかの通りがかった痕跡も見当たらなかった。
「マナちゃん、ここにもいませんね……」
落胆するスノー。
「ビールがない……」
スノー以上に落胆する男爵。
購買部にビールは存在しなかった。それ以外のあらゆる商品が存在しなかったが、男爵にとって重要なのはアルコールの有無だけであった。ほかのことは彼にとって大抵どうでもいいことだった。
「あ、でもジュースの自販機がありますよ」
「ジュース……?」
スノーの指さすとおり、購買部の奥に自動販売機がいくつも並んでいた。いずれもソフトドリンクの販売機である。
「まぁ薬用アルコールを割るのには使えるか」
そうは言ったものの、男爵の所持金は六十円なのであった。
そのとき、ふと思いついて男爵は自販機の返却口に指を入れてみた。
出てきたのは、十円玉四枚。
なるほど──と彼は気付いた。現実世界で小銭が落ちている確率の高い場所ほど、たくさんの小銭が落ちているのだということに。
彼は上着の袖をまくると、五台ならんでいる自販機すべての釣り銭口をチェックしていった。まるきり路上生活者のような行動だったが、そのサマはじつに洗練されたものなのであった。
スノーは呆れ顔でそれを見ていたが、とくに何も言わなかった。言っても無駄だということがわかっていたのだ。
最終的に、男爵の手にはきっかり五百円が集まった。ポケットの小銭とあわせて五百六十円。現実世界の彼にとって大金であることは言うまでもなかったが、この空間においてもかなりの金額であった。
彼はその中から百二十円を手に取ると、ためらいもせず自販機に投入した。そして、コカコーラを一本。ペットボトルの薬用アルコールをそれで薄めながら、アルコール濃度をたしかめるように一口また一口と飲んでいった。
「スノーも何か飲む?」
思い出したように、男爵は言った。彼が他人に何かをおごるなど、現実世界にはまず有り得ないことと言って良かった。
スノーは首を横にふった。
「いいです。ていうか、お金つかっちゃってよかったんですか?」
「だって、ただ持ってるだけじゃ意味ないだろ?」
「そうかもしれませんけど。もしかしたら、なにか買えるかもしれませんよ?」
「なにかって?」
「何かは何かですよ」
「武器とか?」
「そうそう」
「今の俺には、武器よりコカコーラのほうが重要なんだ」
そう言って、男爵は薬用アルコールのコーラ割りを口に運ぶのだった。
2日目−72
「あ、あれ……!?」
ナビアの口から驚きの声が漏れた。
参加者一覧のウインドウをひらいていると、突然クレジットの額が減ったのである。それも、一気に百二十円。Creditsの表示は、\440になっている。
「ナビアさん、なにかしました?」
ミギがたずねた。
「してないよ。この画面ひらいただけ」
と、ナビアは参加者の名前がならんだ画面を見せる。
「あー、ほんとですね。よくわからないけど、またオレが走ったらチャージされるんじゃないっスか?」
「そうかなあ……」
「きっとそうですよ! まかせてください!」
「まかせるっていうか、うん。まぁありがと」
否定する根拠もないので、ナビアはそう応じた。
「ともかく、勝手になくなる前に使っちゃったほうがいいんじゃないかと思います!」
いつもどおりの愚直な提案を出すミギ。しかし、現状では妥当な選択でもあった。
「そうだね。そうしようか」
なにごとも慎重に進めるのが好きなナビアだったが、いまはミギの言うとおりだった。なにしろ、どういった理屈でクレジットが増減するのかわからない。残高があるうちに使ってしまうほうが良さそうだった。
「わーー。今度は、どれ見るん?」
わくわく顔でナビアの手元ににじり寄ってくるキキ。
「うーん。どれにしようかな……」
参加者一覧画面を眺めながら、ナビアは頭を悩ませた。
伯爵のXeroxスキルのDetailをひらいてみたいというのが、彼女の真っ先に思いついたことだった。しかし、これは\300である。その場合、残高は\140になってしまう。
