2日目−79


「あー、うまくいかねぇ」
 第一校舎の裏庭で、ラムは一人ぼやきながら頭を掻いた。
 どうにもスキルの扱いかたがわからないのである。
 すでに何時間も試行錯誤をくりかえした結果、『怒ることによって物体に点火する』能力なのではないかということは彼にもわかっている。しかし、人間そうそう自由に怒れるものではない。

 最初のうちは、前条への怒りを思い出すことで火をつけることはできた。が、それも三回が限度だった。おなじ怒りを持続しつづけることなど人間にはできない。怒ったフリをして怒鳴ってみたりもしたが、やはりうまくいかなかった。
 だれかと戦闘になれば自然に怒りも湧いてくるだろうとラムは思っている。しかし、それではこのスキルを自在に扱うことができない。完全にコントロールできるようにならなければダメだ。そう思いながら、もう五時間ちかくも訓練をかさねていた。

 すでに夜である。時刻はわからない。
 腹もへってきたし、寒くもなってきた。おまけに、霧のようなものまで出てくる始末である。
 ──ああ畜生。どうしてうまくいかねぇんだ。
 そう思った瞬間、目の前の地面が発火した。ちいさな炎だ。すぐに消えてしまう。

「お。これイケるんじゃね?」
 ラムは、もういちど同じことをためしてみた。スキルがうまく使えないことを怒りの火種にしたのである。
 うまくいかなかった。本心からの怒りでなければ、彼のスキルは発動しない仕組みだったのだ。うわっつらだけの怒りでは、なんの効果もなかった。

「ちくしょおおおお!」
 雄叫びをあげながら、彼は校舎の壁をにらみつけた。
 その怒りのパワーを受けて、壁面からわずかに煙がたちのぼる。
「腹がへったぁぁぁ!」
 煙がいくぶん濃くなったが、火はつかなかった。
「寒ィいいいい!」
 煙は消えてしまった。じつはそれほど寒くなかったのだ。
 しかし彼は止まらなかった。怒鳴りつづけた。

「うおおおお! 消費税値上げ反対ィいいいい!」
「打倒ブッシュ政権!」
「近所の吉野家がマズイんだよぉぉぉ!」
「栃木県には何もないぞぉぉぉ!」
「フマがゲームの仕事しねぇぇぇえ!」

 ラムは手当たり次第に怒りをぶつけてみたが、壁に火をつけることができたのは最後の怒りだけであった。いずれも、使いものにはならなさそうだった。フマと同じで。
 そして、ついに彼は持病をネタにすることを決意した。

「痛風が痛ぇぇぇ!」

 そのとたん、壁一面が火を噴いた。おもわずのけぞるほどの火力だった。
 彼は痛風持ちだったのである。その痛みは、怒りのパワーとするに十分なものであった。
 よっしゃ! とガッツポーズをとったのもつかのま。気力を使い果たして彼はその場に倒れた。MPを使いきってしまったのである。無論その数値はサーバー上に管理されているだけで、彼の目に見えるものではなかったが。





 2日目−80


 暗い廊下をよろよろ歩いてきたジェミニは、購買部の惨状を見て足を止めた。
 真っ二つに両断された自動販売機。床一面に散乱した缶ジュース。ちらばった電気部品と金属片。おまけに一体どうやったものなのか、壁のいたるところに刃物で切り裂かれたような傷がついている。コンクリートカッターでさえ、こうは綺麗に切れないだろうという切り口だ。

 こりゃまた物騒な武器やな──と頭の片隅で考えながら、ジェミニはコーラを一本拾いあげた。すっかりぬるくなっている。それでも水よりマシだと思い、手近のベンチに腰をおろしながらプルタブに指をかけた。
 ブシュッという音が、静寂をやぶった。
 ものすごい勢いで噴き出したコーラが、ジェミニの顔を直撃したのだ。

 ──うん。まぁ今のは俺の不注意やな。
 彼は上着の袖で冷静に顔をぬぐうと、なにごともなかったかのようにコーラを口に運んだ。その程度の不運は、もはや彼にとって気にもならないことだった。そもそも彼の思ったとおり、注意を払ってさえいれば今の『不運』は防げるものだったのだ。
 彼の上着は血の汚れと焦げ痕とで、ひどいありさまだった。そこにコーラの汚れが加わると、さらに悲惨な様相を呈した。が、それさえも彼にとっては既にどうでもいいことだった。彼の思いはひとつ。「生き延びたい」

