3日目−13


 さて、ここからどうしたらええんやろな──。
 全身すぶぬれのまま仰向けになりながら、ジェミニは考えていた。
 ミギが人狼であることは間違いない。マナが村人であることも確実だ。しかしマナはミギを村人だと思っており、かつミギ自身も自分のことを村人と思いこんでいる。ミギに真相を悟らせることなく、マナにだけ真実を伝えなければならない。

 考えなしに「ミギは人狼やで!」などと告発するほどジェミニは短絡的ではなかった。悲しいことに、その言葉をマナが信じるとは思えないからだ。たとえミギのポケットから狼のカードが出てきたとしても、すぐには信じないかもしれない。それどころか、ジェミニの仕組んだ罠だとさえ思いこむかもしれないのだ。

 ならば、逆転の発想だ──。とジェミニは考えた。
 狙いはシンプル。ミギの能力でマナの記憶を消してしまうのだ。それによって精霊の杖を奪い取るチャンスも生まれるし、サイオンに吹き込まれたニセ情報も消し去ることができる。一石二鳥の作戦だ。
 問題は、どう見ても村人にしか見えないマナの記憶をいかにして消させるかということだった。かんたんなのは、ミギに真実を教えることだ。彼に人狼だと自覚させれば、村人を攻撃するのは自然になる。──が、やはり問題は残る。いま見せつけられたマナの魔法に、ミギが立ち向かえるわけがないという現実だ。
 いや、それ以前にミギが『真実』を理解しない可能性もある。なにを言っても自分自身が村人であると思い込んだままでいるかもしれない。それを理解させるのは、ひどく骨が折れそうだった。
 やはり、ミギには自分自身を村人と思わせたまま、マナにだけ真相を伝えるほうが良さそうだ。そのためには、ミギの持っているカードをマナに見せなければならない。しかも、できるかぎり自然に。マナが自分で気付くようにだ。俺の口から説明してはいけない。

「どうしたんですかジェミニさん。だいじょうぶですか?」
 いつまで経っても起き上がらない彼を心配したのか、ミギが近付いてきて顔を覗きこんだ。
「ああ。生きとるよ」
 ゆっくりと体を起こしながら、ジェミニは応じた。
「それにしてもマナ君。さっきのはちょっとヒドいんちゃう?」
「でも、たすけてあげたんですよ?」
「せやけどな。もうすこし丁寧にやな……」
「思ったよりジェミニさんの体重が軽かったから、あんなことになっちゃったんですよ」
「それ、俺のせいなん……?」
「完璧にジェミニさんのせいだと思います」
「そらまぁたしかに、俺が軽すぎたせいではあるな」
 実際、彼の体重は標準のずっと下だった。ついでにいえば、性格も標準より遥かに軽かった。

「だいたい、あたしはまだジェミニさんを村人だって信じたわけじゃないんですよ? ミギさんがかわいそうだから、たすけてあげただけです」
「何度も言うけど、俺は村人やって」
「何度も言いますけど、証拠を見せてください」
「証拠っても、カードぐらいしかないなあ」
 言いながら、ジェミニは上着のポケットに手を入れた。
 とっさに杖を突き出すマナ。
「武器とか出したら、雷おとしますよ?」
「それはヤメといたほうがええやろ。床一面水びたしやから、キミら二人も感電するかもしれへんで?」
「じゃあ、火の玉をぶつけます」
「そのほうが賢いやろな。……それはともかく、俺は武器なんか一つも持っとらんから」
 そう言って、ジェミニはゆっくりとカードを取り出した。びしょぬれになった『村人』のカードをコンクリート床に放り投げると、彼は肩をすくめてみせた。

「たしかに、村人のカードですけど。それだけじゃ信用できません」
「まぁなぁ」
「ほかには何もないんですか?」
「ないなあ」
「村人は、自分のことを村人だって証明するのも義務のうちですよね」
「せやなあ」
「ジェミニさんが言ってたんですよ? 何ヶ月か前に」
「オレ、そんなこと言うたかなあ」
「言いました」
「にゃー」

 その話には興味がないとでも言いたげに、アンダンテが眠そうな声をあげた。ひどく間延びしたその声で、三人と一匹の間につかのま沈黙が訪れた。
 この路線の話しあいにまったく希望を見出せずにいたジェミニは、ささやかな感謝の笑顔をアンダンテに向けて見せた。──が、その笑顔にはもっと興味がないとでもいうように、アンダンテは顔をそむけるのだった。




