3日目−34
「……というわけで、サイオンさんのスキルはきっと『不死身』とかなんですよ。だから気をつけてください」
説明を終えて、マナはふぅっと一息ついた。
場所は体育館横の室内プール。『もっともサイオンが来そうにない場所』として、ジェミニが選んだものである。
がらんとした空間。プールに水は張られていない。タイル敷きの床や壁に反射して、彼らの声はよく響いた。
「よし、話はわかった。じゃあ本当に不死身かどうか、たしかめに行こうぜ!」
マナの説明を聞き終えるや否や、ミギの霊魂が乗り移ったかのような発言をするフマ。もちろん、そんなものは乗り移ってなどいない。彼は最初から、こういうプレイヤーなのだった。
「あの……。あたしの話、ちゃんと聞いてました? 雷を落としても死ななかったんですよ?」
「いくら不死身でも、首を斬り落としたら死ぬんじゃね?」
「それはわかりませんけど……。そんなこと出来るんですか?」
「ふっ。オレさまの鋏に切れぬものなど、あんまりない!」
声高に宣言して、フマは呪いの鋏を取り出した。
「『あんまり』って、それじゃダメじゃないですか」
残念なことに、マナはフマのギャグを理解できなかった。普通できないが。
「ためしてみなけりゃわからないぜ? もしダメそうだったら逃げよう。ジェミニを盾にして。……あ、盾にしなくてもどうせ流れ弾はぜんぶジェミニに当たるよな。だから、オレたちは安全ってわけだ」
「それはそうかもしれませんけど」
ジェミニの性能について、マナは異論をはさまなかった。
「ちょっと待てやフマ。オレの、」
なにか言おうとしてジェミニは口を開いたが、それよりフマの声が大きかった。
「よし、じゃあ行こうぜ! オレの魔法の鋏と、マナの精霊の杖。それにジェミニの盾があれば完璧さっ! オレたちの力で魔王サイオンを倒すんだ!」
「人の話を聞けや。俺は絶対に行かんで?」
ジェミニは、いたってクールだった。それはそうである。自ら進んで盾になるほどのボランティア精神など持ち合わせてはいない。というより、どんな種類のボランティア精神も彼は持っていない。飢えに苦しむアフリカの子供たちの前で、笑いながらポッキーを食うような男なのだ。
「なにを言ってるんだ、ジェミニ。いまこそオレたちの力を見せるときだぞ!」
わけのわからない張り切りかたをするフマ。
一方ジェミニのテンションは、フマのそれと反比例して下がっていくのだった。
「なぁ、フマ。なんか悪いものでも食ったん? おかしいやろ。いつものオマエなら、サイオンさんなんかほっといて引きこもってるんちゃうん?」
「今日のオレは、いつものオレと違うんだよ!」
「なんか言うとるけど、おまえ強い武器が手に入ったから見せびらかしたいだけやろ」
他人の図星を突くことにかけては天才的な才能を持つジェミニだった。
だが、そんなことでひるむようなフマではない。
「そのとおりだよ! オレが活躍するところを見せたいんだ! だから行こうぜ! オレにはジェミニが必要なんだ! オマエがいないとオレは死ぬかもしれない!」
「ふざけたこと言うとるなぁ……。わかった。そんなら、そのハサミ貸してくれたら付き合ってやってもええわ」
「ふざけんな。これはオレのだ」
「どっちがふざけとるん。……まぁ別に、無理に貸してくれとは言わんけど。おまえ一人でサイオンさんとこ行って、返り討ちにされとけばええわ」
「オレが負けるわけないだろ、常考」
「おまえが負けるところしか思い浮かばんわ」
「オレには勝算がある!」
「へぇ。言うてみぃや」
「ちょっと時間をよこせ」
そう言ったきり、考え込むフマ。
家庭教師歴の長いジェミニでも、これほど出来の悪い生徒は見たことがなかった。
