ときめきの夜


 いままで秘密にしていたが、じつを言うと私はゲームが好きである。どれぐらい好きかというと、それはもう牛丼ぐらい好きなのである。もはや生活の一部(というか大部分)と言っても過言でないぐらいに好きなのだ。
 それほどのゲームマニアである私だが、ゲームなら何でも良いというわけではない。基本的に、軟派なゲームは駄目だ。硬派な、いわゆる漢(おとこ)のゲームが好きなのである。

 漢のゲームとは、なにか。
 一言で言えば、それは「破壊」である。邪魔するものを薙ぎ倒し、蹴散らし、破壊し尽くすゲームこそが漢のゲームなのだ。
 たとえば「怒号層圏」の主人公たちはバズーカと手榴弾で画面中を爆風と破壊の渦と化し、「ストライダー飛竜」では群がる雑魚どもをサイファーと呼ばれるプラズマ・ソードで斬り伏せてゆく。「ニンジャウォーリアーズ」の主人公は刀と手裏剣で戦車に立ち向かい、「ドラゴンバスター」の主人公クロービスはナマクラ一本でドラゴンと渡りあった。
 そのようなゲームこそが漢のゲームなのである。

 しかるに、いま私の目の前にあるゲームだ。
「ときめきメモリアル」
 そういうタイトルが冠されている。ジャケットには、正気とは思えぬ色に髪を染めた女学生のイラスト。
 頭痛を誘うそのタイトルとイラストに頭を抱えながら、私は苦悩する。なにゆえこんな物が私の部屋にあるのか、と。──いや、その理由はわかっている。
 簡単に言えば、私は賭けに負けたのだ。その報いとして、このゲームをクリアせねばならぬというペナルティを課せられたのである。いまのギャルゲー全盛の嚆矢となった、ギャルゲーの代名詞とも言えるこのゲームを。
 それにしても、「ときめきメモリアル」
 どうにかならんのだろうか、このタイトルは。正常な言語感覚では成し得ぬ所業だ。なにしろ、ときめいちゃっているのである。なにがだ。制作者の頭の中だろうか。

 さて、ここでゲームの知識に乏しい読者のために説明が必要だろう。ギャルゲーとは何か、と。
 一言で言ってしまえば、それは女の子を口説くゲームである。それならナンパゲーではないのか、という指摘があるかもしれないが、それは微妙に違う。なにしろ、ギャルゲーの主人公はある意味男らしいとも言えるナンパ活動というものをしないのである。
 彼らは、偶然を装って女の子たちと接触する。そして、毒にも薬もならない、あるいは歯の浮くような会話で、彼女たちの関心を引くのだ。ゲーム中、主人公がすることはほとんどそれだけと言って良い。それ以外のギミックも多少は盛り込まれているが、ゲームの大筋には関係ない。有り体に言えば、ひたすらに女の尻を追いまわすだけのゲームなのである。
 これが漢のやるゲームだろうか。──否! 断じて否!
 このようなものは、頭の弱ったオタクゲーマーだけがやっていれば良いのである。まともなゲーム・フリークがやるような代物ではない。そもそもゲームというものは(以下8000字略)

 と自己弁護を試みたうえで、そろそろ本題に入らねばならない。本題とは、つまり「ときめきメモリアル」(以下『ときメモ』)のことだ。明日までにこれをクリアするのが今の私に与えられた試練なのである。……ああシレンは良いゲームだったなぁ……などと現実逃避をしている場合ではなく。
 私は本棚からフォアローゼスを持ち出して思いきりあお……るのはもったいないので、ちびちびと舐める。シラフでは、こんなゲームなどできたものではなかった。
 マニュアルも読まずに、プレイステーションへ「ときメモ」CDを叩き込む。スイッチを入れ、オープニングを飛ばして、とっととゲーム開始。

 このゲームに手を染めたことのある人ならご存知のとおり、「ときメモ」の目的は高校生活の三年間を利用して目的の(目をつけた)女の子をオトすことである。
 で、そのために主人公が何をするのかというと、ただひたすら女の子のご機嫌をとるのだ。そのご機嫌をとる方法というのが実に単純明解で、まず目的の女の子と多く接触すること。そして、これが「ときメモ」最大の特徴なのだが……、女の子好みのパラメータを作ること。これである。
 主人公には、体力、知力、容姿、などといったいくつかのパラメータが設定されており、この各種パラメータの数値を目的の女の子が好む値にすること。それが「ときメモ」の骨子なのである。
 たとえば、運動部に所属している活発な女の子に狙いを定めたとしよう。その場合、主人公は徹底して体力のパラメータを上げれば良い。知力など問題外だ。なにしろ、女の子は主人公の体力以外見ていないのだから。逆に、文化系のおとなしい女の子に目をつけたとする。このときには、体力を無視して知力だけを上げれば良い。どんなに虚弱体質であろうと関係ない。テストの成績さえ良ければ問題ないのだ。
 はっきり言って、無茶苦茶なゲームである。だいたい、「容姿」というパラメータの存在が凄い。その数値を上げようとする主人公は輪をかけて凄いが。
 そして、このパラメータを上げる「作業」の部分は実に単純で退屈きわまる流れ作業のようなもので、正常な時流の観念を持ちあわせている人間には到底耐えられないものだ。賃金をもらわなければやってられない仕事である。
 このゲームは一般的に「恋愛シミュレーション(笑)」などと呼ばれているが、どのあたりが何をシミュレートしているのか、教えてもらいたいものだ。賃金ももらえずに働かされる奴隷の気分をシミュレートしているのだろうか。それならば理解できる。