 いまや画鋲さえ手放してしまった彼にとって、ただひとつの希望はナビアと合流することだった。頭の中でどれほどシミュレーションをかさねてみても、それ以外に生き延びる方法はないように思われた。
 具体的に何がどうなるというものでもないが、「ナビアさんなら何とかしてくれる」という思いがあった。──というより、それ以外たよりになりそうな人間がいないのだった。

 そうした考えのもと彼はナビアをさがして校内をうろついているのだが、これもまた『不運』のためか一向に見つからないのである。あるいはナビアの運が良いのかもしれないが。
 なにしろ、すでに荷物をふたつもかかえている彼女である。このうえ更に荷物を背負い込ませるのは、どれほど無慈悲な死神といえど躊躇したことだろう。
 そんなナビアの現状など知るよしもないジェミニは、とにかく彼女を見つければ何とかなると思いこんでいるのであった。すくなくとも、自分にとってマイナスになることはひとつもない。そう思っている。当然ではあった。彼の存在自体がマイナスなのだから。

 ジェミニはコーラを飲み干すと、ななめ左の壁に向かって空き缶を放り投げてみた。缶は壁に当たって跳ねかえり、商品棚の角にぶつかって三角形の軌道を描くと、狙いすましたようにジェミニの脳天をとらえた。
 彼はアルミ缶の命中した箇所をさするでもなく、ただ納得したようにうなずくと重い腰を上げて歩きだした。彼の考えでは、『不運』にも総量が定められているはずだった。こういう形で使っておけば、そのうち『不運』も底をつくにちがいない。そう信じていた。──否、信じようとしていた。
 彼の第一に得意とするところは数学であったが、不運の総量など計算できるはずもなかった。もっとも、計算できないことが彼に与えられた唯一の幸運でもあったが。





 2日目−81


 蛍光灯の明かりが漏れる図書室で、マナは魔法についての本を読んでいた。
 ウィッチクラフトと呼ばれる、魔女の術に触れた本である。現実の世界にもそうした魔術書は存在するが、この架空空間における魔術書は意味合いが違った。そこに書かれた魔法は、すべて実際に使えるものだったのである。

 この図書室が現実世界のそれと大きく異なることを、マナはとっくに理解していた。大部分の蔵書は現実でも見つけることのできるものだが、それらに混じってこの世界にしか存在しない書物が数多くまぎれていたのだ。
 それはたとえば魔法の書であり、分子チップについて書かれたものであり、体力や魔法力といった『目には見えないステータス』のことをくわしく説明したものでもあった。それらはこの世界で生き延びるための知恵の集成であり、いわば攻略本のようなものでもあった。

 マナは図書室に陣取ってからというもの、それらの本を手当たり次第に読んでいった。
 とりわけ目を引いたのが魔法に関する書物だった。とくに、魔女の魔法具と術式。そこには彼女の持っている杖について説明するページもあり──自分に配給されたものが『精霊の杖』であることを、マナはようやく知った。
『魔女術』のつたえるところによれば、それは土水火風の精霊を自在に呼び寄せ、力を借りることでおよそあらゆる魔法を発現できるという非常に便利な代物だった。便利どころではなかった。MPさえ許せば、この大学すべてを水没させることさえ可能な力を秘めている杖なのであった。
 無論プレイヤー個人にそれほどのMPが与えられないことは、ほかの『攻略本』に明記されていた。それでも、火の玉を打ち出す以外のさまざまな使いかたを知ったのは彼女にとって大きな前進であった。

 マナは飲み込みが早かった。どんな魔法でも、本に書かれたことを一度ためしてみるだけでコツを身につけることができた。若さの勝利である。そしてなにより、彼女の名前が魔法と同調した。魔法使いとしての資質は完璧であった。
 彼女はときおり杖を握って、火の玉を浮かべたり、つむじ風を起こしてみせたりしながら、むさぼるように魔法の本を読み進めていった。彼女の適性は、読者家であるというところにも現れていた。さらにいえば、努力家であるというところにも。

「にゃっ!」

 机の上で寝そべっていたアンダンテが、ふいに鋭い声をたてた。
 びっくりして身をすくませるマナ。杖の先端に作られていた正八面体の氷のかたまりが床に落ちてころがり、直後にバリケード越しのドアが開かれた。
 姿を見せたのはサイオンだった。





 2日目−82


「マナさま。差しさわりないようでしたら、中へ入れてほしいのですけれど」
 机とイスの山にさえぎられて、サイオンは廊下から声をかけた。
「あ、すみません。今どけます」
 精霊の杖を持ったまま席を立つと、マナは急ぎ足に出入口へ向かった。そのあとをアンダンテが慎重についていく。尻尾がピンと立っているのは、警戒のポーズだった。

