冷凍人間


 私の母は冷凍人間である。
 といっても、べつに冷凍睡眠(コールドスリープ)についているワケではなく、冷酷非情な人間であるというワケでもない。――そう、彼女は雪女なのである。嘘だが。……いや、嘘だという保証はどこにもないが。”雪女=美女”という公式に照らし合わせて、彼女は雪女ではないと判断しているに過ぎない。それに、父も健在だ。少なくとも、まだとり殺されてはいない。
 では、なぜ冷凍人間なのか。それは我が家の冷蔵庫を見ればわかる。正確には冷凍庫。冷蔵庫の上にある、アレである。……言われなくてもわかる? それは失礼。
 その冷凍庫であるが、普通の家庭のそれには、どのような物が入っているだろうか。
 まず、氷。そしてアイスクリーム。冷凍食品や、肉、魚なども一般的なところだろう。家庭によっては、アルコール類やアイスノンなども入っているかもしれない。白い粉やバラバラにした死体などが入っている人には、一刻も早い自首をお勧めする。まれにフルーツ類なども入っているかもしれない。切断された首と一緒に。
 まぁだいたいのところ、このようなものだろう。要するに、零度以下に保っておく必要のあるもの。あるいは腐りやすいものである。白い粉などは少々ちがうが。
 しかるに、我が家の冷凍庫である。
 本日(1998年10月6日)の我が家の冷凍庫に収納されているものは……、



 まず、大福。
 常温であれば餅本来の柔らかさを保っていたであろう大福が数個、ガチガチに凍りついている。我が家では、大福は電子レンジで解凍して食べるものなのだ。以前、きんつばが入っていたこともある。

 次に、コーヒー豆。
 これは鮮度と香りを保つためであろうと思われるので、納得できる。……といって、一般的とは思えぬが。まれにインスタントコーヒーが冷凍されていることもあり、あなどれない。

 そして、緑茶。
 静岡産の銘茶が、袋ごと凍っている。茶摘みの人々に対する冒涜であるような気がするのは、私だけだろうか。

 白い粉。
 パン粉である。……これ、凍らせておく必要があるのか?

 茶色い粉。
 きな粉。

 食パン。
 たしかに腐りやすいが。凍っている食パンを包丁で切るのは重労働だ。木材をノコギリで切っているのと大差ない。ちなみに、フランスパンが入っていたこともある。切れねぇよ。

 米。
 炊かれた米である。さすがに、生の米は冷凍しないようだ。

 餅。
 いわゆる切り餅である。焼いた餅ではない。この餅を解凍せずに焼くと、みごとに芯が残る。

 味噌。
 ビニール袋に詰め込まれた赤味噌が……。味噌って腐るのか!?

 納豆。
 パック入りの納豆。数々の冷凍庫収蔵品の中でも、これは特に異彩を放つ。

 焼きそば。
 調理前のものである。これは冷蔵庫で十分だと思うのだが。

 生ラーメン。
 ゆで時間が狂うんですが……。

 そうめん。
 !?

 豆腐。
 凍った豆腐は人を撲殺し得る。

 チーズ。
 とろけるチーズがガチガチに……。

 ブランデー。
 ああ、これを入れたのは私か。ちなみにブランデーは冷凍庫では凍らない。

 梅酒。
 これは私ではない。ブランデーと違って、よく凍っている。青梅も一緒だ。これが飲まれることは果たしてあるのだろうか。

 ミカン。
 まぁ、冷凍ミカンは納得できる。納得できないのは、冷凍されていないミカンがないことだ。

 バナナ。
 これも割とポピュラーか。ただし、ミカンと同じ理由で納得できぬ部分もある。

 メロン。
 なにやら、半切りにされたアンデスメロンが鎮座ましましているのですが……。御神体ですか? これは。

 クッキー。
 これを冷凍するに足る正当な理由を述べてくれ。

 醤油せんべい。
 冗談だと言ってくれ。

 ショートケーキ。
 この世には神も仏もないのか……。



 と、このような次第である。
 肉、魚、冷凍食品などといったごく一般的な物は割愛させて頂いた。
 私の母はどうも、冷凍庫に入れられるものはとりあえず入れるという考えを持っているらしい。独身のころは指輪や装飾品、現金なども入れていたというから、一種の変人である。冷凍庫を金庫と勘違いしているのではなかろうか。冷蔵庫のほうには、化粧水や口紅なども入れていたと聞く。気違いか。遺伝しなくて良かった。
 その当時に比べれば、現在は食料品以外入っていないだけ数段マシと言えるだろう。彼女も歳を経て更正したようだ。たまにパック用品などが冷蔵庫に入っているのも、大目に見てやろう。
 大目に見てやるから、観葉植物の肥料を冷蔵庫に入れるのはヤメてくれ。どういう意図があってのことか知らないが、冷蔵する必要があるのか? それとも、ただの嫌がらせか?

 これを書きながら、私はショートケーキを電子レンジで解凍して食べた。
 電子レンジのオレンジ色の光に照らされてゆっくりと回転するショートケーキの姿は、なかなかにシュールなものである。時間をかけすぎて、生温かいショートケーキを食するハメになったが。生温かい生クリームと、ジャリジャリしたイチゴの組み合わせが絶品であった。
 口直しに、醤油せんべいでも解凍するか……。



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