「なぁ、フマ。俺の予想をひとつ言うたるけど、サイオンさんのスキルが『不死身』とかいうもんだとしたら、正面からやっても死なないと思うで。システム的な『死』以外な」
「システム的……? どういう意味か、わかりやすく説明してもいいぞ」
ふんぞりかえりながら、フマは鷹揚な態度を示した。
「おまえが偉そうにするとこちゃうわ。ちうか、説明必要ないやろ。ようするに、サイオンさんが恋人やったら相方を殺せばサイオンさんも死ぬし、恋人じゃなかったとしてもルール上の『死』を与えればええわけや」
「ほうほう。つまり?」
「たとえば、ルール上学校の外に出るのは禁止されとるやろ? だから、バラバラにして学校の外に放り捨てるとかすればええわ。べつに、学校の外に連れ出すことができるならバラバラにしたりせんでもええけどな。どう考えても、生きてるサイオンさんを学校の外につれてくっちうのは不可能やろ」
「おお。それだ!」
ぱん、と手をたたくフマ。
「おまえ、まさか何も考えずに戦おうとしてたん……?」
「ふ」
「考えてなかったんやな」
「ふ……」
ほんとうに何も考えてなかったのであった。
「まぁ、どうでもええけど。どっちにしろオマエが勝つところは想像もできんわ」
「はたして、そうかな? ジェミニ、おまえはオレのスキルを忘れてるぜ」
「フマのスキル? 『締め切りをやぶる』やったっけな。たしか」
「それも強力なスキルのひとつだが、いま言いたいのはちょっと違うぜ。オレのスキルは『本物みたいな絵を描く』だ。これで、学校の外の景色を学校の内側みたいに描いたらどうなる? うまくだませば、サイオンさんは間違って学校の外に出るかもしれないだろ? おお、オレすげえ。この作戦カンペキじゃん!」
ひとりで浮かれるフマだったが、ジェミニとマナは呆然として彼の顔を見つめるのだった。
「おい、アタマだいじょうぶやろな? どうやって学校の外に絵を描くんやオマエ。敷地外に出たら死ぬんやで?」
「あーーーー」
白痴のような声を出して、天井を見上げるフマ。
こりゃダメだ、とジェミニとマナは顔を見合わせるのだった。
3日目−35
「ところでオマエら、何人殺したんだよ」
唐突に、フマはそんなことを言い出した。
まるっきりゲーム感覚である。実際ゲームなのだが。
「あたしは誰も……」
と、マナが首を横に振る。
同様に、ジェミニも肩をすくめてみせた。
「ぷ。だせぇー。オレは氷雨とミギ殺したぜ」
フマの笑い声がプールに響いた。
それを聞いて、めずらしくジェミニが驚いたような表情になった。
「え、氷雨ってマジ? あんなん、よう勝てたな」
ジェミニは身をもって氷雨の能力を知っていた。まともにやったらフマの勝てる相手ではない。
「ふ。余裕だったぜ」
実際は、ぜんぜん余裕ではなかった。紙一重で(氷雨の駄洒落がウケて)の辛勝だったのである。が、そんなことを正直に話すフマではなかった。
「氷雨は狂人やから、そしたら狼側はあと二人ちぅわけやな」
「そのうち一人はサイオンさんで……。もう一人は誰ですかね」
「それはわからんけど、とりあえずナビアさんとキキは外してええやろな」
マナの問いかけに、ジェミニは間をあけず答えた。
「どうしてですか? いえ別にナビアさんとかキキさんを疑ってるわけじゃないですけど」
「ミギ君は、その二人と一緒にいた言うてたからな。いくらなんでも、狼仲間だったら気付くやろ。いろいろと。あんなマヌケな最期はありえんわ」
「マヌケって言っちゃかわいそうですよ。たしかにカードまちがえてたのはアレですけど」
「いやー。あれはおもろいもん見せてもらったわ。オレの中で今回のMVPはミギ君やな」