「これはバリケードのおつもりですか? ずいぶん高く積み上げましたね」
 感情のこもらない声で、サイオンは目の前のそれを批評した。
 ほめられたのか馬鹿にされたのか判断しかねて、マナは思わず黙ってしまう。
 バリケード越しに図書室をのぞきこみながら、サイオンはつづけた。
「これはマナさまがお一人で作られたのですか? さぞお疲れになったことでしょう」
 やはり感情の含まれない口調。
 どことなく不自然であることはマナにもわかっていたが、この人は元々こういう人なんだという思い込みが彼女の勘を鈍らせた。

「そんな疲れてもないです。ラクでしたよ」
 応じながら、マナはイスをひとつずつ下ろしていった。
 杖は決して手放さなかった。おかげで、ひどくイスが持ちにくい。そのかわり、イスを何百何千と上げ下ろししようとも杖を持っているかぎりまったく疲れそうにないのだった。精霊の杖にそういう力が篭められていることも、彼女は書物で知っていた。

「そういえば、さっきジェミニさんがここに来ました」
 三つめのイスを下ろしながら、マナは言った。
「ジェミニさまが? それで、どうなさいました?」
 サイオンは特に驚いた様子もなかった。
「ちゃんと追い払いました」
「その杖でですか?」
 ごく自然な口調でたずねるサイオン。
「えぇ、と……」
 魔法のことは黙っておいたほうがいいかなと思いつつも、マナはうまい言いまわしを考えつくことができず結局そのまま話してしまった。それでも、話したのは火の玉を撃ってジェミニを追い返したところまでだった。それ以上のこと──魔法の本から得た知識や『攻略本』の数々のことは明かさずにおいた。

 マナはサイオンを信じてはいるが、妄信しているわけではなかった。たとえサイオンが村人だとしても、『恋人』である可能性は残る。もちろん、人狼であることが完全に否定されたわけでもない。ただ、すくなくともジェミニよりは信用できる。それだけだった。
 言いかたを変えるなら、「ジェミニさんを信じて死ぬよりサイオンさんを信じて死ぬほうがマシ」と思っていたのである。無理もない思考だった。マナは決して間違ってはいない。すべてはジェミニの存在が問題なのであった。生きているジェミニが村人のわけがない──。かつて仮説として提唱されたこの理論は、数年の時を経て定説へと昇華しつつあるのだった。

 二人がかりで机とイスの山を半分がたどけると、サイオンは室内に入ってドアを閉めた。
 一瞬しずかな空気が流れて、何か話したほうが良いのかとマナは言葉をさがす。
 しかし彼女が言葉を見つけるより先に、サイオンが口をひらいた。
「その、ジェミニさまを追い払った魔法というのを見せていただいてもよろしいですか?」
「え? べつにいいですけど……」
 答えたとき、マナの足首に痒みのような痛覚が走った。アンダンテが軽く引っ掻いたのだ。見ると、首を横に振っている。

「どうやら、アンダンテさまは反対のご様子ですね」
「そうみたいです。ごめんなさい」
「いえ。マナさまが謝ることは……。私のおねがいが無遠慮すぎたようです」
 頭をさげるわけでもなく、サイオンはかるく目を伏せた。その視線はアンダンテの瞳に強く注がれて、彼の意図をさぐろうとするかのようでもあった。無論、そんなものを読み取れるはずもなかったが。





 2日目−83


「ところで、ジェミニさま以外に誰かおいでになりましたか?」
 アンダンテから視線をそらして、サイオンは淡々とたずねた。
 マナは首を振り、「きてません」と答える。
「そうですか」
 無表情のままうなずくと、サイオンは穏やかな口調で指示した。
「では、この先どなたも図書室に入れないようにしてください」

「どうしてですか?」
「どうやら、狼側にとって……いえ私たち村側にとっても同様ですが、この図書室は重要な場所になりそうですので」
 ナビアたちとの会話で、サイオンはそう察していた。正確に言えば、ミギの最後の一言で。
 言われるまでもなく、マナはこの場所の重要性を理解していた。しかし──
「村側の人だったら入れてあげてもいいんじゃありませんか?」
 当然のように、彼女はそう考えていた。

「おたずねしますが、村人と人狼とを見分けることができますか?」
 こちらもまた当然のように、サイオンが問いかえした。
「それは無理ですけど……」
「でしたら、どなたも入れないようにお願いします」
「どうしても入れてくれって言われたら?」
「できるかぎり追い返してほしいところではありますけれど、無理はなさらないでください」
「……わかりました」
 いまひとつ納得しかねつつも、マナはうなずいた。言い負かされているような気がする。しかし、サイオンの言うことに理屈がとおっているのは確かだ。

