File.97  北海道と潮干狩りと私


 以前からつねづね思っていたことだが、北海道に住む人々は日本人ではないのではないか。
 たとえば、だ。最近知り合った知人に、北海道旭川出身の者がいる。この人間、なんと恐るべきことにケイドロを知らないのだ。無論、ドロケイは言うに及ばずドロジュンやジュンドロも知らないという。これは、ちょっと信じがたいことだ。聞くところによれば、旭川の住人は誰一人としてケイドロを知らないという。旭川の小学生たちは、ケイドロをやらずに何をやっているのだろうか。私は、この問いを知人にぶつけてみた。すると、
「えーと、こっくりさんとか」
 そういう、不健康きわまる答えが返ってきた。どうやら、旭川の小学生たちは皆ケイドロの代わりにこっくりさんをやっているらしい。しかも、クラス全員がこっくりさんをやっていたというのだ。これは、ある種の学級崩壊なのではあるまいか。

 クラス内で「こっくりさんマスター」の称号をほしいままにしていた彼は、26年間の人生でウナギを食べたことがないと言う。北海道にはウナギ屋がないと言うのだ。どう考えてみても、これが日本の領土とは思えない。いつのまに北海道はロシアに占領されていたのか。
 そんな彼と共に居酒屋へ行くと、その無知ぶりにあきれる。なにしろ彼は、ソラマメもナンコツも知らないのだ。スジ煮やタン塩すら知らないと言う。北海道民は、なにをツマミにして酒を飲んでいるのだろうか。

「北海道ではジンギスカンで酒を飲むのだ」
 彼は、こともなげにそう答えたのであった。
 ジンギスカン。あの、羊の屍肉を鉄板の上で火葬したものである。
「北海道の家庭では、週に一度はジンギスカンをする」
 とも言う。さらに聞いたところによれば、北海道では「パーティー=ジンギスカン」の公式が成立しているらしく、酒の席では必ずジンギスカンがふるまわれるという。花見の席など、まさにジンギスカンの天下だ。満開の桜の木の下で、北海道民たちはジンギスカンをむさぼり食うのだ。人が集まればジンギスカン。これが北海道のルールなのである。日本で生まれ育った私には理解できない。

 ケイドロも知らず、休み時間にはこっくりさんを満喫し、酒を飲むにはジンギスカン。そういう生活に何の疑念も抱かず26年間生きてきた彼は、ある日テレビで放送されていた潮干狩りの様子を見て、私にこう訊ねた。
「あれは何をしているのか」
 どうやら、彼は潮干狩りというものを知らなかったらしい。
「北海道では、だれもあんなことをしない」
 と言うのである。
「だいたい、潮干狩りとは何を狩るのだ?」
「本当に潮干狩りを知らないのか」
 私は逆に訊ねた。
「知らない。北海道の海は冷たいのだ。この季節にあんなことをしていたら正気を疑われる」
「なるほど。では教えてやろう。潮干狩りとは、砂浜に打ち上げられた魚を拾うのだ。おもに、タイやハマチなどを拾う」
「ほう。しかし、テレビを見ると皆そろってクマデを持っているな。あれは何に使うのだ?」
「魚を活き絞めするのに使うのだ」
「そのわりには、皆クマデで砂を掘っているようだが……」
「砂に埋まった魚を探しているのだ」
「そうなのか。……おや、いまバケツの中に貝のようなものが見えたが」
「あれは、魚を探して砂を掘っているとよく出てくるのだ。ついでに拾うことはあるが、決してメインの目的ではない」
「あれは食えるのか?」
「いや、食えない」
「ならば、なんのために拾っているのだ?」
「持って帰って、家の前にまくのだ。関東には、そういう風習があるのだ」
「……それはウソだろう」
「いや本当だ。東京の下町あたりでは、だれでもやっている」
「どうもウソくさいが、まぁよかろう。あの潮干狩りというのは、このあたりでもできるのか?」
「できるぞ。なんなら、やってみるか?」
「うむ、ちょっと興味があるな」
「よかろう」
 そういった次第で、私は潮干狩りを知らない彼をつれて千葉の海へ魚を拾いに行くこととなったのである。

