2日目−95


 オレが占い師をやってやるぜーー! と意気込んでいたフマだったが、その熱意は三十分で燃えつきてしまった。もともと、むらッ気の強い性格である。そのうえ飽きっぽい。人狼をさがして三十分も校内を歩きまわると、もうすっかり彼のやる気は消え失せてしまったのであった。

 とりあえずメシでも食おう。
 人狼退治に飽きてしまったフマの次に考えたことは、腹をふくらませることだった。彼は適当な教室に入ると、イスには座らず床に腰をおろして携行食を取り出した。
 味覚音痴の彼にとって、これは結構な美味だった。思いがけないご馳走にありつけたことを喜びつつ、彼は退屈しのぎに『絵』を描きはじめた。食事しながら絵を描くのは、彼のクセである。自宅でも、片手でラーメンをすすりながら片手でイラストを描いているのだ。手馴れたものだった。

 もっとも、この空間で描かれる『絵』は、自宅のそれとかなり勝手がちがった。ひとつは、画材がいらないこと。もうひとつは、思ったとおりの絵が描けることである。思い浮かべたものがそのまま立体的な絵になるその力は、スノーのスキルと通じるところがあった。どちらも、想像したものを形にする点が共通している。
 ただし、フマの『絵』は飽くまでただの絵にすぎなかった。手で触れることもできないし、絵が動くこともない。人間の視覚に訴える以外には何の効果もないスキル。しかし、人間が大半の情報を目から取り入れていることを考えれば、そのスキルの及ぼす影響は計り知れなかった。
 加えて、彼の『絵』はスノーの能力とちがって手で触れなくても効果を持続した。彼が絵を消さないかぎり、それはいつまでも空間上に残りつづけたのである。使いようによっては強力無比なスキルであった。事実、彼はその力で氷雨を翻弄し、返り討ちにすることができたのだ。実際、強力なのである。彼の熱意がゲームの勝利にかたむけられているかぎりは。──そう、彼のやる気が人狼退治に向けられているならば。

 村側プレイヤーにとって残念なことに、いま彼の手で描かれているのはゲームのキャラクターだった。頭にリボンをつけた、赤と白の巫女服姿の女の子。そのスカートの長さをどれぐらいにするかというのが、彼にとって今もっとも重要な事案なのであった。
 フマはパリコレクションのデザイナーさながらにスカートの丈を決めては消し、書いては消し、ということをくりかえし、ようやく満足の行く一品を描き上げると、次には袖の長さを何センチにするかということで頭を悩ませはじめた。彼は、完全に趣味の世界に没頭していた。

 廊下からそれを覗いていたのは、ジェミニである。
 あいつ、なにやっとん……?
 理解できないものを目の当たりにしたかのように、彼は声に出さずつぶやいた。
 ジェミニの頭脳にしてみれば、フマのスキルは無限と言っていいほどの可能性を秘めている。それを二次元美少女のお絵描きに使うとは、理解しがたいにもほどがあった。もっとも、いま描かれているのは二次元でなく三次元だったが。

 ジェミニはあきれた顔のまま、しばらくフマの行動を見守っていた。声はかけなかった。
 フマが村人だということぐらい、ジェミニにはすぐ察せられた。問題は、フマがジェミニをどう見るかである。なにしろ、オンラインにおける人狼ではジェミニキラーと呼ばれるほどのフマだ。処刑と襲撃とを問わず、ジェミニを殺すことにかけては他者の追随を許さない男である。口先八丁では誰にも負けない自信を持っているジェミニだったが、フマにだけは勝てない自信があった。
 無論、そういった過去の事情などを考えるまでもなく『画鋲』と『不運』で勝てる道理もなかったが。

 それでもフマに声をかけてしまったのは、ふだんのジェミニらしからぬ行動ではあった。
 少々捨て鉢になっていたのかもしれない。ただ、フマの信用を得ることができれば現状よりはマシになると思ってのことだった。なんといっても、このお絵描きスキルは役に立つ。ヒマつぶしに東方キャラなど描いている場合ではないのだった。