 一方的に説き伏せられたからというわけでもないが、なんとなく一言やりかえしたい気分になって、マナはジェミニの言っていたことを口にしてみた。
「そういえばジェミニさん、俺は村人だって言ってました」
「当然、あのかたはそう主張されるでしょう」
 平然と受け答えるサイオン。
 一瞬ためらいながらも、マナは続けた。
「それでジェミニさん、サイオンさんが人狼なんだって言ってたんですけど」
「ジェミニさまにしては、ずいぶんと短絡的な反論ですね」
「そうですか?」
 マナも、ジェミニの言動には違和感をおぼえていた。たしかに人狼としては短絡的だった。逆に、村人としては理解不能すぎたが。事実がどちらにせよ、サイオンの説明を聞きたい気分だった。

「よろしいですか? 仮に私が人狼、ジェミニさまが村人だったとしましょう。彼はどうやって私を人狼と見抜いたというのですか?」
 サイオンは教師のような口調でしゃべりはじめた。
「それは、占いとか推理とかで……」
「占い師は氷雨さま以外名乗り出ておりません。仮にほかの占い師がいたとしても、占いの結果で私を人狼だと告発したいのなら、その事実を告げるはずではありませんか? しかしそういう言葉は出てこなかったのですよね?」
「はい。だから推理で……」
「推理だとするなら、私を人狼と断定するのは不自然です」
「それはそうなんですけど……。よく思い出してみると、ジェミニさんの言ってること滅茶苦茶すぎたんです。あの人って、狼だったらもっとバレないようなウソつくと思ってたんですけど」
「どなたでも、追いつめられたらボロを出すものですよ」
「……そうかも」
 マナは納得してしまった。
 無理もないことであった。結局ジェミニのせいである。





 2日目−84


 マナが納得したのを見て取ると、サイオンは書架に向かって歩きだした。
 深く考えず、ついていこうとするマナ。それを手で制しておいて、サイオンは言った。
「私はすこし調べものがあります。マナさまはご自由になさってください」
「あ、はい……」
 ついてくるなという意味なのは、マナにもすぐわかった。サイオンが何をしらべようとしているのか気にはなったものの、そう言われては後を追うわけにもいかない。アンダンテをつれて席にもどると、彼女は読みさしの魔法書をめくりはじめた。題名は『魔女術』

 マナが読書にもどったのをたしかめると、サイオンは目的の本をさがして案内板に目をやった。すぐに見つかった。『言語』というプレートの貼られた書架のあいだに歩を進め、彼女はじきに足を止めた。
 辞書事典の分類されたコーナーだった。国語辞典や漢和辞典はもちろん、およそあらゆる外国語の辞典がおさめられている。下から二段目に並んでいるのは英和辞典。さまざまな出版社のものが、十冊ほども取りそろえられている。

 サイオンは、それらのすべてを引き抜いて床に積み上げていった。大きさも厚さもまちまちの辞書だ。ちょっとした積み木の塔のようなものができあがる。その塔の出来映えには目もくれず、彼女は最後に抜き出した一冊をそっと開いた。
『I』の項目だった。ぱらぱらと、こなれた手つきでページがめくられる。『Immortal』の単語が掲載されているページを見つけると、サイオンは音もたてずにそのページをちぎりとった。書かれていることには、まったく関心を示さなかった。その単語の意味ぐらい、子供のころから知っているのだ。
 ちぎりとったページをにぎりつぶしてポケットにつっこむと、彼女は辞書を書架にもどした。きっちりと、もとあった場所に。おなじことを、床に置いたすべての英和辞書にほどこした。コートのポケットは紙切れでいっぱいになった。

 その作業を終えると、次にサイオンは『医学薬学』のスペースに向かった。
 そこで薬物事典を手に取り、目当てのページを見つけると、やはり同じように破り取った。ただし、今度は破り取ったページを端から端まで熟読した。そうして必要な知識を頭に入れると、その紙片もにぎりつぶしてポケットに入れた。おなじ文書を二度読む必要はなかった。
 書かれていたことの意味を、彼女は一度だけ頭の中で反芻した。そして、みじかい溜め息をついた。
 薬物事典を書棚にもどす彼女の表情は、憂鬱そのものと言って良いほどの暗さに彩られていた。──が、一種の決意を思わせる鮮やかな色も、その下には滲んでいるのであった。




 2日目−85


「ミギくん。あれはちょっとないよ……」
 食堂へ向かう廊下を歩きながら、ナビアはげっそりと呟いた。
「すんません。もしかしたらサイオンさんがあの英語の意味知ってるかなぁと思ったんスよ。でも知らなかったみたいですね」
 能天気にこたえるミギ。
 それを見て、ますますやつれた顔になるナビア。

