狼の夜 1st day (2)
日が落ちるころになって、雪がやんだ。厚く垂れ込めていた雲は太陽が沈むのを待っていたかのように流れ去り、冬の星座がきらめく夜空に満月が昇った。星の綺麗な夜だった。夜気を貫く月光は刃物のように冷たく冴えて透き通り、盆地の小さな集落を青白く染め上げていた。
小さな集落だ。中央を東西に走る通りが、家屋の並びを南北に二分している。村の中心には広場と呼ぶにも差しつかえるほど何の飾り気もない空き地が広がり、それを見守るように村長の邸宅が建てられている。村の東端には比較的新しい意匠の教会。その先には小川が南北に流れ、橋がかけられている。小川の向こうはブドウ畑だ。季節になれば一面にブドウが実る畑も、今は雪をかぶって静かに春を待つだけだった。
ブドウ畑と逆方向──広場からやや西へ行った所に、この村でたった一つの宿泊所がある。宿屋と酒場を兼ねたその店に、いま臙脂色のフードをかぶった一人の女が入っていこうとしていた。
「遅かったねぇ、カタリナ」
宿の玄関ホール。ドアを開けた女に向かって、レジーナが言った。特に責めるような口調ではなかったが、それを聞いたカタリナは「ごめんなさい、ちょっと羊の世話に手間取ってしまいまして……」と申しわけなさそうに頭を下げた。
今年でちょうど三十になるカタリナは、羊の牧畜で生計を立てている。未婚だ。男でも苦労する牧畜生活を、女一人でやり遂げるのは簡単なことではない。まして、真冬のアズラスでのこととなれば並みの苦労ではない。事実、カタリナは冬の間毎日十キロ以上の道のりを往復して牧草の残っている低地まで羊を連れて行くのだ。並大抵の仕事ではなかった。
一日の仕事を終えて疲労困憊した風のカタリナは、それきり何も言わずホールの隅に置いてあった椅子に腰を降ろした。深くかぶっていたフードの下から現れたその顔は、美貌というわけでなく、といって不細工というほどでもなく、良くも悪くも特徴のない造作だった。いいかげんに短く切り詰められた髪のせいもあって、お世辞にも女性としての魅力はない。過酷な労働でやつれた身体も含めて、三十歳独身という事実を裏づけするかのような容貌だった。
「お疲れさま」
明るい微笑を浮かべながら声をかけたのはパメラだった。カタリナとは対照的な女性。村長ヴァルターの娘であるパメラは、生活に困ったことがない。仕事といえばたまにレジーナの雑事を手伝ったりする程度で、ほとんど一日中遊んで暮らしている。実際はヴァイオリンの練習をしているのだが、その才能が開花することはないであろうというのが村人全員の一致した見解だった。──父ヴァルターも含めて。
しかし、パメラにはヴァイオリンの才能の代わりに類稀な美貌があった。見るもの全てを吸い込むような大きい瞳、すっと通った鼻梁、よく手入れされた亜麻色の髪、力仕事とは縁遠い白魚のような指、均整のとれた体のライン──。どれをとっても文句のつけようがないものだった。
カタリナは、パメラの顔を見ずに「ああ」と意味のない言葉を返しただけだった。相手をする気がないようだった。パメラは、それでもなお無垢な笑顔のままだった。このごく短いやりとりに、彼女たち二人の関係が如実に現れていた。
カタリナが席に着いて、ホールの中に村民全員が集まった。わずか十五人だが、それにニコラスを足した数が現在この村に身を置く者の数だった。男が九、女が三、子供が二、老人が一、旅人が一。計十六人。そのうちの十三人がバーカウンターから離れて座り、残り三人がカウンターの正面に立っていた。村長のヴァルター、神父のジムゾン、そしてニコラス。
「さて、皆集まったようだな」
一同を見渡して、ヴァルターが口を開いた。と同時に、煙草の煙が広がって立ち上った。バニラの香りのする煙だった。左手にパイプを挟んだまま、ヴァルターは言葉をつなげた。
