ニンジャへの道



忍者道 初めに

 世の中に、ニンジャが好きな男は多い。男はたいていニンジャが好きだ。子供のころ、ニンジャになりたいと思っていた男も少なくないだろう。なんといってもニンジャはカッコイイ。ニンジャはスマートでクールでソリッドでハードボイルドだ。そしてなにより強い。子供(男)は強いものが大好きだ。ウルトラマンが好きでヤマトが好きでシャア専用ザクが好きだ。だからニンジャも大好きだ。
 だがもちろん、中にはニンジャが嫌いなヤツもいる。ニンジャは日陰者で冷静沈着で、少し卑怯者だ。ニンジャはいつでも斜にかまえている。そういうところに憧れる男とそうでない男がいる。前者のような男が、子供のころニンジャになりたいと思っていたヤツだ。自分もそういう生きかたをしたいと憧れていたヤツだ。
 しかし、子供はいつまでも子供のままではない。現実を知り、常識を知り、自分がニンジャになれないことを知る。子供の夢は打ち砕かれ、あとには夢の抜け殻となった人生だけが残される。──だが、あきらめてはいけない。かなえられない夢などないのだ。ニンジャになることなど、ポケモンになることに比べれば遥かに簡単だ。そもそも人はポケモンになれない。ポケモンは人ではない。だがニンジャは人なのだ。
 さぁ、かつてニンジャになることを夢見ていた男たちよ、今こそ夢を実現させるのだ。あこがれるのはもう終わりだ。紙で作ったシュリケンは捨てろ。対戦ゲームでニンジャキャラを使うのも終わりだ。ニンジャへの道はここに開かれている。おまえは真のニンジャになるのだ。そのための極意を、私が伝授してやろう。これこそ、ニンジャになるための極意、Road to the Ninjaだ!



忍者道其ノ壱 黒くなる

 ニンジャになるための第一歩である。黒はニンジャの基本色だ。ショッキングピンクの服を着たニンジャは存在しない。ニンジャはすべて黒だ。それ以外の色はありえない。たまに白かったり赤かったりするニンジャもいるが、あれはウソだ。デタラメだ。ニンジャは黒だ。それ以外はすべてニンジャのマネをした何かだ。黒くなければニンジャではないのだ。
 では具体的にどうするか。まず黒い服をそろえることから始める。なにごとも外見から入るのは重要だ。道化師の服装をしたヤクザなどというものはいない。ヤクザは周囲の人間に一見して自分がヤクザであることを知らしめる。ニンジャも同様だ。周囲の人間に一見してニンジャだと思わせるようにならねばならない。そこでまず、外見から黒くなることにする。本当は内面から黒くなるべきだが、それは難しいのでまず外面からだ。
 服はもちろん忍び装束が一番だ。とはいえ忍び装束で会社や学校へ行ったりすることはできないので、市販されている服を黒くする。シャツ、ジーンズ、ジャケット、スカート、パンツ、靴下、すべて黒だ。アクセサリーも黒だ。覆面も黒だ。バンダナもカチューシャもヘアピンも、メイドが頭にかぶっているような謎のアレも、ひとつ残らず黒だ。見えない部分も黒で固めろ。インチキなパッド入りのブラジャーだろうが包茎矯正パンツだろうが黒だ。おまえが医師や科学者である場合には白衣も黒だ。黒以外のものは捨てろ。それらはニンジャに必要のないものだ。このとき、間違っても燃えるゴミに出すな。灰になるまで焼いて川か海へ流せ。個人情報には気をつけろ。いつどこでだれが、おまえを監視しているか知れたものではないのだ。ヤツらがその気になれば、おまえの捨てた服からDNA情報を読み取ることだってできるのだ。
 黒は闇の色だ。日の光とは反対の色だ。社会への反抗の色だ。黒に身を包んだら、皮膚を光の下にさらさないようにしろ。光や社会との接点を可能な限り少なくしろ。夏でも長袖のジャケットを着ろ。襟は立てて、前のボタンはしっかりかけろ。暑くても耐えろ。むしろ暑さを感じるな。汗を流すのは厳禁だ。ニンジャは常にクールで涼しい顔をしていなければならない。敵のニンジャと戦った直後でも汗ひとつかいてはならないのだ。
 ニンジャはカッコよくなければダメだ。常に周囲を意識しろ。だらしのない格好はするな。背中を丸めずに歩け。イスには座るな。カサをさすな。甘い物は食うな。コーヒーはブラックで飲め。タバコの煙も全部飲め。デブはやせろ。チビは背を伸ばせ。ブタはニンジャになれない。