 3日目−14


 このネカマ猫め──と心の中で毒づきながらも、ジェミニは笑顔を崩さなかった。
 ともかく、話題を変える絶好の機会だ。多少強引にでも、自分の流れに持っていかなければならない。ジェミニはひとつ息をつくと、頭を振って水を飛ばした。頭から爪先までずぶ濡れの状態では気休めにもならなかったが、注目をあつめる効果はあった。みだれた髪を掻きあげながら、彼は口火を切った。

「ところで、なぁ。ミギ君のカードも確かめておいたほうがええんちゃう?」
「見なくたって、村人ってわかります」
 マナの答えは早かった。
「あー、せやな」
 でも念のため見ておいたほうがええやろ。とジェミニは言いたかったが、あまりしつこくするのも不自然だった。できれば、ミギの手で自発的に公開させるべきだ。そう思いつつ、ジェミニは無言でミギを見つめた。

「あぁ。一応見ときますか? オレのカード」
 ミギは、どこまでも愚直だった。それが美徳となるぐらいに。
 ジェミニが無言の感謝をささげるのと同時に、ミギはカードを取り出した。マナの返事を待つことさえしなかった。
 出てきたのは、もちろん『人狼』のカード。
「え? ……ええっ!?」
 それこそ雷にでも打たれたように、マナの表情が驚愕にゆがんだ。その衝撃を胸のうちにとどめておけるほど、彼女には心の準備ができていなかった。
「そ、それ、人狼のカードじゃありませんか!」

「やだなあ、マナさん。よく見てください。『村人』のカードですよ」
 平然として受け答えるミギ。
 しかしあいにく、マナはそのカードに描かれた三本爪のマークが『人狼』を意味することを知っていた。彼女は反射的に精霊の杖をミギへ向けた。
「いくら初心者だからって、そんな滅茶苦茶なウソにだまされませんよ、あたし! どのマークが人狼で、どのマークが村人か。それぐらい知ってます!」
「え? これって村人のマークですよね?」
「どう見たって狼のマークじゃないですか! 爪の痕ですよ、それ!」
「冗談ですよね? 川のマークですよ、これは。象形文字の川にそっくりじゃないですか」
「ぜんぜん違いますから!」
「でも、ジェミニさんが言ったんですよ。これは『村人』のカードだって」
「は? え……?」

 よけいなこと言うなミギ。とジェミニが思うより先に、マナの頭の中でひとつの推理が組み上げられた。推理というほどのことでもなかったかもしれない。ただ、当然の推論がそこにあるだけだった。すなわち、ジェミニが罠をしかけたのだという結論。
 マナは、杖の先をジェミニに向けなおした。その先端に埋め込まれた宝石が、太陽の光を照り返してキラリと光る。上質のトパーズのような黄色の輝きはまばたきする間もなくルビー色に変化して、プラズマにも似た青紫色の火花が小さく音をたてて飛び散った。

「やっぱり、ジェミニさんが人狼だったんですね!」
「え? いや、なんでそういう話になるん……?」
「ジェミニさんがミギさんのカードをすりかえたとしか思えません!」
「あ、なるほど。そういう結論が出てくるんやね」
 詐欺師スキルのオート笑顔を保ちながらも、ジェミニはマナの杖から目を離さなかった。
 一方、マナの表情は真剣そのものである。
「こんな人を助けたあたしがバカでしたね。でも、今度こそ天罰です!」
 強い意思を込めた瞳でジェミニを睨みつけると、マナは右手の杖を振り上げた。彼女の怒りを示すように、赤い宝石からバーナーのような炎が噴き上がる。
「ちょ……! それ誤解やって!」
 今度こそ絶体絶命の危機に陥るジェミニ。

「待ってください! ジェミニさんは村人ですよ!」
 画鋲男の危機を救ったのは、ミギだった。
 マナの杖が、ぴたりと止まる。
「ええっ? ジェミニさんが村人だったら、ミギさんは何なんですか!?」
「オレも村人です!」
「おかしいですよ、それ。ミギさんかジェミニさんのどっちかは人狼なんです。そうじゃないと、ミギさんの持ってるカードの説明がつかないじゃないですか」
「説明がつかなくても、ジェミニさんは村人なんですよ!」
「じゃあミギさんが人狼っていうことになっちゃいますよ?」
「え。それはヘンですよ」
「ヘンなのはミギさんのほうです!」
 マナの言葉に、ジェミニとアンダンテは深くうなずいた。