ナビアの頭には、ひとつの推理があった。クレジットの残高を共有するマシンが他に存在しているのではないかというものだ。よって、できるかぎり残高を残さないように使いきってしまいたい。ごく当然の考えだった。
「理由はあとで説明するけど、だれかのSkillをふたつ開いてみるのがいいと思うんだよね」
ナビアが言い、キキが応えた。
「キキ的には、サイオンさんのスキル見てみたいんけど」
「どうして?」
「人狼っぽいやん。あの人」
「そう? ……まぁあたしもそう思ってたからいいや。じゃあ開いてみようか」
「うんうん」
「オレも賛成です!」
訊かれてもないのに大声で答えるミギ。
「じゃあひらくよ」
ナビアは一覧からXiwongの名前を選ぶと、SkillをOpenさせた。
残高が\240になり、八文字の英単語が表示される。
そして、三人は顔を見合わせた。
だれも、その単語の意味がわからなかったのである。
「これ、なんて読むの?」
と、ナビア。
「わからないっス!」
堂々と応じるミギ。
「これはやね。えーと……」
かろうじて正確な発音をすることができたのはキキだけだった。が、その意味まではわからなかった。彼女は特に英語が苦手というわけでもなかったが、ディスプレイに映し出されたその語句は、あまり学校の教科書に出てくるようなものではなかったのである。
Xiwongのスキルとして表示された単語。
それは、『Immortal』という言葉だった。
2日目−73
「でも、考えてみたらお金なんか払わなくても自販機ぐらい壊しちゃえばいいと思うんですよ。そしたら飲み放題になりますよね」
これは名案とばかりに言いながら、スノーは金属のかたまりを作り出した。
形になって現れたのは、巨大なハンマーだった。柄の部分だけで一メートル半。頭の部分は丸太ほどもある。それを横に振りかぶると、スノーは思いきり自動販売機の側面にたたきつけた。
かしーん、という軽い音がした。自販機は、ほんのすこし揺れただけだった。ハンマーは反作用の法則に撥ねかえされて、スノーの手から吹っ飛んだ。同時に、霧のように消え去ってしまう。
「あれ……? ぜんぜんダメだ」
それこそ自販機をボロ雑巾みたいにできると思っていたスノーは、納得のいかない顔で目の前の光景を見つめるばかりだった。
「武器が軽すぎたんだ」
と、アドバイスする男爵。
「いくら見かけがデカくても、質量が小さければ運動エネルギーは大きくならない。発泡スチロールのハンマーで殴るようなものさ。理科の授業で習ったろ?」
「あー、なるほど。わかりました。……なんか、このスキルって便利なようで不便ですね」
「そうでもないと思うけどな。たとえば、鈍器でなく刃物にすれば自販機ぐらいは切れるんじゃないか? どれぐらいの切れ味になるかはスノーの妄想力次第だと思うけど」
「妄想力じゃなくて想像力ですから!」
「わかったわかった。想像力。イマジネーションね」
「刃物かぁ……」
スノーが最初に作ってみたのは、スコールのガンブレードだった。ハンドガンのグリップにリボルバー。銃身のかわりに銀色の刃が取り付けられている。それを適当な重さに調節して、自販機の横腹に叩きつけた。
刃は自販機の表面に食いこんだだけだった。ハンマーよりはうまく妄想できたが、現実はなかなか厳しいのであった。
「もっと大きい剣のほうがいいかな」
そう思いつつスノーはクラウドの大剣を具現化してみたが、今度はあまりの重さに持ち上げることさえできなかった。どうもうまくいかない。
これじゃ駄目だ。もっと軽くて切れ味の良い剣を。おまけにカッコイイ剣を──。
すぐに彼女は思いついた。しかし、うまくやれるかどうかがわからない。なにしろ、あれは体の中から剣を取り出さなければならないのだから。ヘタすると自分が斬られてしまう。けれど、うまくやれればかなり良い剣ができそうだった。なによりカッコイイ。
その剣を手にする場面を、スノーは徹底してこまかく思い浮かべてみた。想像するのは、思ったより簡単なことだった。なにしろ、何百回見たかわからないアニメなのだ。
──よし、いける!
