のだめカンタービレ


 という漫画がおもしろいらしい。最近はTVドラマにもなったそうだ。あいにく、私はどちらも見たことがない。そもそも、漫画を買うようなカネが以下略。

「えー、読んだことないんですか、男爵さん」
「ないねぇ」
「おもしろいですよ」
「少女漫画はあまり読まないからなぁ」
「ぜったいにおもしろいですって!」
「まぁ、そこまで言うなら読んでみるか」
「あ、でもなぁ」
「ん?」
「だれも死なないから、男爵さんにはおもしろくないかも」

 いや、ちょっと待て。キミは何か、私のことを誤解してないか。私は人が死ぬような作品ばかり見ているわけではないぞ。たまたま、好きな漫画や映画で登場人物がばんばん死ぬだけだ。

「それに、男爵さんはクラシックきらいですよね?」
「べつに、きらいではない」
「でもメタラーじゃないですか。『メタルを聴け、さもなくば死ね』とか、いつも言ってますよね」
「そんなことは言ってない。『死んだほうがいいよ』ぐらいだ」
「おなじことです、それ」
「……で、その漫画とクラシックとの間に、なにか関係があるのか?」
「クラシックの音楽大学が舞台なんです」
「クラシック以外を教える音大なんてないだろ」
「あるかもしれないじゃないですか!」
「まぁ、そうだな。あるかもな。グリーンランドとかに」
「そうですよ。それでですねぇ」
「(おい、グリーンランドはスルーかよ)」
「主人公はピアノの天才なんですけれど、ほかには何もできない子なんですよ。それと反対に、その子の好きな相手はピアノもヴァイオリンも弾けちゃう上に料理もうまくてオマケに美男子っていう……」
「わかったわかった。読めばいいんだろ」
「え、読むんですか? でも本当にだれも死にませんからね。読んだあとで文句言わないでくださいね」
「はいはい」
「それと、ロリな女の子とかも出てきませんから」
「キミは私の趣味を何か誤解してないか」
「してないと思います」
「そうか。まぁわかった」
「読んだら感想書いてくださいね」
「わかったわかった」

 そういう次第で、私は漫画喫茶に足を運んだのであった。目当ての『のだめカンタービレ』はすぐに見つかった。さすがに人気のある作品らしく、目立つところに並べられている。しかし、よく見ると1巻から5巻が抜けていた。だれかが読んでいるらしい。しかたなく私は『観用少女』の最新刊を読むことにして時間をつぶし、ころあいを見てふたたび書棚をチェックした。すると、今度は6巻から10巻が欠けていた。それは当然だろう。だが問題は、1巻から5巻がもどっていないという事実だった。つまり、こういうことだ。

1、どこかの馬鹿が読んだ本をもどさずに続刊をもっていった。
2、どこかの阿呆が私より先に1巻から5巻をもっていった。

 なんとなく読む気が失せたので、私は帰ることにした。きっと、縁がなかったのだろう。しかし、どうせなのだから読んだことにしておきたい。「漫画喫茶に行ったけれど誰かが読んでたから帰ってきた」などと真実を伝えても意味がない。それよりは、読んでいない漫画の感想を、読んだかのように書いてしまうほうがマシだろう。そんなことができるのかと思うかもしれないが、大丈夫。私はこれまでに相当な数の漫画を読んでいるのだ。少女漫画の内容をひとつふたつ予測するなど、造作もないことである。

 重要な手がかりとなるのは、作品タイトルだ。まず「カンタービレ」という言葉が目を引く。さて、これは何を意味する言葉だろう。なんらかの略語と見るべきだろうか。「カンボジア難民のためのターミナルビレッジ」あたりか。それとも「カンブリア紀のタール地帯に棲息する大型節足類オクティビレオン」の略語だろうか。──ちょっと無理があるな。

 となると、これは人名だろうか。「神田美玲」とか、そういう主人公の名前だったりするのかもしれない。うむ、きっとそうだ。そして、思い出した。「カンタービレ」というのは、たしかクラシック用語だったはず。「歩くようにゆっくりと」だったか、「痴呆性老人のようにゆっくりと」だったか、たしか速度にかかわる用語だったはずだ。──いや、もしかすると「地獄よりも大きな音で」だったかもしれない。それともこれはマノウォーのスコアに書いてある用語だったかな。まぁ、とにかく演奏に関する指示を出す音楽用語だ。あまり意味はないだろう。実際の楽譜に記されているそれと同じように。ともあれ、これは神田美玲というヒロインの名前に引っかけたダブルミーニングのタイトルだ。まちがいない。