 3日目−15


 マナは胸に手をあてて深呼吸すると、ゆっくり口をひらいた。
「ミギさんの持ってるカードは『人狼』なんです。それはわかりますよね?」
「そうなんですか? でもジェミニさんが、これは『村人』だって言ってましたよ?」
「ああ、それはやな」
「ジェミニさんは、ちょっと黙っててください!」
 これ以上混乱させられるのはウンザリだとばかりに、マナはジェミニの発言をさえぎった。

「どういう理由かわかりませんけど、それはジェミニさんがウソをついたんです。だって、このカードは間違いなく『人狼』なんだから。ミギさん、自分の持ってたカードとすりかえられたんじゃありませんか?」
「いや、でもオレのカードは最初からコレでした」
 馬鹿正直に答えるミギ。
 マナには、目の前で起こっていることが理解できなかった。というより、目の前の男が理解できなかった。──どうして、この人は人狼COしてるの!?

「ミギさん。しょうじきに、おちついて、こたえてください」
 園児にものを教える保母のような口調で、マナは語りかけた。
 ちなみにマナは高校一年生。ミギは二十歳過ぎの青年である。
「わかりました。なんでも聞いてください」
「ミギさんは、ジェミニさんに脅迫されてるんですか?」
「されてません」
「なにか弱みをにぎられてるとか。それで無茶苦茶なことを言えとか脅されてるんじゃありませんか?」
「そんなんだったら、ジェミニさんが落ちそうになったときオレは助けませんよ。そこまでバカじゃありません」
「ええと……」
 思わず「いや、バカですよね」と言いそうになって、あやうくマナは口を閉じた。

「それじゃ、このカードは最初からミギさんのものだっていうんですか?」
「さっきから、そう言ってるじゃないですか。ちゃんと聞いてくださいよ」
「聞いてます!」
 馬鹿にされたような気分になって、つい大声を出してしまうマナ。
「じゃあ、ミギさんは人狼COするんですね?」
「いやいや、オレは村人ですって!」
「でも、そのカードは人狼なんですってば!」
「でも、ジェミニさんがこれは『村人』だって言ったんですよ!」
「だから、それはウソなんです!」
「じゃあ、ジェミニさんがオレをだましたって言うんですか? そんなことありませんよ。ねぇ、ジェミニさん?」
 無垢な笑顔で、ミギは問いかけた。

「ごめんなぁ、ミギ君。そのカードは『人狼』なんや」
 当然のごとく、あっさりとミギの心を打ち砕くジェミニ。いつもどおりの笑顔が、そこにはあった。
「ウソだ! ジェミニさんがオレのことをだますなんて!」
 ミギは認めなかった。
「いやいや。だました本人が、だましたって認めてるんやけど……」
「だって、どうしてジェミニさんがオレをだましたりしなきゃいけないんですか!」
「一応、説明したほうがええかな?」
「いや、わかりました! オレにはすべての真相が見えました! ジェミニさんが人狼だから、オレをだましたんですよ! まちがいない!」
 この言葉には、ジェミニもマナもアンダンテも唖然とする以外なかった。





 3日目−16


「なぁ、ミギ君。そのカードは最初からミギ君が持ってたカードやな?」
 呆れ顔を押し隠しながら、ジェミニは優しく話しかけた。
「そうです。これはオレのカードです」
「で、俺の持ってるカードはコレなんよ」
 床に放り投げられたままの『村人』カードを、ジェミニは指差した。

「な? マークが違うって一目でわかるやろ?」
「だから、それは村人ごとにデザインが違うんですよ」
「おちついて考えようや。村人ごとにマークを変える意味ってあるん? ないやろ?」
「それは、あれですよ。トレーディングカードみたいに、いろいろなデザインのカードをコレクションしてたのしむんですよ」
 ミギの想像力は、ジェミニの遥か上を行っていた。
「すごい発想やけど、コレそういうゲームちゃうから」
「そんなこと言われても、オレはそう思ったんですよ!」
「ミギ君がそう思うのは自由やな。でも間違ってるんよ」
「じゃあ、オレのカードは『村人』じゃないってことですか?」
「そういうことや。って、何度言えばわかるん……?」