「よぉ、フマ。なにやっとん?」
 できるかぎり自然な感じに聞こえるよう、細心の注意を払ってジェミニは呼びかけた。
「ジェミニ!?」
 フマの反応は早かった。そして、的確だった。
 振り返ると同時に、彼は右手のベレッタを撃ったのである。





 2日目−96


 ジェミニは思わず身をすくませたが弾丸はあさっての方向に飛んでいって、ことなきを得た。フマが本気でジェミニを殺す気なら、ハサミを投げておいたほうが良かったのだ。

「なぁ、いきなり撃たんでもええんちゃう?」
「いきなり声をかけてくるから撃ったんだ」
「声ぐらいかけてもええやろ……」
「うしろからジェミニに声かけられたら、『やべぇ人狼だ!』と思うだろ。フツー」
「いやいや、ちょっと待てや。どんな偏見やっちゅーの、それ」
「で、ジェミニは人狼だろ? 仲間だれ?」

 またそれか、とジェミニは己の不幸を嘆いた。いっそ人狼カード引いたほうが良かったよとも思ったが、ゲームマスターに文句を言っても仕方ない。つとめて冷静に、彼は対処することにした。
「いや、オレ村人やから。とりあえず銃をしまおうや。な?」
「生きてるジェミニが村人のわけないだろ」
 黄金の定理をもちだすフマ。
 それはもう聞き飽きたよと、もはや溜め息も出ないジェミニ。しかし、それでもなお彼は冷静だった。
「オレもたまには生きてることあるんやで」
 言っててむなしくなるセリフであった。

「おかしいだろ。流れ弾に当たって死ぬのがジェミニのはずなのに」
「流れ弾なら二回くらったけどな……」
「それでどうして生きてんの?」
「運が良かったんやろ」
「運のいいジェミニなんて、いるわけないだろ!」
「ひでぇ」
 苦笑いを浮かべる以外ないジェミニ。
 一方、フマの顔つきは真剣そのものだった。
 そして、彼の天性のひらめきがここで冴え渡った。

「わかった! おまえ、伯爵だろ!」
「はァ……!?」
 常にクールであることが売りのジェミニでさえ、声が裏返った。
「やっぱりな。動揺してるのが証拠だ。だいたい、伯爵があんなカンタンに死ぬわけなかった。スナッチ能力でジェミニと入れ替わったに違いない!」
「なぁ。冗談で言うとるんやろ、それ」
「やっぱり伯爵だ! 昨日までのジェミニとしゃべりかたがちがう!」
「いや、なにも変わっとらんし」
「うるせぇ! 死ね、伯爵!」
 問答無用で発砲するフマ。
 一瞬早く、ジェミニはドアの影に身を隠した。

「まてまて! オレはジェミニやって!」
「ジェミニはそんなしゃべりかたじゃない! 俺にはわかる!」
「なにもわかっとらんわ、おまえ」
「ジェミニをどうしたんだ。殺したのか?」
「いや、今まさにおまえが殺そうとしてるんやけど」
「他人と入れ替わる能力とか卑怯すぎるぞ、伯爵!」
「そんなモンどこにもないっちぅの」
「うるせぇ! おまえが伯爵じゃなかったら誰なんだ!」
 まったく聞く耳もたないフマ。
 やっぱり声をかけずに無視しておけば良かったと後悔しつつ、ジェミニはそれでも諦めずに方策を考えた。

「よし、わかったわ。そんなら、俺が伯爵だとしようか。でも人狼だとは限らんのやで?」
「……ん? たしかにそれもそうだな」
 妙に納得するフマ。
 手ごたえを感じて、ジェミニは続けた。
「それに、俺が伯爵やったら『生きてるジェミニは人狼』っちぅ理屈は通らんよな?」
「そうかもしれない」
「そんならオレ、これからは伯爵として生きてくわ。それでええよな?」
 数秒の間があった。フマの中で一体どのような思考が巡らされたのか、彼以外に知るよしもなかった。もしかすると、なにも考えなかったのかもしれないが。いずれにせよ、彼の結論はこうだった。