「あー。今日皆に集まってもらったのは、ほかでもない。こちらのニコラス氏より、たいへん衝撃的な話を聞き及び、諸君らに伝えねばならぬと判断したためだ。氏の語ることはにわかに信じがたいことかもしれぬが、それぞれ理性を持って最後まで聞いてほしい」
バリトン歌手のように響く声でそう告げると、ヴァルターはパイプの吸い口をニコラスに向けて、発言するよう促した。
「紹介にあずかった、ニコラスという者だ。しばらく、この村に厄介になる。よろしくたのむ」
ヴァルターに劣らぬ低音で、ニコラスは口火を切った。
「よろしくねー」
甲高い声で応えたのはペーターだった。すっかり、ニコラスを気に入ったようだった。
ニコラスは微かに苦笑いを作ると、すぐにもとどおりの真剣な顔つきに戻って、こう切り出した。
「皆さん、人狼という言葉を聞いたことはおありか?」
誰からも答えはなかった。皆お互いに顔を見合わせるばかりで、返ってきたのはいくつかの失笑と白い目、それにペーターの好奇心に満ちた顔だけだった。当然の反応だった。
「人狼だ? あぁ、聞いたことあるぜ。おとぎ話の中でな」
茶化すように言ったのは、ディーターだった。生まれつきのものとは見えないほどに鮮やかな赤髪が目立つ、無職者。ぞんざいに撫で付けられたその髪は、乱流する炎のようだった。しかし、それ以上に目立つのが彼の右目を縦一文字に走り抜けるひどい傷跡だった。それは、あたかも彼の右目を封じる印章のようでもあった。薄く開かれたディーターの左目は、まっすぐにニコラスを捉えていた。髪の色とは正反対の、氷のような目だった。常人ならば即座に視線を外してしまうであろう目つきだった。
ニコラスは常人ではなかった。真正面からディーターと睨みあった。ディーターは、はだけたシャツの前で腕を組んだまま、どっかりと椅子に掛けて微動だにしなかった。数秒の間、沈黙が流れた。
「おとぎ話って、赤ずきんちゃんの話だよね?」
言ったのはペーターだった。
「人狼が人間に化けるところは当たっている」
「くだらねぇ」
ニコラスの言葉を、ディーターは言下に切り捨てた。
「くだらなくとも、最後まで聞いてもらう。この村に人狼がいるかもしれないのだからな」
ニコラスがそう言い切ると、にわかに場が騒然となった。
「そこまで言うなら、確たる証拠ってもんを見せてもらいてぇな」
ディーターが言うと、ニコラスはそれを待っていたように懐から一つの冊子を抜き出した。そのままディーターの前に突き出し、「字は読めるか?」と言った。ディーターは無言で受け取り、ぱらぱらとめくり始めた。
隣から農夫のヤコブが覗き込んで「俺っちにゃ読めねぇや」と首を横に振った。彼には、読み書きするだけの学がなかった。畑仕事に、文字の読み書きは必要ない。彼にとって、生きていく上で必要なものは土とブドウの知識だけだった。
ヤコブの次に、弟のアルビンがディーターの手元を覗いた。行商人のアルビンに、文字の読み書きは必須の知識だ。しかつめらしく顎に指を当てて、記された文字を追い始めた。ニコラスが、冊子の説明を続けた。
「そのノートは、ここから百キロ南にある集落の過去帳を書き写したものだ。それによると、九十五年前の記録に、こう記してある。村で三代続くパン屋の一家が、ある日突然人狼に変じて住民を喰い殺した、とな」
パン屋という一言で、何人かの視線がオットーに集まった。彼もまた、古くからこの村でパンを作って生活する一家の末裔だ。小さな集落では、職業がそのまま通り名になることが少なくない。この集落で、パン屋という言葉はオットーを指す言葉だった。
いくつもの視線が注がれたことに対して、オットーは何も言わずただ微笑を浮かべただけだった。いつも小麦粉を練っているせいだと噂されるほど色白の彼は、穏やかな物腰もあって中性的な印象がある。静かに微笑んでいるときの彼は、より以上に女性的な空気を発していた。その微笑だけであらゆる疑いを消し去ってしまうほどの魅力と人徳が、彼にはあった。オットーに向けられた視線は、数瞬後には全て解かれていた。視線を向けた者たち自身への小さな罪悪感とともに。