「えーと。ちょっと考えさせてください」
 めずらしく考えこむミギ。
 そして、ようやく彼は正解に至った。
「つまり、こういうことですか? オレは最初から人狼役だったのに、ずっと村人だと思い込んでた。……いや、言ってみて思ったんですけど、これじゃオレってものすごいバカみたいじゃないですか」
「うん。まぁ、だれも否定せんやろな、それ」
「そんな! 否定してくださいよ!」
「ムリ」
「えぇぇ……!?」
 がっくりと、ミギはうなだれた。

「まぁ、ともかく。そういうことやで。マナ君」
 結論づけるように、やや大きな声でジェミニは言った。
「なんか色々と信じられないんですけど、どういうことなのかは大体わかりました」
「そんなら、人狼退治よろしくたのむわ。俺は武器とか持っとらんし。マナ君の魔法でサッパリかたづけようや」
 ジェミニの右手が、ひらひら動いた。ゴミでも払いのけるような動作だった。
「えー。なんか、すごくやりにくいんですけど……」
「なんで?」
「だって、かわいそうじゃないですか」
 うなだれたままのミギを見つめながら、マナは哀れみの表情を向けた。

「かわいそうでもなんでも、殺さんとゲーム終わらんで?」
「それはそうなんですけど」
「それに、俺のときはしっかり殺そうとしてたやん」
「ジェミニさんは別ですよ」
「ひどい差別やな……。まぁ、マナ君がやりたくない言うんなら、俺がやってもええけど。武器がないから、その杖貸してもらうことになるで?」
 それこそがジェミニの真の狙いだったが、うかうか引っかかるほどマナも甘くはなかった。
「ダメです。この杖は誰にも貸しません。とくにジェミニさんには」
「なんで、俺だけ別枠あつかいなん……?」
「いままでの行動を振りかえってみてくださいとしか言えません」
 もっともな意見であった。

「わかりました! オレの意見を聞いてください!」
 突然、ミギが大声で主張しはじめた。
「オレのことを殺さないでくれたら、ジェミニさんたちに協力します!」
「わるいけどいらんわ。それ」
「そんな! 役に立つ男ですよ、オレは!」
「どこらへんが?」
「オレにはスキルがあります! さわった相手の記憶を消す能力! つよいはずですよ!」
「その能力、オレに使われそうで怖いんやって」
「そんなことしませんから!」
「不慮の事故ってもんがあるやろ? さっき床が崩れたときみたいに」
「でも、オレがいなかったら落ちて死んでましたよ?」
「まぁ、それはそうかもしれへんけどな」
 そもそもミギを突き落とそうとしてそうなったのだということは、明かす必要がなかった。

「それに、オレを生かしておけば『恋人』対策になるじゃありませんか」
 これは名案とばかりに手をたたきながら、ミギは言った。
 たしかに、悪くない提案ではある。人狼役の三人を殺したとき『恋人』が生き残っていれば、すべての『村人』は敗北となる。つまりは、恋人の可能性があるプレイヤーをできるかぎり減らしてから人狼を退治するのが正しい手順になるのだ。人狼であることが明らかになったミギは今すぐ殺さなくても、最後に殺せば良い。そういうことになる。
「めずらしくマトモなこと言うたな」
 感心したように、ジェミニが言った。もちろん、ミギの提案したことはすべてのプレイヤーが理解していることである。ふつう、ほめられるようなことではない。

「生かしておいてもええけど、条件があるで?」
「なんですか?」
「仲間の名前、知ってるやろ? それを俺たちに教えてや」
「仲間?」
「人狼は仲間の名前を知ってるて、最初のルール説明で言うてたやん」
「えーと。スンマセン。おぼえてないっす」
「……ホンマに?」
「はい」
「わかった。そんならやっぱり用済みやわ。マナ君、ひとおもいに殺したって」

 ジェミニは追及しなかった。普通なら仲間をかばっていると判断するところだが、ミギの態度から『普通』ではないことがわかった。こいつは本当に仲間の名前を忘れてる、というのがジェミニのくだした判断だった。事実、それは正解だった。





