雑文執筆依頼


 世の中には、奇特な人がいるものである。
 いや、私のことではなくて。
 何が奇特かというと、ちょっと変わった頼みごとをされたのだ。
「雑文のネタにしてほしい」と、こう言うのである。
「雑文のファンです」と言う人は何人かいるが、
「雑文に出してほしい」と言う人は珍しい。
 しかも、それを言ったのは若い女の子である。なにしろ、現役の女子高生だ。その若さでこんな駄文を読んでいるのも災難だが、その上に駄文のネタにされたいとは。いやはや。若さゆえのあやまちか。彼女の人生も前途多難である。「も」というのは、私を含む大多数の人間を含めてのことだが。

 それにしても、いったい何が彼女をそうさせたのかは知らないが、いきなり「雑文に出してほしい」と言われても困るのである。
 たとえば、彼女が世界でも有数の大富豪の令嬢であるとか、いまをときめく売れっ子アイドルであるとかいうのであれば、ネタには困らない。牛丼10杯を3分で食えるとかいう特技でも良い。だが、何のネタも無しで雑文に出すというのは無理である。
 何から何まで話を捏造してしまうという方法もあるにはあるが、これをやるとタダでさえ残り少ない私の信用が一気にゼロになるであろうことは想像に難くない。したがって、これは最後の手段だ。……いやいや、やりませんけどね。

「で、ネタはあるのかね?」
 私は当然の質問を彼女に投げかけた。
 すると、彼女は驚いたように、
「え? ネタがないと駄目なんですか?」
 と答えたのである。
 驚いたのは私のほうだ。ネタもなしで、何を書けというのだ。
「それはさすがにねぇ。何もなしでは書けないよ」
「ええ? どんなネタならいいんですか?」
「いちばん良いのは、笑える話だけど」
「笑える話ですか? ええっと……。あ、じゃあウチの猫ちゃんの話とか」
 猫『ちゃん』か……。
 まぁ、いいだろう。とりあえず、聞くだけ聞いてやろう。
「どういう話?」
「ええと、ねぇ。ウチの猫ちゃん、『ワン』って鳴くんですよぉ。おもしろいでしょ」
「……」
「おもしろくないの? うそぉ」
 すまない。どこがおもしろいのか私にはサッパリわからなかったよ。もう少し、私にも理解できるような話をしてくれないだろうか。
「あ、でも続きがあるんですよ。ウチって、猫ちゃんと一緒に犬ちゃんも飼ってるんですけどね」
 なんだよ、犬ちゃんって。そこはワンちゃんだろ。
 それに、もうオチが読めてしまったよ。皆まで言うな。
 そう思ったのだが、私の心は伝わらなかったようだ。
 彼女は満面の笑顔を浮かべて言った。
「その犬が、『ニャン』って鳴くの。ね、おもしろいでしょ」
「…………」
「ええっ、おもしろいじゃないですかぁー。だって、猫が『ワン』って鳴いて、犬が『ニャン』って鳴くんですよぉ?」
 ……帰っていい?
 私は、そう言いたい気持ちでいっぱいだった。そんな類型的な話をどうやってネタにしろというのだ、この女は。どうせなら、ウサギが「ワン」と鳴いてアメフラシが「ニャン」と鳴く、ぐらいの話をしてくれ。
「あ。それでね、それでね。ウチの猫ちゃんと犬ちゃん、すっごく仲がいいんですよぉ。いつも一緒に食事してて、寝る所も一緒だし。たぶん、猫ちゃんは自分のこと犬だと思ってて、ワンちゃんは自分のこと猫だと思ってるんですよ、きっと」
「はぁ」
 いかん。つい溜息が。
 彼女の表情が、わずかに曇った。
「もしかして、全然おもしろくないですか?」
 ああ、みごとなまでにおもしろくないよ。
 そう言いたかったが、さすがにそれはできなかった。なにしろ、相手は17歳の女の子なのだ。ヘタすると、私の一言で手首を切りかねない。
 仕方なく、私は嘘をついた。いつものように。
「いや、おもしろいよ。うん」
 が、彼女にはそういった社交辞令というものが理解できなかったらしい。
「あ、よかったぁ。おもしろかったんですね。じゃあ、それでネタにしてください」
 ちょ、ちょっと待て。
「そうそう、猫ちゃんはチェリーっていうんです。犬ちゃんはブラウンっていう名前で」
 そんなことは訊いてない。
「できたら、あたしの名前も載せてくれるとうれしいです。友達に見せて自慢するんだ♪」
 ま、待て。何だ、その『♪』は。(いや、私が勝手に付けたんだけども)
「それじゃ、たのしみにしてますね。毎日、チェックしますから」
 いや、十年ぐらいチェックしなくていいから。
「でも、言ってみるもんですね。こんな簡単に雑文に出してもらえるなんて」
 私は一言も、そんなことは言ってないぞ。
「それで、だいたい、いつぐらいになりますか? 雑文に書くの」
 もはや、私がその雑文を書くことは決定事項のようだった。私は腹を決め(させられ)た。
「2、3週間以内には書くよ……」
「え、そんなにすぐ書けるんですかぁ? さすが!」
 何が『さすが』なんだか……。
「あたしが猫ちゃんのことなんか書いても、絶対つまらない文章になっちゃうし、それにあたし文章書くの苦手なんですよぅ」
 私が書いても、つまらない文章になると思うぞ。少なくとも、その猫ちゃんの話は。
「でも、アイスさんが書けば絶対におもしろくなりますよね。やー、もう期待しちゃう♪」
 頭が痛くなってきたよ、私は。
「……まぁ、あまり期待しないでくれ」
 私は彼女の目を見ないようにして、そう言った。



 ――で、こんな感じで良かったのかな?(ナツ嬢宛て私信)



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