戦士の悲哀


「当たらなければいいんだ」
 その男は、簡単に言った。
 そんなこともわからないのか、とでも言いたげな口調だった。
「そんなことはわかっている。わかっていても、それを実行する技術がないだけだ」
 私が答えると、彼はわずかに口元を歪ませて、
「なら、努力するんだな」
 とだけ言った。
「努力だって? ……努力で、あれを切り抜けることができると言うのか?」
「できなければ、死ぬだけさ」
「それは、身をもって知っている。イヤというほどにね。私が訊いているのは、それを避けるための方法だ」
「方法?」
 彼は小さく鼻で笑って続けた。
「そんなもの、ありはしない。ただ一つだけあるとするならば、『当たるな』ということだけさ」
「その、『当たらない』ための方法を訊いている」
「動け」
 彼の答えのあまりの明解さに、私はあきれた。
「……それだけか?」
「当たらないように動け。それだけだ」
 彼の答えは、どこまでも単純だ。
 私は頭を抱えたい気分だった。
「……簡単に言ってくれるな」
「簡単だろう? 子供でもできる」
「できる子供もいる、と言うべきだ。大多数の人間は、そんなことはできない」
「そうでもないさ。俺の知っている人間は、一人の例外もなくできる」
「それは、君の周囲の人間が異常なんだ。軍人と民間人とを比較するようなものだ」
「何とでも言えばいいさ。……だが、あれを切り抜けないかぎり、お前は先に進むことができない」
「……それはわかっている」
「ならば、努力するしかないな。ここでこうしていても、なにひとつ進展はない」
 そう言って、彼は足元に転がっているものを私に向かって放り投げた。
 私はそれを空中でキャッチし、
「……見ていてくれるか?」
 と訊いた。
「ああ、見届けてやるさ」
 彼が答え、私はいま受け取ったばかりのそれを両手でしっかりと握りしめた。

 バトル・ガレッガ。
 そういう名前のゲームだった。
 アーケードで人気を博し、家庭用ゲーム機に移植されたシューティング・ゲーム(以下STG)だ。一時期、全国のスコアラーたちを熱狂させた、近来まれに見る高難度シューティングである。
 私は、これをクリアしたことがなかった。もともと、私はSTGが得意なほうではない。では何が得意なのかと問われると答えに窮するが、とにかく不得手だった。
 一方、私の隣にいる男は日本でも屈指のスコアラーである。いまでこそ引退してはいるものの、かつてはいくつものゲームで全国ランキング一位を保持していたベテランだ。それらの記録のいくつかは、いまだに破られていない。

 まるで、免許を取ったばかりの人間がF1ドライバーを助手席に乗せて車を運転している気分だった。
「回避運動が大きい」
ザコを逃がすな」
「壊せるものは全て壊せ」
「よけいなところでボムを使うな」
張り付け
 そのような叱咤を受けながらも、私は災禍なく前半のステージをクリアしていった。
 そして、いよいよ後半である。

 このゲーム最大の特徴として、自機の攻撃力に比例して敵の攻撃も激しくなるというというものがある。たいていのSTGはそのシステムを採用しているのだが、バトル・ガレッガの場合、それが特に顕著なのだ。
 敵の攻撃が激しくなることを「ランク(難易度)が上がる」と言うが、このゲームでランクが上がる要素は以下の3通りが挙げられる。

 1.自機のショット・パワー
 2.自機の存続時間
 3.連射速度

 ショット・パワーとは、言うまでもないと思うが、パワーアップ・アイテムを取ることで強化される自機の攻撃力である。これが大きければ大きいほど、敵の攻撃力も大きくなる。これは、パワーアップ制を取り入れているSTGのほとんどで採用されているシステムであり、最も一般的なランクの操作方法であると言えよう。
 ちなみにバトルガレッガの場合、パワーアップは一段階で抑えておくのがベストとされている。それ以上のパワーアップ・アイテムは見逃さねばならないのだ。敵の攻撃を避けている最中に取らされてしまう状況に陥ることもあるが、そういう場合でも取ってはいけない。あきらめて死ぬのだ。パワーアップ・アイテムを取らされるぐらいなら、敵の弾をくらったほうがマシなのである。
 自機の存続時間とは、その機体がどれだけの時間撃墜されずにいたか、というものである。つまり、ノー・ミスであれば自動的にこのランクは最大になる。不要なパワーアップ・アイテムを取らされるぐらいなら死を選んだほうが良いというのは、このシステムにも反映されている。バトルガレッガでは、自機を増やすことよりランクを下げることの方が遥かに難しく、また重要なのだ。
 そして、3の連射速度だ。これが、バトルガレッガ最大の鬼門である。およそ地上に存在する全てのSTGは、単位時間あたりでどれだけの有効な攻撃を敵に与えることができるかという点が攻略の主眼となる。そのため、ショットの連射速度は速ければ速いほど良い。
 かつて、秒間16連射などと称してその名を広めた人間がいたことからもわかるように、連射の速度はSTGの世界において重要な要素を占める。自動連射装置が広まってからは個人の連射能力が高く評価されることはなくなったが、それでも一秒間に16発撃てる人間と10発しか撃てない人間とでは、根本的なSTGの難易度は天と地ほども異なってくる。
 ところが、バトルガレッガのシステムはこれに異を唱えるのである。
 すなわち、連射すればするほどランクが上がるのだ。はっきり言って、これはたまったものではない。なにしろ、ランクが上がるのを抑えるためにこちらはショットのパワーを意図的に低く抑えているのだ。その上で連射という武器を封じられたら、できることは何もない。「攻撃は最大の防御」と言うが、その最大の防御を最初から封じられているのである。
 そして、「連射」と言ってはいるが、文字通りに「連射」などしようものなら、そのプレイは確実にクリア不可能なほどのランクになる。「タン、タン、タン」というぐらいの撃ちかたをしなければいけないのだ。これを通常のSTGのように「ガガガガガッ」という具合に撃ったりすると、ランクは凶悪なまでに上昇する。