 3日目−17


「あたし、やりたくないです」
 そう答えて、マナは身を引くように一歩さがった。
「え……? いや、かわいそうとか言ってる場合ちゃうで?」
「かわいそうっていうのもありますけど。『恋人』対策で残しておくっていうのは、悪くないですよね?」
「まぁたしかに、それは悪い案やないなあ。でもミギ君のスキルは両刃の剣やで? もし、寝てるときに記憶消されたらどうする? ミギ君がいつ裏切るか、わからんやろ?」
「そんな! オレは裏切ったりしませんよ!」
 必死で抗議するミギ。
「そりゃあ『オレは裏切りますよ』とか言うヤツは、どこにもおらんわ」
 でもミギなら馬鹿正直に申告しそうやけどな──と思いながらも、ジェミニはそれを言葉にはしなかった。

「ジェミニさんは、もうすこし人のことを信用したほうがいいと思います」
 ミギに向けていたのと同質の、哀れむような表情を浮かべながらマナは忠告した。
 その足元で、深くうなずくアンダンテ。
「ていうてもやな。ミギ君は狼なんやで? 恋人対策で狼を残しておくいうんは、あくまでオンライン上のゲームでのセオリーやん。今回みたいなゲームじゃ、そんなんリスクが高いばっかりで大したメリットないやろ」
「それはそうですけど。あたし、ミギさんは裏切らないと思うんです」
「そんなんわからんやん。後顧の憂いのないように、いま殺しておいたほうがええって」
「……どうしてもっていうなら、ジェミニさんがやってください。あたしはイヤです」
 マナは退かなかった。

「なぁ、もしかしてマナとミギ君が恋人だったりせぇへん?」
 冗談まじりにそんなことを言ってみるジェミニ。
 しかし、返ってきたのは心底あわれむような視線だった。
「あたしは、ただの村人です。ミギさんだって恋人じゃないと思いますよ」
「いやまぁ、恋人ちぅのはジョークやけどな」
「ジェミニさんの冗談は、本気と区別がつかないんですよ」
 きつい一言を返すマナ。人生そのものがジョークのジェミニにとっては、突き刺さる一言だった。別段、痛くも痒くもなかったが。

「そんな冗談を言うジェミニさんこそ、恋人だったりしませんか?」
「俺が恋人? そんなわけないやろ。なぁアンダンテ?」
 唐突に話の矛先をそらすジェミニ。
 例によって、アンダンテは腐った魚をつきつけられたような表情になった。だれが見ても読み取れる、迷惑だから俺に話しかけるんじゃねぇという表情。
「なんで、アンダンテさんに話を振るんですか?」
「いや、意味はないねんけどな」
「すごく迷惑そうな顔してますよ、アンダンテさん」
「これは喜んでる顔やって。なぁ、アンダンテ」

 迷惑どころか殺意さえこもったような目をアンダンテはジェミニに向けていたが、それさえも彼にとってはジョークの材料でしかなかった。
「ほら、すごい喜んどるやん」
「どう見ても、怒ってるようにしか見えません」
「そうかなあ。まぁこいつは照れ隠しで怒ったフリすることがよくあるからなあ」
「ジェミニさんが何か言えば言うほど、この人ってウソつきなんだなぁとしか思えなくなっていくんですけど」
「いまのはウソやなくて冗談やって」
「また冗談ですか」
 マナは溜め息をついた。

「とにかく、ジェミニさんが恋人じゃないならミギさんを生かしておくのに問題はないと思います」
「ミギ君が裏切りさえしなければ、やな」
「裏切らないと思います。あと、そんなに急いで狼を処刑したがるジェミニさんが、だんだん恋人に見えてきたんですけど」
「俺はタダの村人やって」
「じゃあ、ジェミニさんの恋人疑惑を消すためにミギさんを生かしておいたらいいと思います」
 マナは正論でジェミニを追いつめた。
 数秒のあいだ、二人の視線が交錯した。みじかい沈黙。不服を表明するように、ジェミニは音をたてて頭を掻いた。

「……まぁ、どうしてもマナ君がそうしたいっていうなら仕方ないなあ。ええわ。そんなら、ミギ君は飼い狼にしとこうか。でも、最後には必ず殺すで?」
「それはわかってます。あたしだって、いつまでもこんなところにいたくありませんから」
「そんときは、マナ君の魔法にやってもらうで? それでええな?」
「いいですよ。わかりました」
 はっきりと答えて、マナは精霊の杖をにぎりしめた。

