バンド命名法


 こう見えても私は国語には堪能なのだが、それでもたまに日本語という言語に限界を感じることがある。無論、フランス語にもロシア語にも限界はある。だが、あいにく私は日本語以外の言語にはくわしくないので、その限界を知らないのだ。無知は罪だが幸せでもある。日本語の限界を感じるとき。それはたとえば、バンドの名前を考えるときだ。

 先日のことである。ある知人がバンドを解散し、新しいバンドを組むのだとしらせてきた。メガリカなるバンドのリーダーをつとめていた男である。メタリカとメガデスのコピーバンドなのに最初のライヴでマドンナを演奏したことで伝説になったバンドだ。その出だしからしておかしいことになっていたのだが、案の定というべきか先日解散の運びとなった。これで私も慣れないベースを弾かずにすむというものだ。しかし、話は怪しい方向に進んでいった。

「新しいバンドはもっとゴリゴリのハードロックにしたいんだよ。そのために重要なのは、まず名前だ。だれが聞いても思わずうなってしまうような、かっこいいバンド名。それをおまえにつけてほしい」

 そのように頼まれた。かなり無茶な話だ。しかも、日本語でよろしくと付け加えられた。絶望的に無茶である。そもそも、日本語というもの自体がメタルやハードロックには向いていない。曲名や歌詞もそうだが、バンドの名前となるとなおさらである。

 たとえば、メガデスというバンド名などは非常にかっこいい。無理やり日本語に訳せば「大量死」ということにでもなるだろうが、そもそもMegade"a"thではなくMegadethという造語なので日本語にすることも不可能である。好きなようにアルファベットを足したり引いたり、また並べ替えたりといったアナグラムは日本語には向いていない。英語は有利である。

 もうひとつ例をあげよう。現在Mixiのプロフィールに使われている画像はバッド・カンパニーというバンドのアルバムジャケットなのだが、これも日本語に訳したら「悪い会社」となってしまう。ちょっと、これはバンドの名前とは思えない。やや工夫して「極悪商会」などとしてみても、悪役専門の俳優派遣会社としか思われないだろう。というより、同じ名前の会社が存在している。そうか、あれはメタルバンドだったのか。(違います)

 バンド名をつける際、最も簡単なのはリーダーの名前をそのままつけてしまうというものだ。ヴァン・ヘイレンやドッケン、サンタナなどは、人名そのまんまなのに大変かっこいい。これを日本語でやると、単に「佐藤一郎」とか「鈴木」とかいうバンド名になってしまう。これではバンドではなくソロアーティストと思われてしまうだろう。それ以前に、アーティストとすら気付いてもらえないかもしれない。非常に悲しい。

 英語では、これを更にすすめてファミリーネームを並べてしまうという手法もある。エマーソン・レイク&パーマーなどが、その好例だろう。だが、これも日本語でやると「佐藤、鈴木と田中」などという具合になってしまう。どう見ても、呼び出しをくらっているようにしか見えない。EL&Pと頭文字で表記するのも不可能だ。日本語は不自由である。

 また、人名+名詞という命名法も英語にはある。リッチー・ブラックモアズ・レインボウとか、イングヴェイ・マルムスティーンズ・ライジングフォースなどという方法だ。これもまた日本語でやってしまうと、「松本の虹」とかいう名前となり、ひどく無残だ。まるで、どこかの地方みやげのお菓子ではないか。
 形容詞+名詞という手もある。スティーリー・ダンあたりが有名だろう。日本語だと「金属製の藤原」とでもなるだろうか。これなど、もはやまったく意味がわからない。日本語は悲しい。

 そもそも、日本人の名前はロック全般に向いていない。バンド名の中には、歴史上の人物名をそのまま使っているものも少なくはないのだが、日本の人物はほとんど使われない。海外の歴史人物でいうならば、シーザー、ハンニバル、ナポレオン、コペルニクス、ダーウィン、ノストラダムスなど数限りなく例をあげることができよう。しかし、日本の人物となるとまったく思い浮かばない。せいぜい、かぐや姫ぐらいだろうか。彼女が「歴史上の人物」かどうかは別として。

 バンドの命名としては、地名をつけるというのも一般的である。ボストンやシカゴ、エイジアからヨーロッパまで、ありとあらゆる都市や地域の名前がバンド名となっている。アイゼンガルドなどという架空の地名でさえバンド名になるぐらいだ。しかし、やはり日本の地名はバンド名として用いられない。なぜならカッコワルイからである。いきなりサイタマとかベップとか言われても、バンド名だとは気付かない。「ゲロ」とか「オオボケ」とかいうロックバンドは絶対に売れないだろう。だが、それぐらいならまだいい。「期待の新星、ツ登場!」とか言われたら、どうすればいいのか。やはり、日本の地名はバンド名として使えない。

 英語の良いところは、定冠詞(THE)さえつけてしまえば全ての名詞がバンド名となりえるところである。警察(ザ・ポリス)とか、猿(ザ・モンキーズ)でさえバンドの名前となってしまうのだ。「The・The」というバンドさえある。これなど日本語にはどうやったって表現できない名前だ。無理に日本語にするなら「そのその」だろうか。なんだか裸の大将(山下清)のしゃべりみたいである。やはり日本語には限界が見える。

 さて、そうなると日本語でかっこいいバンド名をつけるには、完全オリジナルの名前しかないのではなかろうか。そこで皆さんにご意見をうかがいたい。「かっこいい日本語のバンド名とはどういうものか」と。オチをつけずに文を終えるのは非常に心苦しいが、ご理解ご協力のほどを願いたい。(棒読み)


 ちなみに私が日本で一番かっこいいと思うバンドは「溺れたエビの検死報告書」だ。通称おぼえび。……あんまりかっこよくないかも。やはり日本語は不便だ。



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