忍者道其ノ弐 ニンジャ語を使う

 ニンジャにはニンジャの言葉というものがある。間違えるな。正しく古い日本語を使えと言っているのだ。語尾に「ござる」とか「ニンニン」とか付けろと言っているのではない。それは漫画や映画でゆがめられた、間違ったニンジャの姿だ。
 一人称は「拙者」にしろ。いますぐにだ。二人称は「おぬし」以外使うな。誰に対してでもそう呼べ。会社の上司だろうが憧れの先輩だろうが、例外はなしだ。たった一つの例外はおまえの師匠だけだ。それだけは他の呼び名で呼べ。
 間違った日本語は使うな。方言を使うヤツは標準語をマスターしろ。関西弁で話すニンジャはいない。関西弁しか使えないヤツはニンジャになることをあきらめろ。おまえは商人か芸人かヤクザになれ。英語は使うな。フランス語もスペイン語も使うな。やまと言葉を使うようにしろ。知らないヤツは勉強しろ。若者言葉は使うな。語尾を上げるな。
 「え〜? 超サイテー」などと発言したいときには「なんと。まことに非道なることよ」と言え。「先輩! あたしと付き合ってください!」と告白したいときには「おぬし、拙者と交情せぬか?」と告白しろ。「ナミツユダク」を注文したいときには「牛丼の並なる物を汁無量にて所望したい」と告げろ。それがニンジャだ。それが正しいニンジャ語だ。



忍者道其ノ参 孤独になる

 ニンジャは常に孤独だ。まれに仲間と行動を共にすることもあるが、それはあくまで作戦を遂行するための手段でしかない。ニンジャは群れを作らない。社会には適応しない。ニンジャはいつも一人だ。孤高こそがニンジャの美学だ。ニンジャをめざそうとするのであれば、孤高の極みに立たねばならない。
 会社勤めのヤツは今すぐ辞職しろ。学生は退学しろ。それができなければ、せめて同僚や級友たちとは距離を置くようにしろ。たとえ親しげなヤツが身近にいたとしても、決して自分のことは教えるな。名前も血液型も誕生日も、だ。自分の名を誰かに教えるたび、おまえの寿命は確実に短くなっているのだと知れ。好きな色や嫌いな色、苦手な食べ物などを訊ねてくるヤツはまちがいなく敵だ。それもタチの悪い敵だ。ニンジャという可能性もある。油断をおこたるな。おまえに味方はいない。信じて良いのは自分自身だけだ。誰も信じるな。親も兄弟も信じるな。家族こそがおまえを裏切る最も可能性の高い人間だ。なぜなら、やつらはおまえの出生も生い立ちも過去も、何もかもを知り尽くしているからだ。
 結婚しているヤツは離婚しろ。子供がいるのなら孤児院に入れろ。あるいは何らかの方法で死別しろ。頭がおかしくなったフリをして殺してしまうのは悪くない方法だ。逆に妻や子供の頭をおかしくしてやるというのも手だ。おまえが何を求めて家庭などというものを持ったのか知らないが、おまえの求めたそれは虚構だ。幻だ。水に流れるうたかただ。愛や安らぎなどといったものは誰も与えてくれない。それはおまえが一人で、独力で勝ち取るものだ。自分以外の他人がそんなものを与えてくれると思うな。そもそもニンジャの人生に愛も安らぎも不要だ。ニンジャに必要なのは永遠の闇と戦いだけだ。それ以外は捨てろ。安寧な人生などニンジャにはありえない。ただひたすらに、おまえの内面を、魂を、黒く塗りつぶすのだ。