「よかったなあ、ミギ君。どうやら、しばらく生きてられるようやで」
 演技するのも疲れるんだといわんばかりのどうでもよさそうな笑顔で、ジェミニは言った。笑っているのは口元だけだった。ゴミ収集日に出しそこねた粗大ゴミを見るような目で、ジェミニはミギを一瞥した。
「ありがとうございます! オレがんばります!」
「あんまり頑張られてもアレなんやけどな……。まぁテキトーにたのむわ」
「はい! テキトーにがんばります!」
「そう気張らんでええて」
 すくなくとも裏切ることだけはないやろなと、ミギの目を見ながらジェミニは思った。




 3日目−18


「さて。せっかくやし、ミギ君をうまく利用する作戦かんがえようか」
 仕切りなおすように、さわやかな口調でジェミニは言った。言っていることの内容は、まるで爽やかではなかったが。
「作戦って、どんなのですか?」
「それを今から考えるんやって、マナ君」
「そういうのを考えるのはジェミニさん得意そうですよね……」
「得意なんやけど、ミギ君の能力的に使いかたが難しいんやな、これがまた」
「オレは何でもしますよ!」
 元気いっぱいに応じるミギ。彼は、もうすっかり村人気分だった。もとから村人気分ではあったが、人狼COを乗り越えたことで更にいっそうジェミニやマナとの連帯感が強まった気分なのであった。

 だがもちろん、ジェミニのほうに連帯感などというものはカケラも存在しなかった。彼の頭にあるのは、ただミギを利用することと、うまく死なせることだけだった。
「とりあえず、ミギ君にはサイオンさんの情報をとってきてもらおうかと思うんやけど」
 ジェミニが言ったとたん、「あ!」とマナが高い声をあげた。
「どうしたん?」
「いえ、あの……。ジェミニさんが村人っていうことは、サイオンさんが人狼っていうことになりますよね?」
 おそるおそるといった具合に、マナは訊ねた。
「せやな。だから昨日からそう言っとったやん、オレ。マナ君、これっぽっちも信じてくれへんかったけどな」
「ごめんなさい。でも、あれはジェミニさんも悪かったと思います」
「やっぱり俺が悪いんかい」
「だってジェミニさん、ホストクラブの客引きっぽいんですよ……」
「外見カンケーないやろ。失礼やで、ホンマ。ホストクラブの人に対して」
「す、すみません」
 ツッコミを忘れて、すなおに頭をさげるマナ。

「……で、サイオンさんがどうかしたん? あの人が狼なんは、俺もミギ君もとっくに知ってるで?」
 ツッコミのなかったことに拍子抜けしつつ、ジェミニは問いかけた。
「あたし、昨日からずっと図書室にいて……。昨夜寝るときも、サイオンさんと一緒にいたんです。あ、それはいいんですけど。図書室から出るときは、どこに行くのか置き手紙してくるっていう約束してて……」
「つまり、ここに来るっていう手紙を残してきたわけや?」
「そうです。だから、あたしが図書室にもどらないとサイオンさんがここに来るかも」
 冷気にでもあてられたかのように、マナは背中を震わせた。

「そんなん、戦ったらええやん。火の玉でも稲妻でも、好きなようにやっつけたらええんちゃうん? あっというまに勝てるやろ」
「ムリムリ! 無理です!」
 マナは、ものすごい勢いで首を横に振った。
「あの魔法で勝てないって、一体どういう」
「と、とにかく! ここから逃げないと! どこか他の場所に……!」
「よぉわからんけど、そんならとりあえず場所かえようか」
「はい! 急ぎましょう! ミギさんも急い、で……」
 マナの言葉は、途中で失速した。
 ミギのほうを振り返った彼女の視界で、屋内へつながる扉が開かれたのだ。錆びついた金属音が耳障りな軋みをたてて、そのあとから一人の人物が姿を現した。





 3日目−19


「なんだよ、ジェミニ生きてんじゃん。さっき悲鳴が聞こえたから、死んだかと思って見にきたのに」
 残念そうに言いながら歩いてきたのは、フマだった。左手には呪いの鋏、右手にはベレッタ。サンダルの裏が水びたしのコンクリートを踏んで、ぺたんぺたんと音をたてる。