「あれは強烈でしたね……」
ミギの遺言を思い出して、マナはしみじみと嘆息するのだった。
「で、残りの狼が誰かっちぅ話しやけど。もしかすると、サイオンさんがラストウルフかもしれへんな」
「それは楽観的すぎるんじゃありませんか?」
「いや、そうでもないと思うで? 俺が今まで見聞きしてきた情報から考えると、サイオンさん以外はだいたい白いんや」
「男爵は? あの人、オオカミじゃねぇの?」
すかさず問いかけをはさむフマ。
「男爵なぁ。俺もあの人うたがってたんやけど、夜一緒に寝ても何もされんかったしなぁ」
「え。おまえ、男爵と寝たの!?」
言いながら、フマはものすごい勢いで後ろへ下がった。
それを見て、あわてたようにマナも距離をとる。
「そーいう意味ちゃうから」
「じゃあどういう意味だよ、ゲイミニ!」
「ゲイちゃうわ。あの人がオオカミやったら俺を殺すヒマはいくらでもあったのに、殺されなかったっちぅだけの話や」
「いつでも殺せると思って、ほっといたんじゃね? どうせ画鋲だし」
フマの指摘に対して、ジェミニは何も答えなかった。ただ、画鋲が配られるぐらいなら何も支給されないほうがマシだったと思うだけだった。
「でもサイオンさんがラスト狼だとしたら、うかつに倒せませんよねぇ。まだ恋人が生きてるかもしれないし。……まぁ、倒せる気もしないんですけど」
「せやな。けど、飼い狼にしておくにはサイオンさんは危険すぎるで」
「だから、さっさと倒しに行こうぜって言ってるだろ! さっきから! ずっと!」
フマの大声は、プールサイドによく響く。
「おまえ、ほんとうに勝てるつもりでおるん?」
「オレが負けるわけないだろ! 根拠はない!」
フマは、どこまでも強気だった。
「たしかに、おまえのスキルをうまく使えば勝てる気がせんでもないんやけどな」
「ほほう。なにか名案があるんだな? 言ってみろ」
「そんなんあったら、とっくに言うてるわ」
「使えねぇジェミニだぜ」
「おまえも少しは自分で考えてみぃや」
「オレが考えるより、ジェミニが考えたほうが早いだろ! なんのために大学出てんだよ!」
「大学カンケーないやろ。ちうか大学出とらんわ。中退やし」
どうでもよさそうな口調でジェミニが答えた、そのとき。
遠くから、銃声が聞こえた。火薬の炸裂する乾いた音が、五発か六発。
とっさに耳を澄ませる、三人と一匹。
銃声のあとは何も聞こえず、しんとした沈黙が辺りをつつんだ。
「いまの、サイオンさんじゃね?」
フマが言い、ジェミニはわずかに首をうなずかせた。
「可能性は高いやろな。銃を持っとる人は、あんまりおらんし」
「よし。倒しに行こうぜ。いまので大体の方角はわかった」
「おまえ、いままでの話し合いを」
「うるせぇ。早く行こうぜ。急がないと、サイオンさん殺されちゃうかもしれないだろ!」
「それは別に構わんやろ」
「ダメだ! 人狼は全員オレが殺すんだよ!」
「無謀なこと言うとるなあ……」
「無謀かどうか、やってみなけりゃわからないだろ! 行くのか行かないのかハッキリしろよ!」
「いや、行かないってハッキリ言うてるやん」
「ホントに行かないのか?」
「だから、行かんて」
「ファック! このゴミジェミが! マナは行くよな?」
言いながら、フマは彼女に目をやった。
「え。……いえ、あたしも遠慮しておきます」
「くそ! アンダンテは行くよな?」
フマの希望も空しく、アンダンテは床に丸くなったままアクビを返すだけだった。もっとも、アンダンテがついていったところで戦力にはならないのだが。
「なんて使えねぇ奴らだ、ちくしょう! よしわかった。オレは一人でやる。おまえらはそこで、『フマ最強伝説』が作られるのを見とけ!」