「あれはウソだから……。サイオンさんは知ってるよ、あの単語の意味」
「え。だって、知らないって言ってましたよ?」
「だからウソなの。それは」
「なんでサイオンさんがそんなウソつかなきゃいけないんですか?」
「知ってるって答えたら、あたしたちにImmoralの意味を教えなきゃならないでしょ。だから知らないふりをしたの」
「あー、なるほど。……え? でも教えてくれたっていいじゃないですか。そんなにケチなんですか、サイオンさんっていう人は」

「ケチとかいう問題じゃなくて……。ええと、ね。サイオンさんは人狼なの。これはわかるよね?」
 火星人との会話だって、もうすこしスムーズに進むに違いない。そう思いながらも、ナビアは根気よく説明をつづけた。もはやこれは何かの試練なのだと、彼女は思いはじめていた。
「そうなんですか? え? でもどうしてそんなことがわかるんですか? もしかしてナビアさんも狼だとかいうんじゃないっスよね?」
 あいかわらず素っ頓狂なことを言うミギ。
「あたしが人狼だったら、ミギ君もキキもとっくに死んでると思うよ」
「いや、わかりませんよ! もしかしたらオレたちを油断させておいて……」
「ごめん。ミギ君よりも油断してる人は見たことないや、あたし」
「そんなに油断してますか、オレ」
「うん。かなり」
 油断してなければサイオンのスキルの意味を所持者本人に訊ねるなんてことはしない。そう言いたかったが、これ以上おなじことを責めても進展がないのでナビアはその言葉を飲みこんだ。

「まぁ、サイオンさんが人狼だっていうのは、ただの推理でしかないけど。九十九パーセント……ううん、百パーセント当たってるから。それは頭に入れておいて」
「わかりました。サイオンさんは狼なんですね。了解です」
「ほんとうに大丈夫? ちゃんと覚えた?」
「心配無用っス! ちゃんと覚えました!」
「ならいいけれど。それでね……」
「え! でも待ってくださいよ! そしたらサイオンさん殺さなきゃダメじゃないですか!」
「うん。そうなんだけど。でもそのまえに」
「ゆっくりしてるヒマありませんよ! いますぐ退治しにいきましょう!」
 ベルトから銃を抜いて言い放つミギ。

「まって。ちょっと落ち着いて。もちろんいずれは戦うことになるけど、」
「ナビアさんは心配しないでください! オレが切り込み役になりますから! よし、盛り上がってきた! オレのマグナムが火を噴くぜ!」
 彼の銃はマグナムではなかったが、そんなことはどうでもいいのだった。
 いまにも走りだそうとするミギをナビアはどうにか押し止めた。
「最後まで話を聞いて。いまはまだ早いの。あたしたちは自分のスキルも知らないし」
「スキルですか。あ、ナビアさんの持ってる機械でわかるんですよね。それじゃ、ちょっと貸してください。そこらへん走ってきます!」
 やっぱり走りだそうとするミギ。
 ナビアは再びそれを引き止めた。

「待ってってば。走っても金額が増えないのは、さっき見たでしょ?」
「そうでしたっけ。……あ、そうでした。思い出しました。……あれ? でもそしたら、あの機械はどうやって使うんですか?」
「それがわからないから、こまってるの。……って、コレもう十回ぐらい説明したよね? さっき図書室さがしてうろついてるときに」
「思い出しました!」
「できたら、ずっと思い出したままでいてね。それで、あたしたち三人分のスキルが見られるようになるまで様子を見ようってことになったでしょ、さっき。それも思い出した?」
「思い出しました! ばっちりっス!」
「ならいいんだけど。とにかく、サイオンさんについてはもうすこし様子を見てからね」
「わかりました! つまりカネが溜まるのを待つんですね」
「うん。そういうこと」
 ほっとしてナビアがうなずくと、とたんにミギはきょろきょろしはじめた。

「どうしたの?」
「そこらへんに小銭とか落ちてないっスかね」
「なんで……?」
「小銭拾うと金額が増えるとか」
 無駄に鋭いミギだったが、そのひらめきには何の意味もなかった。
 あきれたようにナビアが嘆息した。
「お金拾うとか、ドラクエじゃないんだから……」
「ドラクエの職業で言ったら、ナビアさんは賢者ですね」
「あたしは僧侶がいいよ……」
「じゃあオレは遊び人で!」
「そうだね……」
 参加者のほとんどが遊び人じゃないのかとナビアは思ったが、口には出さなかった。その事実を指摘することに何の意味も見出せなかったのだ。





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