対雪苺娘戦略要項


 雪苺娘という商品を御存知だろうか。ヤマザキから発売されている菓子の名称である。
 御存知ない読者は、まず近所のセブンイレブンに走ってもらいたい。いや別に走る必要はないのだが。とにかくセブンイレブンにて180円也の代金と引き換えに、それを手に入れられたい。そして、それを食べたうえで以降の文を読まれるように。

 さて、無事に雪苺娘を入手することはできただろうか。セブンイレブンで手に入らなかった場合、雪苺娘の専門販売店を利用するという手もある。デパートの洋菓子店などでも扱っている場合があるので、注意深く探せば見つけられるはずだ。
 どうしても見つからない場合、今回の雑文を読むのは控えてもらいたい。それでも俺は読みたいんだ邪魔しないでくれ、という熱心(酔狂)な読者の方には、雪苺娘がどういうものか簡単に説明しよう。
 薄いスポンジ生地の上に大量の生クリームをのせ、薄い牛皮で包んだ物。生クリームの中にはイチゴが入っている。それが雪苺娘である。外観は巨大な雪見大福に似ており、表面は白い粉に覆われている。――え? 雪見大福を知らない? 勝手にしてくれ。
 とにかく、雪苺娘を食べた経験があるという前提のもとに以下の話を進める。

 雪苺娘を初めてその手につかんだとき、あなたはどのような感想を抱いただろうか。
 おいしそう、きれい、やわらかい、かわいい……。色々とあるかもしれない。だが、それらすべてを圧してあなたの心に去来したのは、「これを崩さずに最後まで食べられるのか」という疑念だったはずだ。
 無理もない。とにかく雪苺娘は柔らかいのである。それを持った瞬間にあなたが諦念と絶望に打ちひしがれたとしても、だれもそれを責められはしない。そもそも雪苺娘は他のあらゆる食物との相対的な観点から見て格段に食べにくいのだ。
 その食べにくさの原因は、ひとえに生クリームと牛皮の組み合わせにある。柔らかいものを柔らかいもので包むというこの発想は、従来の設計工学に正面から対抗している。
 現代物理学に真っ向から敵対する雪苺娘。これに対抗するには、我々もそれ相応の知識と技術を身につけなければならない。まったくの知識も技術もなしに雪苺娘に立ち向かうのは、竹ヤリでB−29を落とそうとするようなものだ。その結果として待ち受けるのは、無残な敗北のみである。

 さて、あなたは雪苺娘を食べるとき、どういった手段を用いるだろうか。
 手で直接つかんで食べる、というのは最も一般的かつ安全な手段であろう。これには片手でつかんで食べる「ワンハンド食い」と、両手でつかんで食べる「ダブルハンド食い」がある。ダブルハンド食いは別名「野人食い」とも呼ばれているが、これはワンハンド食いができない人々に対する侮蔑的な意味合いが多分に含まれているものと思われる。
 私見を述べるならば、両者にはどちらにも長所と短所があり、一概にどちらが良いとは言えないが、私はよりスマートな食法であるところのワンハンド食いを推奨したい。ワンハンド食いの中でも、とくにオブジェクト上面から手をかぶせる「オーバーハンド法」が最も美しい形だ。このテキストでも、基本的にオーバーハンド法での食べかたを指南している。
 手で直接つかむ以外の方法では、箸やナイフ、フォークを用いるもの、竹串や大型スプーンを使う方法も広く知られている。また、一口で完食する、という信じがたい報告も届けられているが、いずれにせよこれらは一般人には薦められない。
 雪苺娘は手で食べるもの、という認識を、まずあなたには持っていただきたい。

 では実践に入ろう。
 雪苺娘に触れる際には、まえもって手を洗っておくのが望ましい。手のひら、とくに指先に付いた水分をよく拭き取るのも重要だ。少しでも濡れた手で雪苺娘をさわろうものなら、水分を帯びた牛皮はアメーバのごとく手にまとわりつき、あなたはみじめな敗北者となる。
 どうだろう。清潔で乾いた手を用意できただろうか。これはもちろん、利き腕であるのが前提条件だ。用意できたなら、さっそく雪苺娘を持ってみてほしい。母指とそれ以外の四指を大きく開き、オブジェクト上面から優しくつかむのだ。柔らかい牛皮と生クリームを少したりとも崩さぬよう、繊細な動作が要求される。
 だが、ここではまだ持ち上げてはいけない。我々はニュートンよりも後の世に生きる人間だ。知性ある人間ならば、地上を離れた物体には例外なく地上に向かって落下する力が働くことを知っている。あなたが無重力空間でこのテキストを読んでいるのでないかぎり、雪苺娘をつかんだ利き腕は動かさぬのが賢明だ。

 なぜこれほど慎重な方法をとるのか。それは一度でも雪苺娘を食べたことのある識者ならわかるだろう。雪苺娘はその形状から、一見すると饅頭か大福のように見える。これらに共通しているのは、外皮がその内容物を完全に包みこんでいるということだ。上面から側面、底面にいたるまで、どこにも隙間はない。ところが、雪苺娘の場合は違う。恐ろしいことに――いや不可解なことに、と言い換えても良い。雪苺娘を覆う牛皮は、その底面が縫合されていないのだ。わかりやすく言えば、その牛皮は一枚のシート状になっているのである。シートは生クリームを上部から包み、底面で折り重ねられている。一見しただけでは気付かない、これこそが雪苺娘最大のトラップなのだ。

