指で押せ


 世の中には二種類の人間がいる。
 ゲームをやる人間とやらない人間である。

 この分類によると私は前者に含まれるのだが、私たちのような人間から見るとゲームをやらない人間というのは信じられないことをする。

 たとえば、ゼビウスというゲームがある。ゲーム好きでこれを知らない人間はいないと思うが、そうでない人間にこれをやらせると、まず最初に出てくる言葉が「どれが自分なの?」という質問である。
 どれがもなにも、はじまったばかりの画面には「自分」であるところのソルバルウしか存在していないのだ。しかも、彼あるいは彼女の握ったレバーによって、その機体はフラフラとよろめいているのである。どう見てもそのレバーの動きに忠実なソルバルウを見ても、彼らはそれが自分の動かす機体であるとわからない。
 そして、言うのである。「どうやって動かすの?」と。
 すでに動かしているのである。
 その次には、「どうすればいいの?」と訊いてくる。
 弾を撃て、とこちらが答えると、「どうやって?」と言う。
 そのボタンを押すんだ、と教えるころには、ソルバルウの目の前にトーロイド(ザコ敵)が迫っている。そして、彼らは例外なく右のボタンを押すのだ。そのボタンによって、ソルバルウからは対地攻撃用兵器であるところのブラスターが発射される。ソルバルウが撃墜されるのは、その0.5秒後だ。それを見て、彼らは言うのである。「何が何だかわからない」と。
 わからないのは彼らの脳髄のほうである。
 二機目となると、どうにか左のボタンが空中の敵を攻撃するためのものであると理解する。が、彼らはどういうわけか親指だとか掌だとかでボタンを押すものだから、絶対に敵を撃ちもらす。しかもただ撃ちもらすだけでは飽きたらず、わざわざ自分から敵編隊ないし敵弾の中へつっこんでゆく。なぜだろうか。
 敵に当たってはいけないということは理解できているはずである。それが証拠に、彼らにグラディウスをやらせるとしっかりパワーアップカプセルを避ける。ひどいものになると、自らのオプションから一生懸命逃げようとしていたという重症患者の例も報告されている。おそらく、脳と腕の間で連絡がうまくいっていないのだろう。一種の障害者のようなものである。

 また、スーパーマリオのようなアクションゲームでも、彼らは我々との違いを見せつける。
 Bボタンを押しながら移動するとダッシュできるということを、まず理解させたとする。その場合、彼らは例外なくBダッシュしたまま崖下へ落ちてゆくのだ。そして、きょとんとした顔で言うのである。「あれ、死んじゃったの?」と。
 彼らには、そうした死にかたというものが理解できないのだ。「穴に落ちるぐらいいいじゃん」というのが、彼らの主張である。スーパーマリオの世界を根底からくつがえす主張だ。このゲームが穴から落ちても死なないゲームだったとしたら、あれほどのヒットはしなかったであろう。……つーか、ゲームにならねえじゃねぇか。
 一概に言って、彼らはBボタンを押しながらAボタンでジャンプという行動ができない。「一本の指で二つもボタンを押すなんて無理だよ」と言う。それなら指を二本使え、と指示すると、「そんなことできるはずがない」と首を振る。「そんなはずはない。やればできる」と励ましてみても無駄だ。彼らにできるのは、BボタンによるダッシュかAボタンによるジャンプのいずれかだけである。両方同時ということはできない。
 かくして彼らのマリオは昇天――いや地獄に落ちるのである。

 だが、なによりも笑える興味深いのは、彼らにドライブゲームをやらせたときの反応だ。
 彼もしくは彼女が運転免許を持っている人間であれば、その走りは必ずキープ・レフトを意識したものとなる。右カーブのときでも決してセンター・ラインを超えるようなことはない。そして、あっというまに時速100kmをオーバーする速度計を見て、あわててブレーキを踏むのである。
 そんな状態での走りでも、彼らは必ずどこかに車体をぶつける。すると、彼らは即座に言うのだ。「あー、終わっちゃった」と。
 それほどすぐに終わってしまうドライブゲームがあったら、ぜひ見てみたいものである。……いや、あるかもしれないけど。

 で、なにが言いたいのかというと、ゲームをやらない人間と一緒にゲームをやってはいけないということだ。とくにゲーム・センターへ同行するなど論外である。
 この禁を破ったがために、現在私は窮地に立たされている。

 私を含めた男女四名でゲームセンターへ赴いたのであった。
 せっかくだからということで、二組に分かれて勝負をしようという運びになった。その際、勝負に負けたペアが本日の夕食代を受け持つという規定も設けられた。すべて、私が席をはずしている間に決められたものだ。席へもどると、私はその経緯を告げられ、私のペアとなる相手は既に決まっていた。
 彼女は、あきらかに『向こう側』の人間だった。──そう。Bボタンを押したまま崖下につっこんでゆくタイプの人間だ。
 私は異を唱えたが、それが受け入れられることはなかった。のみならず、ペアとなる女性からは「私じゃダメなの?」と涙ながらに訴えられ、私は勝ち目のない勝負に挑む羽目となったのである。
 勝負の題材としては、最近発売されたばかりのシューティングゲームが選ばれた。私は、もはや口をはさむつもりもなかった。

 さて。では、そろそろ戦場へ行かねばならないようだ。私たちの番がまわってきた。
 ところで私のペアとなるお嬢さん、おねがいですから今度は指でボタンを押してくださいね。手のひらでなく。



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