 彼の見守る前で後半面に突入した私は、そこでようやく己のミスに気付いた。ふだんより、敵の弾速が速い。どうやら、ショット・ボタンを叩くリズムがわずかに早くなっていたようだった。無論、ノー・ミスである。
「死ね」
 あっさりと、当然のように彼は言った。
「し、しかし……」
「いいから死ね。ランクを下げろ」
 彼が強硬に言い、私はそれに従った。ザコの弾丸を受けた自機が爆発しボムと同じ効果を発揮して画面上のザコを一掃する。同時にストックされていた次の機体が登場した。
「もっとゆっくり撃て。またランクが上がるぞ」
 彼は言うのだが、その指示に従っていては、どうしてもザコ敵を撃ち漏らす。そして、撃ち漏らしたザコは大量の弾丸を吐き出していくのだ。たちまち、画面上は地獄絵図のような惨状を呈する。
「回避運動が大きいと言っているだろう。ドットでかわせ。それに、もっと弾を引き付けろ。当たる寸前にかわせ。すぐに追い詰められるぞ」
 彼は無茶苦茶なことを言う。しかし、彼の言葉に従わない(従えない)私の自機は見る見るうちに画面端に追い込まれてしまう。
「早く切り返せ。死ぬぞ」
「この弾幕の中を、どうやって切り返せと……!」
「気合だ。気合でかわせ」
「もう少しマシなアドバイスをくれっ!」
「根性だ。根性さえあればかわせる」
「……!」
 そうこうしているうちに、回避不可能な弾丸が自機に向かって飛来する。
 思わず、私はボムを使っていた。使ったと同時に、彼からの叱責が飛んだ。
「そんなところでボムを使うな。ボムを使うぐらいなら死ね」
 スコアラーは根本的に考えかたが違うのである。一般人は「死ぬ前にボムを使う」が、スコアラーは「ボムを使うぐらいなら死ぬ」のだ。攻撃を避けるためにボムを使うことなど、彼らにとっては許しがたい行動なのである。彼らにとって、ボムは攻撃手段の一つでしかない。緊急回避のためにボムを使うことはないのだ。恐るべき信念と自信である。

「さて、問題の場所だ」
 そう言った彼の口調は、どこか楽しげだった。
 そのステージのボスが、問題の場所だった。私が何度となく煮え湯を飲まされた強敵。中級プレイヤーにとって、あまりに高い壁。
「ボムは使うなよ?」
 確認するように彼は言った。
「わかっている」
 自機とボムのストックにものを言わせれば、確実にこのボスは撃破できる。多少――いや、かなりの犠牲は出るが。しかし、私の目標はこのボスを通常のショットだけで倒すことだった。そのために、ここまで来たのだ。
「来るぞ。……張り付け!」
 彼が言い、私は躊躇なくそれを実行した。
 巨大な敵ボスの眼前に自機をピッタリとくっつけ、ここぞとばかりにショットを撃ち込む。――が、

 チュドーーン!

 一瞬、離れるのが遅かった。ボス本体から放出された無数の弾丸は、見えたと同時に自機を撃墜していた。避けるヒマなど、あろうはずがない。
「いつまで張り付いてんだ、阿呆」
 罵倒が飛んだ。
「くそ」
 舌打ちしながら、次の攻撃をかわす。
 そして――、
「ここだ」
 ボスからレーザー状の攻撃が二本、自機に向かって放たれる。
 この二本のレーザーの外側に移動したら、それはもう終わりだ。ボムを使わないかぎり、確実にその攻撃をくらう。ボムを使わないのなら、二本のレーザーの間に入らなければならない。二本のレーザーの間に入ること。それ自体は簡単にできる。というより、自然にやっていればそうなる。問題は、そのあとだ。
 二本のレーザーが左右に振られるのである。くわえて、そのレーザーの間隔は非常に狭い。自機が入ったら他に何も入らない。それぐらい狭いのだ。そんな状態で、レーザーは猛烈なスピードで左右に動くのである。それに合わせて自機も動かなければならないのだが――。

「右だ」
 彼が言うのより一瞬先に、私の機体は左へ動いていた。

 チュドーーン!

