3日目−1


 いつのまにかうとうとしていたナビアは、窓から差しこむ日の光で目をさました。
 時計を見ると、六時半。信じられない思いだった。いつのまにそんなに寝てしまったのか、わからない。おまけに、食堂のテーブルにもたれて眠ったわりには、やけに気分がすっきりしている。昨日の疲れは、どこにもない。
 そういう世界なんだなと思いつつ、彼女は支給品の機械を手に取った。何はなくとも金額のチェックである。──が、Creditsはゼロ。寝る前の状態と変わりなかった。

 寝てるだけで増えるほど甘くないか──と思いつつ、水を一口。
 そして、コーヒーがないことに彼女は少ししょんぼりする。目覚めに一杯のカフェオレを飲むのが、いつもの習慣なのだ。携行食の中にインスタントコーヒーの粉が一杯分だけ入っていたが、お湯がないのではどうにもならなかった。
 朝のカフェオレのためにも今日中にこのゲームを終わらせようと意気込みを新たにするナビア。そこへ、目をさましたミギが声をかけてきた。

「おはようございます、ナビアさん。今日もがんばりましょう!」
 朝から妙にテンションの高いミギだったが、あいにくCreditsが増えないかぎり率先的に動くことはできなかった。
「おはよう。ミギ君は朝から元気だね……」
「それだけがオレの取り柄ですから!」
 否定するのも肯定するのも残酷なような気がして、ナビアはあいまいに笑っただけだった。

「ところで、お金は増えてますか?」
「ぜんぜん。一円も増えてないよ」
 ミギの問いかけに、ナビアは首を振って答えた。
「えー。寝てるあいだに一万円ぐらい増えてるかと思ったのに」
「それだけあったら、全員のSkillが見られるね」
「そうですか? えーと。いくらかかるんでしたっけ」
 ミギは金額を知っているはずだったが、計算するのが面倒なのかそんなことを口にした。もしかすると、掛け算ができなかったのかもしれない。

「スキルの名前を見るのに二百円で、詳細を見るのに三百円。参加者が十六人だから、八千円あれば全員の『Detail』を見られるね」
 暗算しつつ、ナビアは答えた。
「Deleteするのって、いくらでしたっけ」
「二千円。もしかするとスキルごとに違うかもしれないけど。すくなくともミギ君の『Amnesia』とかいうのは二千円だね」
「全員分デリートしたら、ものすごいカネかかりますね」
「そうだね。……まぁ、そんなことをする意味はないけど。狼側の四人だけデリートすればいいんだから。あとは恋人がわかれば、それもだけど」
「わ、わかってますよ。それぐらいは。もし全員分消したら大変だなーと思っただけです!」
「うん。まぁ全員分デリートしようと思ったら大変だねぇ」
 本当はわかってなかったんだろうなぁと思いつつ、ナビアは応じるのだった。




 3日目−2


「そういや、『Item』のほうは見なくていいんですか?」
 思いついたように、そんな疑問を口にするミギ。
「お金に余裕があったらサイオンさんのだけでも見ておきたいんだけど、いまの状況じゃ無理だね」
「オレは、マナさんの支給品が気になってるんですよ」
「ああ。木の杖みたいなの持ってたね」
「あれ、気になりますよね」
「そうだね。……でも、あたしが一番気にしてるのはマナちゃんの支給品じゃないけどね」
「サイオンさんのですよね」
「ちがうよ。それはいずれ確かめておかなきゃダメなことで、『気になる』のは別の人」
「だれなんですか?」
「伯爵」

 ナビアの答えに、ミギはとまどったような表情を浮かべた。
 そして、その表情どおりのことを言葉にした。
「あれ? 伯爵さんの支給品はトランプですよね? オレの記憶、まちがってませんよね?」
「まちがってないよ」
「じゃあ、わざわざ機械で確認しなくてもいいんじゃないっスか?」
「……説明したほうがいいかな」
 ややもすれば億劫そうな顔になってしまうところを、絶妙の作り笑顔でナビアは問い返した。五歳児に因数分解の説明をしてくれと言われたような気分だった。
「ぜひお願いします!」
 ミギは、どこまでも元気だった。

「これは、伯爵が人狼だったか村人だったかっていう問題にもつながるんだけど……」
 前置きして、ナビアは水のペットボトルを口に運んだ。一口飲んで、説明をはじめる。
「サイオンさんが言ってたように、伯爵は村人の可能性が高いの。理由は覚えてる?」
「何でしたっけ。サイオンさんが何か解説してたのは覚えてます」
「伯爵が人狼だったら、それを殺した村人は自己申告するはずだから、名乗り出る人がいなかったということは伯爵は村人だったんだろうっていう推理」
「あ。思い出しました!」
「でも、狼が伯爵を殺したんだとすると、ひとつ疑問があるの」
「なんですか?」
「どうして伯爵のトランプをそのままにしておいたのかっていう疑問」