「あいにく、まだ生きとるわ」
 とりあえずサイオンではなかったことにホッとしながらも、ジェミニは警戒をゆるめなかった。その様子を見て、マナが精霊の杖をかまえる。同様に、ミギも身構えた。
「あれ……?」
 予想外の対応を受けたとばかりに、フマは驚いたような顔をして立ち止まった。
「えーと。ジェミニは人狼だよな。そんで、ジェミニに悲鳴をあげさせてたのがマナだとすると、マナは村人だよな。……うん。この推理に間違いはない。よし、マナ。俺は村人だから安心してくれ。協力してジェミニを倒そうぜ」
 一方的な提案をしつつ、フマはベレッタのスライドを引いた。

「え。あの。ちょっと待ってください。ジェミニさんは村人です。たぶん」
「『たぶん』は余計やって」
 すかさずツッコミを入れるジェミニ。
「『たぶん』じゃダメだろ。念のために殺しておかないと。だってジェミニだぜ?」
「まてまて。それ理由になっとらんから」
「ジェミニだから、っていう理由だけで十分だろ。ていうか、なんで生きてんの?」
「生きてたら悪いんかい」
「わるい。だから殺そう」
 いちど決めたことは簡単には曲げない。それがフマという男であった。

「いいかげんにせぇよ、フマ。おまえ、俺が村人だってとっくにわかっとんやろ?」
 うんざりしたように、ジェミニが言った。
「正直いうと、九割九分は村人だと思ってる」
「せやったら……」
「でも、俺は生きてるジェミニなんて見たくないんだ! 霊界のみんなだって、そう思ってるにちがいない!」
 本気とも冗談ともつかない形相で、フマは右手の銃をジェミニに向けた。
「おま……! ちょっと待てや! 俺を攻撃したらマナ君が黙っとらんで?」
「いえ、あたしは別に……」
 あなたがたの悪ふざけにはついていけませんとばかりに、マナは後ろにさがった。

「え。マナ君、たすけてくれへんの?」
「女の子に助けを求めるなんて、ジェミニってヤツは最低だな」
 やれやれとでも付け足しそうな口調で、フマが応じた。
「おまえ、そういうの女性差別やで?」
「女の子を利用することしか考えてないジェミニに言われたくないぜ」
「利用なんかしてへんやろ」
「いままで何百人の女がジェミニに泣かされてきたことか……」
「いやいや、せいぜい十人ぐらいしか泣かせとらんわ」
 みずから墓穴を掘るジェミニ。
 マナが、さらに一歩さがった。

「ちょ、マナ君。なんで逃げるん!?」
「いえ、逃げてません。気のせいですよ」
 作りものの笑顔を浮かべながら、マナは首を横に振った。
「俺が村人やってこと、フマに説明してほしいんけど」
「ごめんなさい。あたしには無理だと思います。弁護士を雇ってください」
「いや、弁護士とかおらんから。このままだと俺はフマに殺されるで?」
「え……。でも二人とも、すごくたのしそうですよ? 悪ふざけしてるようにしか見えないんですけど」
「俺はともかく、こいつは悪ふざけで人を殺すヤツなんやって」
 ジェミニはわりと必死だった。しかし必死になればなるほど信用を失うのが、彼にとって悲しいところなのであった。

「ジェミニさん! この場はオレにまかせてください!」
 そこへ、颯爽とミギが割り込んだ。
「おお、ミギ君! ちょっと説得たのむわ」
 ワラにもすがる思いで応えるジェミニ。しかし、そのワラは文字どおりの力しか持ってはいなかった。あるいは、それよりひどかった。
「ジェミニさんは村人ですよ! まちがいありません!」
 説得力のカケラもない主張をしながら、ミギはフマの前に立ちはだかった。──手に『人狼』のカードを持ったまま。

 さすがのフマも、一瞬あっけにとられた。ふつう、それは他人に見せるカードではないからだ。しかし、天性の理解力によって彼はすぐさま状況を把握したのであった。
「なぁミギ君。その手に持ってるのって誰のカード?」
「え? これはオレのカードですよ」
 答えながら、ミギは高らかに『人狼』のカードを掲げてみせた。