 レーザーは右へ動いていた。
「お前は右と左の区別もつかないのか」
 彼の言葉には遠慮というものがない。
「いや、箸を持つ手が右だということぐらいはわかっている。が、レーザーを避けられるかどうかは別問題だ」
 正直に言って、私にはこのレーザーの動きが見えないのである。……いや、正確には見えてはいる。ただ、見えたときにはもう遅いのだ。そのときには、既に私の自機はレーザーの洗礼を浴びているのである。よって、私はそのレーザーが右へ動くか左へ動くか予測して、実際にそれが動くより一瞬早く自機を動かしているのだ。つまり、バクチを打っているのである。
「見てからよけろ」
 彼は言うのだが、見てから自機を動かしていては間に合わないのだ。だいたい、見てから避けられるような攻撃ではない。ふつう、ボムを使って切り抜ける攻撃なのだ。これをボムなしでコンスタントに切り抜けられるというのは、ちょっと尋常ではない。
 だが、私は敢えてそれに挑戦しようとしているのだ。身のほど知らずにも。

 いくつかの攻撃がそのボスによって繰り返された後、ふたたび二本のレーザーによる攻撃が開始された。自機がレーザーに挟まれ、私と彼の間に微かな緊張が走る。――今度は避ける。私は自分を奮い立たせた。
「しっかり見ろよ……」
 彼の忠告が耳に入った。直後、ボス本体から放出されているレーザーの根元部分が小さく左にゆらいだ。
「左!」
 彼が言うのと同時に、自機は大きく左へ動いていた。
 ――かわした!
 そう思ったのは、しかしつかのまだった。自機の移動距離は、レーザーの振幅を大きく超えていたのである。カーブを曲がりきれなかった車のように、私の機体は自らレーザーの中へ突っ込んでいった。

 チュドーーン!

 ……難しすぎるって、本当に。



――注釈――


 アーケード
 業務用ゲーム。要するにゲーム・センターに置いてあるゲームのこと。商店街とは何の関係もない。

 シューティング・ゲーム
 敵を撃って倒すゲーム。……説明になってないが。縦にスクロールするタイプのものを縦シュー、横にスクロールするタイプのものを横シューと言ったりする。いわゆるガン・シューティングとは異なる点に注意。

 スコアラー
 ゲームのスコア(得点)を稼ぐことに血道をあげる人種。ゲーマーの上級職とも言えよう。100点でも効率の良い稼ぎかたを求めて日夜努力する彼らの姿は、1円でも安いバーゲン品を購入しようとする主婦を彷彿とさせる。

 ザコ
 STGの敵機は3種類に分別できる。ザコ、中ボス、ボス、の3つだ。とくに最終ステージのボスをラスボス、大ボスなどとも言う。大ザコとか小ボスなどといった呼称はない。

 ボム
 いわゆるボンバー。多くの場合、弾数に制限があり、ボム・ボタンを押して使うことにより瞬間的に画面上の全ての敵弾とザコを一掃する。また、その効果が持続している間は自機が無敵状態になるものも多く、この時間を利用して敵ボスに張り付くのも有効な手段である。その性質上、緊急回避の目的で用いられることが多い。

 張り付く
 耐久力のある敵機(主に中ボス以上)に対して、隙間のないほどに自機を近付けること。
 STGでは自機が画面上に撃ち出すことのできるショットの上限が定められている場合が多く、そのため弾切れ(ショット・ボタンを押しても弾が出ない)状態を引き起こすことが頻繁にある。これを防ぎ、かつショットを全弾命中させるために有効なのが、張り付きである。拡散するタイプのショットを持つ自機の場合、とくに重要と言える。地上物など自機が接触しても問題ないタイプのボスには、完全に自機を重ねてしまうこともある。当然、張り付いている間は敵機からの攻撃が事実上回避不能となるので、攻撃パターンを熟知しておくことが必須条件である。
 うまいプレイヤーほど敵に張り付きたがる傾向があり、わずかな隙も見逃さず張り付きに行く彼らは、横で見ていると敵が好きなのではないかとさえ思える。

 ノー・ミス
 ミスをしていない状態。つまり、最初の機体を使い続けている状態のこと。ボムを使っていない状態をノー・ボムと言い、「ノー・ミス、ノー・ボム」でクリアすることがA級プレイヤーにとっては当たり前のこととなっている。

 秒間16連射
 コントローラーに仕掛けがあったとか、実際には16発も撃ってなかった、などと言われることがあるが、現実に一秒間に16発ボタンを叩くことは可能である。……私には不可能だが。

 切り返す
 敵の弾幕によって自機が画面端に追い込まれたとき、弾幕の隙間を見計らって画面中央に復帰すること。敵弾を回避する上で重要な――というより必須の技術である。



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