「理由はあるんじゃないですか?」
「言ってみて」
「トランプなんて役に立たないから持って行かなかったとか、トランプの存在そのものに気付かなかったとか」
 ミギの指摘は、案外まっとうなものだった。
「伯爵の村人カードを見つけて人狼カードとすりかえたような人が、トランプに気付かなかったはずはないと思うんだよね。だって、カードなんかよりずっと大きいんだから。それに、トランプが役に立つか立たないかに関係なく、そのままにしておいたら村側に情報をひとつ与えることになるでしょ? だから、トランプを置いていく理由はないの」
「情報なんて、べつにたいしたものじゃないと思ったのかもしれませんよ?」
「伯爵をだしぬいて殺すことのできた狼が、そんな無用心なわけないから。それに、伯爵の持ってたトランプと、伯爵を殺すのに使われたナイフの二種類の支給品が残されていたということは、人狼が自分の支給品を手放したっていうことを意味するでしょう? これって、ものすごい無用心だよね。みんなで支給品を公開しようってことにでもなったら、なにも持ってない人は当然うたがわれるし。仮にそこまで考えなかったとしても、護身用にナイフぐらい持っておきたいと思うものじゃない? だって、その人は伯爵を殺してる立場なんだから」
「あー」
 ちゃんと理解できたのかと思わせるような相槌を、ミギは打った。
 ナビアは、気にせず続けることにした。

「でも、もしトランプを持ち去っておけば伯爵は自分の支給品のナイフで殺されたって考えられたかもしれないでしょ? だから、トランプをそのままにしておくのはおかしいの。どう考えてもね」
「血まみれのナイフを持ち歩いてるほうがヤバイって思ったんじゃないですか?」
 めずらしく理解が早いなと思いながら、ナビアはうなずいた。
「いい指摘だね。でも、たとえそう考えたとしても、ナイフをそのままにしておくことはないでしょ? 見つかりにくいところに隠しておくこともできるんだし。伯爵の死体をわざわざロッカーに押し込んだぐらいなんだから、その程度の余裕はあったはず」
「言われてみたら、そうかもしれません」
「でしょう? つまり、伯爵がトランプを持ってたこと自体が不自然なの」

「えーー。ということは、つまり、どういうことなんスか?」
「考えられることは、いくつかあるんだけど……。いちばん見込みが高いのは、伯爵が自分で自分を刺したっていう可能性かな」
「なんで、そんなことするんですか?」
「死んだと思わせておくことで、いくつかのメリットが生まれるから」
「どんなメリットですか?」
「それはわざわざ言わなくてもわかると思うけど……。ともかく、自分で刺したんじゃなければナイフとトランプが伯爵のもとに残っていたことの説明がつかないわけよ。論理的に考えて」
「はー。なるほど。すげぇなぁ。ナビアさん。あれだけのことから、そんなところまで推理できるなんて。オレなんか、なにも考えてませんでしたよ」
「すごくはないよ。ただ心配性なだけ。ただの取り越し苦労かもしれないしね」
「いやいや、そんなことはありませんよ! きっと伯爵さんは生きてますって!」
「できれば取り越し苦労だったほうがいいんだけどね……」
 伯爵が生きているとするなら確実に人狼なのだということを、ナビアは当然知っていた。
 ミギは何も考えてなかったが。





 3日目−3


「それって、伯爵を占ってみたらいいやん」
 いつのまにか起きだしてきたキキが、横から口をはさんだ。
 それを聞いて、ナビアの動きが固まった。彼女の中に、『死体を占う』という発想はなかったのだ。
「伯爵を……? そんなことできるのかな」
「わからないけど、やってみて損はないと思うんよ。あと一回占えるはずだし」
 言いながら、キキは支給品の占いマシンをテーブルに置いた。
 ちいさなデジタル表示板の横に、緑のLEDが一つだけ点灯している。それが占いの残り回数を示すことは、とっくに理解していた。カードを差し込めば回数がチャージされるということも。

「けど、それ消費しちゃうと後はあたしたちのカードつかわないとダメだよね」
「三人分あるし、使っちゃっていいと思うんよ。仲間が増えたら、その人のカードもらっちゃえばいいやん」
「んー。それもそうだね」
 他人のカードを自分のもののように扱ってしまうことに、ナビアはすこし抵抗があった。が、こまかいことを気にしている場合ではないのも確かだ。いずれにせよ、キキの占いマシンを利用しない手はないのだ。