「いや、やっぱりおまえはジェミニだった!」
「おまえ、オレにどうしろ言うんや……」
 やっぱりオレ死ぬのかも、とジェミニは思いはじめていた。





 2日目−97


 ジェミニが、その不幸ぶりを遺憾なく発揮しているころ。食堂では、ミギがその天然ぶりを十全に披露していた。

「わかった! オレにはこの事件の謎が解けましたよ! 聞いてください、ナビアさん!」
「うん、聞いてるから。言ってみて」
「つまりですね。サイオンさんとジェミニさんと男爵殿が人狼なんですよ!」
「どうして、そう思ったわけ……?」
 ひどく疲れた顔をしながらも、面倒見の良いナビアはスルーできないのだった。

「この三人は牛村のパスワードを知ってるじゃないですか。だからですよ!」
「えーと。なんでそれが理由になるわけ?」
「なりませんか?」
「ならないね……。それに、牛村のパスワードだったら猫ちゃんも知ってるよ? 人数あわなくなっちゃうでしょ?」
「じゃあアンダンテさんも人狼なんですよ」
 状況に応じて推理をコロコロ変えるのが、ミギの特徴である。
 いずれの推理も、はずれていることに変わりはない。

「そうすると、人狼が四人になっちゃうけど……?」
「だれかが狂人なんですよ!」
「それじゃ、氷雨君は何になるの?」
「あー。そういえば氷雨さんもいましたね」
「うん。人数あわないでしょ?」
「いや、わかった! 俺の推理に抜かりはありません! 氷雨さんが恋人なんです! ほら、これで人数あいますよね?」
「なんで恋人がわざわざ占い師として出てくるの?」
「おかしいですか?」
「おかしいね」
「でも、この推理は当たってると思うんだけどなあ……」
「ちゃんと推理しようとしてるところだけは偉いと思うよ」
 複雑な面持ちで、ナビアは言った。ほかに褒めるところがないのだった。

「じゃあ、ちがう方向からも推理してみます」
 意欲だけは無駄に高いミギ。
 逆に、意欲がどんどん削られていくのはナビアである。
「もう推理はいいから。ちょっと休憩しようよ」
「なに言ってるんですか。あきらめたら、そこで試合終了なんですよ!」
「あきらめろって言ってるわけじゃなくて……」
 ナビアは、救いを求めるようにテーブル上の機械へ目を向けた。
 そして、彼女の顔がほころんだ。Creditsが増えていたのである。自然に笑顔が出たのは、クレジットが増えていたためなのか、それともミギの迷推理を聞かなくて済むためなのか、わからなかった。

「ほら、ミギ君。お金が増えてる。これで誰かのスキル見ようよ。ね?」
 遊びざかりの子供をなだめるように、ナビアは言った。
「あ、ほんとだ。今度は誰のを見ますか?」
 あっさりと丸め込まれるミギ。
「え? 機械うごかすん? キキにも見せて」
 テーブルの端で眠そうにしていたキキが、顔を寄せてきた。食事を終えてからというもの、すっかり眠そうにしている彼女である。口をきくのも三十分ぶりのことだった。

「それじゃ、キキとミギ君のスキル見てみようかと思うんだけど」
 前もって決めていたように、ナビアは言った。
 Creditsは\450と表示されている。二人分のSkillをひらける金額だった。
「え。キキのは後でいいけん、ナビアさんの見とかん?」
「あたしは最後でいいよ。キキも自分のスキルが何だか気になるでしょ?」
「それ言ったらナビアさんも同じやん」
「あたしは、自分のよりキキとミギ君のを先に知りたいの。それに、三人一緒に行動するなら誰のスキルを先に見たって同じでしょ?」
「それはそうやけど……」
「ミギ君も、それでいいよね?」
「オレはナビアさんの決めたことに従います」
 すっかり子分のようになっているミギ。

「それじゃ、ミギ君のから開こうか」
 そう言って、ナビアは機械のボタンを押していった。
 出てきた単語は『Amnesia』
 またしても、三人は互いの顔を見合わせるハメになった。自分はこの英語の意味を知らないけれど他の二人が知ってるかもしれない、という小さな期待とともに。その期待が儚く打ち消されたことを知るのに、言葉を交わす必要はなかった。
 この単語が『健忘症』を意味する言葉だと知ったら、ナビアは誰よりも深くうなずいたかもしれない。あいにく、その機会はなかったが。