「記録によると、一週間で三十人が死んだとされている。この半数が人狼に喰い殺された者だが、残りの半数は村人によって処刑された者だ。いわゆる人狼狩り、魔女狩りだ。丸太に縛り付けた上で、男は串刺し、女は火あぶりにしたという。そうした凄惨な殺戮のすえ、最終的にパン屋の一家は末子一人を残して全員処刑されたが、残った末子は村を追われて北へ逃げた、とある。つまり、最後の一人が生きてどこかにたどりついたとしたなら、この集落である確率は低くない。そして、そのまま人間を装って生きたと考えられる。仮にその者が結婚し、子ができたなら、人狼の血は途絶えていない可能性が高い。俺は、その血を根絶するためにここまで来た。……ご理解いただけたか?」
「理解できないな。なぜ、九十五年も経ってから人狼退治?」
問いを投げかけたのは、ヨアヒムだった。画家を目指す、二十四歳の青年。昨年の暮れに兵役を終えて、帰郷したばかりだった。もともと学士でもあり、体つきは華奢だ。しかし、若者特有の強い眼光は彼の前向きな性格を示してもいた。
「その疑問は、もっともだ。説明しよう。さきほど、九十五年前に人狼が現れたと言ったが、じつは百九十年前にも同じような記録が残されていた。どちらの記録でも、それまで平穏に暮らしていた住民が一夜を境に人狼化している。何が原因なのか。その夜に何が起こったのか。調べまわった結果、俺は一つの答えを導き出した。それは……」
ニコラスは、答えを引っ張るように間を置いた。さらりと席を見回し、彼の期待した答えが出てこないことを確認すると、言葉をつなげた。
「月蝕だ。……九十五年周期で訪れる月蝕がその原因だと、俺は結論した。恐らく、人狼の血を引いた者は月蝕の夜に人ではなくなる。それも部分的な月蝕ではなく完全な月蝕に限る。そして、今夜がまさに皆既月蝕の夜だ」
「ニコラス。あなたの言うとおりなら、この村の人別帳や過去帳を調べれば、九十五年前に入村した人の血筋はすぐにわかる。念のために今日一晩その人に監視をつけるというのは、どうだろう」
ヨアヒムが提案し、その隣でパメラが「さすがヨアヒム。頭いいね」と他人事のように言った。
「残念なことに、九十年より昔の記録は残っておらん。全て焼失したのでな」
前もって用意していたかのように答えたのは、ヴァルターだった。
「私は今まで九十年より以前の過去帳が残っておらんことをただの火災事故によるものと思っていたが、ニコラス氏から今回の警告を聞いて、あるいは人狼の血を引く者の工作ではないかとの考えに至った。この考えが正しいものであれば、村はいずれ人狼の影に脅かされることとなろう」
「しかし、村長。指をくわえて待っているわけにはいかないでしょう?」
と、ヨアヒム。
「当然だ。……が、いかんせん我々は人狼に対して無力だ。人狼を見破る目も、人狼を殺す武器もない。よって、ここは誰よりも人狼について詳しいニコラス氏の指示に従うのが賢明だと判断する。皆、異論はないか?」
ヴァルターは、ゆっくりと全員の顔を見渡した。ディーターとヨアヒム以外の全員が、あいまいにうなずいた。ヨアヒムはそれを見て「そうする以外ないかな」と賛成したが、ディーターだけは最後まで賛同の意思を見せなかった。
「異論はないが、一つ答えてほしいのう。ニコラスとか申したか。おぬしは、何の目的があって人狼退治なんぞに手を出しておるのかな? ことわっておくが、この村には金目のものなどありゃせんぞ?」
静かな口調ながらも鋭く切り込んだのは、モーリッツだった。この村の最古老だ。綺麗に禿げ上がった頭と豊かに伸びた顎鬚、深い皺の中に刻み込まれた灰色の瞳が、年齢相応の知識と経験の深さを表しているようだった。