「でも本当にチャージされるのかな」
 心配性なところを見せるナビア。
「とにかく、やってみたらいいんよ」
「そうそう。やってみなけりゃわかりませんよ」
 徹底して楽観的なキキとミギ。しかし、この場合は楽観的なほうが正解であった。

「とりあえず、キキのから入れてみるけん。見といて」
 コートのポケットから、彼女はカードを取り出した。大きく描かれた目玉のマークは『占い師』を意味している。
 それを、キキは何のためらいもなく機械のカードスリットに押し込んだ。
 同時に、LEDがひとつ増える。
「ほら、ふえたやん」
 得意げに機械を見せびらかすキキ。

「うん。見たとこ大丈夫そうだね。じゃあ、あたしのも使っちゃっていいよ」
 そう言って、ナビアは自分のカードをキキの前に置いた。描かれているのは農具のマーク。一目でわかる、『村人』のカードだ。
 キキはそのカードを取って、おなじようにスリットへ差し込んだ。緑のLEDが三つになる。
「これで、あと三回占えるってことやね」
「そうだね」
「もし誰かに会ったら、すぐに使っちゃっていいんよね?」
「うん。できれば、気付かれないように使ったほうがいいけど」
「せやんね。もし狼だったら困るしね!」
 妙なところで張り切るキキ。
 ナビアは軽くうなずいたものの、そんな器用なことがキキにできるのかと考えると不安にならざるを得ないのだった。──そして、悲しいことにその不安はすぐさま証明されることになった。

「じゃあ、オレのカードもわたしておきますんで使ってください!」
 無駄に陽気な笑顔を浮かべながら、ミギがカードを取り出した。
 Gパンのポケットから出てきたそのカードを見た瞬間。ナビアもキキも凍りついた。
 そこに描かれているのは、農具のマークではなかった。三本爪の引っ掻きキズ。それは、『人狼』を意味するマークだった。





 3日目−4


 さすがのナビアも、これには動揺を隠しきれなかった。目の前に置かれているカードは、まぎれもなく『人狼』のカードである。それをミギが持っていたのも驚愕だったが、さらに驚くべきはそのカードを何のためらいもなく公開してみせたミギの脳味噌であった。一言で言って、意味がわからなかった。

 一瞬のあいだに、ナビアの脳内であらゆる可能性が検討された。
 最初に思ったのは、ミギが勝利宣言としてカードを公開したというものだった。なにしろ、相手は銃を持っている。その気になれば、いつでもこちらを射殺できるはずだ。──が、それにしては緊張感がなさすぎた。そもそもミギは銃を抜いてすらいないのだ。
 次に考えたのは、ミギが自分自身のスキルで記憶を失ったのではないかという可能性だった。しかし、これも実際には考えにくい。記憶をなくしていたとしてもカードを見ればそれが人狼を意味するものであることは即座にわかるし、本当に記憶をなくしているなら相談してくるはずだ。
 そして、ナビアが次に思い当たったのはこういうものだった。すなわち、ミギには人狼と村人のカードの区別がついていないのではないか──。

「え。ウソ。ナビアさん、このカードって、」
 うわずった声で、キキがしゃべりだした。
 それをどうにか手でさえぎって、ナビアは目配せした。あなたは黙ってて、という具合に。
 ふつうの人間ならキキの様子があきらかにおかしいことに気付いたところだが、彼女たちにとって幸いなことにミギは水準より遥かに鈍かった。
「あ。すんません。尻のポケットに入れてたせいで、ちょっとカードまがっちゃってますけど。もしかしてキキさんの機械に入らなかったらどうしよう」
「…………!?」
 二重三重の意味で、ナビアは絶句した。カードが曲がってるとかそういう問題じゃねぇぞと、思わずヤンキー口調でツッコミを入れそうになるぐらいの気分だった。

 それをどうにかおさえて、動揺を鎮めるのには数秒の時間が必要だった。
 ナビアは『人狼』のカードを穴のあくほど見つめたあとで、ようやくミギの顔を見た。
「あー、スンマセン。胸ポケットに入れとけばよかったスね。まさか機械に入れて使うとか、考えもしなかったんで……」
 ひたすらに見当違いの釈明をするミギ。
 それが演技であるとは、とうていナビアには見えなかった。信じがたいことではあるけれど、この男は自分が人狼のカードを引いたことを自覚していないのだ。

 しかし、そうなると疑問が出てくる。
 最初の説明会で、「人狼は仲間の名前を知っています」と放送されたのをナビアは忘れていない。ミギが本当に人狼だとするなら仲間の名前を知らないはずはないし、仲間を知っているなら自分自身が人狼だということを自覚できるはずなのだ。
 もしかすると、その部分を『Amnesia』で失ってしまったのだろうか。ナビアはそこまで考えて、しかしどのような質問をすればすべてをうまく解決できるかと頭を悩ませた。いくらアタマの鈍いミギとはいえ、あまり核心に触れる質問をすれば真実に気付いてしまうかもしれない。

