だれしも子供のころ、将来の理想像を夢見たことがあるはずだ。幼稚園や小学校に通っていたとき、「将来なりたいもの」というテーマで作文を書かされたことのある人も多いだろう。
こういうテーマで子供に作文させることにどういう意味があるのか私にはまったくわからないのだが、何十年が経過してもこのテーマが根絶されないということは、おそらく何らかの意味があるのだろう。ガキどものあさはかな夢を見て、自分たち大人が少なくともガキども以上の見識を持っているという優越感にひたることができるとか、そういう意味が。
ひねくれた見方だろうか。いや、そうは思わない。なにしろ、これは知人の保母から聞いた話なのだ。彼女たち保母は園児たちに「将来なりたいもの」を聞くときが、最も楽しい時間だという。
ある園児は「将来なりたいもの」を問われて、こう答える。
ウルトラマンティガ。
保母たちは「どうしてウルトラマンティガになりたいの?」と(失笑をこらえながら)たずねる。すると、園児は答える。「カッコイイから」と。
ウルトラマンティガがカッコイイかどうかは別として、かなり頭の悪い答えである。カッコよければ何でもいいのか。だったらF−14戦闘機とかもアリか。
すこし頭の良い園児は「ボクもウルトラマンティガになって地球を守るんだ!」と、いくらかマトモな理由を答える。「カッコイイから」という自分のことだけしか考えていない理由よりは、ずいぶんマシな答えであろう。地球全体というグローバルな視点に立って物事を考えるなどというのは、大人にもなかなかできないことである。問題なのは、彼がどれだけ努力しても決してウルトラマンティガにはなれないという事実だけだ。その事実に気付いたとき、それでも彼は「地球を守るんだ!」と言えるだろうか。言えるとしたら、ちょっと危険な思想ではある。
また、ある園児は将来、仮面ライダークーガーになりたいと言う。
その理由は、やはり「カッコイイから」だ。おまえらはバカかと言いたい。いや実際バカなのだが。だいたい、仮面ライダーのどこがカッコイイのか。ただのバッタ人間ではないか、あんなもの。言いかたを変えればバッタモンである。しかも「食うガァ」だ。ひとつもカッコよくない。おまえはガチョウか。
そしてやはり「ボクも仮面ライダークーガーになって悪の怪人を倒すんだ!」という意見もある。幼稚園児たちには、自分の力だけで地球を守ろうとか、悪の怪人を倒そうとかいう考えはないらしい。もちろん私にもないので、それはちっとも悪いことではないが。
こういうとき、意地の悪い(知人の)保母は、こういう質問をする。
「ウルトラマンティガと仮面ライダークーガーは、どっちが強いのかな?」
この瞬間、園児たちの間に二つの派閥ができあがる。一方はティガ最強派、もう一方はクーガー最強派である。そして互いに、ティガが強い理由を、クーガーが強い理由を論じ合う。最終的には乱闘騒ぎになることも多いという。そんなことで地球の未来を守ることができるのかと心配になる。
かと思えば、ポケモンマスターになりたいというバカもいる。彼らは「ロケット団を倒すんだ!」と本気で言うのだ。だから、そんな団体は存在しないというのに。
根本的に、園児たちにはアニメや特撮の世界と現実の世界との間に境界線がない。なげかわしい限りである。
ではここで、あるルートから手に入れた「幼稚園児たちの将来なりたいものリスト」を公開しよう。ことわっておくが、これは本物である。こういう注意書きをしないと信じてもらえないのが情けないが、あるいはこう書いても信じてもらえないのかもしれない。人間、信用を失ったらおしまいである。
アンケート対象となった園児たちの総数は127名。カッコの中の数字は、その職業(?)を選んだ園児の数である。では、まず女子のほうから見てみよう。
お花屋さん (16)
ケーキ屋さん (9)
看護婦さん (7)
幼稚園の先生 (3)
果物屋さん (3)
病院の先生 (3)
クッキー屋さん (2)
ペット屋さん (2)
メロン屋さん
パン屋さん
チョコレート屋さん
レストラン屋さん
お菓子屋さん
本屋さん
塾の先生
ピアノの先生
人形を作る先生
美容師
アナウンサー