 次にわからないのは「のだめ」という部分だ。これも音楽用語だろうか。あいにく聞いたことがない。ゲーム用語だったら「ノーダメージ」のことだと一発でわかるのだが。それとも、ゲーム用語が一般に広まったのだろうか。可能性としては、かなり低い。
 すると、「野溜め」だろうか。音楽とはまったく関係ない言葉だが、ほかに思いつかない。ちなみに「野溜め」というのは農作物の肥料として人糞を溜めておく桶(肥溜め)のことである。しかし、音楽学校を舞台にしたピアニストの物語で、肥溜めが出てくるというのは一体どういう展開だろう。そもそも、少女漫画のタイトルに「肥溜め」なんて単語を使うだろうか。いや、少年漫画のタイトルだって考えにくいけれども。あるいは、農業をテーマにした漫画なのかもしれない。

 どうやら、「のだめ」という言葉をそのまま解釈してはいけないようだ。こういうときは、発想を変えなければならない。もしかすると、これは暗号ではなかろうか。キーボードを見ると、「みらしちもい」と対応している。──ますますわからない単語になってしまった。いや、もしかするとこれをもう一度キーに対応させるのかもしれない。──えぇと、「もにすちそにかにもらに」か。うむ、もうまったく意味がわからない。なかなか手ごわい暗号である。

 では「のどあめ」だとすればどうだろうか。これは、音楽とも関連性のある言葉だ。仮に主人公がピアニスト兼ヴォーカリストだとすれば、のど飴は身近な存在と言える。おそらく、ホワイトデーにのど飴をプレゼントしてもらったりするのだ。料理の得意な彼氏だから、手作りの飴である。これはいかにもありそうな展開だ。しかも、ホワイトデーというのは卒業式の日程と近い。物語のクライマックスとしては上出来な舞台である。よし、これだ。問題はこの駄洒落があんまりおもしろくないということだが、作者本人に文句を言ってほしい。

 よし、だいたいつかめてきた。整理してみよう。
 ヒロイン神田美玲はピアノ以外なんのとりえもない学生である。ある日、彼女はカンブリア紀の節足動物について歌う曲を作りあげた。それをたまたま廊下で聞いていた天才ピアニストかつ天才ヴァイオリニストの(まるで私のような)クールガイがいた。おたがい、一目で恋に落ちてしまった二人。しかし、男はカンボジアからの留学生であり、卒業後は実家の農業を継がねばならない身の上だった。国境と言葉の壁を乗りこえて愛を育てあう二人。しかし、ヒロイン美玲はピアノの腕だけはだれにも負けたくないという自負から、どこか素直になりきれずにいた。ところが卒業まであと半年という夏休みのさなか、事故が起こる。カンボジアに帰省した際、男が地雷を踏んで半身不随になってしまうのだ。あぁ、なんて悲劇的な展開。一方ヒロインもまたピアニストとして行き詰まっており、声楽に転向すべきかと苦悩する日々であった。そんな折り、カンボジアで療養中の彼氏から手作りののど飴がとどくのである。それを見た美玲はピアノの道を捨て、ソプラノ歌手として生きることを選ぶのであった。
 あ、そういえば「カンタービレ」って「歌うように」って意味じゃなかったっけ。よし、もはや間違いはない。みなさん、のだめカンタービレというのはそういう漫画です。

「それで、感想はどうでした?」
「ん、まぁまぁ」
「えぇー、ちょっと。おもしろくありませんでした?」
「あの恋人が地雷を踏んだときに死んでたら、もっとおもしろかったかもなぁ」
「なにを言ってるんですか……?」
「そういうシーンがあったろ」
「ありませんよ」
「おかしいな。私が読んだ『のだーびれ』にはたしか」
「なんですか、その略しかた」
「だいたい、どうしてあの男は農業大学でなく音楽大学になんか入ったんだろうな」
「農業大学……?」
「しかし、最終回でのど飴をプレゼントする場面はちょっと感動したな」
「いや、最終回って。まだ連載つづいてますから!」
「あぁ、続編が作られているのか」
「ちがいます!」
「やっぱり舞台はカンボジアなのかな。あの作者も、よく調べて描いてるよなあ」
「わかりました。読んでないんですね」
「いや、読んだよ」

 本当に読んでます。
 で、もうひとつおすすめされたほうの『はちみつとクローバー』は読んでません。でもこれはきっと、主人公ロジャー・クローバーが養蜂業を営む農園漫画だろうな。まちがいない。



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