 そこでナビアは賭けに出た。
 ともかく、ミギの武装を解除してしまうこと。それが最優先だった。しかも、できるかぎり迅速にだ。キキという不安要素がある以上、いつ真相が露見するか知れたものではないのだから。
「ねぇ、ミギ君。カードのついでに、その拳銃も見せてほしいんだけど。いいかな?」
 直球勝負だった。もし怪しまれたとしたら、適当な理由や言いわけを用意すればいい。その程度のことは造作もなかった。唯一の不安は、彼女のとなりで表情を固まらせているキキだけだった。
 そうしたナビアの不安は、しかしあっというまに払いのけられた。
「え。これですか? いいっスよ」
 お人好しと言う以外ない笑顔で、ミギは支給品の拳銃をナビアに手渡したのであった。




 3日目−5


「……ねぇ、あれって狼のカードやんね?」
 キキはナビアの耳元でそっと訊ねた。
 ミギに聞こえやしないかとハラハラしつつ、ナビアは小さくうなずきかえす。
「でも、なんで……? もしかして、ナビアさんとミギ君が恋人なん……!?」
 突拍子もないことを言い出すキキ。いまにも大声をあげそうな勢いだった。
 一体どうやったらそんな推理が出てくるのかとキキのファンタジー脳を覗いてみたい気分にとらわれながら、とにかく黙れというジェスチャーをしてみせるナビア。──しかし、すでにキキの視線は空中をさまよっていた。

「ナビアさん、キキのこと騙してたん? ひ、ひどい」
「ちょ……っ。なに言ってんの?」
「ミギ君とナビアさんが恋人なんよ。そうじゃなかったらピストルとか渡すワケないやん」
 よろり、とキキが足をふらつかせた。
「だいじょうぶですか、キキさん!」
 いまにもその体をささえようとするミギ。
「さわらないで!」
 あわててナビアが警告した。
 もしミギのスキルが本人の意思とかかわりなく発動するものなら、指一本ふれさせるわけにはいかない。キキの記憶を消されでもしたら最悪だ。昨日一日がかりで教えこんだゲームのルールやら何やら、すべての知識がパァになってしまう。おなじことをもういちど教えるのは百万円もらってもおことわりだった。

「すんません。オレがさわるとマズイんでしたよね。わすれてました」
 ぺこぺこと頭をさげるミギ。言いわけでなく、彼は本当に忘れていたのであった。
 それを横目で眺めながら、ナビアはフル回転で脳を動かしていた。とにかく、この状況をおさめなければならない。できるかぎり最善の方法で。
「とにかく……」
 言いかけたものの、うまい言葉が出てこなかった。ミギに真相を悟られないようにしつつ、キキの誤解を解く方法。そんなもの、すぐには思いつかなかった。
 いっそのこと二人とも射殺したほうがラクになれるかも──。ほんの一瞬、そんな考えがナビアの頭をかすめる。しかし、ここまでの努力を水の泡にするのもゴメンだった。

「ミギ君、ちょっと悪いんだけど席をはずしてもらってもいいかな」
 ナビアは投げたのは。ふたたび直球だった。こまかいことを考えるのは面倒だったのだ。とにかくも、拳銃はいま自分の手にある。いざとなったら、これですべてを解決させればいい──。そんな投げやりぎみの考えになってしまったナビアを、いったい誰が責められようか。
「あ。なにかキキさんと内緒の話があるんですね。わかりました。オレちょっと、あっちに行ってます」
 ミギは、どこまでもお人好しの笑顔を崩さないのであった。

「あー。ゴメン。やっぱり悪いから、あたしとキキが外すよ。ついでに、ちょっとお手洗い行ってくるし。ミギ君は、ここで待ってて」
 罪悪感にさいなまれて、ついそんなことを口にしてしまうナビア。
「え。でも、」
 キキが何か言いかけたものの、最後まで言わせずナビアは彼女を連れ去っていった。
 どう見ても不自然きわまる、二人のふるまい。しかしミギは何の違和感も抱くことなく彼女たちを見送るのであった。
「言われたとおり、オレはここで待ってます。人狼がいるかもしれないんで、気をつけてくださいね。オレの銃はそのままナビアさんが持ってていいですから」
「あ、うん。じゃあちょっと行ってくるよ」
 もはや、罪悪感を感じればいいのか笑えばいいのか、ナビアにはよくわからなかった。ただひとつ確実だと思えるのは、ミギ君が生存勝利することは絶対ないだろうなということだけだった。





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