とげとげ


 昔から語られることのひとつに、「アリクイはかわいそうだ」というものがある。なにがかわいそうかというと、アリクイという名前そのものがかわいそうだというのだ。アリクイの名前の由来は単純明快である。アリを食うからアリクイ。そのまんまである。ヒネリもなければオチもない。その亜種であるオオアリクイなど、輪をかけてかわいそうだ。彼は大きいアリクイだからオオアリクイなのである。あんまりといえばあんまりなネーミングだ。
 もし、この地上にアリがいなかったとしたら、どうだろうか。当然、アリクイにはアリクイ以外の名前が与えられることになる。食うべきアリがいないのだから当たり前だ。仮に、この新しい名前をパクとする。バクではない。パクだ。マシンによってはフォントがつぶれて同じ文字列に見えるかもしれないが、そんなのは私の知ったことではない。とにかくパクである。
 このパクは黒くて小さい昆虫を常食としている。それがアリであるかどうかは、この場合問題としない。パクは細長い舌を伸ばして、その昆虫を捕食するのである。さて、この昆虫は何と呼ばれるであろうか。きっと、パククワレと呼ばれるに違いない。
 こう考えると、アリクイという名がいかに悲劇的な経緯のもとに与えられたか、よく理解できる。それは、ほんの少しの時間の違いだったのだ。どちらが先に発見され名付けられたかという、それだけの差なのである。おそらくは、アリクイよりもアリのほうがこの地球上に多く存在したという理由によるものであろう。この立場が逆であれば、アリとアリクイの名前の上下関係もまた逆転したに違いない。パクとパククワレという具合に。――いや、それ以前にパクは食料不足で絶滅しているかもしれないが。

 という話を、以前どこかで聞いたように記憶している。これを聞いて私は思ったものである。アリクイやカニクイザルなどまだマシなほうだ、と。
 たとえば、あなたはニセフクロモモンガという動物を知っているだろうか。いきなり「ニセ」である。しょっぱなからニセモノ呼ばわりなのだ。彼はただフクロモモンガに似ていただけなのに、ただそれだけの理由でもってニセフクロモモンガという名を与えられてしまったのだ。生まれてから死ぬまで、彼はニセなのである。まさにニセモノ人生。ひどい話もあったものだが、これは現実のできごとなのだ。
 この「ニセ○○○○」というのは動植物名としてはわりと多く用いられているもので、動物図鑑などをめくるとそこかしこにニセ○○○○を見つけることができる。適当に列挙してみると――、ニセモクズガニ、ニセクワガタカミキリ、ニセフジナマコ、ニセイガグリウミウシ、といった調子である。なにが悲しくて、ナマコやウミウシごときのニセモノにならなくてはいけないのか。彼らは、いずれも生まれたときからニセモノ人生を決定付けられている。どう頑張ってみても、彼らはホンモノになれないのだ。これを悲劇と言わずして何と言おう。
 余談ながら、この地球上にはフクロモモンガダマシ、フクロモモンガモドキ、という動物が生息していることも付け加えておく。彼らの人生に幸いあれ。――もっとも、世の中にはニセハムシダマシとかマサニカミキリモドキという踏んだり蹴ったりの昆虫がいたりするので、それにくらべればフクロモモンガ三兄弟も多少はマシなのかもしれない。

 上述のように、動物や植物の名前というのは非常に大雑把である。悪く言えばいいかげんで、オジロやオグロなどは尾が白いか黒いかというだけの、まさにそのまんまな名前だし、シロメアカメショウジョウバエに至っては名前自体が自己矛盾を起こしているありさまである。おまえの目は白いのか赤いのか、ハッキリしろと言いたい。これら自己矛盾動物としてはトゲナシトゲトゲも有名で、これまたトゲがあるのやらないのやら判断しかねる存在であり、我々の頭をおおいに悩ませてくれる。

 だが、世の中には更にかわいそうな名前を付けられた動物たちが存在する。こういうとき真っ先に挙げられる悲惨な名前の動物筆頭候補。それはスベスベマンジュウガニである。これは強烈だ。一般に呼ばれるところのシクラメンにはブタノマンジュウという名が与えられているが、それでもスベスベマンジュウガニにはかなわない。これに匹敵する動物となると、ハイレグアデガエル、オジサン、メクラチビゴミムシぐらいだろう。名前の中に差別用語が含まれている人生というのも、相当に悲劇である。なにしろメクラでチビでゴミなのだ。しかもこれが正式名称なのであるから、悲惨きわまりない。

 話がそれた。ここで「かわいそうな名前の動物決定戦」を開くつもりはない。ただ、私は動物にも愛を持って接してやるべきだと訴えたいだけなのである。動物への愛があれば、トゲナシトゲトゲとかメクラチビゴミムシなどという命名は絶対に出てこないはずなのだ。これらの名前に見られるのは、ただただ「名前つけるのメンドクサイ」という、人間本位の自分勝手な行為の醜さだけである。
 そろそろ、私たち人間はこれら悲劇的な名前を与えられた動物たちに新しい名を与えてやるべきなのではなかろうか。ウッカリカサゴもウルトラブンブクも、そのときを待っている。うっかり八兵衛も待っているかもしれない。そしてなにより、私たち人間自身が彼らに新しい名前をつけるべきであると実感しているのだ。トゲアリトゲナシトゲトゲという昆虫の存在を知った、その日から。



NEXT BACK INDEX HOME