銀行員
ひみつのアッコちゃん
メタルグレイモン
お花屋さん、ぶっちぎり優勝である。まさに他の追随を許さぬ状態だ。なにしろ、59人の女子のうち、全体の4分の1に相当する16人が「将来お花屋さんになりたい」と言っているのである。これはすごいことだ。20年後ぐらいには、日本は花屋で埋め尽くされているにちがいない。
ケーキ屋さんもまた、人気の高い商売である。これは全体の6分の1。20年後、日本は花屋とケーキ屋だらけである。
看護婦や幼稚園の先生といったあたりは、昔ながらの定番といえよう。実際にこれだけの女子が看護婦になったら日本の医療環境は大幅に改善されるような気がするのだが、現実にはどこの病院でも看護婦の数はたりていない。どうやら、59人中の7人が看護婦になったぐらいでは、まだ数がたりないようだ。
よくわからないのはクッキー屋さんという商売である。2人の園児が回答しているということは一般的な(なにしろ幼稚園児が知っているのだから)職業だと思うのだが、27年ものあいだ生きてきて私は一度もクッキー屋という人を見たことがない。はたしてクッキーだけで商売になるのか、疑問である。
意外なのが、美容師の不振だ。私の予想ではケーキ屋さんに匹敵するほどの人気職業だと思っていたのだが、そうでもないらしい。もう少し学年が上がると、この回答は倍増するのかもしれない。興味深いところである。
そして、ひみつのアッコちゃんとメタルグレイモン。女子の中でこういった答えを返したのは、たったの2名である。ちなみにメタルグレイモンとは、デジタルモンスター(デジモン)というゲームないしアニメに登場するキャラクターだ。
では、このデジモンという言葉を覚えたうえで、男子園児たちの回答を見てもらいたい。
デジモン (6)
アポカリモン (5)
サッカー選手 (5)
野球選手 (4)
消防士 (4)
メタルガルルモン (3)
ウォーグレイモン (3)
大工さん (3)
オモチャ屋さん (3)
バスの運転手 (2)
警察官 (2)
ポケモン (2)
ウルトラマンティガ (2)
仮面ライダークーガー (2)
特急電車の運転士
タンクローリーの運転手
フェリーの運転手
タクシーの運転手
自衛隊員
郵便屋さん
プロゴルファー
お寿司屋さん
電気屋さん
おとな
パパみたいなひと
いいひと
海賊
ロックマン
ポケモンマスター
ピカチュウ
ルギア
ほうおう
ルフィ
ビーダマン
タイムレンジャー
カエル
デジモンとアポカリモンの一騎打ち状態である。花屋とケーキ屋で一騎打ちを演じている女子とは、かなりの差があると言えよう。それ以下にもメタルガルルモン、ウォーグレイモンと、デジモン系投票が続く。ウルトラマンティガや仮面ライダークーガー、ポケモンなどと合わせると、その数は半数にも達する。なにゆえ、こうも男はバカなのか。
デジモン以外でも、ロックマン、ビーダマン、タイムレンジャーと、バカ系回答はバリエーションゆたかである。女子との違いは歴然だ。夢があると言えば良いのだろうか。どうでもいいことだが、「ほうおう」というのはポケモンの「鳳凰」だと思われる。「法王」ではないだろう。そうだとしたら、ちょっと怖い。
海賊という回答も味わい深い。なにしろ海の賊である。いったい、どうすればなれるのだろうか。こう見えても私は二十七年間(ムダに)生きているが、海賊になるための方法は知らない。将来、我が子に「海賊になるにはどうすればいいの?」とたずねられたら、どう答えればいいのだろう。父親失格である。どうやっても、「パパみたいな人になりたい」などという回答は得られそうにない。
そして、もっとも理解できないのは「カエル」という答えだ。オタマジャクシか、おまえは。
そういった次第で、20年後の我が国はお花屋さんとケーキ屋さんが林立する街をデジモンが闊歩するという状況になりそうである。「銀行員」や「いい人」にとっては、かなり住みにくい環境であろう。こんな世界では、いっそカエルになってしまうのも案外わるくないかもしれない。
追記:調査によると、仮面ライダークーガーではなく仮面ライダークウガのようだ。
まったく、保母というのもいいかげんな商売だな。