 そのような批判を加えながらゲームを進めてゆくのだが、プレイヤーの心情が反映されているのだろう、女の子のときめき度(好感度)がまるで上がらない。当然の成り行きだが、このままではまずい。ここは大人になって、だれか目的の女の子を決めなければ。
 しかし――、いない。
 なぜ、このゲームの女は皆そろいもそろってキチガイじみた髪の色なのだ? ピンクやグリーンの髪なぞ、気色悪いだけだぞ。黒い髪の女がいたら、即座にそれに決めてやるというのに。
 十数人にも及ぶキャラの中で、どうにか正気を保った色の髪を有していたのは、たった2人だけだった。――といってもそれはやはり尋常とは言いかねる具合の茶髪ではあったが、それ以外のキャラは緑や青、紫などといった火星人もビックリな髪を有した謎の生命体ばかりなので仕方ない。
「ときメモ」経験者には容易にこの2人が誰だか知れたことだろうが、私は決してロリコンとかそういうアレではない。たまたま消去法によってその2人が残されただけなのだ。いや本当に。本当ですよ!?

 さて、そうして目的の女の子をしぼった上で作業(ゲーム?)をこなしてゆくうち、徐々に女の子のときめき度は上昇する。適当にパラメータを上げて適当にデートを繰り返していれば自動的に上がるのだから、さして難しいことではない。
 が、ここでひとつ問題がある。前述のとおり「ときメモ」には十数人に及ぶ女の子が登場するのだが、言うまでもなく主人公はこの中からたった一人を選ばなければならない。選んだその女の子のためだけに3年間の作業に耐えるのが、このゲームなのである。そして、「ときメモ」の特徴として「自分からは告白できない」という基本設定が設けられている。3年間の作業の果て(卒業式の日)に主人公ができるのは、女の子からの告白を聞くことだけなのだ。それが目的の女の子であることを祈りながら。
「ときメモ」未経験者には、「それがどうしたんだ?」という設定かもしれない。しかし、それは甘い認識である。なにしろ、作業(拷問?)中の3年間、主人公は目的の女の子と二人きりでいられるわけではない。学校生活では、それ以外の(主人公が捨てた)十数人の女の子も日常的に主人公の前に現れるのだ。しかもほとんどのキャラは過剰なほどに主人公に対して好意的だ。これで目移りしないプレイヤーがいるだろうか。――否、断じて否!
 よしんば目移りしなかったとしても、女の子たちの中には落ちやすい(ときめき度の上がりやすい)キャラもいて、いつの間にか惚れられているというケースが少なくない。勝手にときめかれても困るのだが、これを放置しておくとえらいことになる。
 つまり、卒業式の日に目的の女の子ではなく、いつの間にか勝手にときめいていた発情女に告白されてしまう、という屈辱的な結果に陥るのだ。――まぁ、だれからも告白されないよりはマシかもしれないが。これを避けるために、主人公は目的以外の女の子から逃げまどうハメになる。おちおち校舎内も歩けない始末だ。奴隷に加えて指名手配犯の気分までシミュレートされているのかもしれない。

 そうした暗鬱たる高校生活の3年間を、私は一晩かけて体験した。
 酒の酔いもまわり酩酊感に襲われてきたころ、ようやく舞台は卒業式へ。特殊諜報部員の好雄(説明省略)から入手した情報では、とくに問題となる点は見当たらなかった。卒業式終了後に、主人公は目的の女の子から告白を受ける予定だった。――が。
 その木の下で告白すれば願いがかなうという「伝説の木」に隠れるようにして主人公を待っていたのは――。

オマエじゃねぇぇっ!

 私はコントローラーを床に叩きつけていた。
 そこにいたのは、勝手にときめき女だった。私の目的の女ではなかった。ふざけンな! 私の3年間を返してくれっ! なぜだ! なぜなんだッ!

 美樹原ぁぁぁぁあっ!



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