 ゴールデン・ウィークのある日、私は彼をつれて幕張の海岸へ足を運んだ。当日は抜けるような快晴で、すぐ近くの千葉マリン・スタジアムでは野球の試合があるのか、大勢の人々が行き交っていた。彼らは皆、頭には野球帽、手にはメガホンという格好である。そういう人々の間を、私たちはクマデとスコップを手に歩いた。
 そういう、どこからどう見ても潮干狩り客である私たちにまで「チケットあまってないかい? チケット買うよ」と声をかけてくるダフ屋のオッサンは、いったい何を考えているのだろうか。クマデとスコップを持って野球観戦に行く人がいるとでもいうのか。それとも、単に仕事熱心なのか。

 海岸につくと、すでに多くの人々が潮干狩りを楽しんでいた。
「おお、これが潮干狩りというものか! よし、拾うぞ!」
 そう言って、彼は海に向かって走っていった。なにがそんなに楽しいのかわからない。
 後を追って行くと、彼はいきなり「魚が落ちてないぞ」と言った。
「今日は波が悪いな。もっと高い波が出ていると、よく打ち上げられるのだが」
「たしかに、波がおだやかだな」
「まぁ、とりあえず砂を掘ってみろ。ひょっとすると魚が埋まっているかもしれない」
「うむ、やってみよう」
 言うや否や、彼はクマデを持って足元を掘り始めた。すると、魚は出てこなかったが、代わりにアサリが出てきた。
 そして、彼は言ったのである。
「おお、シジミが出てきた!」
 どうやら北海道民はアサリとシジミの区別もつかないらしい。
 もはや私は徹底的に彼をからかうことにして、
「そう、これが幕張名産のシジミだ。その昔、この地方一帯を治めていた豪族の千葉氏が、和議のために隣国の里見氏の元へ幕張のシジミを献上したという記述が、ある文献に残っているほどだ」
 と応じた。
「おい見ろ、もう10個も拾ったぞ。シジミ」
 彼は聞いていなかった。だからシジミじゃねぇっつうのに。

 その後、二時間ほどにわたって私たちはアサリならぬシジミを拾い、最終的にはコンビニのビニール袋いっぱいにまでなった。
「で、これを持ち帰って家の前にまくのか」
 彼が言い、私はうなずいた。
「では、今日はこのあたりにして帰るとしよう」
 私たちは収獲物を二つのビニール袋に分け、ひとつずつ手にさげて歩きだした。海岸を少し離れると、やはり野球観戦の人々の群れである。その中を、私たちは海水にぬれたズボンのままで歩いた。手に提げているのは、砂まみれのクマデとアサリの入ったビニール袋。客観的に見て、かなり異様な二人組みである。それにしても、そんな二人にまで「チケットない? チケット買うよ」と話しかけてくるダフ屋には、もはやあきれるしかない。こちらは疲れているというのに。

 ――そう、私は疲れていた。二時間にもわたって砂を掘り続けていたのだ。疲れるのがあたりまえである。おまけに靴はぬれていたし、京葉線海浜幕張駅の階段は、少しだけ高かった。いや、いいわけなどするつもりはない。とにかく、私は駅の階段で足をすべらせた。そして、みごとに転んだ。手に持っていたビニール袋は、引力に引かれて落下した。あぁこれが万有引力の法則なのですねニュートン先生、などと思う間もなく、袋の中身は周囲にぶちまけられていた。たちまち潮の匂いが駅構内に立ち込めて、その場に数百匹のアサリが散乱した。

「家に帰ってから、まくのではなかったか?」
 北海道民の彼は、あきれたように言った。
「江戸っ子は気が早いのだ」
 そう答えながら、私はまいたばかりのアサリを拾い集めた。
 マリン・スタジアムから帰ってくる人々に見守られながら数百匹のアサリを拾い集める作業の心境について語るには、まだ私の精神的ダメージは回復していない。



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