彼女は深く息を吸い、思いつらねた妄想のすべてを開放した。
「気高き城の薔薇よ、私に眠るディオスの力よ、主に応えて今こそ示せ!」
言い終えると同時に、スノーの胸から剣の柄が飛び出した。本当は自分の体でやるものではないのだが、その程度のアレンジは妄想マスターの彼女にとって簡単なことだった。
「世界を革命する力を!」
一息にその剣を抜き放った。装飾のほどこされた細身のサーベルが、すらりと音をたてる。剣光一閃。抜き放ちざま、目の前の自販機を袈裟切りに斬り下ろした。金属のぶつかる音と切り裂く音が、あたり一面にこだました。
剣は途中で止まることなく、自販機を一刀両断にして床にまで切り込んだところでようやく止まった。それからわずかに遅れて、自動販売機の上半分がななめに崩れ落ちた。大量のアルミ缶と電子部品があふれだし、盛大な音をたてる。
「やった! これで飲み放題ですよ。男爵さん!」
足元にころがってきたミルクティーの缶を拾い上げて、スノーは得意げに笑った。
「ああ。うん。……ところで今のはウテナ?」
「そうです。さすが男爵さん! よく知ってますね!」
「まぁ、たまたまね」
「うまくいって良かったなぁ。かなり恥ずかしかったんですよ、いまの」
「むしろ、ノリノリに見えたけど……」
「気のせいです!」
「そ、そうか。じゃあ俺の気のせいだったかもしれない」
そもそも彼女のスキルで自販機を壊すならもっとスマートなやりかたがいくらでもあるような──と無言でつぶやきながら、男爵はコーラの缶を三本ばかり拾い上げてザックに詰めこむのだった。
2日目−74
残り\240のクレジットでgeminiのスキルをひらいた三人は、その画面に『Misery』と表示されているのを見ておたがい納得しあうと、次の行動について検討することになった。
「図書室に行ってみない? 英和辞典があれば助かるし」
ごくまっとうな提案をするナビア。
キキはうなずいたが、ミギはうなずかなかった。
「そのまえに、オレ走ってきてもいいですか」
「え? なんで?」
「走ったら、その機械の金額ふえるんですよね?」
「どうなのかな。でもまぁ、ためしてもらえるなら……」
「ためしてみます!」
ナビアからその機械を受け取ると、ミギは先ほどと同じように廊下の端までダッシュした。もともと体力に自信のあるほうではないが、自分が何かの役に立てるということが彼にとっては幸せなのであった。──もっとも、その幸せが他人にとっても幸せであるとは限らない。
ミギは四十メートルむこうの壁にタッチすると、全速力でもどってきた。
「ど、どうですか? いくら増えました?」
肩で息をしながら機械をさしだすミギ。
「……一円も増えてないね」
機械の画面とミギの顔を交互に眺めつつ、気の毒そうにナビアは答えた。
どうやら走った距離とは関係なさそうだと彼女は結論づけたが、ミギの出した結論は違った。あるいは、なにも考えてなかったのかもしれない。
「わかりました。もう一回走ってきます!」
ひったくるようにしてナビアの手から機械を取ると、ミギはもういちど四十メートルの距離をダッシュしはじめた。
「あ、ちょっと。もういいから」
呼び止めるナビアの声も聞かずにミギは走り去り、そして汗だくになって戻ってきた。ぜぇぜぇと息を切らせながら、彼は言った。
「今度こそ増えたと思います!」
「……ふえてないね」
無言で三回めのダッシュをはじめようとするミギを、ナビアはあわてて引き止めた。
「まってまって。もういいから!」
「でも、お金は大事ですよ!」
「それはそのとおりだけど。たぶん、走る距離と関係ないから」
「え、そうなんですか! じゃあどうやったら増えるんですか?」
「うーーん。それはわからないけど……」
「さっきは走ったら増えたんですよね? なにかこう、走るコツとかあるんじゃないですか? たとえば芸術点みたいな、そういうの」
「その芸術点って、だれが審査するの……?」
「なにかあるんですよ。そういうシステムが」
独創的な思考回路では右に出る者のいない男なのであった。
「ともかく無駄に体力消耗してもしょうがないから、とりあえず図書室いってみない?」
「図書室ですか。わかりました。それってどこにあるんですか?」
「あたしも知らないけど、案内図とか見ればすぐ見つかるんじゃないかな」
「じゃあまず、その案内図をさがしましょう!」
どこまでもポジティブなミギ。
ナビアは苦笑せざるを得なかった。
「そうだね。じゃあ行こうか」
その後、案内図ひとつを見つけるのに三十分もかかるとは、このとき彼らの一人として予想しなかった。案内図をたよりに図書室を見つけるまで、さらに三十分かかるということも。
なにしろ、三人そろって超絶的なまでの方向音痴なのであった。