 フマは、なにも言わずにベレッタの引き金を引いた。
 腹部に一発、胸部に二発。いずれも致命傷になる弾丸を受けて、ミギはその場に倒れた。




 3日目−20


「ミギさん!」
 悲鳴のような声をあげながら、マナは彼のそばに駆け寄った。
「うぅ……。マナさん……」
 ミギは、まだ生きていた。血を吐きながら、彼は言った。
「ようやくオレにも真相がわかりました……。人狼はフマさんだったんです」
「え? いえ、あの。ミギさん!?」
 死に際にまでワケのわからないこと言わないでください、と叫びだしたいのをこらえつつ、マナはミギの体を揺さぶった。

「だって、そうじゃなければ、説明がつかないじゃありませんか……」
 胸の銃創をおさえながら、ミギは誰にも理解できない主張をはじめた。
「おちついてください。人狼はミギさんですよね? あの『人狼』のカードを最初から持ってたんですよね?」
「そういえばそうでした……。でも、そしたら真相はひとつですよ」
 苦しげにうめきながら、ミギは言葉をつなげた。
「つまり、フマさんは村人だったんです」
「それはもうとっくに……」
「オレの遺言が役に立つことを祈ります……」
 ごぼっと血が吐き出されて、直後にミギのまぶたは閉じられた。

「ミギさん! ミギさん!? そんな遺言、なんの役にも立ちませんよ!?」
 マナがどれほど大声で呼びかけようと、ミギの目が開かれることは二度となかった。水で濡れたコンクリートの上に彼の血液がうすく広がり、笑うべきなのか悲しむべきなのか判別しがたい微妙な空気が一同を包んだ。
「ミギは最後までミギやったな……」
 動かなくなったその死体を見下ろしながら、ジェミニがつぶやいた。
 その隣で、フマも同じようにミギを眺めていた。
「これは一応確認なんだけどさ」
 不可解そうな表情で、彼は言った。
「いま俺が殺したのは、狼だよな?」
 ジェミニとマナは二秒ばかり互いの顔を見つめあい、それからフマのほうを振り向くと、溜め息まじりにゆっくりうなずいた。

「でも、どうして撃っちゃったんですか」
 マナが言った。その口調は、どこか責めるようですらあった。
「なに言ってんだ。撃たないほうが、どうかしてるぜ? 相手がどんなスキル持ってるかわからないんだから先手必勝だろ、こんなもん」
 フマの答えは、非常に理にかなったものだった。
「それは、たしかにそうなんですけど……」
「そんなことより、ジェミニに質問があるんだぜ」
 銃口をつきつけながら、フマは問いを浴びせた。
「人狼のミギが村人のジェミニをかばう理由ってないよな? つまりジェミニは人狼だよな?」
 なんともいえない微妙な空気が、さらに濃さを増した。

「あー。それについては俺の口から説明するより、マナ君に説明してもらうほうがええと思うんけど」
「あたしがですか?」
 話を振られて、とまどうマナ。
「俺がどんだけ説明しても『ジェミニだったらどんなウソでもつく』とか言われて撃たれそうやから、マナ君に頼みたいんよ」
「そういうことですか」
「ちなみに、ことわられると多分オレは死ぬで?」
 ジェミニは笑顔を見せていたが、言っていることは限りなく真実に近かった。

「……ひとつ訊いてもいいですか?」
 ためらうようにして、マナは問いかけた。
「なんでも訊いてええよ」
「ジェミニさんとフマさんって、友達なんですよね?」
「さぁ、どうなんやろ。フマに訊いてみ?」
 お得意の投げやりな口調で、ジェミニは回答を丸投げした。
「お友達同士だったら、こんな風に殺しあいとかできるわけないじゃまいか」
 まともに答える気はありません、という態度を示しながら答えるフマ。相手が女の子でなければ鼻でもほじりそうな口調だった。
「友達じゃないそうやで?」
 友達どころか親兄弟が相手でもオマエは躊躇なく撃つやろ、とジェミニは思ったが、「おまえもな」と返されるのがわかりきっていたので何も言わなかった。

「……わかりました。説明します」
 あきらめたように、マナは首を縦に動かした。
「でも、ここは危ないので場所を替えましょう」
「あぶないって? なにが?」
「それも、あとで説明しますから。とにかく、ほかの場所に行ってからで」
 引率の先生にでもなったような気分で、マナは言った。あるいは、悪餓鬼ふたりをかかえた母親のような気分だったかもしれない。なんにせよ、ろくな気分ではなかった。





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