「俺は、九十五年前に南の村で人狼を取り逃がした責任者の血筋だ。言うなれば、先祖の残した恥の始末を付けに来たということだ。それに、俺は狩人でもある。九十五年に一度しか出会えない得物を見逃す手はない」
ニコラスの答えに、モーリッツは無言で理解を示した。
「他に質問がなければ人狼について語らせてもらうが、よろしいか?」
そう言って、ニコラスは一同を見渡した。問いかけは一つもなかった。慇懃かつ威圧的なニコラスの口調には、聞く者ほとんどの口を封じてしまうだけの力があった。
「質問はないようだな。では、人狼について俺の知っているかぎりのことを話す。……まず、奴らは人狼として覚醒するまでは人間として生活しているし、自らが人狼であるという自覚もない。つまり、今この場に人狼の子孫がいたとしても、覚醒していなければ何一つ不自然な言動をしないということだ。少なくとも、今日のところだけはな。……次に、人狼は夜の間しか力を使えない。覚醒した人狼は夜の間ならば自由に姿を変じることができるが、昼間はただの人間と変わりない。夜は不死に近い人狼も、陽の光の下では……」
言いながら、ニコラスはカウンターに立てかけてあった猟銃を手に取った。
「鉛の弾丸一発で殺すことができる」
「ちょっと待った。ニコラス、あなたの言うことがよくわからないな。昼間の人狼は人間と変わりないんだろう? それなのに、どうやって人狼と人間を見分けるんだい?」
ヨアヒムが、当然の質問をした。
「残念だが、見分ける方法はない」
「方法がないって……? それじゃ、どうやって退治するんだ?」
「話し合いで、人狼と思われる者を処刑する」
「馬鹿な……。そんなことできるわけないだろ」
「できなければ、全員人狼に喰われるだけだ」
突き放すように、ニコラスが断言した。
ヨアヒムは絶句した。その手のひらの上に、パメラの手が置かれた。パメラがヨアヒムの目を覗き込んだが、ヨアヒムはニコラスに目を向けたままだった。
「あきれたな。話し合いで誰かが処刑されることになったとして『はいそうですか』なんて素直に受け入れるわけがない。それとも、無理やり処刑するっていうのか? 僕は、そんな提案を受け入れることはできない。ニコラス、あなたの言ってることは無茶苦茶だ。だいたい、人狼なんて本当にいるのかい? 全部、あなたの作り話かもしれない」
「ああ、俺もこれが作り話だったらいいと思っている。事実、この話は文献や言い伝えをもとに、俺が勝手に組み上げたものだ。間違っているかもしれないし、そもそも文献自体が正確なものとも言い切れない。だが、明日になれば俺の推論が正しかったか、わかる」
「人狼の見分けがつかないのに、正しかったかどうかなんてわからないだろう?」
「それが、そうでもない」
ニコラスは、足元のザックに手を入れた。出てきたのは、細長い麻袋だった。そこから、茶色の物が滑り出した。一メートルほどもある、それは動物の尾だった。
「これは、九十五年前の人狼狩りの際に俺の曾祖母が使ったもので、妖狐の尾だと言われている」
「人狼の次は妖狐だとよ。やれやれ」
からかうというよりは呆れたような口調で、ディーターが肩をすくめた。ニコラスは相手にしなかった。
「この尾はふだん茶色だが、近くに人狼がいるときは黄金色に光る。つまり、明日になってこの尾が茶色のままならば、俺の考えは全て杞憂だったということだ。しかし、金色になったならば……この村に人狼が生まれたということになる」
「だったら、そうなってから考えればいいじゃん」
軽い調子で口を出したのは、ゲルトだった。ブロンドの髪に仕立ての良い服。山間の集落には珍しい、金利生活者だ。二十八歳という年齢でその富を手に入れたのは父の遺産によるもので、彼自身の才覚に非凡なところは一つもなかった。あるとすれば、それは苦労知らずゆえのどこまでも楽天的な性格だけだった。