 このトラップに気付かなかった者の末路は哀れだ。上面をつかんで持ち上げられた雪苺娘の牛皮は垂れ幕のように垂れ下がり、間を置かずしてスポンジと共に生クリームがこぼれ落ちる。こうなってしまえば、もはや収拾不可能だ。罠に落ちた自らの愚かさを悔いながら、敗残者は「牛皮の生クリーム和え」を食う羽目となる。
 しかし、我々には既にそうした先人たち(主に私)の犠牲による知恵がある。この「雪苺娘トラップ」を回避するための手段も豊富だ。いくつかのトラップ回避法の中から、今回は「ボトムフィンガー法」と呼ばれる方法を紹介しよう。

 まず、雪苺娘をつかむときには薬指と小指を除いた3本の指でつかんでもらいたい。そして、そのまま軽く持ち上げる。間髪入れず、接地面との間にできた隙間に薬指をえぐりこむように差しこむべし!
 それで完璧だ。あとは、薬指で底面を押さえれば良い。これだけのことで、我々に致命傷を与えるトラップは完全に無効化される。あまった小指は折り曲げるなりピンと立てておくなり好きにすると良い。ただし、断じてこの指で雪苺娘に触れてはならない。それがスマートな食法というものだ。
 この方法は手の小さい人には困難かもしれないが、あきらめずにマスターしてほしい。手を大きくするというのが根本的な解決案だ。そのための方法は各自の研究にまかせる。

 首尾良く持ち上げることができただろうか。できたなら、いよいよこれを食べなければならない。ここからが本番だ。深呼吸しておくことを勧める。
 気分が落ち着いたら、戦闘開始だ。雪苺娘をつかむ手の反対側から食べ始めるのが一般的な方法となる。つまり、雪苺娘を持った指先は自分の方へ向けられる。
 この逆に指先を自分の正面方向に向けるようにして食べるのが「リバース食い」だ。ゲ○を食べるわけでない。この食べ方のメリットは、カケラといえども、まったく、なにひとつ見当たらないので、この名は忘れてしまって良い。私にはこの方法の存在意義がわからない。できれば説明してもらいたいぐらいだ。そう思わないか山岸君(私信)
 話がそれた。――さて、無事に一口めを噛りとることができただろうか。ここでうまく牛皮を噛み切ることができないと、このあとの戦いはつらくなる。一口めで崩れてしまったというあなたは、いさぎよく戦線を離脱して牛皮の生クリーム和えを食べてほしい。落ちこぼれに用はない。
 コツとしては、牛皮を引きちぎらず、ていねいに噛み切るようにすると良い。理想的な噛み跡は、ディメイションボールをぶつけたものをイメージすると良い。コアなネタで申しわけない。

 一度でも牛皮を削り取られた雪苺娘は、時間の経過とともに重力によって崩壊してゆく。ここから先は時間との勝負だ。続けざまに二口、三口と食べてゆかねばならない。牛皮より生クリームを優先して食べてゆくのが基本だ。この基本をおろそかにすると、たちどころに生クリームがあふれだす。
 中央部へ近付くと牛皮の厚みが増して噛み切りにくくなるが、この場合も決してあわててはいけない。とくに利き腕によけいな力をかけると、雪苺娘は簡単に圧壊する。牛皮の生クリーム和えコースは不可避だ。
 雪苺娘中央部には、その名の由来となった苺が丸ごと一個、混入されている。これは発見次第、即座に食べてしまうのが良策である。おたのしみはあとで、などと貧乏くさいことを考えていると、痛い目を見るのは確実だ。痛い目というのは、苺がテーブルに落ちたり、苺が足の上に落ちたり、苺が地面に落ちたり、という事態のことである。カーペットの上に落とすのは最悪といえよう。これが原因で夫婦喧嘩になり、奥さんが実家に帰ってしまったという哀れな男からの報告も受けている。自炊はうまくなったかね山岸君(私信)

 また、あなたの体温も雪苺娘攻略のライバルである。指が触れた瞬間から、雪苺娘はあなたの体温によって溶けはじめているのだ。この融解速度は無視できるほど遅くない。ことに夏場であれば空気中の湿度の高さも手伝って、一分と経たないうちに牛皮はあなたの指先を浸蝕しはじめる。
 これを防ぐには、利き腕をよく冷やしておくのが良い。理想的な温度は5〜10度ぐらいだ。固いロープなどで上腕部を縛っておくのがコツである。冬場であれば、血流を阻害された下腕部は理想体温を得ることができる。この方法を用いる場合、下腕部が壊死しないよう注意しなければならない。

 以上である。
 とどこおりなく完食できただろうか。4本の指先にわずかな白粉が残っているのみ、というのが最も美しいフィニッシュである。あなたは勝利したのだ。祝杯でも上げると良かろう。
 溶けた牛皮や生クリームが指先に付着していたなら、それはあなたの敗北の証しに他ならない。あなたの人生には、またひとつ汚点が増えたことになる。それも、最大級の汚点が。
 苺や生クリーム、牛皮、スポンジなどを落下させてしまったというのは論外である。あなたが勇気ある人間ならば、即座に人生の幕を下ろしたほうが良い。これだけ説明してわからぬようでは、これから先の人生もロクなものではなかろう。私と同様に。

 雪苺娘に勝利したあなたには、しかし次なる戦いが待ち受けている。
 その敵の名は夏季限定夏苺娘!
 諸君の健闘を祈る。

 ──いや苺が2つ入ってるだけなんだけどさ。



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