言うのと同時に、フマは外へ飛び出していった。二人が止めるヒマもなかった。
呆れ顔でフマの背中を見送る二人の足元で、アンダンテだけがフマを応援するように尻尾を振っているのであった。あるいは、煽っているだけかもしれなかったが。
3日目−36
フマは走った。銃声の聞こえた方角に向かって。
彼はわりと真剣だった。真剣に、すべての人狼を自分ひとりで倒すのだと意気込んでいた。できるできないの問題ではなかった。やらなければならないのだという原因不明の意思が彼を動かしていた。彼は引きこもりのニートだが、ここぞというときの行動力は抜群なのであった。あいにく、その行動力が発揮されるのはほとんどゲームの中のことだけに限られていたが。
ともかく、彼はサイオンにも勝つつもりだった。ジェミニから聞いたことを、そのまま実行するつもりなのだ。つまり、鋏でバラバラにして学校の外へ捨てるという作戦である。ふつうの神経を持った人間にできることではなかったが、彼に普通の神経は通っていないのだった。
彼は廊下を走りぬけ、図書室の前を通り過ぎ、いきおいよく階段を駆け上がった。二階まで上ったとき、上から人影が降りてくるのに気付いて足を止めた。
フマには一瞬の躊躇もなかった。階段を下りてくる人物の前に飛び出すと、それが誰であるかも確かめずに発砲した。人違いだったら撃ってから謝ればイイ、というのが彼の信念だった。
「おい、まて!」
とっさに身をかがませて弾をかわしたのは牛男爵である。酔っぱらいのわりに機敏な動作だったが、フマの狙いがもうすこし下にズレていたら即死していたのは間違いない。運が良かったのだ。ジェミニと違って。
「なんだ、男爵か。サイオンさん見なかった?」
誤射したことについては何の謝罪もせず、フマは一方的に訊ねた。
「何なんだ、いきなり。サイオンなら、すこし前に屋上で……」
「おっ。サンキュー、男爵!」
それだけ行って、ふたたび階段を駆け上ろうとするフマ。彼にとって男爵は人狼である可能性の残る相手なのだが、いまはサイオンを倒すことだけで頭がいっぱいなのだった。
「話は最後まで聞け。屋上にはもう誰もいないぞ」
フマのシングルタスク頭脳を、男爵が引きとめた。
「なんだって?」
「それに……」
天井を指差しながら、男爵は続ける。
「ここの上には行かないほうがいい。血の海だからな」
「男爵が誰か殺したのか?」
「俺は何もしてない。やったのはサイオンさ。殺されたのはスノー」
「ええっ! スノさん死んじゃったのか!」
「ショックなのか?」
「いや、べつに。言ってみただけ」
そういう男なのであった。
「だが許せん! オレがスノさんの仇を……!」
「心にもないことは言わないほうがいいぞ」
鋏を手にして意図不明の演技を始めるフマに、男爵は冷ややかな言葉をかけた。
「なんだよ、男爵。せっかくオレが必殺ゲージ溜めようとしてるのに」
「溜めるのは構わんが、そのゲージはまだ使うタイミングじゃないぞ」
「男爵までオレを引き止めようっていうのか」
「べつに、引き止めるわけじゃないけどな。サイオンと戦うつもりだとしたら、勝ち目ないからヤメとけと忠告しておく」
「そんなに強ぇのか、サイオンさんは」
「サイオンについては、よく知らんよ。ただ、スノーのスキルは知ってた。どうしてあれが負けたのか、想像もつかん」
「スノさんのスキルって?」
フマの問いに、男爵は少しのあいだ沈黙した。まるで、もったいぶるように。それから、真顔になって彼は言った。
「妄想を実体にする能力だ」
その簡単な説明に、フマは五秒ばかり考え込んだ。そして言葉の意味を把握し、「それ最強じゃねぇ?」と言った。
男爵は黙ってうなずくのみだった。