「ゲルト、そうなってからでは遅いのだ。もし、今夜ニコラス氏が人狼の牙にかかったならばどうする? 氏の話は、どうしても今日聞いてもらう必要があったのだ」
ヴァルターが、パイプの先をゲルトに向けた。それが、彼の癖だった。
「だってさぁ。人狼なんて……ねえ?」
ゲルトは、隣に座っているトーマスに話しかけた。
「あぁ。オレも人狼なんてのは昔話だけのことだと思う」
どうでもよさそうに、トーマスは答えた。二メートル近い巨漢の彼は、黙って座っているだけでも非常な存在感がある。ただ背が高いだけではない。斧一本で木を刈って暮らすトーマスの身体は、岩から削り出したような筋肉の塊だった。特に、肩から上腕にかけての筋肉の隆起は並み大抵のものではなかった。腕周りの太さはパメラのウエストほどもあった。大きく盛り上がった両肩の間にある顔は、古代の石像のように大雑把な作りだ。目も、鼻も、口も、何もかもが大きかった。それが、彼の度量を示しているようでもあった。
「ニコラスだったか? あんたを疑うわけじゃないけどな。村の誰かが人狼だなんて、オレは考えたくもない」
静かに、しかし強い意思表明とともにトーマスは言い放った。
ニコラスは、何も答えなかった。ただ、黙ってトーマスの目を見ていた。トーマスもまたニコラスの目を睨み返した。二人の間で、空気が固まった。数秒後には、猛禽のようなニコラスの目に圧倒されたのかトーマスが先に目をそらした。
「ゲルト、トーマス。考えることを放棄するのは簡単だ。しかし、明日になって人狼の存在が明白になったらば、そう悠長なことは言ってられん。私には、ニコラス氏の言葉を戯れごととして切り捨てる勇気はないのでな」
ヴァルターが、ゆっくりと煙草の煙を吐き出した。その重々しい口調に、ゲルトもトーマスも黙り込んだ。彼らにとって、ヴァルターの言葉は絶対のものだった。
数刻の間、沈黙が落ちた。誰もがニコラスの話の異常性を理解していたが、それを言葉にできずにいた。重苦しい沈黙に、陽気なペーターも周囲の顔色をうかがうばかりだった。ペーターの隣で、リーザは固く唇を結んだまま押し黙っていた。
場を見かねたように、レジーナが口を開いた。
「どうしたんだい、みんな。黙ってたってしょうがないだろ。言いたいことがあるなら言いな。村長は、ニコラスの言うことをどう考えてるんだい? 話し合いで人狼を見つけるとか、あたしゃ気に食わないんだけどねぇ」
「私は、軽率なことは言わん。しかし、ニコラス氏の語ることには信憑性がある。九十年前より昔の過去帳が残っていないことも、氏の話を裏付けておる。少々できすぎなぐらいにな。……まずは明日の朝、その妖狐の尾とやらがどうなるか待つことであろうな。全てニコラス氏の思い過ごしだったとなれば、今日の話もいずれ笑い話となろう」
「俺も、そうなることを望んでいる」
ニコラスの言葉は、どこまでも淡々としていた。
「では、村長。これを誰の目にも触れるところに置いていただけるか?」
そう言って、ニコラスは妖狐の尾をヴァルターに差し出した。
「……む。ならば、ここに置くのが良かろう。見てのとおり、この宿は集会所も兼ねておるのでな」
ヴァルターは妖狐の尾を受け取ると、パメラに手渡した。
「掲示板の横に下げておけ」
指示を受けて、パメラは言われたとおりホール入口脇の掲示板にそれを吊り下げた。長く垂れ下がった妖狐の尾は、さながら上質な毛皮のマフラーのようだった。
「それじゃ、そろそろ解散していいのかな? もう眠くてさぁ」
ゲルトが、芝居がかったやりかたであくびをした。
「うむ。今日の集会は、これをもって解散する。各自、戸締まりには注意するように」
ヴァルターの言葉を、ゲルトは最後まで聞かなかった。席を立って二つめのあくびをすると、こう言った。
「だいたいさあ。人狼なんているわけないじゃん。みんな大げさだなあ」
それが、ゲルトの残した最後の言葉になった。
