ハッピーエンドの映画とは


 知人の女性とレンタルビデオ店の前を通りかかったときのこと。ふいに、彼女が言った。
「最近、おもしろい映画ある?」
「最近ねぇ……」
 私は足を止め、「どんなのが好きだっけ?」と彼女に訊ねた。
「ハッピーエンドの映画だったら何でも好きだよ」
 この時点で、私におすすめを訊くのはまちがっていると思う。しかし、私とて多少は映画を見てきた人間だ。ハッピーエンドの映画にも心当たりはある。私はかさねて訊いた。
「たとえば、どんな映画が好きなんだ?」
「ええとね、『ネバーエンディングストーリー』とか」
「……本気で?」
「そうだけど?」
「なるほど」
 私はうなずいた。失笑をこらえるのに必死だった。なにしろ『ネバーエンディングストーリー』である。児童(というより幼児)向けの映画ではないのか、あれは。
「あの映画のどこがおもしろい?」
「ぜんぶ」
 即答だった。
「なるほど」
 私は再びうなずき、
「ハッピーエンドの映画だったら何でもいいか?」
 と訊いた。
「いいよ」
「古い映画でも?」
「うん」
「よし、ついてきたまえ」
 私は彼女を伴ってレンタルビデオ店に入った。
 ハッピーエンドの映画といったら、あれしかあるまい。私は、まっすぐにアクション映画のコーナーへと向かった。そして一本のビデオを取り、彼女に手渡した。
「……これ、本当にハッピーエンドなの?」
 そのタイトルを見て、彼女は疑いのまなざしを私に向けた。
「ああ。私はそれ以上のハッピーエンドを知らないよ」
「でも、このタイトル……」
「それは逆説的な表現なんだ」
「本当に?」
「疑り深いな。まぁ、だまされたと思って借りてみると良い」
「そこまで言うなら借りてみるよ」
 そう言って、彼女は私のすすめたビデオを借りていった。

 数日後。
「だまされたっ!」
 バイト先へ出勤すると、いきなり後頭部を硬いもので殴られた。
「な、なにをする」
 ふりかえると彼女だった。
 その右手に、たったいま私を殴打したばかりのビデオテープが握られていた。『俺たちに明日はない』というタイトルが見える。
「この映画のどこがハッピーエンドなのよっ!」
 言うや、彼女はもう一度――今度は私の脳天に、テープの角を振り下ろした。
 紙一重でその攻撃を避け、私は言った。
「ハッピーエンドだろう? 悪党は死ぬ。みごとな勧善懲悪ではないか」
「そういう問題じゃない!」
「どうやら、お気に召さなかったようだな」
「召すハズないでしょ!」
「しかたない。では別の作品をおすすめしよう。ええと……」
「もういい。どうせまたロクでもないのに決まってるんだから」
「ロクでもないとはひどいな。……よし、『戦場にかける橋』なんかはどうだ?」
 私は爽やかな笑みを浮かべて言った。
 が、彼女は対称的に苦い顔で
「見たことあるよ、それ」
 と言い捨てるのだった。
「むぅ、なかなかやるな。それなら『戦国自衛隊』とか」
「……なんで、人が死ぬ映画ばっかりすすめるワケ?」
「知っているのか。いやたしか『タイタニック』が好きだと聞いた覚えがあったものでな。あれも大殺戮映画ではないか」
「殺戮って……」
「ちがうのか? 溺死、凍死、墜落死、圧死、おまけに銃殺と、スプラッター映画並みのバリエーションではないかね」
 思い出しながら、私は言った。爆死というのも、どこかにあったかもしれない。
「あれはいいのっ。恋愛映画なんだから」
「なら、『ネクロマンティック』は?」
「知らないって、そんな映画」
「屍体性愛者のカップルが、事故死した男の死体を」
「あああ、聞きたくない聞きたくない」
 私の説明をさえぎって、彼女は耳をふさいだ。
「そういえば、『タイタニック』の続編が作られているとか」
「え?」
 彼女の眉がピクリと動いた。
「……なんて、だまされるハズないでしょ。だいたい、どうやって続編なんか作るのよ」
「いや、ストーリーは知らないがな。タイトルは既に決定しているらしい」
「ふうん。どうせウソだろうけど、聞いといてあげるよ。……タイトルは?」
「『タイタニック2――ジャックは生きていた!』」

 ゴツッ!

 眉間にビデオテープの一撃を受けて、私はうずくまった。
「ほ、本当なのに……。インターネットで調べたんだから間違いない」
「どこのサイトよ、それ」
「どこだか忘れたが。それとも『タイタニック2――タイタニックは沈んでいなかった』だったかな」
「どう見ても沈んでるでしょ! あれは!」
「私に言われても困る。ほかにも『アマデウス2――モーツァルトの逆襲』とか『火垂るの墓第二章――節子復活』とか」

 バキッ!

「もしかして、私はだまされていたのか……っ?」
「だまされたのはこっち」
「だました覚えはないのだが、しかたない。おわびに今度こそハッピーエンドの映画を紹介しよう」
 こうなることを予想して、私は一本のビデオテープを持参していた。バッグから取り出したそれを、彼女に手渡す。テープにはタイトルが記されていない。
「今度は本当にハッピーエンドなんでしょうね」
「天地神明に誓って」
 嘘だ。
 が、彼女は納得し、テープを持ち帰った。

 それが3日前のことである。
 現在、私の脳天には巨大な瘤がある。
『ジャンク』が収録されたビデオテープで思い切り殴られたものである。
 どうやら、お気に召さなかったらしい。
『ジャンク総集編』にしておけば良かっただろうか。



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