 2日目−98


「またわからない英語……。なんでこんな機械があたしに回ってくるのさ。ゲミニとか男爵とかに回してくれれば良かったのに」
 ナビアが愚痴をもらすのも無理はなかった。彼女にとって最も苦手な科目は英語で、次が地理なのである。くわえて、ミギもキキも英語は得意なほうではなかった。とことん役に立たない二人である。

 溜め息まじりにディスプレイを見つめる彼女の前で、クレジットが\250から\300になった。それを見て、思わず『Amnesia』のDetailにカーソルを合わせてしまうナビア。
「ねぇ、ディテールっていうの開いてみてもいい? これ、スキルの詳細って意味だよね?」
「うん。Detailは詳細っていう意味やね。キキも見てみたいけん、かまわんよ」
「ごめんね。キキのスキル見るの、ちょっと後になっちゃうけど……」
「ええよ。キキも、ミギさんのスキル気になるし」

「じゃあ見てみるよ?」
 二人の顔を見回して、ナビアは決定ボタンに指をかけた。
 わくわく顔でディスプレイをのぞきこむミギとキキ。
「たのむ、オレのスキルよ! 超強いものであってくれ!」
 芝居がかった調子で祈りをささげるミギだったが、その祈りはあまり意味のないものだった。彼のスキルは最初から決まっているのだ。

 The player that you touched loses all memory got in this game.

「やっぱり英語だよ……。二人とも、これ翻訳できる?」
 ディスプレイに表示された英文を見て、肩を落とすナビア。
 ここで、ようやくキキが役に立った。
「あなたのさわったプレイヤーは、このゲームで得た記憶をすべて失います」
 字義通りの訳文だった。中学生レベルの英語である。

「ありがと、キキ。……え。でもそのスキルってかなり強くない?」
 うん強いよね、と自分で自分の言ったことを補強するナビア。
「つよいですか? なんか地味な気がするんですけど」
「ぜんぜん地味じゃないって」
「オレ的には、こう、火の玉を発射したり雷を落としたり、そういうのが良かったんですけど」
「魔法使いじゃないんだから……」
 それが可能なプレイヤーも一人いるのだが、ナビアたちの知るよしもなかった。

「たとえば、ミギ君がサイオンさんにさわれば、自分が人狼だってことさえ忘れさせられるでしょ? この『詳細』どおりのことが本当にできるとしたらだけど」
「なるほど。でも、そのあとどうするんですか?」
「そのあとなんて、いくらでも好きにできるじゃん。あのルール説明だって忘れちゃうことになるから、こっちの都合のいいようにルールを教えることもできるし。村人だって信じ込ませることもできるでしょ」
「なるほど、わかりました! じゃあ今から行ってきます!」
 イスを蹴る勢いで立ち上がるミギ。
 あわてて止めるナビア。

「待って待って! どうするつもり?」
「サイオンさんの記憶を消してきます!」
「いや、そんなカンタンにできないから! ふつうに撃たれるから!」
「だいじょうぶですよ。うまくスキをつけば行けますって」
「そんな都合よくスキなんてないから!」
 むしろミギ君のほうがスキだらけだから! という言葉を飲み込むのに、ナビアはかなりの自制心を必要とした。

「じゃあどうしろっていうんですか」
「まぁとりあえず座って。ね?」
「はい」
 言われたとおり、ミギはもとの席にもどった。
 それを見て、ナビアはゆっくりしゃべりはじめた。
「ミギ君のスキルは、切り札になると思うのよ。だから、それを確実に決めるために作戦を練りましょう。あたしとキキのスキルがわかれば、作戦の幅も広がるかもしれないし」
「わかりました!」
 元気良く応じるミギと、ほっとするナビア。

「あと、ひとつ注意事項があるの」
「なんですか?」
「まちがっても、あたしたちにさわらないでね」
「だいじょうぶですよ。そんなドジじゃありませんから」
「うん、まぁ、そうだね……」
 ナビアとキキは顔を見合わせ、ひきつった笑顔を浮かべた。
 その笑顔を浮かべたまま、もしかすると私たちはとんでもない爆弾をかかえたのかもしれない──と、ナビアは不安を募らせるのだった。





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