忍者道其ノ四 修行する

 強くなれ。おまえを敵とみなすあらゆる敵を排除しろ。そのためには己の肉体を鍛えなければならない。最強のニンジャをめざせ。毎日20時間修行しろ。英語で言えばトレーニングだ。鍛えて鍛えて鍛えぬけ。1日3時間以上は寝るな。起きている間は可能な限りトレーニングに時間を費やせ。メシを食うのもクソをするのも修行の中に取り入れろ。逆立ちをしてメシを食え。全力疾走しながらクソをしろ。濡れた障子紙を破らずにその上を走れるようになれ。手近の場所には麻の種をまき、毎日それを飛び越えろ。助走なしで2メートル以上ジャンプできるようになれ。肺活量を鍛えろ。5分以上呼吸を止められるようになれ。体は柔らかくしろ。全身の関節を自由自在に外せるようになれ。ついでに他人の関節も自由に外せるようになれ。
 武道は必修科目だ。剣道が望ましい。真剣を使う流派に入門しろ。鋼をも断ち切る剣を身につけるのだ。コンニャクは斬れなくてもいい。カタナが嫌いならクサリガマだ。卑劣な戦いを好むヤツは迷わずこれを使え。ただし、いい死にかたはできない。
 身につけた剣技には名前をつけろ。ここが最も重要なところだ。これこそ、おまえのセンスや資質が問われる部分だ。語彙を磨け。慣れないうちは「必殺○○剣」「○○流○○斬り」のような名にしろ。○○に入れていいのは漢字だけだ。カタカナは使うな。ニンジャが使うのは日本語だけだ。舶来語は使うな。舶来語を使うヤツはすべて敵だ。センスのあるヤツはもう少し高等な技名をつけてもいい。「飯綱落とし」や「鉄甲返し」「松葉崩し」などといったあたりだ。技名の頭に「忍法」とつけておくとわかりやすい。
 武器は常に携行しろ。カタナを腰に差すと警官に止められるが、クサリガマなら大丈夫だ。草刈り中の一般市民と間違われないようにしろ。自分はニンジャなのだという気(オーラ)を全身から放て。懐には絶えずシュリケンとマキビシを用意しろ。逃走には煙玉が便利だ。ひとたびニンジャが街を歩けば、いつ戦いが起こらないとも限らない。周囲の人間はすべて敵だと思え。飛び道具には気をつけろ。窓のそばには立つな。不意討ちに注意を払え。気やすく物を口に入れるな。解毒剤は常に用意しておけ。
 忍術の修行も重要だ。最低でも10以上の忍術をマスターしろ。水蜘蛛を作り、火薬を調合しろ。女は色仕掛けのマスターになれ。分身の術は必須だ。分身を5つ以上出せるようになれ。それ以下は分身の術とは言わない。毎日反復横飛びのトレーニングをしろ。野生動物と会話できるようになるのもニンジャとして当然のことだ。ムツゴロウを手本にしろ。ただし幼児語は禁止だ。それはニンジャの品性を堕落させる。ムツゴロウの魂を盗むのだ。それらすべてをマスターしたら、最後におまえの奥歯に強力な爆薬を仕込んでおけ。爆死するのが嫌いなヤツは毒薬でも代用可能だ。
 修行は肉体を鍛えるだけではない。なにより大事なのは精神の修行だ。力ばかりを身につけても精神が伴わなければ動物と同じだ。何事にも動じない精神力を手に入れろ。ゼンの修業がおすすめだ。1日10時間は座禅しろ。無の境地に立て。ニンジャは冷静で聡明で博識でなければならない。精神だけではなく頭脳も鍛えろ。頭の悪いヤツはニンジャになれない。毎日12時間は勉強しろ。時間がたりなければ6時間で12時間分の勉強をしろ。可能ならば忍術で時間を増やせ。1日を50時間にしろ。それは決して不可能なことではない。



忍者道其ノ五 思い込む

 常に、自分はニンジャであるのだとイメージしろ。「拙者には決して表に出してはならない隠された力が」「拙者の出生の秘密を知る何者かが常に拙者を監視している」などという具合にイメージしろ。おまえの作り上げたそれらのイメージは、思い込むことによって真実となる。魂にイメージを焼きつけるのだ。ニンジャのフォースを感じろ。それは実在する。魂までもニンジャになれ。心を黒くするのだ。ニンジャのスピリットをイメージしろ。自分はニンジャなのだと思い込め。妄想だとか電波だとかの言葉は考えるな。
「俺は伊賀の傍流の家系に生まれた」といったような過去を魂に刷り込むのは強力だ。両親が死んでいるとそのイメージはより効果的に働く。もし死んでない場合でも「俺の両親は闇のニンジャ組織に抹殺された」などとイメージしろ。実際に闇のニンジャ組織に殺してもらうのも手っ取り早い。いずれにせよ両親を始めとした家族や親戚は死んでいたほうがいい。それは将来的におまえを裏切る存在だ。
 イメージする力がないヤツは、事実から構築するしかない。ニンジャを探し出して結婚しろ。あるいはニンジャの家系の養子になれ。それができなければ実際にニンジャの家系に生まれろ。転生の術を使え。なんとしてでもニンジャの血縁になるのだ。其ノ参で「孤独になれ」と言ったことと矛盾するようだが、それは大した問題ではない。孤独に戻るのは簡単なことだ。それに、どうせヤツらは裏切る。重要なのはニンジャの血縁になったという事実だけだ。ほかの事実はすべて取るに足らないことだ。



忍者道 最後に

 以上でニンジャになるための全ステップが終了した。これらの課程すべてを修めたおまえは、もはや身も心も技術までも漆黒に染め上げられたはずだ。Congratulation! おまえはたしかに真のニンジャとなったのだ。子供のころの夢はかなえられた。いまや、おまえをニンジャだと認めない者はいない。おまえこそが真のニンジャだ。
 さぁ、それでは次だ。おまえが子供の頃に望んだ、もうひとつの夢をかなえよう。今までは夢想することしかできなかった夢が、いまや手の届くところまで来たのだ。──そう、おまえは子供のころ夢見たはずだ。抜け忍になりたい、と。



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